大使館
公園に瀕死のオニゲシを放置し、俺たちは旅を再開した。
いくら模倣子だからって……。
戦闘のたびに後悔が生まれる。だが、こちらだって回避できるものならそうしている。そうさせないのは、この世界のせいだ。つまり俺のコントロール外にあるエネルギーのせいだ。そういうことにしておかないと頭がどうにかなる。
あるところで、新興宗教「えびばではうす」の信者が刃物を持って待ち受けていた。
が、それは間宮氏が印で一掃してしまった。
瞬殺だ。
彼女は、この世界での戦いを極めつつある。
「どんだけ強いんだよ……」
俺が皮肉を飛ばすと、彼女は真顔のまま応じた。
「私、これしか取り柄がありませんから。しかもその才能も、木下さんやマキナさんに劣ります」
「マキナはともかく、木下さんにそんなに才能があるとは思えないな」
「あるんですよ」
なら木下さんは、顔がよくて、見の上が気の毒というだけでなく、声の素養もあったというわけだ。ほかにも長所があるかもしれない。
まあどうでもいい。
もろもろのカタがついたら、あとはオサラバだ。二度と会うこともなかろう。俺たちは一緒にいるべきではないのだ。
「お、コンビニがあるぜ。寄ってかないか?」
「はい?」
「きっとビールもあるぜ」
「あると思います?」
どういう意味だ?
ビールを置いてないコンビニがあるのか?
まあ、あるかもしれないが……。
店に入ると、商品が一通りそろっていた。相変わらずチープなAIが描いたような意味不明なパッケージばかりだが。菓子パン、アイス、ワイン、ビール。どれも区別はつく。
俺は冷蔵ケースから缶ビールを取り出した。
「ほら、ビールだ。あるじゃねーか」
「違いますね」
「えっ?」
どこからどう見てもビールだ。
少なくともデザインは。
彼女は溜め息だ。
「本当に、なにも分かってませんね。本気でそれをビールだと? そう思うなら飲んでみてください」
「いいぜ」
言われなくても飲む。
缶をあけて、中を覗いてみる。よく見えない。だがシュワシュワいってる。においもビール。少し口に含んでみたが、やっぱりビールだ。
「どうです? 私の言っている意味が分かったでしょう?」
「いや、ビールだぞ」
「えっ?」
なにをそんなに疑ってるんだこの女は。
自己暗示でもかけて、ビールを飲まないようにしているのか?
もしそうなら偉いが……。
だが、彼女はケースからビールを取り出して、躊躇なく飲み始めた。
「水じゃないですか!」
「は?」
「ほら!」
彼女はびちゃびちゃと床にこぼして見せたが、どこからどう見てもビールだ。
「もったいないな。ビールだぞ……」
「えっ? じゃあ……」
彼女はゆっくりと上を見上げた。
かと思うと、そのひたいにバキバキと血管が浮き上がった。
「あンのクソババア……私に呪いをかけたのですかッ!」
傑作だな。
かの老婦人は間違いなく人格者だった。
孫のことを思って行動している。
彼女は床に向かって缶を叩きつけた。
「そうですか。分かりました。もう我慢しません。私、不良になります。これまで間宮のために、ずっと自分を殺して生きてきたのに。私からお酒まで取り上げるなんて」
「健康にはいいと思うが」
「うるさい! あなたには分からないんですよ! 記憶が飛ぶほど飲んで、すべてを忘れて眠る喜びが!」
「かなりダメな発想だぞ」
「それくらい日頃からストレスにさらされているってことです! あなたも飲むのをやめてください! 勝手に酔っ払ったらぶっ殺しますよ!」
「はい」
もちろん中止します。
こんなところで死にたくない。
「いやー、久々にキレてしまいました。でもキレるだけの理由があるので仕方ありませんよね?」
「分かるよ。俺も昼に蕎麦が食いたいのに、いつも同僚に否定されて哀しい思いをした」
「蕎麦……」
「いやまあ実際はキレてないけど」
「じゃあ、なんだったらキレるんですか?」
理不尽な質問が飛んできた。
自分がキレているものだから、俺のことまで一緒にキレさせようとしている。こういう同調圧力はよくない。世界を平和に導かない。
「天使ちゃんを殺されたら、かな」
「よく我慢しましたね。えっ? もしかしてまだ怒ってます?」
「いや、べつに……」
「取り乱してごめんなさい。不毛な会話はやめましょう。ところで、いったいあなたはなにをしているのですか?」
俺がコンビニに入ったのは、ビールを飲むためではない。いや、「ない」と断言したらウソになるが。ほかにも用がある。
買い物、というか、物色したいものがあったのだ。
「これだ。アルミホイルを探してた。こいつで有機周波数を遮断できるかもしれない」
「本気ですか?」
「ここは模倣子の世界なんだ。実際に機能するかもしれないだろう?」
「……」
べつにふざけてない。
理解してもらう必要もない。
我ながらいいアイデアだと思っている。
*
頭部のみならず胴体までアルミホイルで保護した俺は、意気揚々と旅を再開した。
間宮氏の視線がクソつめたい。
「うーん。それはさすがにどうでしょうね……」
「模倣子を信じろ」
魔法のステッキを剣に見立てて高々と掲げたい気分だ。
模倣子が戦術になるというのなら、工夫次第で俺にも勝機がある。不断の努力でネットに張り付いていた成果を披露するときだ。ほかに趣味がないのだから仕方がない。
困惑する間宮氏に、俺はこう告げた。
「プランはこうだ。アルミホイルで有機周波数を遮断する。その上で、オルガンに接近し、マキナとの対話を試みる。あとは俺の流れるようなトークテクで丸く収める」
「丸く収まったことがあるのですか?」
「いや、それは……。とはいえ、未来が必ずしも過去と同じになるとは限らない」
「ダメそうですね」
そう結論を急ぐな。
いずれ俺の正しさを思い知ることになる。
もっとも、俺の話術レベルは、この世界の模倣子とは関係がない。
つまり俺のプランには不備がある。
このままではダメかもしれない。歩きながら別の作戦を練るとしよう。
*
ふらふら歩いていると、市役所のような場所についた。
市役所……というにはやや雰囲気に違和感があるが。デザインが、役所にしては派手過ぎる。かといって民間の商店にしては地味。アメリカの国旗がかかっている。
どこかの米軍基地にでも入り込んでしまったか?
