死をつかさどるもの
「――――…………、っ……?」
ソーマが目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋のベッドの上だった。
「……あれ……? 俺、何でこんなとこに……」
とりあえず上体を起こし、胡坐をかいて腕を組む。じっくりと考えてみるも、老婆にお茶をもらってから後の事が何一つ思い出せない。エロい夢を見た気もするが、霞がかったぼやけた映像しか浮かんでこない。
「……ダメだ、何も思い出せない」
足を放り出して再びベッドに寝そべると、ドアからノックと細い声が聞こえた。
「……そ…ソーマ……? 目がさめた……?」
「ココか?」
ベッドから降りてドアを開けるソーマ。そこにはうつむきながら赤面するココが居た。
ココは低い位置で視線を泳がせながら、
「あの、その……おばあさんが、ごはんできたよって……」
「ああ、うん。分かった。行くよ」
部屋から出、廊下を歩く。その間もずっと、ココはうつむいて無言。
「…………? ココ?」
「はいっ!?」
ソーマが声をかけるとココはびくんっ! と肩を跳ねさせ硬直する。
「……どうしたんだ? さっきから様子が変だぞ?」
「べべべつにどどどうもしてないよよよ!?」
「どもりすぎだろ……。顔も赤いし、熱でもあるんじゃないか?」
訝りながらココの額に手を伸ばすソーマ。
「さわらないでっ!」
身を翻しソーマの手を避け叫ぶココ。顔色はいよいよ真っ赤である。
「……ど…どうしたんだよ……?」
急に怒鳴られて、ソーマは困惑の表情を浮かべる。ココははっ、としてから申し訳なさそうに顔を伏せて、
「ご…ごめん……。今は…ちょっと……恥ずかしいっていうか、敏感になってるっていうか……」
「……」
手を下ろしたソーマにココは続ける。
「その…ソーマの事がきらいとかさわられるのが嫌とかじゃなくて……」
「……?」
「わたしも……ソーマにさわりたいし、できればもっとさわってほしいけど……」
「……???」
「今は…ちょっと…………アストラーデの制御が…うまくできなくて……」
小さな声でつぶやくココ。
ソーマは小さく嘆息するとふわっと微笑んで、
「分かった。……いや、よくは分らないけど……とにかく今は触られたくないんだな」
「きらいに……なった?」
上目遣いで訪ねるココに、ソーマはかぶりを振る。
「そんな事で嫌いになるかよ」
「……ありがとう……ごめんね?」
「いいよ、気にするな。それより、早く下に行こう。腹減ったよ」
言って再び歩き出すソーマの耳に、甲高い悲鳴のような声が聞こえた。
「っ!? ココ、聞こえたか!?」
振り返り訊ねると、ココはうなずいて答える。
「宇宙恐竜……だね」
廊下の窓を開け放ち身を乗り出すソーマ。しかし見えている範囲にそれらしき影はない。
「どこだ……? けっこう近かったけど――」
その時、夕暮れの日差しを遮って、ソーマの顔に影が覆いかぶさる。
頭上を見上げたソーマの目に、巨大な翼を広げて宙を舞う、くちばしの長い翼竜の群れが映った。
「勘弁しろよ……空飛んでやがる……」
誰ともなしに愚痴をこぼすソーマ。
翼竜達は円を描いて飛んでいるので正確な数は分らないが、少なくとも一〇匹は居る。
冷や汗を浮かべながら空を仰いでいると、一階の扉を蹴り開けてサーニャが外に飛び出してきた。
頭上を見上げたサーニャはソーマに気付くと、
「ソーマ! ぼやぼやするな! 港に逃げるぞ!」
老婆を背負ったクルードとアイラも外に飛び出し駆けていく。
振り返ってココを見るとうなずいたので、ソーマは外に居るサーニャに叫ぶ。
「先に逃げてください! ここは俺達が引き受けます!」
「何を言っている!? 生身で宇宙恐竜と戦うなど――っ!?」
声を張ったサーニャの視線の先に光の柱が降り注ぎ、まばゆい光を放つ。その眩しさに手で顔を隠し、光が治まった頃に再び目を開けると、二階の窓の前で宙に浮く人型――アストラーデが見えた。
アストラーデの胸部ハッチが開くと、ソーマはココを抱いて飛び乗る。
ハッチを閉める前に、再びソーマがサーニャに叫ぶ。
「サーニャさん早く!」
「わ…分かった!」
