表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストリングス  作者: 不覚たん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/23

転送装置

 ただ場所を移動したところで意味はあるまい。

 世界そのものに、深く、深く、潜らなければ。


 もちろん、どうやるのかは不明だ。

 自分の足で歩く以外に、移動の手段がないのだ。

 つまりお手上げ。


 目的もなくさまよっていると、だだっ広いスペースに出た。

 カラフルで小さなソファが置かれており、数名の少女が思い思いの場所に腰をおろしている。みんなどこか……顔立ちが似ている。


「ここは保育課、ですね……」

 十二番がつぶやいた。

 平然としたふうを装っていたし、動作もゆっくりではあったが、彼女は何度も周囲を見回していた。きっと会いたくないヤツでもいるのだろう。


 少女たちは、木下さんの娘だ。

 声の素養があるからか、みんなの姿はハッキリしていた。


 どの子もこちらに興味がないといった様子だったが、一人だけこちらへ近づいてくるものがあった。

 白装束で、独特なヘアスタイルの……なんだろう。ソフトクリームか? とにかく髪をうずたかく巻き上げていた。

 小柄な少女だ。ヘアスタイルのせいで、実際の身長よりも1.5倍くらいになっている。あきらかに首へ負担がかかっている。ヘアスタイルを変えたほうがいい。

 そいつは言った。

「わしじゃよ」

 誰だよ?


 十二番は溜め息だ。

「彼女がヒミコです」

「『さま』をつけるのじゃ、デコスケこわっぱ」

「……」

 どう見ても自称ヒミコのほうが「こわっぱ」だが……。

 しかし俺にも分かる。

 有機周波数が尋常じゃない。しかも異質だ。「濃い」というべきか。現代人にはない濃度がある。あの木下さんでさえ、もっとサラッとしていた。


「お目にかかれて光栄ですよ、ヒミコさま。俺のことは『三番』とでも呼んでください」

 役に立ちそうな相手には、平身低頭するに限る。

 気分をよくして勝手にサービスしてくれるからな。


 狙い通り、彼女は満面の笑みだ。

「ふん。殊勝なこわっぱじゃのぅ。わしの下僕にしてやってもよいぞ?」

「それで? なにかご用があったのでは?」

「むむ。わしの提案をスルーとは不敬な。まま、よかろう。いかにも。わしがおぬしらを呼んだのじゃ。ここなら怪しまれずに会えるからのぅ」

 ここ?

 物理的な場所に意味があるとは思えないが。


 ヒミコはふふんと胸を反らした。

「ここのなにが特別なのか気になっておるようじゃな? いわば結界じゃよ。おぬしらの言う有機周波数が、ここには特に蓄積しておる。いわば気圧が高いとでも言うのかのぅ。並の人間では足を踏み入れることもできぬ。おぬしらも、わしが手引きしてやったから入れたのじゃぞ? 凄いじゃろ?」

「凄いです」

 つい棒読みで応じてしまった。

 このクソガキは、俺たちに自慢話を聞かせたかったのか?

 だが、皮肉が通じていないのか、彼女は猫のように目を細めた。

「そうじゃろそうじゃろ。わしは凄いのじゃ」

「して、ご用は?」

「うむ。おぬしらの組織が持ち込んだオルガンとかいうものを、片付けて欲しいのじゃ。じゃがおぬしら、この世界には不慣れじゃろ? わしが手を貸してやる」


 どいつもこいつも「手を貸してくれ」ではなく「手を貸してやる」だ。

 主体性はないのか?

 なぜ俺にやらせようとする?


 自称ヒミコはすまし顔で目をつむったかと思うと、片目だけあけてこちらを見た。

「おぬしがやるのじゃ」

「伝説のヒミコさまに選ばれた名誉ある勇者ってわけですか? なぜ俺なんです? まさか、自分でも気づいていない才能を秘めてるとか?」

 こちらがジョークを飛ばすと、彼女は顔をしかめてしまった。

 梅干しみたいな顔だ。

「さ、才能……? いや、まあ……皆無とまでは言わぬが……」

「気を使われると余計つらいんですが……」

「じゃが、やる理由はある。あるとしか言えない。それがなにかは言えぬが……」

「言えぬ、じゃなくて、言ってくださいよ」

「言えぬのじゃ!」

 地団駄を踏んでしまった。頭上のソフトクリームも大暴れだ。

 ただのクソガキだろこいつ。


 十二番が助け舟を出した。

「聞かないほうがいいですよ。そのほうが作戦の成功率もあがりますから」

 俺に対する助け舟ではなく、ヒミコに対する助け舟だ。


 なぜ二人とも隠そうとする?

