41 こうして舞踏会の幕は閉じる(1/3追加しました)
“『必ず無事に、お嬢様にこの体をお返しいたします』”
‥‥‥スノウはけして無責任な約束をする男ではない。
生粋のお嬢様育ちであるリチアと身体が入れ替わり、スノウが真っ先に取り組んだことがある。
それは何か――基礎体力作りであった。
無事に体を返す=とにかく守り抜く事、と考えた故の挑戦である。
何事にも資本は身体である。‥‥‥そこで、直近二週間くらいの種明かしをここで一つ。
スノウは毎日、それこそ常時、足腰に重りを付けて過ごしていた。朝から晩まで、それこそ寝ている時も、ご飯を食べる時でもだ。ついでに言えば、社交ダンスの特訓の時でさえ欠かさずに付けていた。
『あなたが致命的なダンス音痴だったなんて‥‥‥』
リチアが知る由もないことであった。
さもありなん。そう言われるはずであろう。‥‥‥活発さから程遠いところにあったお嬢様が、重りを装備して軽やかなステップだなんて、絶対的にムリである。
「まぁ‥‥‥そんな無茶ができたのは、ティティさんのサポートと、聖女の治癒力のおかげだったからなんだけど」
リチアを守るためには、どうしたって相応の対応策が必要だった。
「‥‥‥備えあれば患いなし、てね」
一度ならず二度までも危険に晒された身の上だ。同じ轍は三度も踏まない。
あらかじめ出席の有無を確認できる舞踏会で何も起きない‥‥‥そんなはずがない。
スノウは、芝生の上に伸びている数名の刺客たちを冷めた目で見下ろした。
「お前たち、このままで済むと思うなよ?」
昏倒している刺客たちには、激しく争った跡が生々しく残っている。周辺には各々の武器や装備品が散乱しており、剣などは根元から叩き折られた状態で捨てられていた。
生身の人間を相手に素手で戦ったのは、訓練の時以来――かれこれ一か月ぶりくらいか。
やや使い過ぎて重たくなった肩をほぐすように腕をぐるぐると回しつつ、スノウは首筋を軽く揉んだ。
(‥‥‥つい本気を出してしまった)
こういう場合、一人は口が利ける状態にしておくべきなのだが――うっかり全員虫の息にしてしまった。
(聖女の治癒の力が、まさかこんなに強力な武器になるなんて‥‥‥)
自分でも驚きである。‥‥‥正直、上手くいくかは賭けだったのだが。
どういうことなのかといえば――基礎体力の向上と合わせて特訓していた、聖女の力だ。
――この聖女の力である、“傷を治す力”を自分にかけ続けるとどうなるのか。
そんなちょっとした疑問から、もしかしたら自身を“傷つかない体”にできるのではないかとひらめいたのだ。
単純だが、傷つかなければ無敵なのでは?と。
で、実際にやってみたところ、結果、ものすごくタフになった。
防御は最大の攻撃とは、まぁよく言ったもので。――物は試しにと、聖女の力を無傷の自分にかけた状態で刺客の一人を思いきりぶん殴ったところ‥‥‥自分より一回りも二回りも大きい男が、たった一発のアッパーカットで戦闘不能にまでなってしまった。
つまるところスノウは、リチアの小さな拳一つで、フル装備の刺客たちに勝利したのだ。
「‥‥‥とりあえず、誰の差し金か答えてもらおうか」
寝ている刺客のうちの一人に問う。胸倉を掴み、その腫れあがった顔にきつめの平手打ちを一発。呻き声を上げながら僅かに開いた瞼の奥に、スノウの冷たい顔が映った。
「誰の差し金か、言え」
「‥‥‥知るもんか」
刺客が、苦し紛れに答える。
「俺達は、雇われただけだ」
「誰に?」
「だから、知るもんか」
「名前は? 顔ぐらい見ただろう?」
「‥‥‥見たさ。けど、それがどこの誰かなんていちいち聞いたりしない‥‥‥金さえ払ってくれればな」
「相手の特徴は?」
「‥‥‥」
「こっちの気が変わらないうちに話した方がいい。できればこれ以上この手を汚したくはないから」
「‥‥‥貴族のオンナのくせに‥‥‥っ、お前、なにモノだ? 話せば逃してくれるってのか?」
「わたしは、自分を襲ってきた人間を見逃したりはしない。もしくは国法の手に委ねるほど優しくもない。お前たちは全員オーディン家が引き取り相応の処分を下す。その前に地獄を見たくなかったら――言え」
「‥‥‥相手は男だ。だが顔はフードで隠れていて、青い目が少し見えたが、他は‥‥‥大した特徴は別に‥‥‥いや、かなり若かった‥‥‥はずだ。声を聞いて、勝手にそう思っただけだが。――名前は、本当に知らない」
「‥‥‥わかった。それで、お前たちの所在は?」
「‥‥‥王都外れの運送ギルドだ。もとは傭兵を生業としていたが、昔廃業した。今は東の焔帝国の道具を集めて王都に運んでいる」
「焔帝国? ‥‥‥オルタニカと同盟が破綻した国じゃないか。どんな道具だ」
「色々さ。ここで認められているものから、そうでないものまで、沢山だ」
「その中に武具は? ――いや、妙な護符のようなものはなかったか?」
「――ある。だが、それほど多くはない。何に使うのかも、どう使うのかも、俺達は知らない」
「それで? 王都のどこに運んでいるんだ?」
「‥‥‥サン・デル・モルト‥‥‥」
「‥‥‥なんだと?」
「サン・デル・モルト‥‥‥王領だ」
スノウが顔色を変えた、その時だった。
「――スノウ!??」
背後から素っ頓狂な声が聞こえて、ハッと目が覚めたような顔でスノウは振り返った。
ライオット邸の方から駆けてくる、二人の男の影。そのうち、一人が自分の姿であることに気付き、スノウは咄嗟に立ち上がった。
「おじょ――」
「スノウ!? あなた無事なの!? っていうか、これどういう状況!? あなたがやったの? 怪我は?」
血相を変えたリチアが矢継ぎ早に問う。
「一先ず落ち着いて‥‥‥僕は無事です。今ちょうど悪者を全員こらしめたところで、」
「えぇっ! この数をあなたが!?」
「はい」
「いったいどうやって――あっ、そんな場合じゃない! とりあえず衛兵を呼んで拘束しておかないと――」
「待った、お嬢様。こいつらの身柄はオーディン家で引き取りたいので、拘束は僕がやります。‥‥‥ところで、そんなことより‥‥‥」
スノウはちらりと、リチアの隣に立っているサリヴァンを見やった。
「‥‥‥なぜ、この方とご一緒で?」
事情が分からず、疑り深い眼差しでサリヴァンを眺める。
――とても仲が良い様には見えないし、信用もできないんですが?
