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銀河のアストラーデ  作者: シン サヲトメ
10/17

出航、アーセナル

――翌々日。快晴、微風。

サーニャ、ソーマ、ココ、アイラの四人が港に着くと、ミハイルが書類を片手にやってきた。


「あ、サーニャさん。どうしたんですか、アレ」


言いながら振り返って指差す。その先には全長一二メートル程の小振りな帆船が佇んでいた。


「どうしたも何も、私が買った船だ。書類も届いているだろう?」


事もなげに言うサーニャにミハイルも真顔で、


「いや、ですから。何で用心棒のサーニャさんに船が要るんですか?」

「用心棒は廃業した。これから私は、この者達と旅に出る」

「……何か悪いものでも食べたんですか?」

「……いいからさっさと荷物を積んでくれないか?」


ミハイルは溜め息を吐きながら書類と万年筆をサーニャに手渡し、


「免責事項をよく読んでサインをお願いします」

「全く……これだから役所の人間は……」


ぶつぶつと小市民のような小言をつぶやきながら書類を読み進めていくサーニャに、ミハイルは冷ややかな声で返す。


「ならず者ばかりですからね。役所の人間くらいはきっちりしてないと示しがつかないですから」

「言うようになったな……。なら、奴隷商船がこの街に紛れてきた事ももちろん知っているな?」

「バカにしないでくださいよ? 官憲と連携してアジトは捜索済みです。被害者の内の何人かは保護しましたよ。一味の船には逃げられましたけど……」

「その船の特徴は?」

「帆には十字架、船首にマリアの彫刻、船長はクラーク・タウンゼントっていう顎髭の神父です。まあ、偽名でしょうけどね」

「承知した。見掛け次第、即刻切り捨てておく」


頷き、署名した書類を戻すサーニャ。その手にミハイルが自身の手を被せようとする。手の中には数枚の紙幣が包まれていた。


「よい。ならず者を街に入れた私の不手際でもあるからな」


そう言って掌を返し、ミハイルの手を押し戻す。


「そうですか。では」


あっさりと手を引っ込めてミハイルは、



「では積み込みを始めます。出航時刻は予定通りにお願いします」


軽く会釈して船に向かう。

ミハイルの背中を見送って、サーニャは後ろの三人に振り返り、


「出航までまだ時間がある。朝食にしよう」


通り沿いのレストランへ入った。


「出航前の腹ごしらえだ。食べられるだけ食べておけ」

「アイラ、サンドウィッチとスパゲッティがいいの!」

「じゃあハンバーグで」

「わたしはカツ丼」


注文を取りにきたウェイトレスにそれぞれがオーダーし、サラダとドリンクを取りに店内中央のバーカウンターへ向かう。


「アイラ、よそってやるから皿貸して」ソーマが言いながら手を差し出すが、

「やだー……ニンジンきらいなの」


途轍もなく厭そうな顔でアイラは首を振る。すると隣のココが、


「野菜も食べないとおっきくなれないよ?」


言いながら自分の取り皿に野菜を山なりに盛る。


「おねえちゃんだっておっきくないの」


ココの胸元を見詰めながらアイラがこぼす。


「アイラ? どこを見て言ってるのかな?」


アイラの発言に、こめかみに青筋を浮かべ半眼でガン垂れるココ。


「あー、いいのいいの。このお姉ちゃんはこれで需要があるから」

「ソーマ、もしかしてそれ、ほめてないよね?」


ココはむすっ、と膨れっ面を浮かべた。

そこに遅れてサーニャがやってくると、カウンター前でなにやら揉めている三人を見て、


「何を揉めている? 貸し切りではないのだからあまり騒ぐな」


豊満な胸の下で両腕を組んで言う。


「…………」

「…………」

「…………」


