#5 憑物
「なんだか最近同僚に昨日一緒に歩いてた男の人誰? って聞かれるんですよ」
なんて、言いながら佐倉さんは困ったように笑った。
一先ず閉めたばかりの門を開け彼女を招き入れる。幸い今日は夜のお勤めや酒好きの檀家に飲みに誘われているわけでもない。
今だって日中暑くて出来なかった庭先の掃き掃除を夕方になってからやっと始めたくらいには時間に余裕がある。
日差しも少し落ち着いてきたとは言えここではまだ熱いだろうと、居間に通せば素直に付いて来た。
供え物で頂いたお下がりと薬缶のまま冷蔵庫で冷やした麦茶を出せば、適当に放り込んだ氷がグラスの中で涼しげな音を立てた。
「で、何ですけど。最初は八千種さんのことかなって思ったんですけどそうじゃないらしくて」
「うん」
「私は男の人と一緒に歩いてた記憶なんかなくてですね」
まあそうだよな。この人の言うことはだいたい分かる。嘘をつくような子ではないしそもそもそんな器用な性格でもないだろう。
困っているようではあるが然程深刻そうではないのは、本人に実害があったわけではないからか。それとも単純に呑気なだけなのか。
普通は同僚にそんな話をされた時点で怖がるか、ストーカーだとかを心配すると思うんだが、そうしないのは彼女自身なんとなく原因を察しているからかもしれない。
「憑かれてるね」
「憑かれてますか」
「うんバッチリ」
なんとなくでもわかっていたから俺のところに来たんでしょ? と聞けば小さく笑って肯定される。
別に何かをしたいわけでもないようだし、まぁ恐らく放っておいても問題はないと思う。だからと言って霊的なものにストーカーされるのも気分が良くないだろうし。
「暫くお守り持ち歩きなね」
「そうします」
お守りは万能ではないが、それでも何もしないよりはマシだろう。
一応坊主ではあるけれど、寺生まれだからと言ってフィクションの中みたいに幽霊や妖怪と戦ったりなんてできないし、陰陽師みたいな法力なんてもってのほかだ。
破ってやって解決するなら、そんな力俺も欲しいよ。ネットでバズらせるからさ。
「ま、時間が合えば僕も送ってくからさ」
わかっているのかいないのか。曖昧に笑う佐倉さんは多分後者だと思うんだけど……まあいいか。
危害を加えるつもりがないなら、その内離れていくだろう。
佐倉さんは、言ってしまえば普通の人だ。どこにでもいるような、愛想のいいお嬢さん。程よく人が良くて、老若男女問わず可愛がられている。
ただそれはマスコット的な可愛がられ方が主で、彼女を本気でほしいと思っているのは霊的なものの方が圧倒的に多い。
なんというか、難儀な星のもとに生まれた人である。