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ストリングス  作者: 不覚たん


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10/23

はじめからやり直し

 魔法のステッキを使用すると、空間が裂けてワープゾーンが開いた。

 次第に有機周波数の濃度が高まっている。


 ワープ先も砂漠だったが……。いや、ただの砂漠ではなかった。ビルが建っている。公園がある。スーパーマーケットがある。無秩序に、いろんな世界が切り貼りされたようにつながっている。


 この世界に人間は一人だけ。

 公園のブランコに小柄な少女がいる。


 近づかなくとも分かった。

 オニゲシだ。

 ヒナゲシの妹。

 顔立ちは似ているが、目つきも表情も暗い。


「来て。話そうよ」

 オニゲシはそんなことを言った。

 遠くでつぶやいただけだったのに、その声はハッキリと聞こえた。


 彼女はカナリアとは異なり、直接模倣子に変換されたわけではない。

 普通に死亡したのだ。

 俺が射殺した。

 だから、まるで意思を持った個体のように見えるが、実際はただの残像。生前の行動が、この世界の補助を受けて駆動し続けているに過ぎない。

 そのはずだ。


 俺は、二人の間にいるよう心掛けた。

 オニゲシはおそらくヒナゲシを狙ってくる。


 公園に入り、互いの場所まで数メートルというところで、俺は足を止めた。

「なるべく対話で解決したいもんだな」

「ムリだよ」

「えっ?」


 えっ?


 ザンと空気の裂ける音がした。

 容赦のない音だった。

 俺は状況も飲み込めないまま、体勢を崩して、地面に落ちた。受け身を取ろうと思ったのに、かなわなかった。

 腕と足がバッサリ切断されていたのだ。

 信じられないような量の血が流れて、俺はそこから逃げるすべもなくただ転がっていた。


 ヒナゲシが悲鳴をあげた。


 オニゲシはブランコから立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。

「自分が盾になれば、ヒナゲシを守れると思った? でもダメ。私が殺したいのは、ヒナゲシだけじゃないから」

「なんでッ! この人は関係ないッ!」

 ヒナゲシの叫ぶ声すら俺の体力を奪ってゆく。

 もう地面も血で赤く染まってしまい、それ以外の景色が見えなくなってしまった。


「関係ない? そいつは先生を殺したの。だから、関係ある」

「復讐するなら私にしてよッ!」

「まあ、そう……するけど」


 ふたたび、ザン、と、イヤな音がした。

 ヒナゲシも俺と同じように、四肢を失って地面に落ちた。


「オルガンには近づかせない。あの子は神さまになるんだから。完璧な世界を作るって言ってる。平和で、争いのない、完璧な世界……」

 オニゲシはそこで力を使い、ヒナゲシを両断した。

 気配が消えたから、間違いなく絶命しただろう。

 この世界では死んでも生き返る……とはいえ、ちょっと受け入れられない結果だった。


 オニゲシはしゃがみ込んできた。

「あなたはたぶん、死んだあと、この世界から放り出されると思う。もう二度と戻ってこないで。誰も得しないから」

「どういう……意味だ……?」

 質問をするのさえ苦しい。

 全身の力を振り絞らなくては声が出ない。


 オニゲシは、なんとも言えないような目でこちらを見ていた。

「あの女に伝えておいて。余計なことはするなって」

「あの女……がッ」

 肺から空気が押し出された。

 身体が……。


 *


 まだ心臓がドキドキする。


 まだ?


 そう。

 俺はたぶん殺されて……気を失っていた。それから……どうした? 

