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ストリングス  作者: 不覚たん


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17/23

演技

「副所長、患者が目を覚ましました」


 また病室だ。

 秘書がメガネごしに冷たい視線を送ってくる。


「なぜまたあなただけなのです?」

「お気に召さないなら、こっちは降りても構わないんだが」

「皮肉より先に報告すべきことがあるでしょう」

「ないね。微塵も進展はなかった」

 ウソだ。進展はあった。


 おそらくマキナは模倣子の世界を支配しつつある。

 コントロールはまだ完璧ではないが、それとて時間の問題だろう。


 *


 宝物殿へ連行された。

 体にダメージがないとはいえ、タフな現場から戻ってきたばかりなのだから、少しはいたわって欲しいところだが……。このブラック企業にモラルなど求めるだけ虚しいか。


「どこまで行ったのかしら?」

 木下さんは微笑で出迎えたくれた。

 美人は三日で見飽きるなどと言ったのは、どこのどいつだろう。まったく見飽きない。顔立ちがあまり濃くないせいもあるかもしれない。癖がないだけに、飽きも来ない。


「マキナに会った」

「あらそう。なら、もちろん始末したってことよね?」

「残念だがノーだ」

 俺の答えに、彼女はさすがに片眉を動かした。

「あなたはドラゴンを殺す勇者なのよ? まさかドラゴンと仲良くお話しして、説得されておめおめ戻ってきたのかしら?」

「おお、鋭いな。その『まさか』だ。現代版の配慮されたピースな桃太郎って感じでいいだろ?」

「人殺しの口から出てくる『ピース』ほど寒い言葉もないわね」

「俺はいろんな意味で役立たずってことだ。もしご不要なら、いつでもコードを起動してくれ」

 俺の体内の小型オルガンには、俺のコードが記録されている。

 木下さんが力を使えば、いつでも俺を消すことができる。


 彼女は盛大な溜め息だ。

「哀しいわね、ホントに」

「俺は別に、マキナの好きにさせてもいいと思うぜ。確かに彼女は完璧じゃない。それどころか、自分勝手な正義を振りかざして人を殺すだろう。だけど、いま俺たちが生きているこの世界となにが違うんだ? どっちにしろクソなんだから、ほっときゃいいんだ」


 口では大メディアを嘲笑しておきながら、その大メディアの思惑通りに動いてしまうような人間ばっかりだ。そのつど気持ちよくなるための反射しかしていない。

 人類の歴史には様々な教訓があるのに、なぜか、ホントに、見事なまでに気持ちのいい選択肢しか選ばない。コロナ自粛にさえ耐えられない人間が、自分は戦争に耐えられると思い込んでいたりする。意味が分からない。どうしようもない。

 ガキのころ、大人ってのはもっと賢いものだと思っていた。だが、その予想は完全に裏切られた。いまの俺は他人になんらの期待もしていない。


 木下さんの反論は、別の角度から来た。

「正義の話でもしてるつもり? 違うでしょ? これは仕事なの。契約したんだから、最後までやりなさいよ」

「よく考えたらそうだな……」

 そもそも俺は、仕事でここに来ているのだった。


 会話が途切れると、ずっとメモをとっていた秘書が口を開いた。

「あなた、自分をなんだと思ってたんですか?」

「自分に選択肢があると思い込んでました」

「あるんですか? ありませんよね? 反省してください」

 もっと優しく言え。

 パワハラだぞ。


 すると飴と鞭のように、木下さんがなぐさめてくれた。

「そんなに言わなくてもいいのにね。でも、分かって。あなたが向こうへ行ったあと、ここの職員も投入されたのよ。リスクを負ってるのはあなただけじゃない。みんな作戦を成功させようと必死なの」

