用済み
強烈な有機周波数が発生すると、怪物も異変に気付いた。
「な、なんだ? なんだこれは……? いったいどうなっている?」
怪物の身体から、きらめく粒子が放出し始めた。
俺は内臓の焼けるような感覚を呼吸で殺しながら、こう教えてやった。
「オルガンだよ。いま、マキナを消去している」
「これが……消去……? では私は……」
「安心しろ。俺が消せるのはマキナだけだ」
つまりいま、俺たちの前でキラキラと輝いている小さな粒は、マキナそのものということになる。
決して彼女を救っているわけではない。
ただ戦術的な理由で、機械を作動させただけだ。
「ふざけるなァ!」
怪物は腕をムチのようにしならせて、こちらを攻撃してきた。
だがこちらにはステッキがある。
俺はバリアを展開し、触手による斬撃を防いだ。ここは模倣子の純度が高いから、ステッキの反応もじつにいい。
「な、なんだいまのは……? 人間が……人間ごときが……私の攻撃を防いだ、だと……?」
「俺の力じゃない。借り物でな。もっと言えば、俺の体内のオルガンも借り物。というわけで、お前は借り物だらけの人間に傷つけられて、哀しい思いをしているというわけだ」
「不快な……ぐっ」
すると間宮氏の放った矢が、怪物の脳天に突き刺さった。
戦闘が始まってしまった。
脳への直撃を受けたのに、怪物は後ろへ転げて体勢を立て直した。
さすがにヘッドショットを受けたら死んで欲しいのだが。
そう簡単にはいかないようだ。
パキッと地面にヒビが入った。
敵の攻撃かと思ったが、違った。
カナリアが力を使い、硬質な地面から槍を削り出したのだ。それをいくつも宙へ浮かせ、怪物へ狙いを定めた。
怪物はすかさず身を伏せ、白い床を隆起させて防壁をつくった。が、その防壁は、すぐさまへこんで、ただの地面に戻ってしまった。
「いまです!」
ヒナゲシが力を使ったらしい。
無防備になった怪物に、無数の槍が襲い掛かる。
「ぎひっ!」
槍というよりは、クリスタルの結晶のようだ。それが次々と怪物の身体へ直撃し、墓標のように積み上がっていった。
まさか、勝てたのか?
こんなに簡単に?
だがみんなは警戒をといていない。
次の瞬間、クリスタルの墓標が四方へ弾け飛んだ。
そこに現れたのは人の姿ではない。最初に見た巨大な立方体だ。こいつは自分の意思で、どんな姿にでもなれるのか……。
立方体の一点が輝いたかと思うと、そこから鋭いレーザーが放たれた。
俺はステッキでバリアを展開し、全員を守った。バカみたいなデザインのステッキだが、ここでは本当に役に立つ。
だがバリアが相打ちで砕かれたところを見ると、かなりの威力と見ていいだろう。
「おいおい、なんだよアレ。あんなのに勝てるのか?」
俺の苦情に、間宮氏はふっと笑った。
「言ったはずです。この戦力では勝てないと」
カナリアがクリスタルを撃ち込むが、箱の表面に弾かれて、今度は傷ひとつつけることができなかった。
こちらの攻撃が通じない以上、消耗戦になるだろう。
そして消耗戦になると、こちらが不利だ。「こちら」というよりは、俺の体がもたない。さっきのオルガンで内臓にかなりのダメージを受けた。マキナという強大なエネルギーを消去したのだ。かなりの威力で出力する必要があった。
ふと、立方体がバラバラと分裂した。立方体だったものが八つの三角錐になった。これで周囲を取り囲んで攻撃してくるつもりか。
レーザーが放たれる前には発光がある。その予兆を見逃さなければバリアは間に合う。だが八方向から来られては……。
などと不安に思っていると、レーザーが来た。
一発目はバリアでなんとか凌げた。が、レーザーは立て続けに来た。カナリアがシールドを削り出して防ぐが、それもギリギリ。三発目は間宮氏が身体能力で回避。四発目はヒナゲシがなんとか軌道を変えた。
そして五発目、俺のバリアが間に合った。
六発目はカナリアのシールドが間に合った。
しかし七発目――。
「ぐッ」
俺の肩口が貫かれた。熱した棒を突き込まれたような感覚。完全に穴が開いてしまった。へたり込んだ俺へ八発目のレーザーが来たが、それはヒナゲシが軌道をそらしてくれた。
「三番さん!」
「大丈夫だ! まわりに集中してくれ!」
レーザーは、一度発射すると充填に少しかかるようだ。
だが、それとて時間の問題だ。
間宮氏が溜め息をついた。
「こうなったら奥の手を使うしかありませんね」
「どんな?」
「いま見せます」
いったい誰を犠牲にするつもりなんだ?
