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ストリングス  作者: 不覚たん


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16/23

二度目

 荒野に出た。

 待ち受けていたのは、地べたをはいつくばる人々。


「助けて……助けてくれ……」


 彼らは五体満足ではなかった。体の一部が白いもやになっている。故人ではない。まだ不完全な状態だったころのオルガンで飛ばされた人間たち。


 敵ではない。

 無視して素通りしてもいい。

 仮に立ち止まったところで、俺たちには救うすべもない。


「待てよ……」


 聞き覚えのある声がした。

 元警察の男。

 腕も足もない。

 苦しそうに顔をしかめ、血走った目でこちらを見ている。


「お久しぶりです」

「いまさら、なにしに来た……」

「個人的な用で」

 あのとき彼は、オルガンを警戒し、俺たちに撃ってくれと懇願した。だが、出遅れてしまった。その結果がこれだ。

「あいつ、お前の娘なんだってな……」

「知ったのはつい最近ですよ」

「どうするつもりだ?」

「さあ」

 ごまかしたつもりはない。

 本当に分からないのだ。


 もしマキナを放っておけば、ワームホールは閉じない。

 現実世界の秩序は遠からず破壊される。


 だがマキナを殺せば、ワームホールは閉じる。たぶん。

 被害は拡大しない。


 男は顔をしかめた。

「殺せよ……必ず……」

「約束はできません」

「それと、あのときお前と一緒にいたガキ……。あいつも共犯だ……。あいつが俺を茨城に誘導したんだ……。あいつも殺せ……」


 なんとなくそうだろうと思っていた。

 当時、男はなにかに気づいて俺たちのほうを凝視していた。そのときは、いったいなにを見たのか分からなかったが。彼は十二番――ヒナゲシを見ていた。


「彼女はなぜあんたを?」

「知るかよ……」


 オルガンには洗脳機能もある。遠隔で有機周波数を浴びせて、精神に侵食することができるのだ。他者を、思うまま誘導することができる。


 当時、俺はこう仮説を立てた。

 データ観測室の室長がオニゲシを使い、彼を茨城へ誘導したのだと。だからこの男は、きっとヒナゲシとオニゲシを見間違えたんだろうと思った。思いたかった。

 だが、この仮説にはムリがある。

 室長にしても、オニゲシにしても、それをする動機がない。


 一方、ヒナゲシには動機がある。

 彼女は都合よく使えそうな手駒を見つけ、有機周波数で操り、茨城の研究所へ送り込んだ。内部を調査させるために。彼女自身は一度もそこへ行ったことがないのに、やけに内部事情に詳しかった。


 ほかにも被害者がいるのかもしれない。


「必ず殺せ……殺してくれ……」

「情報提供には感謝します。ただ、なにも約束することは……」

「殺せ! 絶対に殺せ!」

「……」


 そう言いたくなる気持ちは分かる。

 彼は被害者だ。

 正義のために警察をやめてまで活動していたのに、手駒にされた挙句、オルガンでこんな状態にされてしまった。

 あまりにも理不尽だ。

 人を助けようとしなければ、不幸になることもなかった。


 *


 壁を超えると、また見慣れた景色に出くわした。


 もう何度目だろう。

 俺が木下さんを突き飛ばした雑木林だ。


 当の木下さんもいた。

 本人ではない。

 まだ小学生のころの彼女。


「こんにちは」


 彼女は完璧なスマイルを浮かべた。

 人を騙すときにやる顔だ。

 当時はずいぶん大人びて見えたものだが、いま見るとかなり幼い。


 間宮氏が溜め息をついた。

「危険だと判断したら、私の判断で攻撃を開始します」

「オーケー」

 わざわざそう言ってくれるということは、危険になるまで静観してくれるつもりなんだろう。彼女は意外と親切なところがある。


 だが俺は、内ポケットから銃を抜き、彼女へ向けて発砲した。

 雑木林にパーンと音が反響し、驚いた鳥たちが飛び去った。鳥というか、白いもやだが。


「えっ? 会話しないんですか?」

「おそらくマキナの策だろう。まともに取り合っても、時間を奪われるだけだ」

「意外ですね。絶対にヤれないと思ってました」

「じつは俺も……」

 心臓がドキドキしている。

 高揚ではない。脳がキュッとなってしまったので、酸欠にならないよう心臓が余計な仕事をしているのだ。気分はよくない。もしこれが夢なら飛び起きているところだ。


 崩れ落ちた木下さんは、うつ伏せになって痙攣を始めた。

 小さな体で震えている。

 即死できるよう、俺は後頭部を撃ち抜いた。


 間宮氏は周囲を見回した。

「マキナさんの気配が濃くなってますね」

「だいぶ近づけたってことなのか?」

「まあ、そうとも言えるかも」

「えっ? それはどういう……」

「来ますよ」


 木下さんの死体が、むくりと起き上がった。

 かと思うと、ほとんど姿が失われ、ただの白いもやになった。人の形をした霧。ただし、奥にうっすらと背骨や臓器が見える。

 マキナ……。


「もー、お父さん、ひどいよ。急に撃つなんて」

 体内の小型オルガンが、俺の意思とは無関係に起動しようとしている。いや、起動しそうでしない。アルミホイルのおかげか? それともマキナがなにかしているのか?