踵を返し駆け出すサーニャ。首だけ振り向いてもう一度人型を見てつぶやく。
「あれが……ココが言っていたアストラーデというものか……?」
サーニャの影が森の中に消えていったのを確認して、ソーマが桿を握る。モニターには複数の赤い丸と異国の文字、そして『12』という数字。
「数が多いけど……」操縦桿を握る手に力を込めて、「一匹だって街には行かせない! ここで食い止めるぞ、アストラーデ!」
ソーマの檄に合わせてアストラーデの目が光り、脚部からプラズマを噴出して急上昇する。
モニターの赤丸が翼竜を捉えた瞬間、
「一匹目ぇ!」
急加速からの貫き手が翼竜を貫いた。
「ギャースゥウウウウウウウゥ――――!」
甲高い断末魔をあげて肉片と化す翼竜。
空中で方向転換し、更にスラスターを吹かして別の翼竜に狙いを定める。
「うぉらぁああああああああ!」
気迫と共に右腕で桿を押し出す。
その刹那、耳に痛い程の警報がコクピット内に鳴り響く。
「ソーマ! うしろ!」
「!?」
アストラーデの背後から別の翼竜が迫ってきていた。
反射的に左の操縦桿を引き、錐揉み回転で後ろからの攻撃をかわす。そこに間髪入れずまた別の個体が突進する。
「くそっ!」
両手の桿を押し込むソーマ。スラスターを逆噴射して停止したアストラーデの脇を、翼竜の翼ががかすめていった。
「うわっ!」「ひゃあっ!」
鈍い衝撃に揺れるコクピット。ノイズの混じったモニターには、アストラーデの周りを縦横無尽に飛び回る翼竜の群れ。
「こうなったら――うらっ! 乗ってこい!」
ペダルを踏み込みアストラーデを急上昇させると、その後に翼竜の群れが追随する。
「かかった!」
更に加速を続け十分に群れを引き付けたところで逆噴射。アストラーデの脇を翼竜達が通り抜けると、
「ここだ! アストロビ――――ム!」
間髪入れずに額からビームを放つ。
しかし翼竜達も賢しく、ビームかわそうと旋回する。
「逃がすかぁ!」
翼竜の進路に向けてアストラーデを回転させる。
翼竜達は次々とビームに焼かれ落ちていったが、別の方向に逃げ出した三匹を逃がしてしまう。
「くそっ、撃ち漏らした!」
三匹は大きく旋回し、アストラーデに尻尾を向けた。
「ソーマ、あっちは!」
「まずい! 街の方だ!」
振り返った背後のモニターには、夕闇に染まる街並み。
「くっそぉ!」
旋回してスラスターを吹かす。
「追いつけない……! ならこれでどうだ!」
アストラーデの背面装甲が開き、多弾頭ミサイルを放つ。
だが張り巡らされた弾幕も、きりもみ回転でかわされてしまう。
すると翼竜の一匹がアストラーデに向き直りその翼を大きく広げる。
「!? 何だ!?」
大きく広げた翼から、ナイフのように尖った鱗を無数に放つ翼竜。
「うおっ!?」
顔の前で両腕を交わして防御するアストラーデ。一発の威力は小さいが、何分数が多い。
モニターにノイズが混じり、『CAUTION』の文字と共に四面図の腕部分が赤く点滅し出す。
「くっ……うわぁっ!」
続けて翼竜の足蹴をもろに喰らい、アストラーデは制御を失い落ちていく。
背中から地面に墜落したアストラーデに追い打ちをかけようと、翼竜の嘴が向けられる。
「っ!」
「ギャ――――ス!」
硬く目を閉じた次の瞬間、翼竜の悲鳴が聞こえた。
「――…………えっ?」
目を開けると、切り口から赫を飛ばして真っ二つになった翼竜と、その赫の中を横切る赤い髪の美女が瞳に映る。
「さ……サーニャ……!」
ココの声に応えるようにサーニャは微笑んで、血振りしながら着地した。
「危ないところだったな」
「サーニャさん……助かりました!」
アストラーデを起こしながらソーマが謝辞を告げる。
「安心するのは早いぞ。奴ら、まだ街を狙っている」
街の中心部に向かって低く飛んでいく翼竜を睨みながらサーニャ。
「大分数を減らしたとはいえ、まだ十二分に脅威は残っている」
「サーニャ、アストラーデの手に乗って」
「済まない」
低く出された手に乗るサーニャ。
「アストラーデ、腕、大丈夫なのか?」
ソーマが訊ねると、画面に『Do not worry.』と浮かぶ。
