転送装置
ただ場所を移動したところで意味はあるまい。
世界そのものに、深く、深く、潜らなければ。
もちろん、どうやるのかは不明だ。
自分の足で歩く以外に、移動の手段がないのだ。
つまりお手上げ。
目的もなくさまよっていると、だだっ広いスペースに出た。
カラフルで小さなソファが置かれており、数名の少女が思い思いの場所に腰をおろしている。みんなどこか……顔立ちが似ている。
「ここは保育課、ですね……」
十二番がつぶやいた。
平然としたふうを装っていたし、動作もゆっくりではあったが、彼女は何度も周囲を見回していた。きっと会いたくないヤツでもいるのだろう。
少女たちは、木下さんの娘だ。
声の素養があるからか、みんなの姿はハッキリしていた。
どの子もこちらに興味がないといった様子だったが、一人だけこちらへ近づいてくるものがあった。
白装束で、独特なヘアスタイルの……なんだろう。ソフトクリームか? とにかく髪をうずたかく巻き上げていた。
小柄な少女だ。ヘアスタイルのせいで、実際の身長よりも1.5倍くらいになっている。あきらかに首へ負担がかかっている。ヘアスタイルを変えたほうがいい。
そいつは言った。
「わしじゃよ」
誰だよ?
十二番は溜め息だ。
「彼女がヒミコです」
「『さま』をつけるのじゃ、デコスケこわっぱ」
「……」
どう見ても自称ヒミコのほうが「こわっぱ」だが……。
しかし俺にも分かる。
有機周波数が尋常じゃない。しかも異質だ。「濃い」というべきか。現代人にはない濃度がある。あの木下さんでさえ、もっとサラッとしていた。
「お目にかかれて光栄ですよ、ヒミコさま。俺のことは『三番』とでも呼んでください」
役に立ちそうな相手には、平身低頭するに限る。
気分をよくして勝手にサービスしてくれるからな。
狙い通り、彼女は満面の笑みだ。
「ふん。殊勝なこわっぱじゃのぅ。わしの下僕にしてやってもよいぞ?」
「それで? なにかご用があったのでは?」
「むむ。わしの提案をスルーとは不敬な。まま、よかろう。いかにも。わしがおぬしらを呼んだのじゃ。ここなら怪しまれずに会えるからのぅ」
ここ?
物理的な場所に意味があるとは思えないが。
ヒミコはふふんと胸を反らした。
「ここのなにが特別なのか気になっておるようじゃな? いわば結界じゃよ。おぬしらの言う有機周波数が、ここには特に蓄積しておる。いわば気圧が高いとでも言うのかのぅ。並の人間では足を踏み入れることもできぬ。おぬしらも、わしが手引きしてやったから入れたのじゃぞ? 凄いじゃろ?」
「凄いです」
つい棒読みで応じてしまった。
このクソガキは、俺たちに自慢話を聞かせたかったのか?
だが、皮肉が通じていないのか、彼女は猫のように目を細めた。
「そうじゃろそうじゃろ。わしは凄いのじゃ」
「して、ご用は?」
「うむ。おぬしらの組織が持ち込んだオルガンとかいうものを、片付けて欲しいのじゃ。じゃがおぬしら、この世界には不慣れじゃろ? わしが手を貸してやる」
どいつもこいつも「手を貸してくれ」ではなく「手を貸してやる」だ。
主体性はないのか?
なぜ俺にやらせようとする?
自称ヒミコはすまし顔で目をつむったかと思うと、片目だけあけてこちらを見た。
「おぬしがやるのじゃ」
「伝説のヒミコさまに選ばれた名誉ある勇者ってわけですか? なぜ俺なんです? まさか、自分でも気づいていない才能を秘めてるとか?」
こちらがジョークを飛ばすと、彼女は顔をしかめてしまった。
梅干しみたいな顔だ。
「さ、才能……? いや、まあ……皆無とまでは言わぬが……」
「気を使われると余計つらいんですが……」
「じゃが、やる理由はある。あるとしか言えない。それがなにかは言えぬが……」
「言えぬ、じゃなくて、言ってくださいよ」
「言えぬのじゃ!」
地団駄を踏んでしまった。頭上のソフトクリームも大暴れだ。
ただのクソガキだろこいつ。
十二番が助け舟を出した。
「聞かないほうがいいですよ。そのほうが作戦の成功率もあがりますから」
俺に対する助け舟ではなく、ヒミコに対する助け舟だ。
なぜ二人とも隠そうとする?
