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銀河のアストラーデ  作者: シン サヲトメ
3/17

fragment

その晩は、このままこの家で夜を明かす事にした。女性であるアーニャは隣の一室で、残りの男どもは一部屋で雑魚寝。


慰霊旅団アーセナルは町から町への根無し草。基本的に夜はナディアで過ごすのだが、さすがに今日は皆一様に疲れていた。何時間もかけ町中の亡骸を小高い丘の上に運び、一一二もの墓穴を掘って弔ったのだから無理もない(一一二という数はこれまでの仕事の中でもトップクラスの数だった)。


次の町への出立は明日の昼にして今晩はとりあえず休もう、というトンマの提案をアーニャが呑み、部屋を軽く片付けた時にはもう、夜も更けきった頃だった。


――住人の居ない町の夜はいやに静かだった。

宇宙恐竜によって所々が壊された建屋には隙間風が入り込み、ひゅーひゅーと不気味な音を響かせる。


ソーマはその音が無性に気になって、なかなか寝付けずにいた。

床に直に寝そべっているので背中が痛い。右に寝返りを打つと、バンダナを外したアザッフの寝顔が目に映った。


ソーマにオッサンの寝顔を眺める趣味はないので、左に寝返りを打つ。今度は能天気に鼻提灯を膨らませたヤズーの寝顔が飛び込んできた。


「……」


ナディアでもソーマはトール、ビヤーキーと同じ部屋で寝ているのだが、如何せん部屋が狭いのでトールとビヤーキーは床で、ソーマは壁に張ったハンモックで寝ている。こんなにオッサン達と近くで眠るのは、ソーマがアーセナルに入って五年、数える程しかなかった。


ソーマは身体を天井に向けて、ふいっ、と溜め息を吐く。


――けれどあの子は。ココは一人で眠っているのだろう。

忌み子と忌避され、誰とも関わらず、ずっと一人で――


そう思えば、今のこの状況は随分と恵まれている方なのだろうか。


そんな風に考えていると、隣の部屋――アーニャが一人で寝ているはずの部屋のドアが開く音がした。次いでかつこつと具足が床を鳴らす音がして、その足音は家屋の外に消えていく。

ソーマはみんなを起こさないように静かに身体を起こし、お腹に掛けていたタオルケットを持ち、そっとドアを開けて外に出る。


しんと静まり返った廊下を抜けて外に出ると、アーニャが一人、星空を見上げて佇んでいた。

その表情はどこか物憂げで、細められた紅い瞳には夜空の星が映り込んでいる。


ひゅっ、と短い風が吹き、アーニャの燃えるような赤い髪を靡かせる。その風で身体が冷えたのか、アーニャはくしゅっ、と小さなくしゃみをした。

ソーマはアーニャに歩み寄り、手に持っていたタオルケットをそっと肩に掛ける。するとアーニャはびくっと肩を震わせてから、表情を驚きに歪ませて振り返る。


「ぼ、ボウズか……脅かさないでくれ」


どうやらソーマが近付いてきていた事に気付かなかったらしく、ひどく恨めしげに半眼を垂れるアーニャ。ソーマは苦笑しながらすみませんと告げ、さっきまでアーニャがそうしていたように夜空を見上げる。