 俺の才能が問題でないことは、たったいまハッキリした。となると、それ以外の要素……。木下さんか? なら彼女がここにいないとおかしい。


 ヒミコはうなずいた。

「そうじゃぞ、こわっぱ。年長者の言うことは聞くものじゃ」

「年長者……」

「なんじゃ? 見た目がヤングマンじゃからって、わしをわっぱとでも思うたか? 否。わしは大人じゃ。おぬしよりもな」

「そもそもヒミコさまじゃないでしょ」

 すると彼女は、目を丸くして急にキョロキョロしてしまった。

「な、なな、なにを言い出すんじゃ? わしはヒミコじゃ! そう決めたのじゃ!」

「決めた?」

「いや、決まっておるのじゃ! もし違うというなら、モノホンのヒミコさまを連れてきて欲しいのじゃ! それができないなら、わしがヒミコじゃ!」

 たぶん彼女は、ヒミコを自称しているだけの別人なんだろう。

 そうなると、結局誰なのかという疑問は生じるし、なぜそこまでヒミコに固執するのかも不明だが。


「いや、失礼。証拠もなしに余計なことを言いました。お詫びします」

「むぅ……」

 完全に警戒させてしまった。

 こいつの正体を暴くのは、俺の仕事じゃない。

 せっかく利害が一致しているのだから、うまく利用すべきだ。

 オルガンを壊す手伝いをしてくれる。それでいい。わざわざ機嫌を損ねる必要はない。


「けど、長生きしてるってことは、いろんな歴史を見てきたんでしょう? なにか信用させてください。まだ知られていない歴史の裏側とか」

 俺がそう提案すると、彼女は口をあんぐりと開けてしまった。

「はぁー? 歴史? そんなこと、わしが興味をもつと思うてか? もとの世界がイヤでこっちに来たのに? 那須与一が扇の的を射ようが、各務支考が師匠に怒られようが、大杉栄が痴話ゲンカの末に刺されようが、わしの知ったことではないのじゃ」

 誰だ?

 那須与一しか分からなかった。

「織田信長に会ったことは?」

「ある。じゃが、忘れんで欲しいのぅ。ここは模倣子ミームの世界なのじゃ。わしは模倣子の信長にしか会うておらぬ。ここにはまともな歴史なぞありゃせんぞ。なんなら鬼や妖怪までおるしのぅ……」

 現実と妄想がゴチャゴチャになっているのか。

 歴史的な探求には使えそうにない。


 彼女はふんと鼻を鳴らした。

「もう分かったじゃろ。なにもかもがフェイクの世界なのじゃ。わしがヒミコを名乗るくらい、かわいいもんじゃろ。顔もかわいいしのぅ。ノープロブレムじゃ」

 顔か。

 表情がころころ変わるのは、かわいいと言えるかもしれない。しかし顔立ちそのものは、特に癖がない。そもそもヘアスタイルが独特すぎて、そっちにしか目がいかない。


「お、なんじゃ? このヘアスタイルが気になるのか? ふふん。最先端じゃぞ?」

 だいぶ前に流行った「昇天ペガサスMIX盛り」か?

 この子にとって、十年や二十年は誤差ということかもしれない。

 だが、追及するまい。

 いまは感情を逆なですべきじゃない。

「お似合いですよ、ヒミコさま」

「そうじゃろそうじゃろ。おぬしは見る目があるのぅ」

「それで、お手伝いの件ですが」

「うむ。話そう」


 ようやく本題だ。

 正直、前置きが長すぎると思う。


 ヒミコは胸を張った。

「まず、考えるべきは、ここ! うー。ここ、といっても……なんじゃ? 説明が難しいのぅ」

 すると十二番がフォローに入った。

「頭の中に三次元の空間を想像してください。私たちが想像できる世界です。そこにもうひとつの軸を追加してください。時間軸ではなく、もっと別の。オルガンは、その先の世界に存在します」


 その説明でホントに合ってるのか?

 ちょっと自信がないが、要するに別次元ということなんだろう。

 この空間と重なって、別の深度の空間があるのだ。

 そもそもこの模倣子の世界自体が、俺たちの世界と重なって存在する別次元のようなものだ。その次元の壁を、さらにいくつか突破していけばいい。

 有機周波数を受信できるようになったおかげで、感覚でなんとなく分かる。


 俺はうなずいた。

「ありがとう。大雑把にだが把握できた。問題は、どうやってそこへ移動するのか、だな」

 これにヒミコが便乗してきた。

「その通りじゃ! ま、わしらのような耳聡きものなら、音を頼りに行けばよいが……。おぬしのようなパンピーには、それも難しい。そこで、わしの発明品の出番というわけじゃ」

「発明品?」

 嫌な予感がした。

 こんな頭ソフトクリームのおこちゃまが発明したブツで、次元の壁を突破するというのか?


