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半年のブランク

『続いてのニュースです。あの「オルガン」が、またしても快挙。なにもない空間から、未知の生命を誕生させることに成功しました。専門家らによれば、これは神話に登場するドラゴンの一種ではないか、とのこと。神話の実在を証明する大発見につながるかもしれません。今後の研究に期待したいですね』


 俺は狭くて古いアパートで、ぼうっとテレビを眺めていた。

 ドラゴンというよりは、ねとねとの粘液にまみれた深海生物のなりそこないにしか見えなかった。見る人が見れば、「極めてなにか生命に対する侮辱」を感じるかもしれない。


 これがニュース?

 本当に?


 火星人が攻めてきた――。

 かつてアメリカで、そんなフェイク・ニュースが流れたことがあった。そのせいで大きな騒動へと発展した、という記録もある。いや、まったく騒動などなかったという説もあるが。

 とにかく、ニュースというていで市民を欺くべきではない。


 それはそれとして……。


 ここ日本では、騒動は起きていない。

 それどころか、もうずっとだ。

 ずっとこんな調子で意味不明なニュースが流れていて、みんな慣れっこになってしまっている。


「ねえ、あなた。いつまでもゴロゴロしてないで、仕事に行ったらどうなの?」

 安っぽいパーカーを着た同居人の女が、つめたい言葉を投げかけてくる。


 かつて某カルトに祭り上げられていた女。

 しかしていまはただの無職。

 名は木下沙織。

 目鼻立ちがハッキリしており、顔だけはいい。

 顔だけは。

 しかし顔以外は……。


「なんだよ仕事って」

「ドラゴンを殺して世界を救うのよ」

「はいはい」


 もう世界全体がおかしくなっている。


 あらましはこうだ。

 オルガンとかいうイカレた発明があった。

 そいつを使えば、人体を――つまり遺伝子ジーンを、模倣子ミームに変換できるという話だった。

 模倣子というのは、この世界に蓄積している「情報」の残像ようなものであり……。それと一体化するということは、神に近づくことであり、すなわち天国へ行くのと同義である、と。少なくとも某カルトはそう主張した。


 簡単に言えば、オルガンは、カルトの商売道具であったのだ。

 木下さんは、それを稼働させるためのパーツの一部になる予定だった。


 俺は命をかけてそのカルトをぶっ潰した。

 世界はよくなるはずだった。


 だが出血多量などで半年ほど気絶しているうちに、世界は思わぬ方向へ一変してしまった。

 まるで浦島太郎だ。


「いい? あなたが世界を救ってくれないと、私に背負わされた数千億もの借金がチャラにならないのよ? 私を助けると思って、世界を救ってよ」

「気が乗らないな」


 この女が数千億も借金したのには理由がある。

 某企業と共謀し、気絶していた俺に、勝手に機械を埋め込んだのだ。おかげで半年も眠ったまま過ごすハメになった。

 ただの出血多量だったのだから、輸血だけで回復したはずなのに。


 *


 仔細は省くが、じつは基礎情報だけはもらっている。


 オルガンは、遺伝子ジーン模倣子ミームに変換する装置として開発された。

 じつはその逆も可能。

 ニュース番組が伝えていたように、なにもない空間から、なんらかの生命を引きずり出すこともできるのだ。いや「なにもない空間から」というのは不正確だな。模倣子――つまり有機周波数の堆積している空間から、だ。


 説明された当時、なにを言われているのか分からなかったが、このところのニュースを見てさすがに理解した。


 カルトが崩壊したあと、別の組織がオルガンを手に入れ、アメリカの制止を無視して使いまくっているのだろう。しかも技術だけは画期的だから、人々からは称賛をもって受け入れられてしまった。