月のない真っ黒な夜空に瞬く幾千もの星々。目を凝らせば、何万光年も離れた遠い場所にある別の銀河さえ見えそうだ。


「綺麗ですね。特にあの碧い星……なんだか懐かしいような……」


一際目映く輝く碧い星を見て、ソーマの口から感嘆の吐息が漏れる。その声にアーニャもそうだなとつぶやいて、また夜空を見上げる。

しばらく二人して無言で星空を眺めていると、アーニャが視線を上げたまま隣のソーマに声をかけた。


「明日の昼、我々は荷物を船に積み、この町を出る。朝は手分けして水と保存の利きそうな食料を分けてもらいに行くぞ。今日は疲れただろう。ゆっくり休んでおけ」

「アーニャさんこそ、寝なくていいんですか?」


ソーマが訊ねると、アーニャは肩に掛かったタオルケットを胸元を隠すように掻き抱き、


「何だか……急に星が見たくなってな」


ふぅ、と小さく溜め息を吐いた。それから不意に、


「ココ……と言ったか。あの少女は」


視線を星空から町の上の丘に移し、つぶやく。その視線の先には、闇に呑まれ、まるで魔界への入り口のようにさえ思える不気味な雰囲気を纏った森。


「日蝕の日に生まれた忌み子、魔界の王に魂を食われた子、か」ココが語った話を反芻してアーニャは、「――ボウズ。私はあの子を――ココを旅団に加えようと思うのだが」


真剣な声音で続ける。


「町が壊滅し、忌み子であるあの子の世話をする者は居なくなった。あの子はそれも運命だと言ったが、人は生まれてきた以上、生きている間は生きる義務がある。散っていった者を糧に生きているのだからな」


その言葉に、ソーマは黙ってうなずいた。


――人は生まれてきた以上、生きている間は生きる義務がある――


その言葉は五年前。三つ首六羽の宇宙恐竜に壊滅させられた町で唯一人生き残ったソーマに向けて、アーニャが言った言葉だった。あの日アーニャはそう言って、涙に暮れる幼いソーマの手を引いて、旅団の一員として迎えた。


ソーマは、あの時アーニャが差し出した手の温もりを思い出す。

暖かくて、柔らかくて、何より優しくて。


あの日アーニャがあの町を訪れていなかったら、今頃ソーマは生きてはいられなかったかも知れない。


ココは暗に「死ぬ事も運命だ」と言ったが、今日この町でソーマとココが出逢ったのも、言ってみれば運命だ。三日ぶりの食事に涙したのも――本人に自覚はないかも知れないが――生きていられた事、明日への糧を得られた事が嬉しかったからだろう。


ならば、本当に彼女は『死ぬ事を受け入れて』いるのだろうか。

生きることを諦めた人間が、果たしてあんな優しい顔で笑えるだろうか。


ココを引き留められず見送ってずっと、ソーマはそんな風に考えていた。朝になったら食料調達の振りをしてココに話をしに行こうとも、ココを説き伏せられた時には、アーニャに土下座してでも、彼女を旅団に加えてもらおうとも思っていた。


だから、アーニャの方からそんな話を切り出してくれた事に、ソーマは純粋に嬉しくなった。

アーニャは視線をソーマに移し、その瞳を見詰め、言った。


「あの子は『あの小屋でしか生きていけない』と言ったが、幸か不幸か――亡くなった町の者達には不幸だが、あの子にとっては幸いな事に、もうあの子の出自を知る者は居ない。あの子を忌み子と嫌う者も居ない。ならば、あの子があの小屋でしか生きていけないというしがらみも、もうどこにもないのだ」

