用心棒
「全く……。心配して見舞いに来たら何をしているのだ君達は……」
美女に小言を言われながら、ソーマはココと二人、美女に連れられ病室を出る。そのまま診療所の玄関も潜り抜け、通りに面した喫茶店のテーブルを陣取った美女は二人に向かい、
「どうした? 遠慮せず座れ」
椅子を引いて席を促す。ソーマとココが着席すると美女はウエイターを呼びつけ、
「彼らに冷たいものを頼む。私はいつもの」
言いながらバスケットをテーブルに置き、中からパンとサラダを取り出す。
それを見たウエイターは困り顔で、
「サーニャさん、いくら常連でも持ち込みはちょっと……」
「ん? ああ、すまない。では厨房を借りるぞ」
言って席を立ち、バスケットを抱えて店の奥へ入っていく美女。
数分後。呆気にとられ茫然としていた二人の元に、美女が料理と飲み物を乗せたトレーを持って戻ってきた。
「待たせたな」
料理と飲み物を二人の前に並べ、美女も席に着く。
「あの……」
「遠慮するな。私のおごりだ」
ソーマの言葉を遮って、美女が料理を勧める。
二人は恐縮しながらも、久々のまともな食事をありがたく頂くことにした。
「ごちそうさまでした」
丁寧に両掌を合わせるココ。ソーマも食事を終えてフォークを置く。
「あ、あの……ありがとうございます。見ず知らずの俺達の為に……」
「なに。袖振り合うも他生の縁と言うだろう。気にする事はない」
謝辞を告げながら頭を下げるソーマとココに、美女はカップを傾けながら応える。
「それにしても驚いたよ。砂嵐の被害を確認しに行ったら、空から人が降ってきたんだからな」
「ご迷惑をお掛けしました」
「人命救助も仕事の内だからな。そんな事より、そんな軽装で何をしていたのだ? 君達――」美女はティーカップをソーサーに戻し、「そういえば……まだ名を聞いてなかったな」
思い出したように言う。
「あ……俺はソーマ・イーゲルニッヒ。こっちはココ・バレンタインです」
ソーマが自己紹介を終えると美女は居住まいを正して、
「ソーマとココ、だな。私はサーニャ。この町の用心棒のような仕事をしている」
軽く会釈。
「それで? 何をしていたのだ?」
「仲間の船とはぐれてしまって。それで歩いてたんです。そうしたら途中で嵐に巻き込まれてしまって……」
「それは災難だったな……。行く宛てはあるのか? 仲間の向かった場所は分かるか?」
「それが……信号弾で『後で合流しろ』としか」
神妙な声でうつむくソーマに美女――もといサーニャは困った表情を浮かべる。
「合流場所の定めもなくはぐれたのか……難儀だな。その船の進路はこの町の方で間違いないのか?」
「いえ、その……嵐のせいで方角も分からなくなってしまって」
ソーマの言葉に、サーニャは顎を摘まみ少し考え込む。
「君達はどこの町を発ったのだ?」
「えっと……ココ、あの町の名前は?」
「シラフの町だよ」
「ふむ、シラフか」
サーニャはティーカップに指を突っ込み、滴でテーブルにぐにゃぐにゃした線を引く。
「シラフはここ。嵐の進路はこうで、発生源はここだ。二人を拾ったのはこの辺りで、現在地はここ――ラシャの街だ」
きゅきゅきゅっ、と指を走らせ地図を完成させる。
「その船を追ってシラフを出て嵐に巻き込まれたということは――喜べ。その船の進行方向から大きく外れてはいないはずだ」
「そ……そうですか……よかったぁ……」
安堵の息を吐いて、背もたれに身体を預けるソーマ。それを見たサーニャは微笑み立ち上がり、
「では港へ行こう。君の仲間の船が寄港したかも知れんからな」
「すみません、お手数をかけて……」
「気にするな。船の名は何という?」
ウエイターを呼び、財布を取り出しながらサーニャが問う。
「ナディアです」
「『希望』か……好い名だな。船長の名は?」
「あー……どうなんだろ……」
「? どうした?」
考え込むソーマに財布のコインを探りながらサーニャ。
「いえ……船長、誰がやってるのかなって……」
「?」
「前の町……シラフに寄港した時に宇宙恐竜に襲われて……アーニャさん……団長が……」
その言葉を聞いたサーニャがコインを取り落し、チャリーン、と床を叩く。
「サーニャさん、コイン落としましたよ」
ソーマがコインを拾ってサーニャに顔を向けると――ひどく険しい顔でソーマを睨み付けていた。
「……? サーニャさん?」
「ソーマ……君は……知っているのか?」
「な、何を――っ!?」
ソーマの胸倉を掴み上げ、鋭い視線を突き刺してサーニャは叫んだ。
「姉を……! アーニャを知っているのか!?」
「アーニャは私の双子の姉だ。もうかれこれ一〇年になるか……姉が家を飛び出していったのは……」
「アーニャさんが、家出を?」
喫茶店を出た三人は港へ向かい、歩きながら言葉を交わす。
「家出、か……。あの家は、姉には居心地が悪かっただろうからな」
サーニャは嘆息しながら言葉を続ける。
「私の家柄はそれなりに名の知れた名家でな。代々の頭首が騎士団の長を任されてきたような家系だったんだ。姉も私も幼い頃から剣を仕込まれ、種々の教育も受けてきたんだが――姉には水が合わなかったようでな」
「あー……なんか分かります。アーニャさん、そういう堅苦しいの苦手そうですもんね」
「はははっ。家を飛び出してもお転婆は変わらなかったのだな」
