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銀河のアストラーデ  作者: シン サヲトメ
12/17

つかのま

夜になって、やがて朝が来た。


結局昨日は衛兵から何の音沙汰もなく、取り調べなどもないままに、四人は牢獄で目を覚ました。

粗末な朝食を与えられ、何もすることがないのでそれぞれぼけっとしていると、鉄柵の向こうから髭面の男が現れ、言った。


「お前たちの身元が保証された。手荒な真似をしてすまなかった」


錠前を外して扉を開ける男。牢獄から出た四人の手枷も外して、そのまま出口へと案内する。

その道すがら、男は申し開くようにサーニャに話しかけた。


「昨日も言ったと思うが、この頃街がにわかに騒ぎ立っていてな……おいそれと外の者を通す訳にもいかんくてな」

「なに、こちらとしては嫌疑が晴れればそれでいい」

「そう言ってもらえればこちらも助かる」


男はサーニャの顔を見ずに応える。

そんな男の態度に嫌な顔一つせずに、サーニャは訊ねる。


「しかし、一体何があった? 遠巻きだが、街の気配もささくれ立っているように感じるのだが。どうも伝え聞いた話と街の雰囲気が合致しない」


サーニャの質問に男は溜め息を吐いて、


「……この界隈で、帆に十字架を描いた奴隷商船が暗躍していてな。近隣の街や国からの苦情や抗議が絶えんのだよ」

「クラーク・タウンゼントか?」

「ふん。この街の十字協会に、そんな名の神父は居ねえよ」


重たい鉄扉を開けて外に出る。透き通った高い空が広がっていた。しかし対照的に、街から感じる雰囲気は牢獄の空気よりも不快感を煽る。


「この通りがクジュラのメインストリート。飯屋も宿も日用品も、大体がここで事足りるはずだ」


男は向こうに見える街並みを指差しながら言う。


「うむ。ところで……」サーニャは通りから男に視線を戻して、「刀を返してはもらえないだろうか。あれがないとどうにも落ち着かんのだが」


腰元で両手を所在なくさせる。

だが男は首を振って、


「悪いが、街に滞在している間は武器の類は預からせてもらう。……住人の神経が昂ぶってるんだ、察してくれ」


男の言葉にサーニャは小さく溜め息を吐き、


「郷に入っては郷に従え、か……。仕方ないな」


しぶしぶ頷いた。


「街を出る時に間違いなく返してやる。だから出航の時は俺を――」


ここで男は、自分がまだ名乗っていなかったことにようやく気付く。男はバツが悪そうにわしわしと頭を掻いてから、名乗る。


「俺は港湾警備隊長のギャン・クエスト。出航前に俺を訪ねてきな」

「相分かった」


男――ギャンに軽く会釈して、サーニャはソーマ達三人を引き連れて街へ向かった。



街中は人波であふれているにもかかわらず、活気が感じられなかった。と言うよりは、殺伐とした雰囲気を醸している。

すれ違う人達は皆が皆胡乱な瞳を四人に向け、遠巻きからも無遠慮な視線が突き刺さる。


「……なんか……すごい居心地が悪いですね」


ソーマの愚痴に頷くココ。アイラは怯えた表情で、ソーマの背中に隠れるようにぴったりと張り付いている。


「確かに、こうも悪意ある視線に晒されていては敵わんな……。取り敢えず宿を取り、資材の調達が済んだら早目に街を出るか」

「その方がいいですね」


サーニャの言葉にソーマは頷いて、宿を探して通りを歩いた――のだが。



「すみません、今日は満室でして。申し訳ないがよそを当たってください」


軒先でそう告げる店主に会釈し、四人はまた歩き出す。


「今ので五軒目、その全部が満室――ですか……」


歩きながらソーマがこぼすと、さすがのサーニャも苦い顔で応える。


「うむ……どうやら我々は、余程歓迎されていないようだな」


四人してとぼとぼと通りを歩く。アイラがよろけてぽてん、と転んだ。


「大丈夫か、アイラ?」


ソーマが抱き起こすと、アイラは碧眼を潤ませながら顔をしかめる。


「つかれたの……」

「わたしも、鼻緒がいたい……」


ココも半眼で半泣き状態だ。

ココの場合は服装が原因だしその服も自分が好んで着ているんだから自業自得なんじゃないか。というか、もしかしたら街の人達の視線が痛いのはココの服装が原因なんじゃないだろうか。


