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8 異色のパートナー その3

 それからしばらく庭内を歩いていると、さっきの近衛兵と同様の声を何度かかけられた。


(スノウは頼りにされているのね‥‥‥私と違って)


 話しかけてくるのは、何も騎士だけではなかった。庭師や下級の使用人まで、スノウの姿を見ると心配そうに、あるいは安堵したような表情で回復を喜んでくれた。

 スノウは周囲からかなり慕われていたようだった。 


(重症だったから‥‥‥それもあるだろうけど--私の側にいた使用人たちで、ティティ以外にこんなに心配してくれる人なんかいなかった)


 みんながみんな、目を合わせず無言で頭を下げてばかりだった。その顔の下ではどんな顔をしていたのか、リチアは知らない。

 確かにリチアに対して気安く声を掛けてはいけないけれど、もしも彼らのように声を掛けてくれていたらどんなに嬉しいか。

(‥‥‥使用人たちは心配してくれるかしら)

 リチアが入れ替わってしまった事実を知ったら、彼らは一体どのように思うだろう。

 --嫌なことを考えた。

 リチアは雑念を振り払うように首を振った。


(それはそうと、さっきから妙ね‥‥‥)


 周囲が、敷地内の雰囲気がぴりついている気がする。


 襲撃事件のせいだろうが、警備の人数がいつもより多いなと感じてはいた。けれど、それ以外のところからも妙な視線を感じる。


 ふと視線の元を辿ると、陰からこっそりと庭内を監視する騎士らしき人間を発見した。それも一人や二人ではない。たまたまというレベルを超えた確率で正確な場所まで察知することができた。


(おかしいわ)


 リチアは首を傾げた。何というか‥‥‥感覚が過敏すぎる。


 使用人の中には意図的に気配を消せる人間が複数いる。マナと呼ばれる力の使い手で、身体能力を自分の意思で底上げできるのだが、今までリチアはそんな彼らの隠密をみやぶったことなど一度もない。


 それがどうだろう。今日はどうにも冴えている。


 息をひそめて集中し、少し感覚を研ぎ澄ませば、物陰に隠れている目視できない監視や、彼らの注意の先がどこに向いているのかも手に取るように分かる。


 自分の精神が体から抜け出して、ググっと相手に近づいたかのような、そんな不思議な感覚だった。


(シルベットが認めるだけのことはあるわね)


 本来のリチアには、聖女の『神聖力(未覚醒)』が備わっている代わりにとでもいうべきか、マナの素養はあまり無い。だからこそ、普通の視覚との違いがよく分かる。


「そっか‥‥‥それで襲撃にもいち早く気付けたってわけね」


 マナは生まれ持っての資質が大きく関係する。魔法の源となる力でもあり、平民には稀な力でもあった。


 (スノウの騎士としての才能は本物ってことね)


 ――そう納得する理由は、他にもあった。


「――っと! ととっ‥‥‥なにこれ、すごいっ!」


 大人の背の三倍以上はあろうかという高さの木。丁度腕くらいの太さに枝分かれした幹を足場にしてしゃがみ込んだリチアは、興奮したような声を上げた。


「ジャンプ一回でこんな高さまで跳べるの!?」


 マナを持つ騎士の――スノウの身体能力がどれくらいなのかちょっと試してみようとひらめいて。ただの興味だったが、シルベットやハインツが認める騎士がどれくらい凄いのか気になった。

 たまたま手頃な木が目に入って、さすがにこれは無理かも、なんて半信半疑で跳躍してみたのだ。だがなんと‥‥‥余裕だった。


「素でこれって、マナで強化したらもっと高い場所でもいけるってことよね‥‥‥?」


 騎士は基本的な身体能力値も人の二倍~三倍は高い。知ってはいたが、実際に体験してみるとその凄さがよく分かる。


 えいやっと飛び降りてみて、スタン!と猫さながらの着地ができるところにも感心してしまった。衝撃もないし、まったく足が痛くない。


 (どれだけの訓練をしたらこうなれるの‥‥‥?)


 今一度木を見上げてリチアはうなった。

 普通の人が同じことをしても、まず無傷では済まない高さだ。それをこの身体は軽々とこなしてみせる。ちょっと、いや、かなりワクワクする。


「‥‥‥ちょっと走ってみようかな」


 普段のリチアなら絶対に考えたりしない。苦手なことランキングのぶっちぎり一位の“運動”。しかし――


(私、風になってるかも!!)


 これが速いのなんの。いっそ楽しくなっちゃうくらい、景色がビュンビュンと霞むような勢いで後ろに流れていく。


(嘘みたいに身体が軽い!)


 しかも全力疾走しているのにも関わらず、息が全く上がらない。どこまででも走れそうな気がした。


 ――これでマナを使えば馬より速いのではなくて!?


