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ストリングス  作者: 不覚たん


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22/23

用済み

 強烈な有機周波数が発生すると、怪物も異変に気付いた。

「な、なんだ? なんだこれは……? いったいどうなっている?」

 怪物の身体から、きらめく粒子が放出し始めた。


 俺は内臓の焼けるような感覚を呼吸で殺しながら、こう教えてやった。

「オルガンだよ。いま、マキナを消去している」

「これが……消去……? では私は……」

「安心しろ。俺が消せるのはマキナだけだ」

 つまりいま、俺たちの前でキラキラと輝いている小さな粒は、マキナそのものということになる。

 決して彼女を救っているわけではない。

 ただ戦術的な理由で、機械を作動させただけだ。


「ふざけるなァ!」

 怪物は腕をムチのようにしならせて、こちらを攻撃してきた。

 だがこちらにはステッキがある。

 俺はバリアを展開し、触手による斬撃を防いだ。ここは模倣子の純度が高いから、ステッキの反応もじつにいい。


「な、なんだいまのは……? 人間が……人間ごときが……私の攻撃を防いだ、だと……?」

「俺の力じゃない。借り物でな。もっと言えば、俺の体内のオルガンも借り物。というわけで、お前は借り物だらけの人間に傷つけられて、哀しい思いをしているというわけだ」

「不快な……ぐっ」

 すると間宮氏の放った矢が、怪物の脳天に突き刺さった。

 戦闘が始まってしまった。


 脳への直撃を受けたのに、怪物は後ろへ転げて体勢を立て直した。

 さすがにヘッドショットを受けたら死んで欲しいのだが。

 そう簡単にはいかないようだ。


 パキッと地面にヒビが入った。

 敵の攻撃かと思ったが、違った。

 カナリアが力を使い、硬質な地面から槍を削り出したのだ。それをいくつも宙へ浮かせ、怪物へ狙いを定めた。


 怪物はすかさず身を伏せ、白い床を隆起させて防壁をつくった。が、その防壁は、すぐさまへこんで、ただの地面に戻ってしまった。

「いまです!」

 ヒナゲシが力を使ったらしい。


 無防備になった怪物に、無数の槍が襲い掛かる。

「ぎひっ!」

 槍というよりは、クリスタルの結晶のようだ。それが次々と怪物の身体へ直撃し、墓標のように積み上がっていった。


 まさか、勝てたのか?

 こんなに簡単に?


 だがみんなは警戒をといていない。


 次の瞬間、クリスタルの墓標が四方へ弾け飛んだ。

 そこに現れたのは人の姿ではない。最初に見た巨大な立方体だ。こいつは自分の意思で、どんな姿にでもなれるのか……。


 立方体の一点が輝いたかと思うと、そこから鋭いレーザーが放たれた。

 俺はステッキでバリアを展開し、全員を守った。バカみたいなデザインのステッキだが、ここでは本当に役に立つ。

 だがバリアが相打ちで砕かれたところを見ると、かなりの威力と見ていいだろう。


「おいおい、なんだよアレ。あんなのに勝てるのか?」

 俺の苦情に、間宮氏はふっと笑った。

「言ったはずです。この戦力では勝てないと」


 カナリアがクリスタルを撃ち込むが、箱の表面に弾かれて、今度は傷ひとつつけることができなかった。

 こちらの攻撃が通じない以上、消耗戦になるだろう。

 そして消耗戦になると、こちらが不利だ。「こちら」というよりは、俺の体がもたない。さっきのオルガンで内臓にかなりのダメージを受けた。マキナという強大なエネルギーを消去したのだ。かなりの威力で出力する必要があった。


 ふと、立方体がバラバラと分裂した。立方体だったものが八つの三角錐になった。これで周囲を取り囲んで攻撃してくるつもりか。


 レーザーが放たれる前には発光がある。その予兆を見逃さなければバリアは間に合う。だが八方向から来られては……。


 などと不安に思っていると、レーザーが来た。

 一発目はバリアでなんとか凌げた。が、レーザーは立て続けに来た。カナリアがシールドを削り出して防ぐが、それもギリギリ。三発目は間宮氏が身体能力で回避。四発目はヒナゲシがなんとか軌道を変えた。

 そして五発目、俺のバリアが間に合った。

 六発目はカナリアのシールドが間に合った。

 しかし七発目――。

「ぐッ」

 俺の肩口が貫かれた。熱した棒を突き込まれたような感覚。完全に穴が開いてしまった。へたり込んだ俺へ八発目のレーザーが来たが、それはヒナゲシが軌道をそらしてくれた。

「三番さん!」

「大丈夫だ! まわりに集中してくれ!」


 レーザーは、一度発射すると充填に少しかかるようだ。

 だが、それとて時間の問題だ。


 間宮氏が溜め息をついた。

「こうなったら奥の手を使うしかありませんね」

「どんな?」

「いま見せます」

 いったい誰を犠牲にするつもりなんだ?