などとは口に出さず、ソーマはサーニャを見やる。この人はこの人で目立つ恰好をしているが気にしたら負けである。

サーニャは小さく嘆息すると、


「仕方ない。どこかで食事をして、今日は船に戻って休むか……」


山の向こうに沈みかけた太陽を見ながら言う。

すると荷物を担いだ若い男が足を止め、まじまじとこちらを見詰めているのに気付いた。


サーニャと目が合うと男は近づいてきて、


「あんたら……もしかしなくても旅の人かい?」

「そうだが……何か用か?」


サーニャが訝りながら答えると、男は屈託のない笑顔で更に距離を詰めた。


「そうかそうか、ははっ」


何が面白いのか、男は愉快そうに笑っている。

ひとしきり笑った男はサーニャの胡乱な視線に気づくと、


「あー、悪い悪い。いや、今の時世にこの街に来る旅人なんて、肝が据わってると思ってな。悪気はないんだ、許してくれ」


詫びながら荷物を下ろし、手拭いで手を拭いてからサーニャに手を差し出す。


「俺は街はずれに住んでるクルードってんだ。あんたがたは?」


順番に握手を交わしながら、クルードと四人は互いに自己紹介を終える。


「その様子じゃ宿も取れてねんだろ? よかったらうちに泊まってけよ」

「いや、厚意はありがたいのだが……この人数で邪魔しては迷惑だろう?」

「なに、遠慮はいらねえ。無駄に広い家にばあさんと二人暮らしだからな。部屋は余ってんだよ。それにさ――」そこでクルードは寂し気な表情を浮かべ、「うちのばあさん、この頃一段と弱っちまってさ、あんまり人に会ってねんだよ。だから客人を呼べば喜んでくれるんじゃねえか、ってさ……。だめか……?」


懇願するような視線でサーニャを見詰める。

サーニャは微苦笑とともに嘆息を吐き、


「そうか……。そこまで頼まれては、断る方が無礼だな」


ソーマに視線を移す。その視線にソーマが頷いたので、


「では、世話になろう」

「ああ、任せとけ! うちはこっちだ。着いてきな」


クルードの案内で、四人は街のはずれへと向かった。



繁華街を離れ歩くこと十数分。鬱蒼と茂る藪の中に人気は完全に消え失せ、毛羽立った空気は湿った黴臭いものへと変わった。


「悪いな、もうちょっと歩くんだ」


言ってクルードが気まずそうに笑う。サーニャは涼しい顔で「なに、構わんよ」と応えたが、少しだけ気味が悪くなって後ろのソーマに小声で話しかける。


「ソーマ……。君は『注文の多い料理店』という話を知っているか?」


顎に手を遣り、少し考えてからソーマは、


「有名料理店の繁忙記かなんかですか?」

「やはり知らんか……」

「何ですかその可哀想な人を見るような瞳は……」


言われてサーニャは、自分が得も言われぬ表情をしていたことに気付きかぶりを振ると、


「私が修行中に身を置いていた国の童話でな。かいつまんで内容を話すと、森で道に迷った狩人達が一軒のレストランを見つけるのだが、そのレストランは山猫の巣でな。山猫は狩人達を美味しく食らうため、服を脱げだの身体に塩やバターを塗れだのと、矢鱈めったら注文を付けてくる、というものだ」

「それ、本当に童話なんですか……?」


若干引きながらソーマがこぼす。しかしサーニャは訳知り顔で涼し気に答える。


「何を言う? 童話とは元来、教訓を示し真っ当な人間に育てるために読み聞かせるものだろう。グリム童話の原本など、それはもう酷いものだと聞く」

「確かにそうらしいですけども……」


ソーマの表情がにわかに歪む。そんなソーマに真剣な声音で、サーニャは言う。


「いざという時は頼んだぞ、ソーマ。今の私は丸腰だからな」

「いや、俺も丸腰なんですけど……」

「何も戦えとは言っていない。私達が逃げおおせるまでの間、囮になってくれればそれでいい」

「あんた最低だな……」


半眼で睨むソーマにサーニャはぷふっ、といたずらっぽく笑い、


「冗談だよ。なに、童話は所詮作り話だ。心配する事もなかろう」


すたすたと歩を進めていった。


と。

先頭を歩いていたクルードが立ち止まり、森の開けたところにある湖を指差しながら、


「あの湖のほとりがうちだよ」


四人に振り向いて笑顔で言った。



湖のほとり、大きな木造二階建ての前にたどり着いたクルードと四人。玄関の上には古ぼけた看板が掛かっていて、かすれた文字で『Casa del lago』と書かれていた。