 わりと本気でそう思った。


 やっと満足して速度を緩めたリチアは、そこでふと庭園の中央にあった噴水が目についた。


「今の私、どんな顔をしているのかしら」


 引き寄せられるように噴水へと駆け寄り、ドキドキしながら縁から顔を出してみる。

 波打つ水面に映った顔をしげしげと眺め、リチアは思いがけず「あら‥‥‥」と小声で呟いた。


「‥‥‥悪くない」


 水面からは、優しそうな面差しの青年(若干少年といっても差し支えないくらいの年齢)がこちらを見つめ返していた。


 美男子‥‥‥というのは過大評価に過ぎるが、なかなか整った顔立ちをしていると思った。やや中性的っぽく見えるのは年のせいだろうか。雄々し過ぎず、反対に女々し過ぎず、鼻筋の通った品の良い顔立ちだった。


 もうちょっと‥‥‥凡庸な顔立ちだと思っていた。下民の出自だというから、なんとなく。


 顔やスタイルも武器になる貴族にとって、己の美醜は重要なことである。そういった意識の違いからか、貴族とそうでない者はそれなりに差が出るものだ。けれど、


「この伸ばしっぱなしの髪さえ何とかしたら――あらあら、悪くないわ」


 肩まで伸びてしまっている髪を後ろで纏めつつ、形の良い眉毛を隠す邪魔な前髪を持ち上げる。‥‥‥これだけでかなり印象が変わった。

 うん、なかなか良いんじゃないだろうか。そんな自画自賛をリチアがしていると、


「‥‥‥お嬢様」


 背後から密やかな声がした。リチアが振り向くと、そこには、頭を大きめの頭巾で覆ったメイドが一人立っていた。

 フードの隙間からわずかに見えた赤色に、


「スノウ?」


 リチアが迷うことなく彼の名前を呼ぶと、彼は頭巾を目元まで引っ張りながら一度こくんと頷いた。


「あなた‥‥‥何でここに? というか、いつ目が覚めたの?」


 そう訊ねると、彼女は‥‥‥彼は声を潜めつつ答えた。


「ついさっき‥‥‥これは変装用に協力者からお借りしました」


「協力者? ――誰?」


 首を傾げる。すると、スノウは少し困ったような声を出した。


「名前まではちょっと‥‥‥目が覚めたら枕元にこんな書置きがありまして。この服と一緒に」


 すると彼は周囲をちらちらと窺いながら、小さなメッセージカードをリチアに手渡してきた。


「えっと‥‥‥“クローゼットの中に隠し通路があります。五の刻までにはお戻りください”‥‥‥ティティの字ね」


 メッセージカードに書かれた文を読み上げながらリチアが頷く。


「ティティ?」


「私の侍女よ。側使え。あなた、ティティにこの事を話したの?」


「いえ、そんな余裕は‥‥‥あ、でも最初に目が覚めた時に混乱して色々おかしな質問をしたので、もしかしたらそれで察したのかもしれません」


「そう‥‥‥まぁいいわ、好都合よ。私一人じゃあなたには会えなかったわけだし――それで、どうなの?」


 リチアは唐突に訊ねた。


「どう、とは?」


 スノウは首を傾げた。


「どうって‥‥‥もちろんこの事よ! 他に何があるの! 元に戻ろうって意思に変わりはないかってこと!」


「それはもちろん! このまま一生お嬢様の身体で生きていくなんて、無理ですよ!」


 即答したスノウに、リチアはホッとして胸を撫で下ろした。


「実はちょっと疑ってたのよね。あなたが私にとって代わろうかって思っているんじゃないかって」


「ええ!? ――あぁ、いや、でもお嬢様の立場なら、そう心配されるのも仕方ないですね」


「でしょう? まぁ、あなたに邪な気持ち無いなら良かったわ。私はそれが一番心配だったし‥‥‥しばらくはこのまま暮らしていかなきゃならないのに、あなたの事、なにも分からないのに遠ざけられたらそれはそれで困るし‥‥‥」


 すると、スノウはやや面食らったような顔でリチアをまじまじと見上げた。


「団長に打ち明けなかったんですか? 自分がお嬢様だと」


 これに対し、リチアは微妙な顔をした。


「信じてくれると思う? ‥‥‥それに、言えなかったのよ」


「どうして‥‥‥? 団長ならきっとお嬢様の力にもなってくれたはずなのに」


「‥‥‥だって、あなたが困るでしょう?」


 リチアは目線を逸らしながら呟いた。


「‥‥‥困る? 僕が?」


「あなた下民だったんでしょう? ――二度とないかもしれない昇進のチャンス‥‥‥それが無くなっちゃうかもしれないじゃない」





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