俺の才能が問題でないことは、たったいまハッキリした。となると、それ以外の要素……。木下さんか? なら彼女がここにいないとおかしい。
ヒミコはうなずいた。
「そうじゃぞ、こわっぱ。年長者の言うことは聞くものじゃ」
「年長者……」
「なんじゃ? 見た目がヤングマンじゃからって、わしをわっぱとでも思うたか? 否。わしは大人じゃ。おぬしよりもな」
「そもそもヒミコさまじゃないでしょ」
すると彼女は、目を丸くして急にキョロキョロしてしまった。
「な、なな、なにを言い出すんじゃ? わしはヒミコじゃ! そう決めたのじゃ!」
「決めた?」
「いや、決まっておるのじゃ! もし違うというなら、モノホンのヒミコさまを連れてきて欲しいのじゃ! それができないなら、わしがヒミコじゃ!」
たぶん彼女は、ヒミコを自称しているだけの別人なんだろう。
そうなると、結局誰なのかという疑問は生じるし、なぜそこまでヒミコに固執するのかも不明だが。
「いや、失礼。証拠もなしに余計なことを言いました。お詫びします」
「むぅ……」
完全に警戒させてしまった。
こいつの正体を暴くのは、俺の仕事じゃない。
せっかく利害が一致しているのだから、うまく利用すべきだ。
オルガンを壊す手伝いをしてくれる。それでいい。わざわざ機嫌を損ねる必要はない。
「けど、長生きしてるってことは、いろんな歴史を見てきたんでしょう? なにか信用させてください。まだ知られていない歴史の裏側とか」
俺がそう提案すると、彼女は口をあんぐりと開けてしまった。
「はぁー? 歴史? そんなこと、わしが興味をもつと思うてか? もとの世界がイヤでこっちに来たのに? 那須与一が扇の的を射ようが、各務支考が師匠に怒られようが、大杉栄が痴話ゲンカの末に刺されようが、わしの知ったことではないのじゃ」
誰だ?
那須与一しか分からなかった。
「織田信長に会ったことは?」
「ある。じゃが、忘れんで欲しいのぅ。ここは模倣子の世界なのじゃ。わしは模倣子の信長にしか会うておらぬ。ここにはまともな歴史なぞありゃせんぞ。なんなら鬼や妖怪までおるしのぅ……」
現実と妄想がゴチャゴチャになっているのか。
歴史的な探求には使えそうにない。
彼女はふんと鼻を鳴らした。
「もう分かったじゃろ。なにもかもがフェイクの世界なのじゃ。わしがヒミコを名乗るくらい、かわいいもんじゃろ。顔もかわいいしのぅ。ノープロブレムじゃ」
顔か。
表情がころころ変わるのは、かわいいと言えるかもしれない。しかし顔立ちそのものは、特に癖がない。そもそもヘアスタイルが独特すぎて、そっちにしか目がいかない。
「お、なんじゃ? このヘアスタイルが気になるのか? ふふん。最先端じゃぞ?」
だいぶ前に流行った「昇天ペガサスMIX盛り」か?
この子にとって、十年や二十年は誤差ということかもしれない。
だが、追及するまい。
いまは感情を逆なですべきじゃない。
「お似合いですよ、ヒミコさま」
「そうじゃろそうじゃろ。おぬしは見る目があるのぅ」
「それで、お手伝いの件ですが」
「うむ。話そう」
ようやく本題だ。
正直、前置きが長すぎると思う。
ヒミコは胸を張った。
「まず、考えるべきは、ここ! うー。ここ、といっても……なんじゃ? 説明が難しいのぅ」
すると十二番がフォローに入った。
「頭の中に三次元の空間を想像してください。私たちが想像できる世界です。そこにもうひとつの軸を追加してください。時間軸ではなく、もっと別の。オルガンは、その先の世界に存在します」
その説明でホントに合ってるのか?
ちょっと自信がないが、要するに別次元ということなんだろう。
この空間と重なって、別の深度の空間があるのだ。
そもそもこの模倣子の世界自体が、俺たちの世界と重なって存在する別次元のようなものだ。その次元の壁を、さらにいくつか突破していけばいい。
有機周波数を受信できるようになったおかげで、感覚でなんとなく分かる。
俺はうなずいた。
「ありがとう。大雑把にだが把握できた。問題は、どうやってそこへ移動するのか、だな」
これにヒミコが便乗してきた。
「その通りじゃ! ま、わしらのような耳聡きものなら、音を頼りに行けばよいが……。おぬしのようなパンピーには、それも難しい。そこで、わしの発明品の出番というわけじゃ」
「発明品?」
嫌な予感がした。
こんな頭ソフトクリームのおこちゃまが発明したブツで、次元の壁を突破するというのか?