「両親が昔、レストランをやっててな。その時のまんまなんだ」


看板を見上げながらクルードが苦笑いを浮かべる。

そのままクルードは扉を潜り、四人を中へと招き入れた。


――一階のレストラン部分はかなり広く、年季の入った調度品が小奇麗に配置されていた。その雰囲気からは当時の繁盛ぶりが窺える。

キッチン、ダイニング、テラスと順番に室内を見回したサーニャがこぼす。


「これだけ広いと手入れが大変だろう?」

「ああ。恥ずかしながら、俺一人じゃまともに維持できなくてな」


苦笑しながらクルードは答えた。すると奥の扉が開き、控え目な服装に白いケープを羽織った老婆が顔を出した。

それに気付いたクルードが、老婆に声をかける。


「あ、ばあちゃん」


老婆はクルードに視線を遣り、


「おかえり、クルード」


笑顔で孫を迎えた。それからクルードの後ろに居るサーニャたちに気付くと、


「珍しいねえ、あんたが友達を連れてくるなんて」


一層に優しい笑顔を浮かべる。


「さあ、いつまでもそんなところに居ないで、お上がんなさいな。今お茶を用意するからね。――お嬢ちゃんはジュースの方がいいかい?」


言いながらキッチンへ向かう老婆。


「いや、構わないでくれ」


サーニャが断ろうとすると、老婆はやはり笑顔で振り向いて、


「いいから、座ってておくれ。これでも旦那と二人、子守しながら店を切り盛りしてたんだ。腕に自信はあるんだよ?」


手際よくお湯や茶葉の用意を始めた。サーニャは微苦笑しながら、


「済まない。ならば、お言葉に甘えよう」


席に着くと、クルードが小さな声で四人に謝辞を告げた。


「ありがとな。お陰で、久しぶりにばあさんの元気な顔を見れたよ。ずっと籠りっきりだからさ……」


尻すぼみ、少しだけ苦い顔で言ったクルードにココが言う。


「わたしも、小屋でひとりきりの時は話し相手がいなくて。ソーマと出会って、すごくひさしぶりに笑えたから……おばあさんの気持ち、わかる気がする」


そう言っていると、老婆がトレーを持ってテーブルにやってきた。


「さ、お茶が入りましたよ。お嬢ちゃんにはリンゴジュースよ」

「済まない。馳走になる」

「ありがとうなの」


サーニャとアイラの前にカップとグラスを置いて、


「ぼっちゃんと巫女さんもどうぞ」


ソーマとココにも飲み物を出し、老婆はクルードの隣に腰掛ける。それから歳も格好もばらばらの四人を順に見やって、


「あなた達……天竺を目指しているの?」

「???」


意味のよく分からない質問に、瞳に疑問符を浮かべるソーマ。老婆はきょとんとした顔をして、


「あら、違うの? 巫女さんに三人の従者だからてっきり」

「ああ、『西遊記』か……」老婆の言葉を聞いてサーニャが微苦笑しながら、「残念ながら、我々は貴女の期待するような身分ではないよ」


ティーカップを傾ける。


「そうなの?」

「ああ。彼が仲間とはぐれてしまってな。縁あって私とその少女も合流し、彼の仲間を追いかけている最中なのだ」

「そうなのかい……。それは大変だね」


まるで我が身の事のように悲しげな表情を浮かべる老婆。そんな老婆にクルードがサーニャの言葉を引き継いで、


「旅の途中でこの街に寄ったんだが、宿が取れなかったらしいんだ。ほら、今ちょっと町が物騒だろ? どいつもこいつも旅の人に神経尖らせちまってるからさ」

「そうかい。なら、うちに泊まっていきなさいな。昔は二階で宿をやってたからね、部屋ならいくらでも空いてるよ」


笑顔で言う老婆にサーニャは頭を下げながら、


「かたじけない。甘えさせてもらうよ」


老婆は頷いてから立ち上がると、


「なら、お客さんの夕飯を用意しないとね」


嬉しそうにキッチンへ向かう。その明るい背中を見て、クルードはまた、四人に謝辞を告げたのだった。

幕間



「夕飯までまだ時間があるから、風呂に入っておいでよ」


老婆に促され、ソーマは宿から少し離れた場所にある温泉へ足を運んだ。

木造の小さな脱衣所を抜けると、天井のない広々とした天然温泉に出た。


「うわー、広いなーこれ」


感嘆の吐息を漏らしながら、早速露天風呂に入る。


「あー……温度も丁度いいなー……」


肩まで浸かって足を伸ばし、空を見上げる。夕時の空は茜掛かっていて、ゆっくりと形を変えながら流れる雲が、より一層のリラックス効果をもたらす。