彼女が印を結ぶと、中空に月が出現した。
いや、円形のワームホールだ――。
出現したのは一人の女性。
白装束で長い黒髪。怪物とよく似た姿だ。唯一異なるのは、頭に二本の角を有している点。
そいつは言った。
「説明はあとじゃ。ステッキを構えい」
「了解」
俺はぶっ倒れたいのをなんとか踏ん張り、ステッキを握りしめた。
角の女は、なにやら印を結んだ。
かと思うと、体内のオルガンが勝手に駆動を始めた。とんでもない威力。尋常じゃない熱が内臓を炙る。
「あがぁっ」
「耐えい。いまが堪えどころじゃぞ」
まさかとは思うが、こいつトヨなのか?
ガキのような姿をしていたはずだが……。
すると浮遊していた三角錐が、強い力で互いに引き寄せられ始めた。頑張って抵抗しているようだが、それでも引力のほうが強い。
トヨがオルガンを乗っ取って技を使っているのだ。
しかし思うのだが、こうして外部から簡単に乗っ取れてしまうなんて、俺のオルガンは欠陥品なのではなかろうか?
いや、もともと用済みになった俺を消すための機能がついているのだ。外部にポートが解放されているようなものなのだろう。こいつのセキュリティはガバガバだ。
八つの三角錐は合体し、立方体に戻った。
かと思うとふたたび展開し、中にいた怪物が現れ、床へ転がった。
「ぐっ……お前……私を作ったお前が……私を殺すというのか……?」
怪物はトヨを睨みつけていた。
憎しみと悔しさの混じった顔をしている。
「殺すのではない。消すのだ」
「どうやって?」
その問いには、ヒナゲシが答えた。
「周波数を把握できました。いつでもいけます」
他者の周波数を特定するのは、彼女の得意分野なのだろう。
俺は言った。
「やってくれ」
「はい」
とんでもない熱だ。
俺の内臓は、もう完全に煮えているのではないかという気分になる。この感覚は、すでに痛みを超えている。
怪物がのけぞった。
「ぎゃああっ! 体がっ! 体が消えるっ! なんでっ!? わたっ、私っ、なにも悪いことしてないのにっ! ただ生きたかっただけなのにっ!」
そんなわけないだろ。
これから悪いことをするつもりだった。
いや、こいつにとっては悪いことではなかったのかもしれない。だが俺たちにとっては迷惑だ。べつにどちらが正しいとは言わない。だが二つの力が衝突したら、弱い方が負ける。それだけだ。
まずは手が膨張して粒子となり、続いて腕へ……。
足も消えたため、自分の足で立てなくなり、怪物は無様に地面を這いずった。短い手足をバタバタと動かすが、特になんの抵抗にもならなかった。
「待ってっ! 話だけでも聞いてっ! 私っ、仲間が欲しかっただけっ! お友達が欲しかったのっ! 消さないでっ!」
これは……本心なのかもしれない。
この怪物は、自分の意思で生まれたわけではない。トヨによって偶発的に生み出されたのだ。そして生まれた瞬間から孤独だった。
「あっ、あっ、あーっ!」
やがて叫ぶための喉さえ失い、信じられないものでも見るような目でこちらを見た。
見ることしかできなかった。
そのうち、見ることもできなくなった。
悪意は消滅した――。
俺はようやく、地面に腰を落とした。
というか立っていられなかった。このまま気絶したかった。風邪をひいて高熱にうなされているような感覚だった。いや、もっとひどい。全身がバキバキに固まっている。
「よう耐えたの……。カカさま、楽にしてやってくれ」
「ええ」
準備のいいことに、間宮氏は弓を構えていた。
まったく。
内臓を焼かれてまで悪意を消滅させたってのに、その顛末がコレとは。
*
目を覚ましたとき、俺は病室のベッドに寝かされていた。
だが、現実世界ではない。それは感覚で分かる。
デジャヴだろうか?
