まだ足りない
街を歩いていると、いつの間にか間宮氏が合流してきた。
ずっと一緒にいたかのような顔で。
「うお、びっくりした。いつからいたんだよ……」
「えぇっ? 傷つきますよ、そんな言い方。必死に探してやっと追いついたのに」
髪も服もまっしろで、一見、神々しい姿をしているが、表情や口調はごく普通だ。かなり特別な人間のはずなのだが、本人は自分のことをそう思ってはいないみたいだ。
忘れ物でも届けるかのような気軽さで、魔法のステッキを渡してくれた。
「ごめん。悪かったよ。ステッキもありがとう」
「もっと褒めてください」
「素晴らしいよ。なんていうか……最高だ」
「告白ですか?」
「いや、それは違う」
「そうですか」
真顔でジョークを飛ばしてくるのは怖いからやめたほうがいい。
ヒナゲシも咳払いだ。
「ありがとうございます。あとは私たちでやりますから、どうぞご自由に」
追い払おうとしている。
なぜそんなことを。
間宮氏は、しかしまったく気にしたふうもなかった。
「もちろん一緒に行きますよ。私も事情を把握してしまったので」
事情を把握した、か。
俺はつい溜め息をついた。
「その上で、どうするつもりだと?」
「いえ、ノープランですよ。あなたがどんな判断をするのか見届けたいだけです。その作戦には、きっと私の力も必要でしょうし」
「正解だ。あんたがいないと成立しない」
「ただの暴力女だと思われていても、ぜんぜん構いませんから」
真顔だ。
まだそこまで言ってないのに。
事実だとしても。
ヒナゲシは、それでも納得していない。
「三番さん、本当にいいんですか? この人、トヨの一族ですよ? 本気で例の怪物と戦う気があるのかどうか……」
俺はつい笑った。
「おいおい、ヒナゲシ。一族や家族がそんなに大切か? そうじゃないことは、あんたが一番よく分かってるだろ?」
「そうでした」
「いまのはちょっと言い過ぎだったかもしれないが……」
「いえ。気にしないでください。いまの私は、それくらい言ってもらわないと分からないので」
そうだ。
あえて茶化して言ったが、俺は怒ってもよかった。間宮氏は少なくともステッキを届けてくれた。感謝することはあっても、排除する理由はない。
一方、間宮氏は他人事みたいなすまし顔だ。
「怪物と戦うんですよね? けど、このメンバーだけではムリだと思いますよ」
「ムリ? あんたがいてもムリなのか?」
「ムリですね。あきらかに足りてません。せめて私がもう一人いれば話も変わってきますが」
「……」
やはりトヨを連れてくるべきだったか。
いや、本人にその意思がない以上、強制させることはできない。ムリにつれてきたとして、現場から逃走されたら総崩れになる。寝返って敵方につく可能性もある。
なんとか友好的な姉妹を見つけて、戦力差を埋めるしかない。カナリアなら土下座すれば来てくれるだろう。
*
歩いているうち、神社についた。
涼しい風の吹く、古びた小さな神社だ。
先客もいた。
黒いスーツを着た四名の男女。
「待ってたよ、元三番」
そう告げたのはキノコみたいな髪型の男。
十番だ。
後ろにも見知った顔が並んでいた。サングラスの六番と、それに四番と十三番だったか。彼らが新人として入ってきて二課に行ったのも、ずいぶん昔の出来事みたいだ。
彼らはスーツの内ポケットから銃を取り出した。抜かなかったのは六番だけ。
組織がメンバーをこちらに送り込んだのは知っていた。
同じ目的で動いていたはずだが……。
「なぜ銃を抜く?」
そう尋ねると、キノコはふんと鼻を鳴らした。
「あんた、どうせオルガンを処分しないつもりだろ? 代わりに俺たちがやってやるよ」
「どうやって?」
「あんたの体内にある小型オルガンを使わせてもらう。ついでにそのふざけた魔法の杖もな」
「つまり俺を殺すってことか?」
「そう言ってんだろ、カス」
ずいぶん乱暴な物言いをするものだ。
確かに俺はもう組織の人間ではない。彼らの上司でもない。ただの部外者。のみならず、彼らの組織に雇われている下請けだ。こういう態度になるのも分からなくはないが。
彼は勝利を確信したらしく、揚々と続けた。
「あ? 勝手に動くなよ? そっちが弾丸を無効化できるのは知ってんだ。当然、こっちも対処してる。この銃に装填されてるのは、いつもの金属弾じゃない。樹脂でできた銃弾だ。あんたのオルガンじゃ対処できない。つまり、あんたは死ぬってことだ。残念だったな?」
対処できない、というのは必ずしも正確ではない。
周波数さえ解析すれば可能だ。
まあ俺には解析できていないから、確かに対処できないわけだが。俺以外なら対処できるかもしれない。
それでも俺は、体内の小型オルガンを起動し、金属の消去を試みた。
金属製品は構造が均質だから、解析の手間が少ない。すでにオルガンにセットされているプリセットで対処できる。
無機物にまで周波数があるというのはよく分からないが。まあ可能なんだから仕方がない。
ともあれ、彼らの握っている拳銃は、きらめく粒子となって散っていった。
その手に残されたのは、グリップのパーツと、ご自慢の弾丸だけ。それらもバラけて地面に落ちた。
「なるほど。あんたの言った通りだな。確かに銃弾はそのまま残ったようだ。それで? 次のプランは?」
俺がそう尋ねると、六番が突然「ラァ!」と怒鳴りながら十番の横っ面をぶん殴った。
「すいません、兄貴。バカなことして。こいつ、リーダーに任命されて調子に乗っちゃって。結果出そうとして必至だったんすよ」