「……船旅も悪くはないけど、こうしてのんびりできる時間も、やっぱ必要だよなぁ……」

「そうだな。昨夜は牢屋で一晩過ごしたからな。尚更この解放感が心地好い」

「ですねー」


背中から聞こえた声に相槌を打つソーマ。しかしふと気付き、振り返らないままに訊ねる。


「――で……。サーニャさんはここで何をしておいでなんですか?」

「何って、湯浴みに決まっているだろう」


さも当然の事のようにすまし顔で言って、サーニャは掛け湯をして湯に浸かる。


「ほう、これはなかなか」

「今俺が入ってるんですけどっ!?」

「何を器量の狭い事を……。これだけ広いのだ、何人で入っても問題あるまい?」

「大問題ですよ! せめてもっと離れてください何で隣に来るんですか!」


赤面し腹の底から叫ぶソーマに、サーニャはいやらしい表情を浮かべて、


「よいではないか、知らぬ仲でもあるまいに」

「知った顔だから余計なんですよ!」


サーニャに背を向けるソーマ。そんなソーマの肩に手を添えながらサーニャは、


「何を恥ずかしがっている? もう何度も同じ部屋で朝を迎えた者同士ではないか」


ソーマの肩をさすりながら、いやに艶めかしい声音で言う。


「誤解を招く言い回しは止めてください! 船と牢屋で雑魚寝してただけでしょうに!」


絶叫するソーマ。サーニャは高らかに哄笑して、


「はっはっは! なかなかに好いリアクションだな。これだから童貞は苛め甲斐がある」

「ぶん殴るぞこのヤロウ……」

「ほう? 面白い。私に勝てるつもりならどこからでもかかってくるがいい。さあ、私は丸腰だぞ?」

「こっち来るな! 前を隠せ!」

「よいではないかよいではないか。どれ、貴様のハイパー兵器を見せてみろ」

「やめろこの痴女! 訴えるぞ!」

「ふははっ! ならば精魂尽き果てるまで搾り取ってくれよう!」

「やーめーろー! みーるーなー!! ぎゃ――――!!」


湯舟でバシャバシャと暴れる二人。と、そこへ脱衣所から声が響いた。アイラの声だった。


「おにいちゃーん! アイラもはいるのー!」


ぴょこりんっ、と顔を出したアイラに、ソーマは真っ赤に染まった顔で叫ぶ。


「アイラっ!? ちょっと待て! 今は来ちゃダメだ!」


言う間にアイラが駆けてきて、「わーい!」と叫びながら湯舟に飛び込む。


「おっふっろ♪ おっふっろ♪ おにいちゃんとおっふっろ♪」


調子外れに唄いながらソーマに抱き着くアイラ。


「ちょ、アイラさん? 悪いけど離れてくれないかなー……?」

「えー? なんでなのー?」


無邪気な顔で首を傾げるアイラに、ソーマは咳払いを一つしてから、


「あのな、アイラ。孔子の教えで『男女七歳にして席を同じうせず』っていうのがあってだな?」

「わかんないのー」


アイラはきゃははー☆ と笑いながらバタ足。

どうしようもないと悟ったソーマは、サーニャに助けを仰ぐが、


「貴様……そんな幼子を意識して欲情しているのか……?」


ものっすごい冷ややかな視線と冷徹なセリフが帰ってきた。


「違えよバカヤロウ! っていうか本を正せば何もかもあんたのせいじゃないか!」

「ほう、この私に啖呵を切るか? いきるのは下半身だけにしておいた方が身の為だぞ?」

「ドヤ顔で言ってんじぇねえ! 全然上手くねえんだよ!」


怒り満面で湯舟から上がるソーマ。


「先戻りますから! アイラの事頼みますよ!」


脱衣所に向かって歩き出すと、奥から聞き慣れた声が聞こえた。


「アイラー。石鹸もってはいらないと――ふぇ?」

「コ、コ……?」


全裸のココと鉢合わせ。もちろんソーマも真っ裸である。

まるで時が止まったかのように、向かい合ったまま硬直する二人。しかしどちらもお年頃。見つめ合っていた視線は、重力の井戸に引き込まれるように下に下がっていき――互いの下腹部で視線が留まる。


「ふぇ――ふぇえええええええぇええええぇえええぇぇぇぇええええええええぇー!?」

「ひぉ……ふげやらっぱぎょぽぅうぇえええぇぇええええええぇぇぇぇぇええぇー!?」


二人の悲鳴が重なり響くと、茜の空から光の柱が降り注ぎアストラーデが降臨し――ソーマの脳天に重たい一撃が見舞われた。

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