 視界に入ったのは天井だ。どこかの部屋でベッドに寝かされている。周囲には白衣の連中。


「副所長、患者が目を覚ましました」

「そう」


 カツカツとヒールの音が近づいてきた。

 覗き込んで来たのは組織の秘書。いや、いまは副所長か。


「事情を説明してください」

 いつもの冷たい態度でそんなことを言ってくる。

 できれば木下さんの顔が見たかった。

「事情? 俺が聞きたいよ」

「言っておきますが、そういうスカした態度、人を不快にさせるだけですから。あなたはいま、私に雇用されているのです。質問されたら、真面目に答えてください」

「いいけど、少し整理する時間をくれ。混乱してるんだ」

「信用できませんね。あなたに時間を与えると、ろくなことがない」

 ま、そうだな。

 少なくとも前回はそうだった。


 身体に負傷はない。

 まったくの無傷。

 模倣子の世界でいくらダメージを受けても、身体は傷つかないようだ。気分は最悪だが。


 俺は身を起こし、ひとつ呼吸をした。

「向こうで戦闘になってね。それで殺されて、気づいたらここにいた」

 ここが模倣子の世界じゃないことは、有機周波数でなんとなく分かった。


 秘書は端正な眉をひそめた。

「ずいぶん大雑把な情報ですね。それで納得するとでも?」

「まずはアウトラインだけ言ったんだ。質問があればちゃんと答える」

 言いたくないことは言わないがな。

「向こうへ行って戻ってきたのはあなたが初めてなんです。しかも排出用のホールから……」

「えっ?」

「ワームホールの出口です。そこはいま政府の管轄になっていて……。あなたをここへ移送するのに、かなりの労力をついやしました。たくさんの書類にサインして……。とにかく、政府に報告する必要があるので、できるだけ詳細にお願いします」


 カルトどもが遊びで深海魚を取り出していた穴から、俺は排出されたのか。

 学者たちは、未知の生物を期待していただろうに。


「知っての通り、そこは模倣子の世界だった。二番と十二番、ザ・フールとザ・チャリオットに会った」

「会った? 生きていたのですか?」

「まあ、生きていた……と、表現していいと思う」

 ほかにもいろいろ会ったが、いまは伏せておこう。

「なぜあなただけ戻ってきたのです?」

「戦闘になって殺害されたんだ。相手はシスターズの誰かだ。名前は知らない」

「なぜ戦闘に?」

「オルガンを守っているようだったな」

「理由は?」

「聞いてる余裕がなかった」

 すると彼女は震える手でメガネをかけなおした。

「とんでもない事実ですね。やっぱり天国は世界は実在したんです」


 忘れていた。

 冷静そうに見えるが、この女もカルトの一員なのだ。

 オルガンがただの殺人装置ではなく、本当に『生きたままの人間』を『天国』へ送る装置だと知って興奮しているのだろう。

 逆を言えば、いままでその確証がないにも関わらず、人々を装置にかけようとしていたわけだが。


 *


 すぐさま宝物殿へ連行された。

 こちらの意思など関係ない。俺は雇用されているのだ。途中で投げ出せば違約金が発生すると脅された。従うしかない。


 宝物殿には、木下さんと、間宮そーらーがいた。二人はテーブルを挟んでソファに腰をおろしている。まるで部屋の主が二人に増えたようだ。和気あいあいといった雰囲気でもないが。


「お帰りなさい、愛しい人」

「チッ」

 木下さんのジョークに、俺は余裕ある対応をできなかった。

 聞きたいことが山ほどある。


 俺は周囲の目も気にせず、木下さんのすぐ隣に腰をおろした。

「マキナについて教えてくれ」

「あなたの娘よ」

「そういうのはいい。あの子は昔……」

「そう。あなたに崖から突き飛ばされたとき、私が身ごもっていた子供ね。でも父親が誰かは分からないし、結局は助からなかった……ということになっていた。でも違ったの。彼女は生きていた。父親はあなた」

「……はい?」


 なんだって?

 いや、いい。

 こういうときでも不謹慎なジョークを言う女なのだ、この女は。


「こっちは真面目に聞いてるんだ。イエスかノーかで答えてくれ。つまり……」

「イエス」

「真面目に答えてくれ」

「真面目に答えてる。ま、怒ってもいいわ。あなたを騙してたんだから。でも信じて? 私にも確証がなかったのよ」

 まだウソをついている。

 この話には矛盾がある。

「俺はあんたと子供を作ったおぼえはない」

「そうね。おぼえはないみたいね。完全に忘れてるみたいだった」

「どういう……」

「あなたが役立たずになった原因は私よ。でも全然私のこと責めないから……。きっと忘れたんだと思って」

「それは……」


 じつは一度、彼女にいじめられたことがあった。

 急に押し倒されて、服を脱がされて……。かといって叩かれるわけでもなく、なんだか分からないうちに終わった。とにかく「逃げなくては」とは思ったが……。


 その程度の記憶しかない。


 彼女はティーカップの紅茶をひとくちやり、かすかに笑った。

「ま、とにかく、私のお腹にいた赤ちゃんは、あなたの子供だったってこと。もちろん当時は分からなかった。私、いろんな男と寝てたから」

「いつ知った?」

「あなたがこの組織に入ってからね。この部屋に来たとき、あなたの遺伝子を採取させてもらったの。それで初めて判明した」

「ウソだ……」

「ウソじゃないわ。科学的に検証した結果よ。でも、よかったじゃない? あなたが私を殺したのには理由があったってこと。もちろん、どんな理由があろうと、人を傷つけるのはダメだけど……。でも少しは罪の意識も薄くなったんじゃない? 私にも非があったんだから」