その双丘の有無を言わせぬ迫力に、三人は絶句するしかなかった。


注文した料理を食べ終えると、サーニャが壁の時計を見て、


「そろそろ時間だな。港へ戻ろう」


一番に席を立ちレジへ向かう。


「3200ルーブルになりまーす」


愛想の好い女性店員に代金を支払おうと財布を開けると、ドアの外からけたたましい警鐘の音と悲鳴が聞こえた。


「釣りは要らん!」


金貨をカウンターに叩き付けて店を出るサーニャ。ソーマ達三人も続いて外に出ると、買い物客達が皆一斉に街の中心部へと、一目散に駆けていくのが見えた。


「何があった!?」


戦慄の表情で逃げ惑う男にサーニャが声をかけると、男は足を止める事もないままに叫ぶ。


「宇宙恐竜だ!」



港に駆けて来た四人の目に、数人の男が映る。その中の一人はミハイルだった。


「ミハイル!? 何をしている!?」


驚いたサーニャが訊ねると、ミハイルは当たり前の事のように答える。


「何って出港準備ですよ。あと少しですから待っててください」


言って男達は重たそうな木枠のコンテナを素手で押し上げる。そんなミハイルらにサーニャは語気を荒げて、


「そんな事はいい! 宇宙恐竜が来たのだろう!? お前達も早く逃げろ!」

「馬鹿言わないでください。港湾職員がお客の船放り出して逃げられるわけないでしょう」


額に汗を浮かべながら、けれどミハイルは笑顔で言う。


「よいしょー! さあ、あれが最後のコンテナなんで、サーニャさん達は乗船して出航の準備を!」


右を見る。コンテナが一つある。

首を捻って左を見ると、丸太のような二脚で地を蹴り迫る宇宙恐竜の群れ。


「しかしミハイル……!」

「ほら、早く! これが俺達の仕事なんですから!」


再びミハイルに逃げるように言おうとするが、その強い言葉にサーニャは面食らい、観念して小さな溜め息を吐く。


「『仕事』、か……。ならば奴等を食い止め始末するのが、この街での私の仕事納めだな」


言いながらサーニャはミハイルに背を向け、船とは逆の方向――宇宙恐竜の群れへ向かって一人歩き出す。


「サーニャさん!?」


ソーマが引き留めようと声を荒げると、サーニャは、


「ソーマ。ココとアイラを乗せて出航準備を。できるだろう?」


困惑するソーマに顔だけ振り向いて、言った。


「なに、直ぐに片付けてくるさ」

「……分かりました……約束ですよ! 絶対ですよ!」


サーニャの背中に檄を飛ばし、ソーマはココとアイラの手を引いて船に乗り込む。

それを確認したサーニャは更に歩を進め、船から十分に離れた場所で立ち止まる。


そしてほんの数メートル向こうから砂埃を巻き上げて駆けてくる人類の天敵――宇宙恐竜の群れを見据え、


「ひい、ふう、みのよの――六匹か。少し骨は折れるが……」腰の曲刀に両手を掛けて、「姉が命を賭して繋いだ命を、私がここで断っていい道理がないのでな」


静かに目を瞑る。

先頭の二匹がサーニャに気付き、顎を開いて雄叫びをあげる。

それでもサーニャは動かない。

二匹が加速しサーニャに跳び掛かる。


ふわっ、とサーニャが躍るように前へ跳ぶ。

刹那。二匹の宇宙恐竜の首が刎ねた。


宇宙恐竜二匹の間をすり抜け様の抜き打ち――所謂『抜刀術』だ。

ずざざっ! と首の無い肢体が駆けてきた勢いそのまま地面に転がる。


サーニャは刀を振って赫を飛ばすと、


「悪いが私も暇ではない。手早く済ませるぞ」


上体を低くして残りの四匹に向かって駆け出す。


「ゴアアアァァアアアァアァアアアアアアアアアアァ!」


涎を飛ばしながら咆哮をあげる宇宙恐竜の右脚を一刀両断し、続く四匹目の懐に潜り込み大きく垂直に切る。噴き出した桜色の臓物を浴びないように駆け抜けると跳躍し、五匹目の首を切り上げる。