「そうなりますね」


ソーマからの肯定の言葉にアーニャはうんとうなずいて、もう一度、同じ言葉を繰り返す。


「私はあの子を旅団に加えようと思う。異存はあるか?」


ソーマはふっ、と微笑んでから、


「ある訳ないじゃないですか。他のみんなだって、きっと」


うなずいた。

その答えに満足したのか、アーニャも優しく微笑んでうなずき返す。


「では明朝、私と貴様でココを迎えに行くぞ。――明日の朝も早い。もう休め。私も休む」


言ってアーニャが踵を返し、玄関のドアに手を掛けると――町の外れ、港の方からけたたましい獣の咆哮が響いた。


「まさか……」

「宇宙恐竜……?」


聞く者の身体の芯を揺さぶるような咆哮に身を竦ませる二人。

アーニャは膝を叩いて自分に活を入れ、次に怯えるソーマの頬を叩いた。


「みんなを起こして! すぐに逃げるぞ!」

「は……はい!」


二人して玄関を蹴破り、大声で叫びながら広間に飛び入る。その慌ただしさにアザッフ達は目を覚まし、寝ぼけ眼でソーマに訊ねた。


「どうした、何事だ?」


その問いに、アーニャが代わりに答える。


「宇宙恐竜だ! 全員起きろ!」

「宇宙恐竜だと……!?」


その四字熟語に全員が蒼褪め、急いで身を起こし逃げる準備をする。

そうしている間にもズシンズシンと地を揺らしながら足音が近付いてくる。


やがて全員が支度を終え玄関から出ると、暗闇の向こう、いうなれば目と鼻の先で足跡が止まった。

見上げる七人の視線の先には、二つの眼球を赤黒く光らせ、大きな顎に尖った牙を並べた、全高七メートルに届くかという巨体を逞しい両脚で直立させた人類の捕食者――宇宙恐竜が居た。


「アゴオォォォォォォォ!」


宇宙恐竜の咆哮が響き、ビリビリと七人の鼓膜を振動させる。

アーニャが耳を塞ぎながら周りに叫ぶ。


「全員散開しつつナディアに急げ! ボウズは私と小屋へ! ココを連れてくるぞ!」


アーニャの叫ぶ声に、男達は銘々八方に走り出す。

アザッフとビヤーキーは宇宙恐竜の両脇をすり抜け、ヤズーとパズーは建屋に飛び込む。裏口から抜けて港に行くつもりだろう。トール、トンマ、そしてアーニャとソーマは宇宙恐竜に背を向けて、丘に向かって走り出した。


宇宙恐竜は一塊になって走り出した目の前のアーニャ達を狙って追いかける。


「よし、これでアザッフ達は無事に船に辿り着けるな」


アーニャがちらと振り向いて言う。

けたたましい咆哮を吐きながら、足音を響かせて宇宙恐竜が駆ける。そのスピードはおおよそアーニャ達と同じくらい。


「アギャアァァァァァァァァァァ!」


宇宙恐竜がその巨体からは想像もできない跳躍で、トンマに爪先を向けた。


「トンマさん! 横に飛んでっ!」


叫ぶソーマ。その声に弾かれて咄嗟に左へ転がるトンマの頭上を、宇宙恐竜の黒い巨爪がかすめた。

ずざざざざっ! と地面を爪で捲り上げながら着地する宇宙恐竜。その隙にトンマは起き上がり、建屋と建屋の隙間に身を滑り込ませ駆け出す。


「出航準備を進めてくる! 無事に戻れよ、アーニャ!」


首だけ振り向いて叫ぶトンマにうなずいて、アーニャは再び丘の上に向かって駆け出す。ソーマとトールも続き、宇宙恐竜も少し遅れて追ってきた。


丘までは緩やかな上り坂で、おまけに三日前の宇宙恐竜の襲撃による被害でそこらじゅうに瓦礫が転がっていて足場も悪く、相当に走り辛い。


「うわっ!?」


瓦礫に蹴躓いて地面に転がるトール。


「コギャアァァァァァァァ!」


転んだトールに宇宙恐竜が迫る。

顎を裂けんばかりに大きく開き、涎とともに叫び声を吐き出す。そして丸太のように太い首を仰け反らせ、反動をつけて頭を叩き付ける。


ドオっ! と地面に突き刺さる宇宙恐竜の頭部。トールは咄嗟に右に転がりその顎を躱していた。

宇宙恐竜はズボっと地面から頭を引き抜き、標的であるトールを探して首を左右に振る。そして拳大の鼻孔をひくつかせながら、赤く濁った両眼を、未だ地面に尻餅を搗いたままのトールに向ける。


