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ストリングス  作者: 不覚たん


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11/23

そいつはもう死んでいる

 一人で地下へ行き、フィールドに入った。

 もちろん入ってすぐドアを閉めた。

 もう二度目だ。すべきことは分かっている。


 飛ばされた場所はオフィス。

 デスクが三つあり、課長がいて、二番がいて、俺がいた。


 気づいた二番は、うんざりとした顔でこちらを見た。

「なんで来たの?」

「俺の意思じゃない」

 どうやらこの世界では、関係者に引き寄せられる傾向があるようだ。

 まあ俺たちの活動でできた世界だから、個人の経験が影響してしまうのだろう。


 課長は「ほら、ケンカしないの」と注意してくる。

 青白い顔。

 くたびれたスーツ。

 本当に生きていてくれたなら……。


 二番は席を立った。

「三番くん、ちょっと外で話そ」

「いいけど」

 課長は「仲良くね?」と念を押してくる。

 二番は泣きそうな顔だ。

「すぐ戻ってくるので、そこにいてくださいね」

「えっ? いるよ。今日は予定もないしね」

「絶対ですよ?」

「うん……」


 *


 居室を出て休憩所に来た。

 まっしろで飾り気のない廊下だ。自販機だけがピカピカ光っている。しかも商品が……精度の低いAIが出力したような、商品の特定もできないようなデザイン。いったいどんな味がすることやら。


 二番は、顔に似合わず、くたびれたサラリーマンのように壁によりかかった。

「ハッキリ言って邪魔なの。もう来ないで」

「言ったはずだ。俺の意思じゃない」

「じゃあ帰って」

「なんでだよ? 俺も課長と話をさせてくれよ。課長に死なれて哀しんでるのは、あんただけじゃないんだぜ」

 すると彼女は、いきなりバンとテーブルを叩いた。しかも強く叩きすぎたせいか、痛みにもだえてしゃがみ込んでいる。

「いった……」

「なんだ急に」

「死なれたとか言わないでッ! 課長に聞かれたらどーすんのッ!」

「聞かれたくないなら、もっと声をひそめるべきだな」

「あんたね……」

 もう少し冷静になるべきだな。


「悪かった。慎重に言葉を選ぶ。俺はあんたの生活を妨害をするつもりもない」

「課長の存在は不安定なの。たまにふっと消えるときがあって……。少しでも存在に疑いを持つと、ホントに消えちゃうの」

 父親と離れたくない子供みたいな顔をしている。

 これなら実際の娘さんのほうが立派だった。


「けど、どうするんだ? ずっとここにいるつもりなのか?」

「そう」

「いや……」

「なに? なんか文句あんの?」


 するとどこかから「ある」と声があがった。

 もちろん俺じゃない。


 キレのあるショートヘアと、鋭い目つきの女。

 ヴァーゴだ。

 間違いなく本人。

 彼女も来てたのか。


「あおちゃん、なんで……」

 二番は目を丸くしている。

 俺には上から言ってくるくせに、ヴァーゴが現れた途端コレだ。

 まあ話が早くなって助かる。


 ヴァーゴはずんずん近づいてきたかと思うと、いきなりパーンと二番の頬を平手打ちした。驚いている二番に、さらに平手打ち。三発目をカマそうとしていたので、俺はさすがに止めた。

「待て待て。やり過ぎだろ」

「全然足りない」

 バッと手を振り払われてしまった。


 二番はへたりこんでいる。

「な、なんで……。そんなに叩かないでよぅ……」

 もともとの顔立ちが幼いから、泣き出しそうな子供にしか見えない。

 ヴァーゴは仁王立ちだ。

「あんたを助けに来た」

「でも……」

「課長のことは、二人で話し合ったよね? 忘れろなんて言わない。私だって忘れられないよ。けど、いつまでも過去にこだわってたら、あんたの人生が壊れちゃう」

「でも……でも……」

 ぽろぽろと涙をこぼしている。


 俺は席を外したほうがいいだろうか。

 どう考えても二人の会話についていけていないし、温度差もあって、浮いているのだが。

 いや、急にいなくなるのも変だし、いちおういるか。


 二番はしゃくりあげている。

「私、最初の試験で……守ってくれたおじさんも探したの……。でもね、ちっとも見つけられなくて……。顔も思い出せないんだ……。助けてくれたのに……」

「つかさ、ずっと気にしてたんだね」

「気にするよ……。私、忘れたくない……」

 ヴァーゴはぽりぽりと頭をかきつつ、こちらを見た。気の利いたセリフのひとつでも投げて欲しかったのかもしれない。だが、俺は肝心なところで口を滑らせる。喋らないほうがいい。


 ヴァーゴはひとつ溜め息をつき、こう応じた。

「もう自分を責めるのはよしな。死んでいったおじさんたち、みんな大人なんだよ? 自分で判断して、自分で行動したんだ。あんたに生きて欲しかったから。そのあんたが、いつまでも過去にしがみついてたら、あの人たちだって報われないよ」

「でも……」

「でもじゃない。とはいっても、急にどうこうしろなんて言わない。ここに残って、しばらくあんたと課長とお仕事ごっこしてあげる。だけど、心の準備はしておいて。お別れのための準備だよ」