 彼女が印を結ぶと、中空に月が出現した。

 いや、円形のワームホールだ――。

 出現したのは一人の女性。


 白装束で長い黒髪。怪物とよく似た姿だ。唯一異なるのは、頭に二本の角を有している点。

 そいつは言った。

「説明はあとじゃ。ステッキを構えい」

「了解」

 俺はぶっ倒れたいのをなんとか踏ん張り、ステッキを握りしめた。

 角の女は、なにやら印を結んだ。

 かと思うと、体内のオルガンが勝手に駆動を始めた。とんでもない威力。尋常じゃない熱が内臓を炙る。

「あがぁっ」

「耐えい。いまが堪えどころじゃぞ」

 まさかとは思うが、こいつトヨなのか?

 ガキのような姿をしていたはずだが……。


 すると浮遊していた三角錐が、強い力で互いに引き寄せられ始めた。頑張って抵抗しているようだが、それでも引力のほうが強い。

 トヨがオルガンを乗っ取って技を使っているのだ。


 しかし思うのだが、こうして外部から簡単に乗っ取れてしまうなんて、俺のオルガンは欠陥品なのではなかろうか?

 いや、もともと用済みになった俺を消すための機能がついているのだ。外部にポートが解放されているようなものなのだろう。こいつのセキュリティはガバガバだ。


 八つの三角錐は合体し、立方体に戻った。

 かと思うとふたたび展開し、中にいた怪物が現れ、床へ転がった。


「ぐっ……お前……私を作ったお前が……私を殺すというのか……?」

 怪物はトヨを睨みつけていた。

 憎しみと悔しさの混じった顔をしている。

「殺すのではない。消すのだ」

「どうやって?」


 その問いには、ヒナゲシが答えた。

「周波数を把握できました。いつでもいけます」

 他者の周波数を特定するのは、彼女の得意分野なのだろう。


 俺は言った。

「やってくれ」

「はい」


 とんでもない熱だ。

 俺の内臓は、もう完全に煮えているのではないかという気分になる。この感覚は、すでに痛みを超えている。


 怪物がのけぞった。

「ぎゃああっ! 体がっ! 体が消えるっ! なんでっ!? わたっ、私っ、なにも悪いことしてないのにっ! ただ生きたかっただけなのにっ!」

 そんなわけないだろ。

 これから悪いことをするつもりだった。

 いや、こいつにとっては悪いことではなかったのかもしれない。だが俺たちにとっては迷惑だ。べつにどちらが正しいとは言わない。だが二つの力が衝突したら、弱い方が負ける。それだけだ。


 まずは手が膨張して粒子となり、続いて腕へ……。

 足も消えたため、自分の足で立てなくなり、怪物は無様に地面を這いずった。短い手足をバタバタと動かすが、特になんの抵抗にもならなかった。


「待ってっ! 話だけでも聞いてっ! 私っ、仲間が欲しかっただけっ! お友達が欲しかったのっ! 消さないでっ!」

 これは……本心なのかもしれない。

 この怪物は、自分の意思で生まれたわけではない。トヨによって偶発的に生み出されたのだ。そして生まれた瞬間から孤独だった。


「あっ、あっ、あーっ!」

 やがて叫ぶための喉さえ失い、信じられないものでも見るような目でこちらを見た。

 見ることしかできなかった。

 そのうち、見ることもできなくなった。


 悪意は消滅した――。


 俺はようやく、地面に腰を落とした。

 というか立っていられなかった。このまま気絶したかった。風邪をひいて高熱にうなされているような感覚だった。いや、もっとひどい。全身がバキバキに固まっている。


「よう耐えたの……。カカさま、楽にしてやってくれ」

「ええ」

 準備のいいことに、間宮氏は弓を構えていた。


 まったく。

 内臓を焼かれてまで悪意を消滅させたってのに、その顛末がコレとは。


 *


 目を覚ましたとき、俺は病室のベッドに寝かされていた。

 だが、現実世界ではない。それは感覚で分かる。


 デジャヴだろうか?