「大丈夫だって。サーニャ、しっかりつかまってて」
ココの言葉にサーニャがうなずく。それを確認してペダルを踏み込み、ソーマはアストラーデを発進させる。
「けど、よく港から戻ってこれましたね」
ソーマがサーニャに訊ねると、
「いや、途中でギャンに会ってな。宇宙恐竜が出たと聞いて、刀を持って私達を探してくれていたそうだ。ソーマのナイフも預かっている」
「実はいい人だったんですね」
「第一印象が必ずしもその人間の本質ではないさ。……しかし――」眼下を駆け抜けていく荒れた街並みを見ながら、「たった二匹の宇宙恐竜にこのザマか……。我々人間とは、なんと弱い生き物なのだろうな……」
顔を顰めて唇を噛むサーニャ。
「! 居ました!」
アストラーデの向こうに、街を蹂躙する翼竜が二匹。逃げ惑う住人をいたぶるように、破壊の限りを尽くしていた。
その濁った瞳が幼子を連れた女性を捉え、鋭い鈎爪を向ける。
「ソーマ! 私を投げろ!」
「大丈夫ですか!?」
「躊躇っている暇はない!」
一回転して掌のサーニャを投げ出す。サーニャは弾丸のように、真っ直ぐに翼竜に向かっていく。
「はぁあああああああああああああ!」
空中で抜刀し、一刀で二匹の翼竜に切りかかる。翼竜の片割れを両断し、間一髪親子を救った。
しかしもう一匹に切っ先が届かずに逃がしてしまう。
「くっ……私としたことが……!」
空中で身体を捻り着地して、恨めしそうに翼竜を睨みつける。
翼竜が羽ばたいて高く飛び上がる。
「逃がすか! アストラーデ! ふんばれ!」
操縦桿を倒してペダルをいっぱいに踏み込む。
加速して翼竜に迫るアストラーデ。そのまま腰を中心に身体を捻り、回し蹴りを繰り出す。
が。
「っ!?」
突如目の前に現れた黒い巨影に阻まれ、ガギィン! と鈍い音が鳴り響いた。
「な……こいつは……!」
驚愕に顔を歪めるソーマ。モニター越しに見たそれは、ソーマにとって忘れられない仇――山程の巨体を持つ三つ首六羽の宇宙恐竜の頭だった。
三つ首六羽の宇宙恐竜は、赤い双眸を鈍く光らせると嵐のような声で嘶く。
「っく……!」
思わず両手で耳を塞ぐソーマとココ。
三つ首六羽の宇宙恐竜は開いた口に翼竜を含み、ボギバギと鈍い音を立てて噛み砕いた。
「なっ……食いやがった……」
六枚の翼を煽いで竜巻を起こす。風圧を正面から喰らって、アストラーデは吹き飛ばされる。
「うわぁあああああああああああああああああああああ!」
錐揉みしながら地面に叩き付けられるアストラーデ。石畳が陥没し、周囲に亀裂が走る。
「くっそ……大丈夫かココ?」
「だいじょうぶ……だけど……」
モニターの向こうに目を遣る。
三つ首六羽の巨大な宇宙恐竜が、不気味に翼をはためかせている。
するとアストラーデのモニターに赤い丸が浮かび、宇宙恐竜を捉えて文字を浮かべた。
『This is Azrael,』
「……『アズラーイール』……」
表示された文字を見て、ココがつぶやく。
「アズラー……イール?」
訊ねるソーマにココは怯えたような表情で、
「冥王の星、天蠍の宮――そして、『死を司る天使』……」
「死を司る…天使……? それがあいつの名前なのか……?」
重ねて訊ねるソーマに、ココは小さく頷いた。
「アストラーデが……震えてる……」
見る見る青ざめていくココの表情。
「おい、アストラーデ……嘘だろ……? 戦え――ないのか……?」
ソーマの問いに、アストラーデは無言で返した。
すると。
頭上の宇宙恐竜の目が怪しく光り、口を開いて臭気を吐き出す。
「……おい……まさか――」
六つの目と三つの口に赤い光が集まりだし、
「嘘だろ……やめろ――やめてくれ――!」
「アストラーデ! 最大範囲でシールド張って早く!!」
高温の熱線が地上に向けて放たれる。
地を焼いて火柱が立ち昇り、ガラス化した土が溶岩のように溢れ、街の全てを飲み込んでいく。
「―――――――――――――――――――――――――……………………!」
悲鳴と爆音が溢れ返り、街が、人が、世界が燃える。
一瞬にして街を地獄と化したアズラーイールは、異形の翼をはばたかせ、夕闇に溶けるようにどこかへと消えていった。