 なるほど。

 俺がいちど帰還したことで、地下のワームホールが片道切符でないことが証明されたわけだ。

 それで秘書も、ようやく手駒を行かせる気になったのだろう。


 お行儀よく黙っていた間宮そーらーが、おずおずと手を挙げた。

「あの、間宮さんはどうしました?」

「向こうで会ったよ。あんたのことは殺さないらしいから安心していいぞ」

「ホントに?」

「少なくともあの時点ではそう言ってた」

 このままなにもアクシデントが起きなければ。

 間宮そーらーはほっとしたように脱力した。


 だが、俺の問題はなにも解決していない。

「なあ、木下さんよ。あんた、本気でマキナを消したがってるのか? ただぶっ殺してそれで終わりって、ホントに思ってんのか?」

 彼女は肩をすくめた。

「べつに。私の内心の問題はどうでもいいじゃない」

「どうでもよくないね。俺はあんたを幸福にするために生きてるんだ。内心の問題こそが重要ってことだ」

「ならさっさと行って殺してきて」

 頑固だなこの女も。


 俺は勝手に話題を変えた。

「アメリカの大使館も見つけた。チャールズ・フーバーという名前に聞き覚えは?」

 これに秘書がぎょっとした表情を浮かべ、木下さんは怒ったように眉をひそめた。

「聞こえなかったの? 御託はいいから、さっさと行ってマキナを殺してきて」

「どうやら知ってるみたいだな。ったく。あんたの身柄をアメリカに預けたのは失敗だったよ。余計なしがらみができた」

「お願いだから理解して。なにを知ったところで、あなたの選択肢が増えるわけじゃないの。なにも知らないままやったほうが幸福よ」

 ひどい言いぐさだ。

 本当にひどい。


 宗家のほうの間宮氏は、その点、じつに理解があった。

 俺に情報をくれて、考えた上で選択するよう勧めてくれた。

 なのに木下さんは、選択などするなという。

 人生で初めて、俺はこの女を嫌いになれそうな気がする。


「分かった。行くよ。行くけど、少し休憩させてくれ」

「なら保育課を使って」


 *


 現実世界の保育課は、ほぼ廃墟と化していた。

 シスターズの姿がない。

 職員もいない。

 パステルカラーの壁紙とフロアマット、小さなソファ、ゴムボールなどが、ただそこにあるだけの、がらんとした空間。


 寒気がした。


 シスターズは人為的に生み出され、培養ポッドで育てられた。素質のある個体だけが保育課にあずけられ、その他の個体は茨城の研究所へ。

 生き延びた個体も、しかしこのフロアから出ることはできない。

 薬を投与され、検品されるだけの人生。

 最低限の人権さえない。


 俺は事前に指定された番号のドアを開けた。中にはベッドがひとつ。

 姉妹の中には、成人した個体もいたのだろう。だからベッドも子供サイズではない。


 それはいいが……。荷物が散乱している。化粧道具だ。直前まで誰かが使っていたのだろうか?

 俺はいちど部屋を出て、ナンバーを確認した。

 404号。

 あっている。


 手近な椅子に腰をおろし、テレビをつけた。

 ニュース番組だ。

 魚だけでなく、虫やヘビ、イヌ、ネコに至るまで変異が始まっているようだった。しかし飼っていたペットが急に変異するというようなケースはなく、新たに生まれた個体だけが変異のリスクを負っているようだった。

 これが例の仮説が言うところの「進化」だろう。

 いまはまだ原型がイヌかネコか分かるレベルだが、やがて理解不能なレベルになる。本当にドラゴンが誕生する可能性もある。


 やはりワームホールをふさぐべきか。

 新しい魚は、既存の魚よりうまいかもしれないが。


 人間の子供まで変異を始めたら……。

 不幸な未来が待っていることは想像にかたくない。


 だが、こうも思う。

 ワームホールは、人類が金儲けのためにあけた穴だ。

 その責任を負う義務が、人類にはあるだろう。

 ひとつ懸念があるとすれば、俺もその人類の一人ということだ。できれば気づきたくなかったが。


 テレビを消して、ベッドに寝転がった。

 なんだか化粧臭い。

 どう考えても誰かが使っていたベッドだ。それも、俺のよく知る女。


 *


 俺は廊下に出て、子供用ソファに腰をおろした。

 なにも考えたくない。

 なにも選択したくない。

 ぼうっとしている間に、ヒーローみたいなヤツが現れて、勝手に解決してくれればいいと思ってしまう。


 天井を眺めていると、通路の奥から人が近づいてきた。

「どうしたの? 入らないの?」

 木下さんだ。

 ヒールをはいているが、フロアマットのかげで音が響かなかった。子供が転んでも危なくないよう、衝撃吸収のマットになっているのだろう。

「入ったけど、出てきたんだ」

「失礼ね。そんなに居心地が悪かった?」

「ここで寝るよ」

「好きにすれば?」

 彼女は近くのソファに腰をおろした。子供用ソファだから、大人が座ると身をちぢこめる格好になる。俺たちはいま、かなり間抜けな姿で座っていることだろう。


「俺の愚痴、聞いてくれるか?」

「ええ、もちろん」

 大概はクソみたいに高圧的なのに、たまに優しい反応をしてくれる。

「あんた、事情を全部知ってるよな? その上で、俺にこの仕事をやらせてるよな? せめて、意図を知りたいんだ。ワケも分からないまま娘を殺したくない」

「……」

 黙ってしまった。

 抗議しているふうではない。なんだか、キツいことを言われてなにも喋れなくなってしまった子みたいな顔だ。

 いつもの強めのリアクションはどうした?

