#1 あの子はとても、よくモテる
遠くの方でカラスが鳴く声を聴きながら、玄関の扉を開け放つ。
時刻は午後四時を過ぎたところ。この時期になると中々日が落ちずに、暇な連中がひっきりなしに顔を出しに来る。
かといって早くに門を閉めれば、こっちが電話を無視できないのをいいことにジャンジャカかけてくるんだから、田舎の坊主というのは面倒な仕事だ。
朝に打ち水をしたとは言え、日中の気温が三十度にもなればただ単に湿度が増しただけになる。未だに蒸し暑い外の空気を浴びて、眉間にしわを作りながら表に敷き詰めた玉砂利を踏んだ。
今日は世間話以外の電話もなかったし、お勤めに出ずに済むだろう。暇な住人たちの暇つぶしになるのは面倒だが、かといって暑さにやられて倒れられても仕事が増える。出来ればほどほどに夏バテしておいてくれ。
それにしても暑い。
こんな日はビールだな。供え物のプレミアムなあいつが冷蔵庫で冷えているからそれを出そう。中井の婆さんが置いていった家庭菜園の野菜があるから天ぷら食いたい。揚げもんするの面倒だけど。
冷えたビールに心を躍らせながら、アルミ製の蛇腹門をガラガラと引く。何年か前の台風でダメになった無駄にでかい門戸の代わりに取り付けた蛇腹門は、取り付けこそ簡単だったものの開閉時に言うことを聞かなかったりする。うちは砂利が敷いてあるから特に。
ここのカギをかければ本日の業務は終了なんだから手間取らせてくれるなよ。ガコガコと何やら笑い声が聞こえて顔を上げる。
余所行きのワンピースに紙袋を抱えたお嬢さんだ。
「やぁお帰り、佐倉さん」
「はい。ただいま帰りました、八千種さん」
この娘さんはなんとも稀有な感性の持ち主で、何がそんなに惹かれたのか煌びやかな都会からこんな山しかない田舎に移り住んだ住人だ。いや、まぁ。田舎つってもそんなに辺鄙なわけでもないし、郊外のはす向かいぐらいの感覚だが。
とにかく。そんな佐倉さんは、週休と有給を組み合わせて実家に帰っていて、つい先ほどこちらに戻ってきたところらしい。
「久しぶりの実家はどうだった?」
「何処もそんなに変わりませんよ。長期休暇前なんでそこまで人は多くなかったですけど」
お土産です。と、手にしていた紙袋俺に押し付ける彼女は、それなりにちゃんとしたところの娘さんだと思う。
近所に住んでいて年が近いだけの俺に、わざわざ土産を買ってきてくれたりする気立ての良さとか。ころころと表情の変わる愛嬌だとか。そういうのもあって彼女はよくモテる。
話していて心地がいいというのは認めるがね。
「やっぱり暑いですね。私体力ないんでちょっときついです」
「あはは。相変わらず、つかれてるね」
「つかれてますか」
渡された紙袋の中には佐倉さんの出身地で有名な餃子が並んでいる。
なら、やることは一つ。
「ね、今日天ぷらにしようと思ってたんだけど」
おつかれ気味のご近所さんを労わってやろうか。
「今なら冷えたビールもあるよ?」
閉めかかっていた蛇腹門を、人一人通れるスペース分開け直す。
一瞬呆けた後、彼女が可笑しそうに笑って頷いた。
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