噴き上がる血飛沫を背景にサーニャの大太刀が六匹目の脳天を捉える。宇宙恐竜の巨躯が縦に裂け、サーニャの左右に切り口を露わに斃れた。


着地したサーニャが(きっさき)を天に穿つように掲げると、背後から跳び掛かってきていた三匹目――三戟目で右足を切られた個体――の喉に突き刺さる。


「すまんな。――私に死角はない」


宇宙恐竜に目もくれないままそう言って刀を払う。切り開かれた頸動脈から鮮血を噴き出しながら、宇宙恐竜は斃れた。


「すっげぇ……」


息を止め甲板からサーニャの姿を追っていたソーマは、全ての事が済んでようやく、感嘆の溜め息をこぼした。

やがて刀を納めたサーニャが船にやってきて、


「待たせたな」


息一つ切らさないままに言う。

そんなサーニャをキラッキラした瞳で見詰めるココ。ココは感極まった様子で口を開く。


「サーニャ、すごい!」


褒められてもサーニャは顔色一つ変えないまま、刀を抜いて刀身を天にかざし、


「私などまだまだだよ。師匠の足元にも及ばん」


腰の革ベルトから厚手の紙を取り出し刀の手入れを始めた。


「あんなにすごいのに……サーニャの師匠はもっとすごいの?」

「凄いなんて次元ではない。私は師匠と立ち合って、終ぞ一度も刀を抜かせられなかったからな」


刀身の血糊を拭い終わると、今度は丸いポンポンが付いた竹串で『打ち粉』を刀身に打ち付ける。


「??? どういうこと?」


首を傾げるココに、サーニャは打ち粉を紙で拭いながら、


「師匠の極意は活人剣――刀を抜かず、人を斬らず、戦わずして勝負を終える……。そんな剣客としての理想を体得し、体現した人だったからな」刀身に映った自分の瞳を見詰め、「……血で汚れきった私の剣など、師匠の足元にも及ばんさ……」


最後に油を薄く引いて、刀の手入れを終え鞘に納める。それから愁いを帯びた瞳を揺らしてしみじみとつぶやく。


「そういう意味では、私より姉の方が余程……剣才に秀でていたんだがな……」


悲し気な――否……自虐的な微笑を浮かべた。

そんな少し湿った空気を変えようとしたのかしないのか、ココはサーニャの刀を指差して、


「サーニャのその剣、かわった形だね?」

「ん? これか?」


再び刀を抜くサーニャ。


「これは『刀』という、東の終わりの島国に伝わる武器だ。中でもこれのように尺のあるものを『太刀』と呼び分けている。まあ、厳密な定義はあってないようなものなのだがな」

「ちょっと借りていい?」

「構わんが……手を切るなよ」


刀を横にしてココに差し出す。慎重に刀を受け取ったココは舐めるように刀身を見詰め、


「どうして曲がってるの?」

「理由は主に二つ。切れ味を増す為と破損を防ぐ為だ」


答えながらサーニャは刃の部分を指差し、


「刀は一般的な刃物のように『圧し切る』事ではなく、『断ち斬る』事を主眼に置いた武器でな。刀を真っ直ぐに振り降ろしてもこの独特のカーブ――『反り』というのだが、この反りを伝うように運動エネルギーが流れていき、どんな刃筋でも『引き斬り』という、刀の斬れ味を最大に活かした斬り方ができるのだ」