 二番の体がふるっと震えた。

「お別れ……?」

「するの」

「でも……」

「でもじゃない! ゆっくりでいいから。ちゃんと自分の足で歩くことが恩返しなんだよ。いつまでも自分の記憶に課長を縛り付けてちゃダメ」

「うん……」


 同感だ、という顔で俺もうなずいた。

 個人的には、幸せならいまのままでいいとも思う。なにもかも忘れて、一生夢を見ながら暮らすのだ。最高じゃないか。ここではそれでも生活が成り立つ。


 そう考えると、俺もカルト側の発想なのかもしれない。

 みんな生きたまま天国へ行こうぜ、という考えなのだから。


 ヴァーゴはこちらへ向き直った。

「あんたはもう行っていいよ。なにかやってる途中なんでしょ? ここは私に任せて」

「そうかい? じゃ、遠慮なくお任せしようかな」

 俺はハナからいなくてよかったようだな。

 いや、悔しくて言ってるわけじゃない。本当に。ただ、もう少し参加する余地があってもよかった気はする……。

 まあ問題は解決したのだ。ここはヴァーゴに感謝するとしよう。


 *


 さて、一人になった。

 仲間はいないし、自称ヒミコにもらったステッキも紛失している。俺は自力で壁を突破できないから、ステッキが必要だ。ヒミコに会う必要がある。


 とはいえ、ぼうっと駅前を歩いてみても、特に誰かが手を貸してくれる気配もない。

 あるのは輪郭のぼやけた白いもやだけ。


 そうそう都合よく誰かが助けてくれるわけではないらしい。


 ひとまず神社へ向かおう。

 十二番と合流できるかもしれない。


 それにしても……。


 気になるのは二番のことだ。

 えらく課長に執着していた。

 死んでしまった人間に、あんなにこだわって。

 気持ちは分からなくもないが……。本物ではないのだ。生きていたときの言動を、模倣子の力でトレースしているに過ぎない。それでも生きているかのように錯覚できるのかもしれないが……。


 どこかで限界が来ないのだろうか?


 なんというか、存在そのものに対して。

 偽物なのだから、どこかで破綻するだろう。思っていたのと違う反応をするだろう。そのときにさめたりしないのだろうか?

 あるいは、こちらの都合のいいように振る舞ってくれるのか?


「あっ」


 俺は思わず、間の抜けた声を発してしまった。

 うかつだった。

 もっとちゃんと考えながら歩くんだった。


 気がついたときには、俺は見慣れたリビングにいた。


「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。聞こえますか? 聞こえたらお返事ください。ぴーっ、ぴーっ」


 こちらに背を向けた患者衣の女が、床に座り込み、道具も使わず謎の存在と通信していた。

 絶対に会いたくない人間が出てきてしまった。

 声の素養があったからか、彼女は故人にも関わらず、しっかりした存在感を有していた。


「天使ちゃん……か?」

 俺がそう声をかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。

 暗い顔の女。

 目の下にクマがある。

 彼女は俺を見てから、まずは驚いたように目を見開いて、それから嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。

「こんにちは……」

 そう告げた彼女の表情は、信じられないくらい愛しかった。


 敵としてではなく、自由な個人として会えた。

 俺は……本当に、なんとも言えない気持ちになって、ひとまず深く息を吐いた。


「こんにちは」

「うん……」


 ダメだ。

 すべての価値観が崩壊する。


 俺は内心、二番を責めていた。

 自分がそれでいいならいいが、しかし課長は死んだのだ。執着しても虚しいだけだろう、と。


 だが、すべて撤回させてもらう!


 いい。

 目の前に、ただいるだけで、いい。

 それで十分なんだ……。


 俺は膝から崩れ落ちた。

 全身の力が抜けてしまった。


「よかった……。ここで自由に生きてたんだな……」

「ん? ううん。生きてないよ。でも、お話しはできるよ」

「そうだな」

 俺は少し笑った。彼女はジョークを言ったつもりはなかったかもしれないが、こんなことでさえ嬉しかった。会話をできるだけで満足だった。


 彼女は座ったまま、すっと距離をつめてきた。

「泣いてるの?」

「いや、泣いてない。たぶん」

「泣いてないの? でも哀しいよね?」

「そうかな?」

「私を撃ったこと、まだ後悔してる……」

「してるよ、それは」

 すると彼女は、ほっそりした腕を伸ばし、俺の頬に触れてきた。

 本来なら、他人に触れられると拒絶感が出る。

 いまも例外ではない。

 なのだが、天使ちゃんの手を振り払うことはできなかった。いま振り払ったら後悔する。俺はもう彼女を傷つけたくなかった。

「怖い?」

「いや……」

「大丈夫。傷つけないよ」

「ああ……」

 寄せてきた体を受け止めた。

 心臓がキュッとする。興奮ではない。逆だ。呼吸がうまくできなくなって、体が萎えてしまう。なのだが彼女は、構わず体重を浴びせてきた。

「大丈夫。大丈夫だから」

 声が心地よい。

 のみならず、彼女の有機周波数が、俺の緊張を上書きして打ち消してくれる。安心感が、強制的に精神に侵食してくる。


 大丈夫だろうか?

 彼女が俺を殺す気なら、いつでも実行できる。

 なのに、警戒感がまったく働かない。

 糸の切れた人形のように、ぐったりしたまま動けない。


 古い記憶がフラッシュバックする。

 フラッシュバックするたび消える。


「大丈夫だよ」

 天使ちゃんのささやく声が、耳のすぐそばで聞こえた。

 俺はもう、すべてを彼女に委ねる気持ちになっていた。


(続く)

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