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ストリングス  作者: 不覚たん


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15/23

大使館

 公園に瀕死のオニゲシを放置し、俺たちは旅を再開した。

 いくら模倣子だからって……。

 戦闘のたびに後悔が生まれる。だが、こちらだって回避できるものならそうしている。そうさせないのは、この世界のせいだ。つまり俺のコントロール外にあるエネルギーのせいだ。そういうことにしておかないと頭がどうにかなる。


 あるところで、新興宗教「えびばではうす」の信者が刃物を持って待ち受けていた。

 が、それは間宮氏が印で一掃してしまった。

 瞬殺だ。

 彼女は、この世界での戦いを極めつつある。


「どんだけ強いんだよ……」

 俺が皮肉を飛ばすと、彼女は真顔のまま応じた。

「私、これしか取り柄がありませんから。しかもその才能も、木下さんやマキナさんに劣ります」

「マキナはともかく、木下さんにそんなに才能があるとは思えないな」

「あるんですよ」

 なら木下さんは、顔がよくて、見の上が気の毒というだけでなく、声の素養もあったというわけだ。ほかにも長所があるかもしれない。

 まあどうでもいい。

 もろもろのカタがついたら、あとはオサラバだ。二度と会うこともなかろう。俺たちは一緒にいるべきではないのだ。


「お、コンビニがあるぜ。寄ってかないか?」

「はい?」

「きっとビールもあるぜ」

「あると思います?」

 どういう意味だ?

 ビールを置いてないコンビニがあるのか?

 まあ、あるかもしれないが……。


 店に入ると、商品が一通りそろっていた。相変わらずチープなAIが描いたような意味不明なパッケージばかりだが。菓子パン、アイス、ワイン、ビール。どれも区別はつく。

 俺は冷蔵ケースから缶ビールを取り出した。

「ほら、ビールだ。あるじゃねーか」

「違いますね」

「えっ?」

 どこからどう見てもビールだ。

 少なくともデザインは。


 彼女は溜め息だ。

「本当に、なにも分かってませんね。本気でそれをビールだと? そう思うなら飲んでみてください」

「いいぜ」

 言われなくても飲む。

 缶をあけて、中を覗いてみる。よく見えない。だがシュワシュワいってる。においもビール。少し口に含んでみたが、やっぱりビールだ。

「どうです? 私の言っている意味が分かったでしょう?」

「いや、ビールだぞ」

「えっ?」

 なにをそんなに疑ってるんだこの女は。

 自己暗示でもかけて、ビールを飲まないようにしているのか?