「トールさん!」


ソーマが足元に転がっていた煉瓦を拾い上げ、宇宙恐竜の頭目掛け投げ付ける。ドっ! と鈍い音を立てて、煉瓦は見事に宇宙恐竜の右眼に当たった。

宇宙恐竜の注意がソーマに向く。


「トールさん! 今の内に!」

「悪い! 助かった!」


叫ぶや否やトールは立ち上がり、宇宙恐竜の足元をすり抜けて坂を下って行く。


「アゴォォォォォォォォォ!」


宇宙恐竜の咆哮に耳を塞ぎ、身を縮こまらせるソーマ。


「立ち止まるな! 走れ!」


ソーマの腕を掴んでアーニャが駆け出す。


息せき切らし勾配を駆け上がり、森の入り口に辿り着いたアーニャとソーマ。立ち止まり振り返ると、少し離れた所に宇宙恐竜の姿が見えた。


「ボウズ、まだ走れるか?」

「だ、大丈夫です……若いですから」


息を切らしながら答えるソーマ。


「小屋まで一気に行くぞ。幸いこの森は枝が低い位置に茂っている。あの宇宙恐竜の足を削げるだろう」


喋っている間にも、宇宙恐竜はどんどん距離を詰めてくる。


「行くぞ!」


叫んで森の中へと駆け込んでいくアーニャに続いて、ソーマも走り出した。

漆黒の闇と、不気味な程に冷えた空気を抱えた森の中を、二人はあらん限りの力を振り絞って走り続ける。


アーニャの目論見通り宇宙恐竜の巨躯は梢に遮られ、二人との距離は段々と開いていく。

そのまま全力疾走する事数分、目の前に煉瓦造りの小屋が見えた。


走ってきた勢いのまま扉に張り付く二人。当然の事ながら扉に閂は掛かっていなかった。

ソーマが扉を開き、中に向かって叫ぶ。


「ココっ!」


真っ暗な室内に響く怒声にも近い声。その声に驚いたように、弱々しい小さな声がソーマの頭上から降ってきた。


「…………ソーマ?」


ハンモック状に張られた白い布の谷間から、ココがソーマを見詰めている。暗くてよくは分からないが、その顔には困惑の色が浮かんでいるような気がした。


「どうして、ここに?」


訊ねるココにソーマは、今の状況とこれからする事を簡潔に、たったの二言で告げる。


「宇宙恐竜! 逃げるぞ!」

「ふぇ?」


状況が理解できないという風に首を傾げるココ。

ソーマはそれ以上言葉を発する事なく、ジャンプして両腕でココの乗る布を掴み、強引に引っ張った。


「ふやぁっ!?」


布の端が天井から外れ、自由落下してくるココの身体をソーマが受け止める。


「急げボウズ! 来ているぞ!」


背中からのアーニャの叫び声に振り向いて、「ふぇ? ふぇ?」と困惑の声を漏らすココをお姫様抱っこで抱えたまま小屋の外へと飛び出す。


「アゴアァぁァァァァァァァァァァァァ!」


五、六メートル程向こうから、宇宙恐竜が雄叫びを上げ、梢を巨体で薙ぎ伏せながら迫ってきていた。


「ココ! しっかり捕まってろ!」

「ふえぇぇぇぇ?」


困惑しながらもソーマの首に両腕を回すココ。

牙を剥いて突っ込んでくる宇宙恐竜をギリギリまで引き寄せ、ソーマは右に、アーニャは左に転がり突進を躱す。勢いそのままに小屋に突っ込んだ宇宙恐竜は顎から床に雪崩れ込んだ。


「先に行け、ボウズ!」


アーニャが叫んで扉を閉め閂を通す。


「アーニャさん早く!」


急かすソーマを追ってアーニャも駆け出す。背中からドゴンドゴンと扉を叩く音が響く。

ちらとアーニャが振り返った瞬間に扉が弾け、赤い双眸が鈍く光った。


「ちっ、気休めにもならんか」


忌々しそうにつぶやくアーニャ。

迫る天敵。全速力で森を抜け、瓦礫の勾配を今度は下る。


「ぅわっ!?」


瓦礫に躓くソーマ。腕の中には受け身なんて取れそうにないココ。

ソーマは咄嗟に、極力ココに被害が出ないように上半身を捩じる。どすん、とココの体重に運動エネルギーを乗せた荷重が、ソーマの胸板に圧し掛かる。ソーマは必死に奥歯を噛んで、