 ならない。

 考えは変わらない。

 問題が増えただけだ。


 俺は呼吸をした。過呼吸にならないよう、慎重に。

「分かった。あんたの情報を正しいと仮定しよう。すると……いくつかの点がつながるな。夢の中に出てきた少女も……」

「あれは夢というより、ほぼ有機周波数ね。私も受信したわ。あまったるくて不快な夢よね」

「つまり彼女は、俺が父親だってことを知ってたんだな?」

「私が知ったときに知ったんでしょうね。AIを使ってシミュレートしてたことも分かってる。あの子、誰にも分からないよう、ひそかに行動してたのね」

「目的は?」

「平和な世界を作ること」

「……」

 本当に?

 オニゲシも同じことを言っていた。

 だがもし事実なら……。それを阻止する理由があるのだろうか?


 木下さんはどっとソファに背をあずけ、盛大な溜め息をついた。

「だらしないわね。なにぽかーんとしてるの? 未熟な人間の作る『平和な世界』なんて、不備があるに決まってるじゃない? 理想的なのは結構。けど、どこかにひずみが生じるものよ。自分の正義だけが絶対で、他人の正義なんて理解しようともしないんだから。つまり独裁ね。あなた、この世界を、正義に燃えた赤ちゃんに支配させたいと思う?」

 それはダメだ。

 きっとおかしなことになる。


 間宮そーらーが、おずおずと挙手をした。

「あの……質問よろしいでしょうか……?」

 初対面でイキリ散らしていたのがウソのように謙虚になっている。

 俺がいない間に、木下さんにヘコまされたか?


 木下さんは笑顔で応じた。

「質問を許可するわ」

「はい。あの、つまり……お二人は、オルガンのご両親……ということになるんでしょうか?」

「正確には、オルガンに接続された生体パーツの両親ね」

「つまりこの組織の神さまの……ご両親?」

「そうなるのかしら?」

 するとずっと黙って立っていた秘書が「なります」と補足した。彼女は、まだ木下さんを御神体だと思っているのかもしれない。


 間宮そーらーは青白くなっていた。

「あ、あの、じつは私、間宮の宗家じゃなくて……」

「知ってる」

「けど、急に、宗家から連絡があって……。一人、専門家をよこすって……。わた、私、殺されるかもしれなくて……。その……」


 間宮は古い呪術師の家系だ。

 間宮自体もヤバいが、よく分からない支援者がいる。

 間宮の看板を使って軽率なことをするべきではなかった。


 木下さんは麗しい笑みだ。

「大丈夫よ。あなたに手出しはさせない。だって、あなた、ずいぶん協力的だったじゃない? もう仲間よ」

「ホ、ホントに? し、しし、信じていいですか?」

「もちろん」

「うーっ! うーっ!」

 間宮そーらーは泣き出してしまった。

 本気で不安だったのだろう。

 ともあれ、人の心が掌握される瞬間を目撃してしまった。命を奪おうとするやつも、守ろうとするやつも、どちらも怖い。


 俺は立ちあがった。

「どうせまた行ってこいって言うだろうから、もう行くよ。ただ、隠し事はナシだ。どうして欲しいのか率直に言ってくれ」

 これでもまだ隠し事をするというのなら、それこそ好きにさせてもらう。


 彼女は優雅な手つきでカップを持ち上げた。

「じつはね、ないの」

「は?」

「知ってるでしょ? この世界がどうなろうと私の知ったことじゃない。ただ、あなたはそうじゃないと思って」

 選択のチャンスを与えたつもりか?

 余計なお世話だな。

「なら、あんたも知ってるだろ? 俺はあんたの人生にしか興味がない。オルガンが障害になるなら排除する」

「それっていつもの? もっとちゃんと考えたほうがいいんじゃない?」

「一理ある。ま、歩きながら考えるよ」

 まるで物語の主人公にでもなった気分だ。

 ドメスティックな事情が世界の危機に直結している。

 世界にとってはいい迷惑だろう。もちろん俺だって困っている。対象が赤の他人ならよかった。


 ドアを開くと、ちょうどエレベーターが到着したところだった。現れたのはまっしろな髪の女。

「お約束していた間宮です。そーらーさんにお会いしたいのですが」

 巫女装束で弓を担いでいる。

 間宮宗家の娘だ。下の名前は知らない。

 奥で間宮そーらーが「ひっ」と悲鳴をあげた。


 俺は「どうぞ」と道を開け、エレベーターに乗り込んだ。

 あとのことは木下さんがうまくやるだろう。

 俺はいま忙しい。構っている余裕がない。


(続く)

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