 ニュースでやっていたドラゴンなどは可愛いもので、裏ではもっとエグいものを生成しているらしい。


 単に「神話は実在した」とだけ言えば、夢のある話に聞こえるかもしれない。

 しかしそこから「神は存在した」「これを崇めなさい」となるのは目に見えている。

 新たなカルトの誕生だ。


 *


 翌日、俺はテレビを眺めながらカップ焼きそばを食っていた。

 木下さんの手料理よりも、こちらのほうがはるかにうまい。彼女の手料理は……俺の寿命を縮めるのに適している。


「ごめんね。最近、スーパーが値上がりしてて」

「謝る必要はない。俺はこいつで十分だから」

 むしろずっとカップ焼きそばだけで生活したい。


 だが、彼女は本心から謝ったのではなかった。

「はい? 謝る必要はない? 偉そうに。むしろあなたが謝りなさいよ」

「……」

「あなたが仕事すれば済む話なんだから。ほら、これ。使って」

 彼女はテーブルの上に、ごとりと拳銃を置いた。

 見慣れた銃だ。

 触らなくても感触が分かる。

「い、いったいどこから……」

「出どころは聞かないで。危険をおかして、あなたのために手に入れたのよ」

「俺のため? 自分の借金のためだろ……」


 美人は三日で見慣れるというが、それはウソだと思う。

 いつまで経っても見慣れない。

 そしてまた、この傲慢さにも慣れることはない。


「私が借金を苦にこの世を去ったら、あなた責任とれるの?」

「いや、いかなる方法でこの世を去ったとして、責任はとれない。前回と同じようにな」

「普通、そんなこと言われたら刺してるところね」

「そしてここには銃がある」

「それはあなたの商売道具よ。痴話ゲンカのための道具じゃない」

 まあそうだ。

 ここがアメリカならともかく、普通、ケンカで銃は使わない。


「ったく……。じゃあ俺は、なにをどうすりゃいいんだ?」

「ドラゴンを殺して世界を救うの」

「つまり新たなカルトをぶっ潰したら、借金がチャラになるってことだよな? まあ、可能ならやってもいいけど……」

「可能よ。あなたならね」


 俺の身体に埋め込まれた機械は、かつてカナリアという少女に実装されていたものの改良品だ。

 無機物を模倣子ミームに変換することができる。

 もっとも、俺には素養がないから、その「素養」もセットで埋め込まれているわけだが。おかげで微弱ながらも有機周波数を受信できるようになってしまい、苦労している。


「あの謎のパワーで周囲の銃弾を消せるのはいい。ただ、分かってるとは思うが、俺が持ってる弾も消えるんだ。当然、この銃も巻き込まれる。かといって拳法の達人ってわけでもないから、素手じゃ戦えないしな。戦ってる最中に相手の周波数を解析するのもムリだ」

「大丈夫よ。特別製を用意したから。銀の弾丸よ」

「それでドラゴンを殺せって? もしアメリカが本気なら、爆弾詰んだヘリでも突っ込ませればいいんじゃないか?」

「そんなことしたら国際問題になるでしょ」

「間違って墜落したことにすればいいだろ」

 いくら墜落しても、日本はなにも言い返せないのだ。

 あいつらにとっても楽だろう。


 日本という国は、とっくに壊れていた。

 そのおかげで、新たなカルトにグチャグチャにされたのに、たいしたダメージにならずに済んだのは皮肉な話だが。むしろオルガンが公開されたことで、日本は凄いと誇りに思っている始末だ。

 幸せそうでいいじゃないか。

 もう放っておいたらいいのだ。


 とはいえ、だ。

 あのアメリカが、民間人の俺にこんな危険な機械を仕込んだまま放っておくわけがない。

 いずれなんらかの手を打ってくるだろう。

 どちらにせよやるハメになる。


「もし私の言うこと聞いてくれたら、あなたと結婚してあげる」


 木下さんはそんなことを言った。

 だが、俺がこの話を聞かされるのは初めてではない。

 なんべんも聞かされた。

 取引材料になるとでも思っているのだろう。


「断る」

「は?」

「何度も言わせないでくれ。俺はあんたと結婚したいとは思ってない。むしろ一刻も早く、どこかの誰かと結婚して欲しいと思ってるくらいだ」

「え、待って。なに? なんなの? 一回、正気に戻りなさいよ。あなたの女神が、あなたと結婚してもいいって言ってるのよ? それが『断る』? そんな選択肢ある?」

「あんたは確かに女神だが、そういう女は信者なんかと結婚しないもんだ」

 すると彼女はテーブルの銃を手に取り、ぐっと近づいてきた。

 どうせ弾も入っていないくせに。

「その『信者』って言うのをやめなさい」

「ほかに適した言葉が思いつかない」

 彼女は溜め息とともに銃を置いた。

「忘れてたわ。あなたって、役立たずな上に無能だったわね。あなたがそのつもりならこっちにも考えがあるわ」

「どんな?」

「私、近所のスーパーでナンパされてるの。そのおじさんとヤるわ。いいわよね、誰のものでもないんだから」

「いいよ」

「……」


 本当はよくない。

 怒りで内臓がざわめいている。

 だが俺は、彼女の自由のために戦ったのだ。

 そして彼女は自由になった。

 その後は、借金を背負おうが、そこらのおじさんとヤりまくろうが、俺の関与するところではない。


 彼女は銃を自分の頭に押し当てて、何度もトリガーを引いた。

 弾が入っていないから、まともにトリガーも引けない状態だが。


「あーもー死にたいぃ。顔しか取り柄がないから、自分じゃなにも解決できないし。急に白馬の王子様でも現れて、私を救ってくれないかしら……」

 仰向けになって、白目をむいている。

 しかもこちらがなにも言っていないのに、いきなり身を起こし、反論じみた弁解を始めた。

「あ、いま『白馬の王子様』とか言ったからバカだと思ったでしょ? でもわざとバカっぽく言っただけだから。それをバカだっていうなら、そっちのほうがバカだから」

「まだ言ってない」

「あなただってむかし『お金落ちてないかな』とか言ってたでしょ? それと同じだから! 人をバカにする権利とかないから!」

「はい」

 俺がやると言うまで、ずっとこれを聞かされるのか……。


 だが、この仕事には不安材料が多すぎる。


 いま、某動画サイトでは、間宮を名乗る女が「声が聞こえる」とかいって教祖じみた活動をしているのだ。

 のみならず、そいつには親衛隊までついている。中には見知った顔もちらほら。

 そのカルトは、オルガンを持っている連中ともつながっているらしい。


 仕事を引き受ければ、過去の同僚と戦うことになる。

 いや、同僚ではなくボス、か。

 謎の力を使えば勝てるだろう。だが、勝ちたいと思えない。


「ねえ、誰かいい男紹介してよ」

「もしそんなの知ってたら、俺が頼ってる」

「そうよね。あなた、友達いないもんね」

「……」

 そういう自分はどうなんだ?

 友達がいるのか?


 いや、尋ねるのはよそう。

 また倍以上の呪詛を投げられるに決まっている。


 俺は反論を飲み込み、さめた焼きそばを食った。

 さめただけでなく、すでにパサついていた。


 この家を出るためにも、せめて就職くらいはした方がよさそうだ。

 収入が必要だ。

 どこかに金でも落ちていればいいのだが。


(続く)

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