 もしそうなら偉いが……。


 だが、彼女はケースからビールを取り出して、躊躇なく飲み始めた。

「水じゃないですか!」

「は?」

「ほら!」

 彼女はびちゃびちゃと床にこぼして見せたが、どこからどう見てもビールだ。

「もったいないな。ビールだぞ……」

「えっ? じゃあ……」


 彼女はゆっくりと上を見上げた。

 かと思うと、そのひたいにバキバキと血管が浮き上がった。


「あンのクソババア……私に呪いをかけたのですかッ!」

 傑作だな。

 かの老婦人は間違いなく人格者だった。

 孫のことを思って行動している。


 彼女は床に向かって缶を叩きつけた。

「そうですか。分かりました。もう我慢しません。私、不良になります。これまで間宮のために、ずっと自分を殺して生きてきたのに。私からお酒まで取り上げるなんて」

「健康にはいいと思うが」

「うるさい! あなたには分からないんですよ! 記憶が飛ぶほど飲んで、すべてを忘れて眠る喜びが!」

「かなりダメな発想だぞ」

「それくらい日頃からストレスにさらされているってことです! あなたも飲むのをやめてください! 勝手に酔っ払ったらぶっ殺しますよ!」

「はい」

 もちろん中止します。

 こんなところで死にたくない。


「いやー、久々にキレてしまいました。でもキレるだけの理由があるので仕方ありませんよね?」

「分かるよ。俺も昼に蕎麦が食いたいのに、いつも同僚に否定されて哀しい思いをした」

「蕎麦……」

「いやまあ実際はキレてないけど」

「じゃあ、なんだったらキレるんですか?」

 理不尽な質問が飛んできた。

 自分がキレているものだから、俺のことまで一緒にキレさせようとしている。こういう同調圧力はよくない。世界を平和に導かない。

「天使ちゃんを殺されたら、かな」

「よく我慢しましたね。えっ? もしかしてまだ怒ってます?」

「いや、べつに……」

「取り乱してごめんなさい。不毛な会話はやめましょう。ところで、いったいあなたはなにをしているのですか?」

 俺がコンビニに入ったのは、ビールを飲むためではない。いや、「ない」と断言したらウソになるが。ほかにも用がある。

 買い物、というか、物色したいものがあったのだ。

「これだ。アルミホイルを探してた。こいつで有機周波数を遮断できるかもしれない」

「本気ですか?」

「ここは模倣子の世界なんだ。実際に機能するかもしれないだろう?」

「……」

 べつにふざけてない。

 理解してもらう必要もない。

 我ながらいいアイデアだと思っている。


 *


 頭部のみならず胴体までアルミホイルで保護した俺は、意気揚々と旅を再開した。

 間宮氏の視線がクソつめたい。


「うーん。それはさすがにどうでしょうね……」

模倣子ミームを信じろ」

 魔法のステッキを剣に見立てて高々と掲げたい気分だ。

 模倣子が戦術になるというのなら、工夫次第で俺にも勝機がある。不断の努力でネットに張り付いていた成果を披露するときだ。ほかに趣味がないのだから仕方がない。


 困惑する間宮氏に、俺はこう告げた。

「プランはこうだ。アルミホイルで有機周波数を遮断する。その上で、オルガンに接近し、マキナとの対話を試みる。あとは俺の流れるようなトークテクで丸く収める」

「丸く収まったことがあるのですか?」

「いや、それは……。とはいえ、未来が必ずしも過去と同じになるとは限らない」

「ダメそうですね」

 そう結論を急ぐな。

 いずれ俺の正しさを思い知ることになる。


 もっとも、俺の話術レベルは、この世界の模倣子とは関係がない。

 つまり俺のプランには不備がある。

 このままではダメかもしれない。歩きながら別の作戦を練るとしよう。


 *


 ふらふら歩いていると、市役所のような場所についた。

 市役所……というにはやや雰囲気に違和感があるが。デザインが、役所にしては派手過ぎる。かといって民間の商店にしては地味。アメリカの国旗がかかっている。

 どこかの米軍基地にでも入り込んでしまったか?