「……だ、大丈夫か……?」

「おかげ……さまで」


何故か頬を染めて視線を彷徨わせるココ。しかしラブコメっている場合ではなく、宇宙恐竜の巨躯が迫ってくる。


「何をしているボウズ!」


アーニャの喝にココがソーマから飛び降り、そのまま肩を担ごうとしゃがみ込む。

そこに、


「ゴアァァァァァァァァァァァァァァァァァァぁ!」


宇宙恐竜が二人に狙いを定め跳躍する。


「ふぇ?」


振り向くココに迫る宇宙恐竜の黒爪。

次の瞬間。


ぐぢゅっ。と肉を抉る湿った音が響いた。


「あ……ぁあ……」


瞳孔の開いた茶色い瞳が、血飛沫に塗れて蹴り飛ばされるアーニャを映した。


「アーニャさん!?」


数舜遅れてソーマも気付き、叫ぶ。アーニャの細身はそのまま脇の廃屋の窓を破った。


「こっ……こんのぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!」


激昂したソーマが立ち上がり、煉瓦を拾って振り被り宇宙恐竜の右眼に打ち付ける。


「グギャアアァァァアアァァァアアァアァアアアァァアァァァアァァアァ!」


頭を振り乱し悶える宇宙恐竜。


「アーニャさん! アーニャさん!」


ココの腕を引き、アーニャが叩き込まれた廃屋へ駆けるソーマ。背後からは宇宙恐竜の咆哮。


「ソーマ! 後ろ!」


叫ぶココを力一杯引き、背中を押して廃屋の中へと押し込むソーマ。振り返り宇宙恐竜と対峙すると手にした煉瓦を再び振り被り、


「うあああああああああああああああああああああああああああ!」


眉間に振り下ろすも、硬い鱗に弾かれ鼻先で薙ぎ倒される。


「ソーマっ!」


叫ぶココの前を通り越し、軒先に打ち付けられるソーマ。棚が崩れて何個か樽が降ってきた。その内の一つの栓が抜け、中身がこぼれる。


「この匂いは……酒か……!」


宇宙恐竜の双眸がココに向く。それに気付いたソーマは立ち上がり、


「ココ! 奥に逃げろ!」


叫びながら酒樽を宇宙恐竜に投げ付ける。命中した樽が割れて蒸留酒(スピリッツ)を被った宇宙恐竜に向かいソーマが駆け出し、懐からマッチを抜いて壁に擦り付け着火すると、


「燃えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


マッチを投げる。

ボウっ! と一瞬にして炎に包まれる宇宙恐竜。悲鳴をあげながらのたうち回っている間にソーマは廃屋へ駆け込む。


「アーニャさん!」


俯せで床に血溜りを作っているアーニャに駆け寄ると、細い呼吸が聞こえた。


「アーニャさん……と、とにかく止血しないと…!」


シャツを脱ぎ、丸めて傷口に押し当てる。だが傷は深く、見る間にシャツが真っ赤に染まっていく。


「……ボウズ……私を放って……早く……ナディアへ……」

「何言ってんですか! できる訳ないでしょうそんな事!」


虫の息で切れ切れに言うアーニャに叫ぶソーマ。アーニャは痙攣しかけた腕を突いて寝返り、焦点の合わない瞳でソーマを見詰める。


「動いたら傷が……!」


狼狽えるソーマに首を振ってアーニャは、


「……私はもう……手遅れだ……死人に、付き添って……貴様まで死ぬような事はするな……」

「何ですかそれ! 『どんな姿だろうと決して死人として扱うな』って、『最期まで人として接しろ』って言ったのはアーニャさんでしょ! 初めての仕事でアーニャさん、そう言って俺を殴ったじゃないですか!」

「……そんな、昔の事を……根に持っていたの……か……?」


「根に持ってんじゃないですよ……アーニャさん達と一緒に仕事してる間に俺、ちょっとずつ意味が分かってきたんですよ……だから俺、今日までナディアに乗ってたんですよ……あの日、母さんや町の人を丁重に弔ってくれたみんなに……アーニャさんに恩返しする為に!」