「なるほど……ナイフもまっすぐ上から押し付けるより、ナナメに刃を入れた方が切りやすいもんね」

「そういう事だ。そして刀とは斬る道具。その性質故、刀身の厚みは極力薄く作られているのだが、」

「そっか……この薄さで強度を保つのは素材の性質上難しいから、切りつけた時の衝撃を逃がすために曲げてあるんだね? 発想の転換なんだね?」

「…………」


説明を遮って結論に至るココに、サーニャは絶句してしまう。


「? もしかして、まちがってた?」


訊ねるココにサーニャはかぶりを振って、


「いや……少し驚いただけだ。……その通りだよ」

「東の終わりの国……カタナ……。世界ってとっても広いんだね」


生まれてずっと森の奥の小さな小屋で育った彼女には、世界が果てしなく広く思えた。

刀を返してもらったサーニャが鞘に納めると、背後からミハイルの声が聞こえた。


「最後の積み込み終わりましたよ。すみません、予定時刻を過ぎてしまって。これ、出航許可証です」


サーニャは手渡された羊皮紙製の書類に視線を落とす。船名の欄が空白だった。


「そうか、船の名を決めていなかったな……」


顎に手を遣り考え込むサーニャ。


「ふむ……好い名というのは直ぐには浮かばないものだな……」


あれこれ考えて、どんどん思考のスパイラルに落ち込んでいく。するとアイラが手を挙げて、元気に叫んだ。


「しるばー!」

「馬ではあるまいに……」


難色を示すサーニャ。すると今度はココが手を挙げて、


「タイタニック、とか?」

「間違いなく沈むな……」


手の平で両目を塞ぎ、天を仰ぐサーニャ。


「ソーマは? 好い案はないか?」


いったん思考を中断し、ソーマに訊ねる。するとソーマは若干の恥じらいを見せながら、


「一つあるんですけど……」

「ほう、何だ?」

「……笑いません?」

「笑うか笑わんかはモノに依るが……とりあえず言ってみろ」


サーニャに言われ、ソーマは視線を逸らしながらおずおずと口を開く。


「………………………アーセナル……」


ぼそっ、と言ったソーマにサーニャは真顔で、


「……正気か?」

「いや、だって……俺とココはアーニャさんに助けられて、アイラはサーニャさんに助けられて。それで今から旅団のみんなを探しに行くんだから、そのみんなの中心にあるのはやっぱ、アーセナルなんじゃないかって……」


ソーマなりに理屈の通った言い訳を聞いたサーニャは顎に手を遣り、


「うーむ……自分達の船に自分の家の名を冠するというのは少し……くすぐったいというか恥ずかしいというか……」


ぶつぶつと考え込む。が、やがて顔をあげてソーマを見据え、


「だが、『船長』のたっての希望なら、それに従うのが筋だな」

「? 船長?」


瞳に疑問符を浮かべるソーマの眼前に、サーニャが書類をかざす。

その船長の欄には、確かにソーマ・イーゲルニッヒと記してあった。


「え……ええぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!?」


頓狂な悲鳴をあげるソーマにサーニャは涼しい顔を向け、


「何を驚いている? この船は君達の――君の願いを叶えるための船なのだ。他に適役が居るか?」

「いや、でも……」

「悪いが、私は船の扱いはからっきしの三級品でな。わからんちんどもとっちめちんなのだよ」

「サーニャさんはとんち小坊主だったんですか……?」


ツッコミながら溜め息を吐いて、他の二人にも視線をやる。

ココは珍しく、優しく見守るような表情で笑っている。アイラは子犬のような愛らしい笑顔を咲かせていた。


二人ともに、船名にもソーマが船長である事への異議もないらしい。

ソーマは観念して顔をあげる。


「……分かりました。これでも船乗りの端くれ、船の事は任せてください!」


強い決意をにじませた表情で啖呵を切るソーマに、サーニャ・ココ・アイラは笑顔で拍手を贈った。


「じゃあソーマ船長、号令を!」


軽く悪ノリしているココの言葉にソーマは頷いて、


「アーセナル出航! 進路を東へ!」

「「ヨーソロー!」」



船に上がってサーニャが荷物を解いていると、中から一通の封書が出てきた。表に『港湾管理委員会』の名入りの封筒。開いてみると、ミハイルからの手紙と数枚の紙幣が入っていた。

手紙には短く、


「旅路に幸あらんことを  ミハイル」


とだけ記してあった。

サーニャはふっ、と短く嘆息して、


「……全く……役所の人間はこれだから……」


小市民のような小言をぼやいて、しかし、心の中でミハイルに礼を言うのだった。

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