「来るな! 俺の体内のオルガンが、あんたの周波数に反応して起動する!」

「大丈夫だよ。私、ここにいないから」

「いない?」

「ホログラムみたいなもの。凄いでしょ? 壁を越えて力を使えるんだ」

 ということは、この階層にはいないということか。


「そういえば、まだちゃんと挨拶してなかったな。俺は……」

「知ってる。私のお父さん。そっちのお姉さんもよく知ってるよ。顔を見るのは初めてだけど」

 有機周波数のあるもの同士、互いの存在を認知していたようだ。

 明治時代にも、ある権力者の娘と、ある祈祷師が、互いに交信していたという記録がある。


「なにしに来たんだ?」

 俺がそう尋ねると、彼女はなんとも言えないリアクションをした。

「それはこっちの質問だよ。どうするつもりなの? あのアメリカ人の言う通りにするの?」

「あいつは好きじゃない。だが、そうしないと俺たちの世界が壊れる。なんか魚も変な感じになってるらしいしな」

 ただでさえ収穫量の減っている魚もいるのに。既存の魚をモンスターにされるのはごめんだ。寿司が高くなる。


「ワームホール、閉じてあげてもいいよ」

「えっ?」

「でも開こうとする人たちがいるんだ。その人たちを全員消さない限り、何度でも同じことが起きるよ」

「誰なんだ?」

「お金を持ってる人たち。なにか目新しいことが発表されると、みんな興奮してお金を使うようになるから。それをビジネスにしたがってるんだ。あと、先に新技術に手を出しておけば、占有できるかもしれないし」

 また金の話だ。

 それがいいが、あまりに普通に会話に入ってしまったな。


 俺はひとつ咳払いをし、こう切り出した。

「概要は分かった。だが、その前に……。ちょっと個人的な話をしないか? 俺は、あんたと木下さんにひどいことをしたから……」

「えっ? その話? ぜんぜん気にしてないよ」

 軽い!

 あまりに軽すぎる。

「いや、でも……」

「もー! お父さん、気にし過ぎ! そんなこと、誰も気にしてないよ。お母さんもそうだよ? だからお父さんも忘れなよ」

「俺は本当にお父さんなのか?」

「そうだけど? なに? 疑ってるの? そこはさすがに受け入れてよ。怒るよ?」

「すまん」


 本当に気にしていないのか?

 しかも俺を受け入れている?

 演技かもしれない。だが、それでも、俺はマキナをこの世界から消したいとは思えなくなっていた。

 間宮氏は「ご勝手にどうぞ」とばかりに遠くを見ている。


「私、お父さんと戦いたくないの。来て欲しくなかった。アルミホイルは笑うけど……」

「周波数を遮断できると思ったんだ」

「できてるよ。いいアイデアだったね。私を傷つけないように、いろいろ考えてくれたんだって、ちょっと嬉しくなっちゃった」

「うん……」

 不思議なものだが、こうして会話をしていると、だんだん本当の娘のように思えてくる。

 これも洗脳か?

 いや。

 俺が気を失っていた間、彼女はずっと元気づけてくれた。この声には本当に励まされた。だから素直に受け入れることができた。


 マキナは、しかし声のトーンを抑え、こう告げた。

「でも天使ちゃんのことは……。けっこう引いた。いくら血がつながってないからって」

「いや、あれは……」

「私にとっては妹なんだよ? 二度としないで」

「はい」

「お母さんも哀しむから」

 お前の母親は、こんなの比較にならないほどのビ○チだぞ……と、言い返してやりたかったが、さすがにやめた。

 娘相手に本気で皮肉を飛ばしても仕方がない。

「反省するよ」

 だが木下さんは気にしないだろう。俺にとって彼女は人生のすべてだが、彼女にとっての俺は人生の一部でしかない。ムカつくことに、日本とアメリカの関係みたいだ。


 俺は可及的速やかに話題を変えることにした。

「これから俺はどうしたらいい? ワームホールを開こうとしてる金持ちを全員消せばいいのか?」

「できないでしょ、そんなこと」

「できない」

「知ってる? 私、この世界で神さまになったんだよ? こっちに来てみたら、私が一番強かったの。もともと素質があったし、機械と薬で強化されてたから、意外と簡単だった」