二人して微苦笑を浮かべる。ひとしきり笑いあった後、サーニャは真面目な顔に戻って、
「お転婆なのもあったが、姉が一番辛かったのはきっと……自分に剣の才が無かった事だろうな」
「……そうなんですか?」
サーニャはソーマにうなずいて、
「弱かった訳ではないのだがな……姉は心根が優し過ぎたんだ。戦で敵兵に情けをかけ、斃れた者には敵味方関係なく涙を流し、戦を収められない自分の非力さに唇を噛んでいたよ。――姉の才は戦ではなく、弱き民の為に使われるべきだと、皆薄々気付いてはいたんだがな……」
サーニャの言葉にソーマは思い出し、言った。
「旅団でも、アーニャさんはナイフすら手にしませんでした。海賊に襲われた時も、宇宙恐竜に出くわした時ですら、絶対に。でも旅団の誰かが怪我したら必死になって手当して、付きっ切りで看病して……船医のトンマさんて人に叱られても、寝る間も惜しんでずっと」
「そうか……」
自分の知らない姉の活躍を聞いて、サーニャは嬉しさ半分寂しさ半分といった微苦笑を浮かべる。
活気溢れる通りを右に左に折れ、やがて三人は港に着く。
「あ、サーニャさん。お務めですか?」
寄港した船の管理係の青年が、業務を途中で放り投げてサーニャに近付いてくる。サーニャは軽く会釈してから、
「いや、野暮用だよ。ミハイル、この数日に『ナディア』という船は港に入ったか?」
サーニャが訊ねると青年――ミハイルは小首を傾げ、
「そんな急に言われても……サーニャさんも知ってるでしょう? この港には一日に三桁の船が寄港してくるんですよ? それにナディアなんてよくある名前ですし」
言いながらミハイルは手にした書類の束を捲り、
「ほら、今日だけで『ナディア』って名前の船が五隻も」
指差された書類を見てサーニャは顎を摘まみ、
「そうなのか?」サーニャはソーマに振り向いて、「 ――ソーマ、君の船には何か特徴はないか?」
訊ねる。
ソーマは腕を組んで思案して、
「そう言われても……ちょっと大きな普通の船、としか……」そこでハッとして顔を上げ、「そういえば、帆に紋章が入ってたな……」
「紋章、ですか?」
訊ねるミハイルにソーマは頷き、地面に指で描き出す。
「楯に交差した三本の剣と狼のシルエットで――こんな感じの紋章が」
ソーマの描いたデザインに視線を落とすミハイルとサーニャ。するとサーニャが「ぶふっ!」と噴き出し、
「ソーマ……それは……ほ、本当か?」
目尻を下げ口元を手で隠し、必死に笑いを噛み殺しながら訊ねる。
「え? ええ、確かこんなでした。細部はちょっと違うかもしれないですけど……」
ソーマの答えを聞いたサーニャはいよいよ堪えられなくなり、腹を抱え高らかに笑いだした。
「「?」」
怪訝な眼で自分を見詰める三人に気付いたサーニャは息も切れ切れに、
「ははっ! す、すまない。そうか、成る程な……くくっ……あははははっ!」
ひとしきり笑ったサーニャは目尻の涙を拭いながら地面の絵を指差し、
「ソーマ。ひょっとすると、君達は『アーセナル』と名乗っていなかったか?」
「知ってるんですか? 俺達を」
答えるソーマにサーニャはかぶりを振って、
「いや、知らないよ。だがその紋章は私と姉の――アーセナル家の紋章だからな。そんな気がしただけだ」
「え……えええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇ!?」
目を見開いて驚愕に顔を歪めるソーマ。
「あ……アーセナル家ってあの……『ルアナの銀狼』の……?」
「よく知っているな。ルアナの銀狼、ロラン・アーセナルは私の父だよ」
笑って答えるサーニャ。ソーマは背筋を震わせると地面に膝を突き額を擦り付け、
「俺……いえ、自分なんかが軽々しく口を利いて申し訳ありませんでした!」
平身低頭に叫ぶ。
「? どうした、ソーマ?」
突然のソーマの奇行に若干引きつつサーニャが訊ねると、
「お父君……ロラン閣下には町ぐるみでお世話いただきました。なのに閣下の御息女にあんなに馴れ馴れしく……終いにはアーニャさ……お姉様を守り切る事も出来ずに俺……自分は……」
拳を握り震えながら言うソーマに、サーニャは静かに訊ねる。
「……ソーマ……君の出身はどこだ?」
「アリヤンテの町です。五年前に宇宙恐竜の襲撃に遭い町は壊滅しました。その時にたまたまアーニャさ……お姉様が立ち寄られ、自分を船に迎え家族同然に接してくださいました」
「アリヤンテ……そうか……。あそこは隣国とのいざこざが絶えなかったからな」
サーニャは目を閉じ頷いてから、跪くソーマの肩に手を伸ばし、
「顔を上げてくれ、ソーマ。確かに私はロランの娘だが、今は一介の用心棒、サーニャだ。君に頭を下げられる覚えはないよ」
「でも……アーニャさんは俺達を庇って……!」
「――姉にとって、君達は命を賭して守るべき存在だったんだろう。姉が好きでやった事なんだ。君が気に病む事ではない」
「……サーニャ様……」
恐る恐る顔を上げたソーマに、サーニャは柔らかく微笑んで、
「そう他人行儀に呼ぶな。姉が君を家族として迎えたのなら、私にとってもまた、家族なのだからな」
ソーマの瞳を真っ直ぐに見詰めながら、言った。
「不出来な姉を慕ってくれて――最期を看取ってくれて……ありがとう」