近くの椅子に腰をおろしていたのは、どういうわけか木下さんだった。
「やったわね」
マネキンみたいな硬質な笑顔を向けてくる。
偽物ではないと思う。
本物だ。
だが、もしそうだとすると……。彼女は、模倣子の世界へやってきたことになる。
チャールズ・フーバーが入ってきた。
「悪く思わないでくれ。これから君を消去する。これは当初からの計画でな」
言葉のわりに、悪びれた様子もない。
俺はただの手駒だ。最初からこうなる予定だったのだ。
ま、娘を消したんだ。俺だけ無事ということはないだろう。せめて木下さんさえ無事ならそれでいい。本当に無事でいてくれるならな……。
木下さんは立ち上がり、あろうことかフーバーに身を寄せた。
「肩の荷がおりてせいせいしたわ。あの子、ずっと私に話しかけてきて鬱陶しかったのよ。ついでに、私を殺そうとしたあなたへの復讐も果たせる」
完璧なスマイルだ。
完璧な……。まるでなにかでガチガチに固めたような。
フーバーは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「いいのか? 幼馴染みなんだろう? 少しくらい優しい言葉をかけてやったらどうだ?」
「いやよ。これは復讐なんだから。彼は私の未来を奪ったの。おかげで人並の学校生活さえ送れなかった。それどころか、組織につかまって実験材料にされたのよ。簡単に消えられたら困るわ」
「フフ。君は怖い女だな、サオリ」
「共犯でしょ、チャーリー」
そして二人はキスをした。
いや、いい。
この女は誰とでもヤる。
いまさら、こんなことで腹を立てるべきじゃない。俺が消えたあと、彼女は自分の人生を謳歌するのだ。やっと人生のスタートを切れるのだ。俺が奪った人生のスタートを。
まあそれはそれとして、正直フーバーの野郎をぶん殴りたい気持ちはあるが……。
ん?
ねちこいキスのあと、木下さんはこちらへ近づいてきた。
「どう? 嫉妬した?」
「したよ。できればその先も見たかったくらいだな」
「強がっちゃって。続きはダーリンと二人きりになってからするわ。彼ったら凄いのよ。あなたみたいな役立たずと違ってね」
「そうかよ」
なぜかベッドの中に銃があった。
俺はその銃を握り、手だけ出してフーバーを撃った。
「あーぐあッ」
カエルを潰したような声が出た。
なんとか当たったらしい。
木下さんはまだ笑みを浮かべている。
「気づいてくれたみたいね」
「いや、誤解してる可能性があるぜ。段取りを把握してるわけじゃないからな」
「私のことも撃つつもり? そしたらプランが台無しになるわよ?」
「なら、そのプランとやらを教えてくれ」
俺はベッドから出て、銃をフーバーへ向けた。
銃弾は腹を貫通していた。
おそらく助かるまい。
まあ助からなくても、この世界ならどこかで再生するだけだが。
木下さんが溜め息をついた。
「まだ殺さないでね。まだ、というか、あなたは殺さないで」
自分でやる、ということか。
フーバーは苦しそうに呼吸をしている。
「ワット? どういうつもりだ? 説明しろ!」
「あなたとの契約はこれでおしまいってこと」
「アメリカを敵に回すつもりか?」
「大袈裟ね。あなた、アメリカの総意で動いてたわけじゃないでしょ? 末端の職員が私利私欲のために暴走しただけ。そうよね?」
もはや笑みは消え、氷のように冷たい目いなっていた。
一方、フーバーは生きるのに必死だ。
「バカめ! そんな言い訳が通じると思うのか!」
「思うのよ。あなた、頭はいいんでしょうけど、自分の能力を過信してたわね。私はね、自分がそこまで賢くないことを知ってる。でも、だからこそ他人を頼るのよね。そうするとうまくやってくれる人がいるの」
「誰が動いた? 外務省か? CIAか?」
「あなたが知る必要はない」
するとオルガンがギュインと起動し始めた。
フーバーの身体が、風船のように大きくなってゆく。
「ノー! ウソだ! 違う! 私を消すな!」
「ごめんなさいね。あなた、なかなか魅力的だったけど、絶対に許されないことをしたから」
「それは……?」
「あの世で考えて」
チャーリー・フーバー、消滅。
俺は内臓のダメージに耐えながら、なんとか呼吸を繰り返した。
「どういうことだ?」
「あなたに消えて欲しくなかったの。それだけ」
「それだけ? それだけのために、アメリカを敵に回したのか?」
「アメリカじゃない。末端の職員よ。なに? 不満なの? 私の所有物のくせに?」
「それはそうだが……」
俺の不安をよそに、木下さんは飄々としていた。
本当に大丈夫なんだろうか?
なにも考えていないだけ、という可能性もあるのが彼女の怖いところだ……。
(続く)