 彼女は、白装束の裾からなにかを取り出した。

「てってれー! てんそーそーちー!」

 おい。

 模倣子を乱用するな。


 俺たちがリアクションできずにいると、彼女は素に戻り、その「てんそーそーちー」を俺たちに見せつけてきた。

「ほれ。これじゃ。転送装置じゃ」


 安っぽいプラスチック製の棒だ。

 先端にハート型の装飾がある。

 小さな女の子が欲しがりそうなアニメの商品。魔法のステッキとでも言おうか。


「なにをぼぉーっとアホ面さらしておるのじゃ。はよ受け取らぬか」

「えっ? はぁ、では、ありがたく……」

 やむをえず両手で受け取った。

 ファンシー極まりない。

 いい歳した男の俺が持ち歩くには、少しばかり覚悟がいる……。


 ヒミコはくすくすと笑った。

「ま、わしくらいになれば、道具に頼らずとも移動できるがの。おぬしにはムリじゃろ。そっちのこわっぱも、まあまあいいところまでは行けそうじゃが……最深部まではムリじゃな」

 いちいち煽ってくるのはなんなのか。

 いや、ガキのやることだ。

 褒めて欲しいのかもしれない。

「本当に助かります。感謝しますよ、ヒミコさま」

「うぅー。そうじゃ。わしは凄いのじゃ」

「これで一気にオルガンまで到達できると?」

 そう尋ねると、彼女は急に不安そうな顔になった。

「うーと、それは……まあ……いちどにはムリじゃが……」

「なにか問題が?」

「壁を超えるのは簡単ではない。エネルギーの薄くなっているところを探し出して、ひとつずつ潜る必要がある」

「どうやって探せば?」

「声じゃよ。おぬしらの言うところの有機周波数じゃな。耳聡きものならすぐに分かる。おぬしに分からずとも、そっちのこわっぱが分かるじゃろ。薄くなっているところを見つけて、この転送装置を差し込むのじゃ。即ワープできるぞい」

 転送装置というか玩具だが。

 まあ使えるならなんでもいい。


「一緒に来ていただけると非常に助かるんですが……」

 すると彼女は、びくりと身をちぢこまらせた。

「ダメじゃ! いかぬぞ! わしにはやらねばならぬことがあるからな! おぬしらだけで行くのじゃ!」

「なにをするって言うんです?」

「いや、ちょっと……」

「なにか隠し事でも? まさか敵と手を組んでいて、背後からこちらを刺すつもりでは?」

 追い詰めると、彼女は涙目になった。

「そんなことせんのじゃ! ただ、こっちですることがあるから……」

「内容は?」

「言わぬ! じゃから聞くな! おぬしらには迷惑をかけぬから!」

 まあ道具を貸してくれたのだ。

 感謝して別れるべきなんだろう。


 わざわざ「結界」の中に誘い込んできたくらいだ。

 あまり出歩きたくない理由でもあるのだろう。

 誰かに狙われているとか?


 ぼうと思案していると、俺たちはいつの間にか駅前にいた。

 無人のように見えるが、白いもやがゆったりと流れている。誰かの活動の痕跡。その人物は、まだ生きているかもしれないし、もういないかもしれない。


「あの子、信用できると思うか?」

 俺はステッキを見つめながら、十二番に尋ねた。

「分かりませんが、ほかに選択肢がありません」

 そうだ。

 ほかに選択肢がない。


 自称ヒミコ。正体は偽物。どこの誰かは不明。

 悪い人間ではなかろう。

 かといって安心もできないが。


 十二番はなんとも言えない笑みを浮かべていた。

「壁を超えると、会いますよ。私の姉妹に」

「保育課にいなかったってことは、能力を使って深いところに入り込んでるわけか」

 彼女はすっと近づいてきた。

 無垢な顔で、じっとこちらを見つめてくる。長いまつげ。ガラス玉のような瞳。かつての木下さんの面影がありつつも、半分は違う。

「覚悟、しておいてくださいね?」

「なんの覚悟だ?」

「たとえなにがあったとしても、私のこと、敵に回すような選択をしないでください」


 おそらく大人としての模範解答はこうだ。

 彼女の意見を正面から受け止めた上で、イエスと肯定する。

 だが俺は、残念ながら大人になりそこねた。


「未来のことは未確定だ。そして俺は、未確定なことは約束しない」

「あなたのこと、嫌いになりたくないんです」

「同意見だ。だから、可能な範囲で善処する。いまはそれしか言えない」

 我ながら不快なセリフだ。

 自分のための保険をかけすぎている。自分は守られる。他人は守られない。そしていちおう正しい。

 彼女も眉をひそめている。

「はぁ。がっかりですね。あなたみたいな人、きっと誰も好きにならないと思います」

「分かってる」

「分かってません。私だけです。あなたのことを好きなのは、私だけ」

 そんな言葉を口にしないで欲しい。

 まるで木下さんだ。

 彼女は、誰とでも距離を詰める。好きにならずとも、距離を詰め、軽率に一線を超える。真面目に受け止めていたら頭がおかしくなる。


「あんたの母親は、それで人生をしくじったんだ。悪い例があるんだから、少しは参考にしたほうがいい」

「はぁー」

 返事は、盛大な溜め息がひとつだけ。


 コミュニケーション能力の高くない俺に、情報戦を仕掛けないで欲しい。

 どいつもこいつも手に負えない。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