俺が入院していたエリアだろうか。
「あ、見てください。屋台がありますよ」
間宮氏が無邪気に走っていった。
もっと警戒したほうがいいと思うが。
屋台はあるが、人の気配がない。
白いもやさえない。
「なるほど。模倣子の世界だけあって、見慣れない食べ物がありますね。この、さうさげ? ってのはなんなのでしょう。ばこんってのもありますよ。いや、ばこーんかな?」
「面白いな」
ソーセージとベーコンだ。
ここはアメリカの施設で間違いない。
ドアが開き、恰幅のいい白人男性が現れた。
「やっと会えたな。中で話さないか? 入ってくれ」
つるつる頭の、アロハシャツの男だ。中年……というよりは老人だろうか。ここの施設の主かもしれない。流暢な日本語だ。
「どこのどなたです? 俺たちのことをご存じで?」
「チャールズ・フーバーだ。そしてここは大使館。非公式のね」
アメリカは、模倣子の世界にも進出するつもりなのか。
俺はつい笑った。
「ではオルガンでここへ?」
「そうなるな。それで? 中に入って話を聞くつもりはあるのか?」
「うかがいますよ」
*
事務員はいなかった。
彼が一人で運営しているのだろう。白いもやも見えないから、お仲間もいないのだろう。
コーヒーを出してくれた。
俺は遠慮なく椅子に腰をおろし、コーヒーを飲んだ。間宮氏は警戒しているのか、座らずに、壁を背にして立っていた。いちいち動きが怖い。
フーバー氏もやや不快そうだったが、彼女をとがめたりはしなかった。
「率直に言おう。我々に協力して欲しい」
ブルドッグみたいな顔をしている。
若いころは武闘派だったのかもしれない。いや、いまもそうなのかも。
「具体的には?」
「オルガンを破壊せずに、マキナだけを殺害して欲しいのだ」
「それは協力というより、お願いですね。ま、簡単なお願いなら俺だって聞きますよ。けど、ちょっとハードな気がするな……」
「報酬も提供する。君を我がチームの特別顧問として招聘する用意がある」
アメリカさまの特別顧問か。
それが事実なら、悪くない提案なんだろう。
「気が乗らないとしたら」
「君たちの口座に、それぞれ500万ドルずつ振り込もう」
「遊んで暮らせる額だな」
少なくとも木下さんは遊んで暮らせる。遊びが派手でなければ。
俺が視線をやると、間宮氏は無視するように目を反らした。金に興味はない、といった顔だ。だが独立するなら金が必要になるぞ。
俺はうなずいた。
「ま、そのときになったら決めますよ」
フーバー氏は肩をすくめた。
「慎重に考えるべきだな。我々の意向を無視すれば、報酬が手に入らないだけでなく、敵対することにもなる。そもそも君の体内の小型オルガンには、君のコードも記録されていることを忘れるな。我々は、いつでも君を消すことができるのだ」
「分かってますよ」
それはすでに木下さんから聞いている。
だが、どうせ消されるなら、こんなブルドッグではなく、木下さんに消してもらいたいものだ。
「本当に分かっているといいが。なにか質問はないのか? ここで問題をクリアにしておいたほうがいいと思うが?」
あまりに強引な態度だ。
人にモノをお願いするとき、俺ならこんな態度はとらない。
「なぜオルガンを残しておくんです?」
「再利用するからだ」
「所詮は模倣子なんだから、壊したところでいくらでも複製できるのでは?」
「ふん」
ふん?
質問したら答えてくれるんじゃないのか?
すると間宮氏が冷淡に応じた。
「オルガンのコアには、この世界でしか取れない石が使われているんです」
「石?」
「純度の高い『声』の結晶ですよ。複製はできません」
そんな事情があったのか。
「でもオルガンはほかにもあるじゃないか。そこから石を持ってくればいいのでは?」
俺がそう尋ねると、フーバー氏はぐっと顔をしかめた。
「いいか? 我々が必要としているのは、完璧に調律されたオルガンだ。それはこの世界に一台しか存在しない。繊細な機械だから、安易に複製できない」
「なんで日本でやるんです? アメリカでやって欲しいな」
「本国に被害を出すわけにはいかない」
これだ。
こいつら、いつもよその国で実験しやがる。優秀なボーイズは投入しないのか? いや、人権問題になるし、保障に金がかかるからしないんだろう。その代わり、こいつらにとっての人権が存在せず、なおかつ安いヤツを使うわけだ。
俺は味の薄いコーヒーをひとくちすすり、カップを置いた。
「質問は以上です。もう行っても?」
「ああ、好きにしてくれ。だが、くれぐれも慎重に判断してくれ。君の大切な人間が哀しむ顔を見たくないだろう」
「そうですね」
もしそんなことになったら、こいつをミンチにするボランティア活動が始まる。
「ところで、さっきから気になってたんだが、そのアルミホイルはなんなんだ?」
「流行りのファッションですよ」
盛大な溜め息が返ってきた。
会話の通じない相手だと思われたかもしれない。だが、それはお互いさまだ。金は欲しいしアメリカともモメたくないが、それ以上にこいつの提案が気に食わない。
(続く)