「ごめん。聞いちゃマズかったかな……」

「ううん。私も分かってるの。自分がズルいことしてるって。汚いこと全部あなたに押し付けて……」

 自覚はあったのかよ。

「言える範囲でいいから教えてくれ。事情を理解できたら、俺の迷いもなくなるかもしれない」

「言わない。だって、言ったら私のこと嫌いになるから」

「ならないよ」

 すると彼女は、ぐっと身を乗り出してこちらを見つめてきた。

「は? ならない? まだ内容も言ってないのに、なに勝手に決めつけてんの? 未来のことは未確定だからどーだこーだっていつも言ってるじゃない? あの演説はなんだったの?」

「いまそれを言うなよ。こっちはいいこと言ったつもりでいるんだから」

 こいつはマジで……。

 履歴書の「趣味・特技」の欄に「他人の情緒を乱高下させること」と書いておいて欲しいレベルだな。


 しばらく黙っていたかと思うと、彼女は溜め息をついた。

「あなた、バレてないと思ってるでしょ?」

「なにが?」

「天使ちゃんとヤりまくってたこと」

「はい?」

 えっ?

 なぜバレた?

 模倣子の世界の出来事を、こちらの世界に伝えているお節介がいるのか?


「なるほど。あっちの世界じゃ、夢を見ないのね」

「どういうことだ?」

「マキナがね、いちいち情報を送ってくるのよ。あっちの世界で、あなたがどんな活躍をしてるのかをね。大概はくだらない内容だけど」

「くだらないって言うな」

 俺の趣味で出かけてるわけじゃない。この女のせいで強制的に行かされているだけだ。

 それを「くだらない」とは。

 だったら帰らせて欲しい。


「くだらないでしょ。ホントに。あれだけ私が頑張ってもダメだったのに……。なんで天使ちゃんで元気になるの? 最低よ。恥ずかしくないの? いますぐ死んで欲しい」

「いつでもコードを起動してくれ」

「バカなの? そんなことしたら、違約金が発生しちゃうでしょ? だから、マイナス分は働いて返して」

 だがよく考えたら、俺の息子が元気にならないのは、そもそもこいつが原因なのだ。

 責められる筋合いはないような気もする。

「俺が誰とどうなろうが自由だろ。俺たちは付き合ってるわけでもないんだし」

「はい? 私の所有物が偉そうなこと言わないで。それともなに? 自由になりたいの? 所有物やめる?」

「やめない」

「ならもうしないで」

「はい」

 我ながら情けない。

 だが、もし断れば彼女にはなにもなくなってしまう。だからこれは上から命令しているように見えて、じつはお願いなのだ。俺には分かる。


 彼女はいちど立ち上がり、また座った。冷静さを欠いているようだ。

「そういえば、チャールズ・フーバーについても説明しておくわ」

「ぜひしてくれ」

「私、あの男と寝たから」

「は?」

 なんだこいつ?

 彼女が誰とでも寝るのは知っている。しかもいつどこでそうしようと自由だ。だが、いまこの場で報告する必要が?

 ストレスで腹がギュルギュルしてきた。

「プライベートではチャーリーって呼んでる。とっても紳士的なの。女の扱い方も知ってるしね。どこかの誰かと違って」

「そうかよ」

「この仕事も彼のプランよ。あなたを爆弾がわりにしてマキナのところへ行かせるの。で、そのあとオルガンを回収して、私たちが世界をコントロールするの。素敵でしょ? とにかく、私にとっては、あなたなんて使い捨ての道具に過ぎないってこと。分かった?」

「分かった」

「……」

 人を煽るのはいいが、演技をするなら最後までやり通して欲しいものだな。途中で泣きそうな顔になっては台無しだ。


 彼女は頭を抱えてしまった。

 まともにウソもつけない。演技もできない。それで他人を誘導しようとするのはムリがある。


 俺も遠慮なく溜め息をついた。

「ったく。言いたいことあるなら言ってくれりゃいいのによ。そんなに信用ないってのか?」

「だって、少しでもなにか言うとすぐバレちゃうから……」

「バレてもバレないふりするよ。俺はあんたの所有物なんだからな」

「やめてよ、そういうの……」

 うつむいたまま、席を立って部屋に入ってしまった。


 ま、演技はヘタクソだが、俺を誘導するのは成功したと言えるだろう。というより、俺が彼女に誘導されないことなどありえないのだが。


 さて、どうしたものか。

 ワームホールを閉じるには、マキナをどうにかする必要がある。説得には失敗したから、このままだとコードを使って消し去ることになる。


 その結末を、木下さんは望んでいる。

 例のチャールズ・フーバーも。

 もちろんこの組織の連中も。つまりは日本政府も、だ。

 外に集まっている野次馬たちの気持ちは分からない。連中の情緒は……指揮棒を振っているヤツが決めるんだろう。俺の管轄外だ。


 明確に望んでいないのは俺だけなのかもしれない。


(続く)

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