#7 散歩2
風が吹いて木々が揺れる。
人気のない山道にかさがさという木の葉が揺れる音と、すべてを台無しにするような原付のエンジン音がしている。
目の前にいる彼女は相変わらずに俺に手を伸ばしていて、その手を取らないことに不思議そうにしている。
まぁ、普段ならこの手を取っていたかもしれない。けど、彼女は。
「八千種さん?」
彼女が。
佐倉さんの姿をした誰かが、俺の名前を呼んだ。
「君は俺をどこに連れて行くつもりなのかな?」
「え……?」
「俺は君と同じ所に行くつもりはないし、君と同じになるつもりもない」
「やだなぁどうしたんです?八千種さん」
木々が夏の日差しを遮り彼女に影を落とす。
表情は見えない。けれど、目の前に相対している存在が佐倉さんではないことだけは断言できた。
「それともう一つ。勝手にあの子の姿を使わないでくれるか?」
その言葉を聞いた途端興味が失せたように表情を消し、彼女は文字通り黒い霧となって霧散する。まさか佐倉さんの姿を使って俺の所に来るとは、そんな事を考えてながら深く息を吐く。
後ろ姿を見た時はまさかと思ったが、真正面から相対すればさすがに違うことぐらい気が付く。
いやまぁ、普通に考えれば平日の午前中だし佐倉さんは働いてるだろうってわかるんだけども。
とにかくこれで解決……あーでも結局何だったのかはわからないんだよな。帰ったら一応経でもあげておくか。
不良坊主に何させるんだって話だよ。
なんとも言い表せない気持ちの悪さをため息とともに吐き出して、一度原付から降りる。
どうせ車も来ないだろうが一応前後を確認して、ぐるりと大回りで車体を方向転換させた。
この道の先にあるのは。舗装はされているが人気のない山道と、県をまたぐ国道。後は霊園くらい。と、言うことはだ。
そういうことだったんだろうなぁと。
「あれ? 八千種さん? こんな所でどうしたんですか?」
道を少し下ったところで、さっき見た顔が一軒家から出てきた。
一際大きな肩掛けのカバンを持ちなおし声をかけてきた彼女は、間違いなく佐倉さん本人だ。
「やあ、ちょっとね。佐倉さんはどうしたの?」
「今日ちょっと人が足りなくて私が外回りしてるんですよ」
お互い大変ですねぇなんて二、三言世間話を交わして、彼女はカバンの中から社用車のカギを取り出す。佐倉さんの方になんの影響も出ていないのを確認し、車内に乗り込む彼女を見送った。
じりじりと、どこかでセミが一匹鳴き出す。山道から少し降りてきただけなのに、日差しは強く、並んでいるのは木々ではなく住宅に代わっている。
全く。一歩入っただけで異界のような体験をさせてくれるとは。
山というのは、本当に難儀な場所だ。