「殴らなくてもいいのに」
「ダメっすよ。口で言っても分かんないんで。兄貴もぶん殴ってください。こいつ、御神体のことも狙ってますよ?」
「そうなの?」
キノコは横ざまに倒れたまま、顔を抑えて涙目になっている。
自分を強いリーダーだと思っていたのに、作戦に失敗した挙句、部下にさえナメられていたわけだ。もうなにも考えたくない状態だろう。
「なぜ銃を樹脂製にしなかったんだ?」
俺の問いには、やはり六番が答えた。
「上もさすがにそこまでは準備できなかったみたいです。で、弾だけ新しいのを支給されて。状況を見極めて戦えって言われてたんすけど、こいつマジモンのバカだから、この至近距離でベラベラ喋り始めて……。それに、そもそも兄貴を撃つための装備じゃないんですよ。遠くからマキナを撃って、弱らせてからオルガンを持ち帰る作戦でして」
接近戦はハナから想定外だったというわけか。
近づく前にこちらを撃っておくべきだったな。どうしても演説したいという欲求に負けたか。
俺の内ポケットの銃は無事だ。
彼らのと同じタイプの銃だと思っていたのだが、どうやら違う素材で作られていたらしい。そもそも銀の弾丸とセットで用意されたのだ。銃にも対策が施されていたのだろう。
「兄貴、戻ってきてくださいよ。俺、こんなバカの下で働くのイヤですよ」
「戻らないよ」
そのバカと呼ばれた男はまだ起き上がろうともしない。
横になったままやり過ごすつもりか。
俺は軽く溜め息をつき、こう言葉を続けた。
「俺たちはこのまま最深部を目指すが、みんなはどうする?」
「一緒に行っても足手まといになるだけですよね?」
それもそうだ。
武器もなく、声の素質もない人間が、階層を潜るのは得策ではない。きちんと戦況分析ができていてなによりだ。
「そうかもしれない。みんなは戻るといい。ここにいたって、いいことなんてなにもない」
「ああ、それ。聞きたかったんですけど。兄貴、どうやって戻ってきたんです?」
「そういや、どうするんだっけ?」
すべてはマキナの匙加減ひとつだ。
*
六番たちを置き去りにして、俺たちは次の階層へ向かった。
みんなで集団行動する程度の知恵はあるようだから、そのままそこにいれば安全だろう。
ともあれ砂漠に出た。
世界の上半分が青白い空で、下半分が赤い砂の世界。
お世辞にも快適な生活環境とは言いがたい。
待っていたのはカナリア。
マフラーで隠してはいるが、首のところが白いもやになっている。彼女はこの世界では生存できるが、現実世界に戻ったら即座に死亡するだろう。当時、オルガンの調整がアマかったばかりに、機械パーツが置き去りにされてしまった。
「手伝うよ」
彼女は浮かせた砂でそう文字を書いた。
状況はすでに把握済み、というわけだ。
ヒナゲシが俺の後ろに隠れながら言った。
「いいの?」
「しつこい。手伝うって言ってるでしょ?」
「うん。ありがとう」
「あんたのためじゃない。これ以上、ここで問題を起こして欲しくないだけ」
カナリアの目つきは鋭い。
彼女も安住の地を脅かされている住民の一人というわけだ。
カナリアの協力は嬉しい。
この模倣子の世界では、声の素養のある人間は、それだけで強い。
だが、まだ足りない。
間宮氏は、民間人とは思えないほどの才能を有している。それと同等の力がもう一人分必要なのだ。
悪いがカナリアでは全然足りない。
あと十人……あるいはそれ以上が必要。
才能ゼロの俺に言われたくないとは思うが。
いや、戦況分析に私情を持ち込んではいけない。どんなに好意的な人材であっても、期待を込めた加点をしてはいけないのだ。
足りないなら足りないと判断しなければ。
木下さんがいてくれれば最高だった。
精神的な問題を脇に置けば、彼女ほど適切なメンバーはいない。
もっとも、その精神的な問題こそが致命的なのだが。
彼女は絶対に来ない。
それだけは確信できる。
「できればもう少し戦力を補強しておきたいところだな。ほかに誰かいないか? 才能を有していて、俺たちに協力してくれそうな人材が」
そう尋ねると、ヒナゲシもカナリアも困惑した顔になってしまった。
返事をしてくれたのは間宮氏だ。
「ないですね」
こっちが必死の思いで尋ねているのに、やたら涼しい顔だ。彼女にとっても命にかかわる事態のはずなのだが。
「間宮さんのご先祖は? きっとこっちにいると思うんだが」
「いるはずですが、たぶん、普通のお婆ちゃんになってると思いますよ。この能力は年齢とともに失われていきますから」
「なら、めぼしい歴史上の人物は? なんとかして手を借りられないか?」
「いることはいますが、模倣子まみれですし、あまり近づかないほうがいいと思いますね。妖怪と区別がつかないレベルなので」
うまくいけば、戦国武将が謎のレーザーで敵を蹴散らしてくれるはずだったのだが……。
間宮氏は、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「なんとかなりますよ。いざとなったら奥の手を使いますから」
「奥の手? どんな?」
「言いません」
すんとすました顔になってしまった。
本当に言わなそうだ。
「いや、いいんだが……。自分を犠牲にしようなんて考えないでくれ。俺は作戦を成功させて、誰ひとり欠けることなく帰還するつもりでいるんだから」
「分かってますよ。自分を犠牲にはしません」
「……」
この口ぶりだと、他人を犠牲にはしそうだな。
本当に?
それも困るぞ?
(続く)