「そう、か……私が思っている程……貴様は……ボウズでは……なかったのだな……」

「何言ってんですか! まだまだ半人前のボウズですよ! だからアーニャさん……もっと俺を叱ってくださいよ……鍛えてくださいよ!」


瞳を潤ませながら叫ぶソーマ。アーニャは血塗れの腕をよろよろと伸ばし、ソーマの腕を力なく握って、


「やはり……貴様はマゾっ気があるな……苛め甲斐がある……」


無理矢理におどけて見せる。


「それでいいです……これから一生アーニャさんのおもちゃでも奴隷でもいいから……だから……生きてください……死なないでくださいよ……」


力ない手を強く握り返し、ソーマは涙をこぼして懇願する。

するとアーニャは無理に――傍から見ているココにも明らかに無理矢理にだと分かるような笑顔で、


「くふ……奴隷の涙に(ほだ)されるようでは、女王様は務まらんからな……その願いは聞けんよ……」


アーニャの手が完全に力を失くし、ずっ、とずり落ちる。ゆっくりと目蓋が閉じ、無理矢理の笑顔からも力が抜け、安らかな表情になっていく。


「そうだ……とっておきの苛めを思い付いた…………貴様は……私の分まで生きろ……この死地から、ココを連れて逃げ延びろ……貴様が、生きている間は……生き続ける義務がある……貴様はこれから……私の死を背負い……ココの生を守りながら……生き続けろ」

「あ……アーニャさん……そんなの……」

「一生、私の奴隷に……なるのだろう? …………なら……私の命令は……絶対、だろう?」

「でも……でも、アーニャさん……」

「……泣き言は、聞かん…………これ……は……命、令だ……いいな……? ソーマ………………………――――」


最期にソーマの名を呼んで、アーニャは永い眠りに就いた。


「……ソーマ…………」


項垂れ声を殺し涙するソーマの背中に、沈痛な声を掛けるココ。

するとソーマは立ち上がり、部屋の隅に転がっていた棒っ切れを拾い上げ、炎に包まれながらも弱る気配のない宇宙恐竜を睨み付ける。


「あのヤロウ……」


怒り肩で荒い息を吐きながら、崩れた玄関に向かうソーマ。そんなソーマの行く手を、ココが両手を広げて立ち塞ぐ。


「なにするの? ソーマ」

「……あいつを殺す……でないと町の人達が……アーニャさんが浮かばれない」


怒気を優に通り越し、怨嗟と殺気に満ちた声で答えるソーマ。

対するココはいつもの半眼に無表情を浮かべ、


「そんな武器とも呼べないようなものじゃ……ソーマのほうが殺されるだけだよ?」

「だとしても……あいつはアーニャさんの仇なんだ」

「その人はソーマになんて言ったの? 仇をとってくれって? ちがうでしょ?」

「どけよ……」


ソーマが睨む。しかしココはかぶりを振る。


「どかない。その人はソーマに『生き続けろ』って言った。だから、今のソーマを行かせることはできない。どうしてもって言うんなら――」


ココは白衣の合わせを(はだ)け、申し訳程度の双丘を露わにする。


「なっ、何してんだよ!」

「目を逸らさないで。ちゃんと見て。ソーマが仇をとりたいなら、あの宇宙恐竜を倒したいなら、ソーマが生き続けてくれるなら――」


慌てて顔を背けるソーマにココが腕を伸ばし、頬に両手を添えて正面を向かせ、


「わたしが――ソーマの(つるぎ)になる」


ソーマの瞳を真っ直ぐ見詰めるココ。


「ココ……何言って――……?」


ココの顔がどんどんソーマに近付いてくる。唇を寄せて口付けるように――

そして唇が触れ合う間際。ココは小さくつぶやく。


「アストラーデ――わたし、ソーマと契りを交わすよ――」


瞼を閉じ、ゆっくりと唇を重ねた。

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