#8 好かれる
佐倉さんの家は内からほど近い所にある。
というか、おおよその場合彼女が家に帰る際にはうちの前を通る。一応寺の前を通らない道もあるのだが、そちらを使うことは少ないらしい。
今日だって、暑い中せっせと庭先の雑草を引っこ抜いている俺の前に現れた佐倉さんは、手にしていたキャリーバッグの中身を俺に見せながら笑った。
「この前話した子猫、結局うちで飼うことになったんですよ」
キャリーバッグの中には生後1ヶ月にも満たないような小さな仔猫が見上げている。
深夜に網戸に張り付いていたらしいその子猫は毛布にくるまりながらあくびをしている。動物病院に連れて行ったりなんだり色々あって、疲れたのか随分眠そうだが、なんというか。うん。
本当にいろいろと好かれる人だなぁ。
「気がついたら寛いじゃってて。まぁいいかなぁと」
「あはは。やっぱりそうなったか」
特に悪さをする気もないようだし、あえて言う必要もないと気が付いてないんだろうなぁ。
俺にはこの子猫のしっぽが複数見えるんだけど。
「慣れているみたいだけど、前にも動物を飼ってたの?」
「はい。子供の頃に猫を飼ってたんですよ」
「ああ、なるほど」
猫は毛皮を着替えて帰ってくるとは言うが、本当にあるんだな。
動物用のキャリーバックを覗き込めばこちらを見上げるさび猫と目が合った。しばらく見つめ合った後、ゆらゆらと二股に分かれたしっぽを揺らして毛布の中に顔を埋める。
敵意も受けられなかったが興味も持たれなかったらしい。
まぁいいさ。元よりこの子猫をどうこうするつもりもなかったわけだし。
いろいろ手を出すのだってよく見知った相手が変なことになるのは気分が良くないというだけだし。
それはただの善意であり、それ以上でもそれ以下でもない。
その言葉の意味が分からなかったらしく、佐倉さんは首を傾げた。
俺の言葉に不思議そうにしている佐倉さんはやはりこの子猫について気がついていないようだ。無自覚だからなのか、それともこの子が特別なのか。
今のところ酷い目に合っていないからいいものの、人の好さに付け込まれる事態は容易に想像できる。
そういうものを懸念して、この子猫は毛皮を着替えて、しっぽを増やすまでに徳を積んで帰って来たのかもしれないな。
そういう意味では昔から好かれやすい佐倉さんを守ろうとする存在も確かにいたのだろう。
で、あればだ。俺が何かをするまでもなく、おそらくその子猫は彼女の傍にいるだろう。
本当に、いろいろと好かれやすいお嬢さんだこと。
キャリーケースの中で子猫につけられた首輪の鈴が小さく音を立てた。