 近くの椅子に腰をおろしていたのは、どういうわけか木下さんだった。

「やったわね」

 マネキンみたいな硬質な笑顔を向けてくる。

 偽物ではないと思う。

 本物だ。

 だが、もしそうだとすると……。彼女は、模倣子の世界へやってきたことになる。


 チャールズ・フーバーが入ってきた。

「悪く思わないでくれ。これから君を消去する。これは当初からの計画でな」

 言葉のわりに、悪びれた様子もない。

 俺はただの手駒だ。最初からこうなる予定だったのだ。

 ま、娘を消したんだ。俺だけ無事ということはないだろう。せめて木下さんさえ無事ならそれでいい。本当に無事でいてくれるならな……。


 木下さんは立ち上がり、あろうことかフーバーに身を寄せた。

「肩の荷がおりてせいせいしたわ。あの子、ずっと私に話しかけてきて鬱陶しかったのよ。ついでに、私を殺そうとしたあなたへの復讐も果たせる」

 完璧なスマイルだ。

 完璧な……。まるでなにかでガチガチに固めたような。


 フーバーは皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「いいのか? 幼馴染みなんだろう? 少しくらい優しい言葉をかけてやったらどうだ?」

「いやよ。これは復讐なんだから。彼は私の未来を奪ったの。おかげで人並の学校生活さえ送れなかった。それどころか、組織につかまって実験材料にされたのよ。簡単に消えられたら困るわ」

「フフ。君は怖い女だな、サオリ」

「共犯でしょ、チャーリー」

 そして二人はキスをした。


 いや、いい。

 この女は誰とでもヤる。

 いまさら、こんなことで腹を立てるべきじゃない。俺が消えたあと、彼女は自分の人生を謳歌するのだ。やっと人生のスタートを切れるのだ。俺が奪った人生のスタートを。


 まあそれはそれとして、正直フーバーの野郎をぶん殴りたい気持ちはあるが……。


 ん?


 ねちこいキスのあと、木下さんはこちらへ近づいてきた。

「どう? 嫉妬した?」

「したよ。できればその先も見たかったくらいだな」

「強がっちゃって。続きはダーリンと二人きりになってからするわ。彼ったら凄いのよ。あなたみたいな役立たずと違ってね」

「そうかよ」


 なぜかベッドの中に銃があった。

 俺はその銃を握り、手だけ出してフーバーを撃った。


「あーぐあッ」

 カエルを潰したような声が出た。

 なんとか当たったらしい。


 木下さんはまだ笑みを浮かべている。

「気づいてくれたみたいね」

「いや、誤解してる可能性があるぜ。段取りを把握してるわけじゃないからな」

「私のことも撃つつもり? そしたらプランが台無しになるわよ?」

「なら、そのプランとやらを教えてくれ」

 俺はベッドから出て、銃をフーバーへ向けた。


 銃弾は腹を貫通していた。

 おそらく助かるまい。

 まあ助からなくても、この世界ならどこかで再生するだけだが。


 木下さんが溜め息をついた。

「まだ殺さないでね。まだ、というか、あなたは殺さないで」

 自分でやる、ということか。


 フーバーは苦しそうに呼吸をしている。

「ワット? どういうつもりだ? 説明しろ!」

「あなたとの契約はこれでおしまいってこと」

「アメリカを敵に回すつもりか?」

「大袈裟ね。あなた、アメリカの総意で動いてたわけじゃないでしょ? 末端の職員が私利私欲のために暴走しただけ。そうよね?」

 もはや笑みは消え、氷のように冷たい目いなっていた。

 一方、フーバーは生きるのに必死だ。

「バカめ! そんな言い訳が通じると思うのか!」

「思うのよ。あなた、頭はいいんでしょうけど、自分の能力を過信してたわね。私はね、自分がそこまで賢くないことを知ってる。でも、だからこそ他人を頼るのよね。そうするとうまくやってくれる人がいるの」

「誰が動いた? 外務省か? CIAか?」

「あなたが知る必要はない」


 するとオルガンがギュインと起動し始めた。

 フーバーの身体が、風船のように大きくなってゆく。


「ノー! ウソだ! 違う! 私を消すな!」

「ごめんなさいね。あなた、なかなか魅力的だったけど、絶対に許されないことをしたから」

「それは……?」

「あの世で考えて」


 チャーリー・フーバー、消滅。


 俺は内臓のダメージに耐えながら、なんとか呼吸を繰り返した。

「どういうことだ?」

「あなたに消えて欲しくなかったの。それだけ」

「それだけ? それだけのために、アメリカを敵に回したのか?」

「アメリカじゃない。末端の職員よ。なに? 不満なの? 私の所有物のくせに?」

「それはそうだが……」


 俺の不安をよそに、木下さんは飄々としていた。

 本当に大丈夫なんだろうか?

 なにも考えていないだけ、という可能性もあるのが彼女の怖いところだ……。


(続く)

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