 俺が入院していたエリアだろうか。


「あ、見てください。屋台がありますよ」

 間宮氏が無邪気に走っていった。

 もっと警戒したほうがいいと思うが。


 屋台はあるが、人の気配がない。

 白いもやさえない。


「なるほど。模倣子の世界だけあって、見慣れない食べ物がありますね。この、さうさげ? ってのはなんなのでしょう。ばこんってのもありますよ。いや、ばこーんかな?」

「面白いな」

 ソーセージとベーコンだ。

 ここはアメリカの施設で間違いない。


 ドアが開き、恰幅のいい白人男性が現れた。

「やっと会えたな。中で話さないか? 入ってくれ」

 つるつる頭の、アロハシャツの男だ。中年……というよりは老人だろうか。ここの施設の主かもしれない。流暢な日本語だ。


「どこのどなたです? 俺たちのことをご存じで?」

「チャールズ・フーバーだ。そしてここは大使館。非公式のね」

 アメリカは、模倣子の世界にも進出するつもりなのか。

 俺はつい笑った。

「ではオルガンでここへ?」

「そうなるな。それで? 中に入って話を聞くつもりはあるのか?」

「うかがいますよ」


 *


 事務員はいなかった。

 彼が一人で運営しているのだろう。白いもやも見えないから、お仲間もいないのだろう。


 コーヒーを出してくれた。

 俺は遠慮なく椅子に腰をおろし、コーヒーを飲んだ。間宮氏は警戒しているのか、座らずに、壁を背にして立っていた。いちいち動きが怖い。

 フーバー氏もやや不快そうだったが、彼女をとがめたりはしなかった。


「率直に言おう。我々に協力して欲しい」

 ブルドッグみたいな顔をしている。

 若いころは武闘派だったのかもしれない。いや、いまもそうなのかも。

「具体的には?」

「オルガンを破壊せずに、マキナだけを殺害して欲しいのだ」

「それは協力というより、お願いですね。ま、簡単なお願いなら俺だって聞きますよ。けど、ちょっとハードな気がするな……」

「報酬も提供する。君を我がチームの特別顧問として招聘しょうへいする用意がある」

 アメリカさまの特別顧問か。

 それが事実なら、悪くない提案なんだろう。

「気が乗らないとしたら」

「君たちの口座に、それぞれ500万ドルずつ振り込もう」

「遊んで暮らせる額だな」

 少なくとも木下さんは遊んで暮らせる。遊びが派手でなければ。


 俺が視線をやると、間宮氏は無視するように目を反らした。金に興味はない、といった顔だ。だが独立するなら金が必要になるぞ。


 俺はうなずいた。

「ま、そのときになったら決めますよ」

 フーバー氏は肩をすくめた。

「慎重に考えるべきだな。我々の意向を無視すれば、報酬が手に入らないだけでなく、敵対することにもなる。そもそも君の体内の小型オルガンには、君のコードも記録されていることを忘れるな。我々は、いつでも君を消すことができるのだ」

「分かってますよ」

 それはすでに木下さんから聞いている。

 だが、どうせ消されるなら、こんなブルドッグではなく、木下さんに消してもらいたいものだ。


「本当に分かっているといいが。なにか質問はないのか? ここで問題をクリアにしておいたほうがいいと思うが?」

 あまりに強引な態度だ。

 人にモノをお願いするとき、俺ならこんな態度はとらない。

「なぜオルガンを残しておくんです?」

「再利用するからだ」

「所詮は模倣子なんだから、壊したところでいくらでも複製できるのでは?」

「ふん」

 ふん?

 質問したら答えてくれるんじゃないのか?


 すると間宮氏が冷淡に応じた。

「オルガンのコアには、この世界でしか取れない石が使われているんです」

「石?」

「純度の高い『声』の結晶ですよ。複製はできません」

 そんな事情があったのか。

「でもオルガンはほかにもあるじゃないか。そこから石を持ってくればいいのでは?」

 俺がそう尋ねると、フーバー氏はぐっと顔をしかめた。

「いいか? 我々が必要としているのは、完璧に調律されたオルガンだ。それはこの世界に一台しか存在しない。繊細な機械だから、安易に複製できない」

「なんで日本でやるんです? アメリカでやって欲しいな」

「本国に被害を出すわけにはいかない」

 これだ。

 こいつら、いつもよその国で実験しやがる。優秀なボーイズは投入しないのか? いや、人権問題になるし、保障に金がかかるからしないんだろう。その代わり、こいつらにとっての人権が存在せず、なおかつ安いヤツを使うわけだ。


 俺は味の薄いコーヒーをひとくちすすり、カップを置いた。

「質問は以上です。もう行っても?」

「ああ、好きにしてくれ。だが、くれぐれも慎重に判断してくれ。君の大切な人間が哀しむ顔を見たくないだろう」

「そうですね」

 もしそんなことになったら、こいつをミンチにするボランティア活動が始まる。


「ところで、さっきから気になってたんだが、そのアルミホイルはなんなんだ?」

「流行りのファッションですよ」

 盛大な溜め息が返ってきた。

 会話の通じない相手だと思われたかもしれない。だが、それはお互いさまだ。金は欲しいしアメリカともモメたくないが、それ以上にこいつの提案が気に食わない。


(続く)

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