 自力で模倣子の世界へ到達した自称ヒミコ――トヨでさえ、かなわないレベルの強さだ。それは事前に分かっていた。

 きっと俺の予想などはるかに超えた能力なんだろう。


「神なら、ワームホールを閉じられるだろ」

「ちゃんと聞いて。ワームホールを閉じることはできるよ? でも、閉じるつもりはない。そっちの世界に影響は出ると思うけど……。でもそのほうがいいの。そしたら、私が支配できるから。支配って言っても、悪いことをするつもりはないよ? 平和のために、できることをする。私、みんなを救いたいの」

 本当に、素晴らしい願いだ。

 だが、木下さんも指摘した通り、この世界は、誰か一人が支配するのではダメなのだ。

 完璧な人間などいない。みんなが意見を出し合って、互いの間違ったところを直し合い、それで少しずつ進んでいくべきなのだ。


「あんたの考えは立派だとは思うが……」

「ねー! その『あんた』って呼び方やめてよ。名前で呼んで。それも、保育課でつけられた名前じゃなくて、お父さんが新しくつけた名前。なにか考えて。かわいいやつ」

「名前……」

「天使ちゃんだけはやめてね。吐くから」

「しないよ」

 自分の好きな女の名前を娘につけるなんて、異常者のすることだ。

 それは虐待と言っていい。


 マキナは言った。

「でもすぐ思いつかないだろうから、あとでいいよ。雑につけられるのもイヤだし。だから、いまからお父さんがするべきことだけ教えておくね」

「ああ」

 初対面のとき、脳と背骨と内臓だけだったから、まともにモノを考えられる状態なのかも不明だったが……。普通に先手を打って話を進めてくる。

 俺より賢いかもしれない。


「まず、そこの崖から飛び降りて死ぬこと」

「は?」

「聞いて。もとの世界に戻るには、一回死ぬしかないの。私の力でも殺せるけど、そんなことしたくないし。で、戻ったら、お母さんと一緒におとなしくしてること」

「するとどうなる?」

「あとは私が世界を平和にする。模倣子と遺伝子が十分に混ざり合ったら、私もそっちに行けるようになるから」


 前提として、凄まじい混乱が起こる。

 生態系も破壊される。

 それらの上に成立する平和とは……。


 だが、確かに、善人が、神のごとき力を持っていたとしたら?

 それは歓迎すべきことではなかろうか。


 いや、本当に?


「平和って、具体的にどうするんだ?」

「悪い人間を消すの」

「消す……」

「でもそうでしょ? 人間社会だって、法律にのっとって悪い人間を逮捕して、社会から弾くよね? 残念だけど、そうするしかないの。私、独裁者になるつもりはないよ? ホントにいい世界にしたいだけ」

「それは疑ってない。だが、善悪の判断はどうする?」

「お父さん、私のこと信じてくれないの?」

 ダメだ。

 零点だ。

 信じるとか信じないとか、そういう感情の話にしてはいけない。


 確かに、歴史上、善政を敷いた独裁者はいた。いたが、国が豊かになると、彼らの大半は堕落した。

 あるいは、若いころは名君でも、老いてから暗愚に変わる例もある。

 なにかの拍子に「ゆるむ」のだ。「うまく行ってんだからいいだろ少しくらい」となる。そいつ以外の誰かがブレーキにならないといけない。


「価値を決定するのは、簡単なことじゃない」

「なるほど。お父さんは苦労したことがないから、分からないんだね。ちょっとガッカリしちゃった。つまんない大人と同じこと言うんだもん」

「……」

「でも安心して。お父さんのことは嫌いにならないよ。私が勝手に期待し過ぎてただけ。私と同じ水準で思考しろなんて、どう考えてもムリだもんね。もう話すことはないから、あっちに帰っていいよ。あとは私が自分でなんとかするから」

「……そうか」


 娘に言い立てられて、俺は反論さえできず、このあと崖から身を投じることになるのか……。

 だが、もしそうしない場合、俺は彼女を殺すしかなくなる。


 娘を殺して日常を取り戻すか、娘に任せて世界を変えるか。


 正直、べつにどちらでもいい。

 俺はこの世界をそこまで愛していない。少なくとも無条件で愛すつもりはない。娘をこんなふうにしたのは、まさしくこの世界なのだ。世界は、自分のしでかした因果を受け入れねばならない。日常を続けたいなら、彼女を怒らせるべきではなかった。


「分かったよ。いったん帰る。ただ、崖から落ちるのは勇気が……」

 すると間宮氏が弓に矢をつがえながら、飄々とした様子で言った。

「お手伝いしますよ」

「えっ?」


 いや、きっと善意なのだろう。

 礼の言葉を述べる余裕もなかった。

 理解が早すぎるというのも、時には困りものだ。


(続く)

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