彼女は、白装束の裾からなにかを取り出した。
「てってれー! てんそーそーちー!」
おい。
模倣子を乱用するな。
俺たちがリアクションできずにいると、彼女は素に戻り、その「てんそーそーちー」を俺たちに見せつけてきた。
「ほれ。これじゃ。転送装置じゃ」
安っぽいプラスチック製の棒だ。
先端にハート型の装飾がある。
小さな女の子が欲しがりそうなアニメの商品。魔法のステッキとでも言おうか。
「なにをぼぉーっとアホ面さらしておるのじゃ。はよ受け取らぬか」
「えっ? はぁ、では、ありがたく……」
やむをえず両手で受け取った。
ファンシー極まりない。
いい歳した男の俺が持ち歩くには、少しばかり覚悟がいる……。
ヒミコはくすくすと笑った。
「ま、わしくらいになれば、道具に頼らずとも移動できるがの。おぬしにはムリじゃろ。そっちのこわっぱも、まあまあいいところまでは行けそうじゃが……最深部まではムリじゃな」
いちいち煽ってくるのはなんなのか。
いや、ガキのやることだ。
褒めて欲しいのかもしれない。
「本当に助かります。感謝しますよ、ヒミコさま」
「うぅー。そうじゃ。わしは凄いのじゃ」
「これで一気にオルガンまで到達できると?」
そう尋ねると、彼女は急に不安そうな顔になった。
「うーと、それは……まあ……いちどにはムリじゃが……」
「なにか問題が?」
「壁を超えるのは簡単ではない。エネルギーの薄くなっているところを探し出して、ひとつずつ潜る必要がある」
「どうやって探せば?」
「声じゃよ。おぬしらの言うところの有機周波数じゃな。耳聡きものならすぐに分かる。おぬしに分からずとも、そっちのこわっぱが分かるじゃろ。薄くなっているところを見つけて、この転送装置を差し込むのじゃ。即ワープできるぞい」
転送装置というか玩具だが。
まあ使えるならなんでもいい。
「一緒に来ていただけると非常に助かるんですが……」
すると彼女は、びくりと身をちぢこまらせた。
「ダメじゃ! いかぬぞ! わしにはやらねばならぬことがあるからな! おぬしらだけで行くのじゃ!」
「なにをするって言うんです?」
「いや、ちょっと……」
「なにか隠し事でも? まさか敵と手を組んでいて、背後からこちらを刺すつもりでは?」
追い詰めると、彼女は涙目になった。
「そんなことせんのじゃ! ただ、こっちですることがあるから……」
「内容は?」
「言わぬ! じゃから聞くな! おぬしらには迷惑をかけぬから!」
まあ道具を貸してくれたのだ。
感謝して別れるべきなんだろう。
わざわざ「結界」の中に誘い込んできたくらいだ。
あまり出歩きたくない理由でもあるのだろう。
誰かに狙われているとか?
ぼうと思案していると、俺たちはいつの間にか駅前にいた。
無人のように見えるが、白いもやがゆったりと流れている。誰かの活動の痕跡。その人物は、まだ生きているかもしれないし、もういないかもしれない。
「あの子、信用できると思うか?」
俺はステッキを見つめながら、十二番に尋ねた。
「分かりませんが、ほかに選択肢がありません」
そうだ。
ほかに選択肢がない。
自称ヒミコ。正体は偽物。どこの誰かは不明。
悪い人間ではなかろう。
かといって安心もできないが。
十二番はなんとも言えない笑みを浮かべていた。
「壁を超えると、会いますよ。私の姉妹に」
「保育課にいなかったってことは、能力を使って深いところに入り込んでるわけか」
彼女はすっと近づいてきた。
無垢な顔で、じっとこちらを見つめてくる。長いまつげ。ガラス玉のような瞳。かつての木下さんの面影がありつつも、半分は違う。
「覚悟、しておいてくださいね?」
「なんの覚悟だ?」
「たとえなにがあったとしても、私のこと、敵に回すような選択をしないでください」
おそらく大人としての模範解答はこうだ。
彼女の意見を正面から受け止めた上で、イエスと肯定する。
だが俺は、残念ながら大人になりそこねた。
「未来のことは未確定だ。そして俺は、未確定なことは約束しない」
「あなたのこと、嫌いになりたくないんです」
「同意見だ。だから、可能な範囲で善処する。いまはそれしか言えない」
我ながら不快なセリフだ。
自分のための保険をかけすぎている。自分は守られる。他人は守られない。そしていちおう正しい。
彼女も眉をひそめている。
「はぁ。がっかりですね。あなたみたいな人、きっと誰も好きにならないと思います」
「分かってる」
「分かってません。私だけです。あなたのことを好きなのは、私だけ」
そんな言葉を口にしないで欲しい。
まるで木下さんだ。
彼女は、誰とでも距離を詰める。好きにならずとも、距離を詰め、軽率に一線を超える。真面目に受け止めていたら頭がおかしくなる。
「あんたの母親は、それで人生をしくじったんだ。悪い例があるんだから、少しは参考にしたほうがいい」
「はぁー」
返事は、盛大な溜め息がひとつだけ。
コミュニケーション能力の高くない俺に、情報戦を仕掛けないで欲しい。
どいつもこいつも手に負えない。
(続く)