そんな疑心暗鬼な気持ちでいると、どこか気まずそうな顔をしたリチアが「それが‥‥‥」と話し出した。
「‥‥‥信じられないかもしれないけど、この人はその、敵じゃない」
「敵じゃない?」
「あ、いや、味方でもないような気がするけど‥‥‥少なくとも今は、休戦中というか」
「‥‥‥お嬢様」
「だからその、これには深いワケがあって」
と、そこで、
「――リチア、もういいわ。わたくしから説明するから」
黙って二人のやり取りを観察していたサリヴァンが割り込む。
――“わたくし”?
たちまち怪訝な顔をしたスノウだったが、つい先ほど、この男の口から咄嗟に出てきた「お父様」という単語をふと思い出した。あれはどういう意味だったのか――。
サリヴァンはさっと周囲に視線を巡らせたあと、どこか改まった態度で口を開いた。
「結論から申し上げます‥‥‥わたくしはサリヴァン・ド・ミネルヴァではありません」
「ん‥‥‥?」
「わたくしは――いいえ、わたくしが、シャイリーンなのです」
「‥‥‥え゛」
スノウが思わず目を点にして凝固する。
なんというか、出合い頭にいきなり爆弾でも投げつけられたかのような‥‥‥それくらいビックリするような自己紹介だった。
「あなたたちのことはさっき、リチアから聞きました」
耳を疑うほどの衝撃に面食らうスノウだが、あくまで冷静を貫くサリヴァン――自称シャイリーンは、さらなる追加攻撃を投下する。
「あなたとリチアが入れ替わっているように、わたくしもお父様と体と心が入れ替わっているのです。‥‥‥同じ境遇ですもの、当然理解していただけますわね?」
――沈黙。
たっぷり十秒は無言の時が流れた。
「‥‥‥嘘ですよね?」
冷や汗が、スノウの額にドッと噴き出した。半開きになった口端を引き攣らせながら呟くが、
「本当よ、スノウ」
ゆるゆると頭を振りながら、リチアが肯く。
「私たちが犯人だと思い込んでいた相手は、私たちと同じ被害者だったのよ」
「えぇっ‥‥‥!?」
思わずサリヴァンの姿を二度見、そして上から下まで往復してしまうスノウ。
――このオジサンの中身が、リチアと同い年の女性だって?!
にわかに信じがたい話だ――が、となると先の事件での彼の言動も頷ける。むしろ意図せずして叫んだ本心だったからこそ、信憑性もある。
(いやいやいや、だけど――‼)
悪い冗談か、もしくは罠か!? そう疑ってしまうスノウだったが、屈辱的に下唇を噛み締めているサリヴァンの様子からは、そういった悪だくみの欠片も見えなくて。
肩を落とし、両こぶしを握り締め、怒りと、どこか悔しさを滲ませた表情がスッとあらぬ方に向く。
それは、壮年の男の仕草というより、女性らしい所作のように‥‥‥スノウには感じられた。
「‥‥‥本当に、まさか‥‥‥」
かける言葉が見つからず、ただただ戸惑う。
自分の父親と魂が入れ替わるなんて――年頃の女の子からしたら、どれほどのショックだろうか。
シャイリーンとあまり歳の差がないスノウでも、その心境は何となく分かるような気がした。‥‥‥正直なところ、もし自分が父親とそうなっていたら‥‥‥想像するだけでも怖い。ある意味、リチアと入れ替わるより怖いかもしれない。自分の身体になった父親が外を歩く――何をしでかすか分からない怖さは同じなのだけれど、はっきり言って、そっちの方が桁違いに怖い。
「‥‥‥なんていうか、その‥‥‥大変、でしたね、きっと、色々と‥‥‥」
スノウの慰めにもならない慰めに、サリヴァンことシャイリーンはカッと顔を朱くした。
「‥‥‥っ慰めなんか結構です‼」
なかばやけっぱちで吐き捨てると、シャイリーンはバッ!と音がしそうな勢いでリチアに振り返った。
「――とにかく‼ この状況をなんとか解決しなければなりません! ――と、いうことで、今からお邪魔するから! 父と一緒に!」
「へ!? どこに!?」
驚いて声を裏返らせてしまうリチアに、シャイリーンは言い切った。
「もちろん、あなたの居城でしょう!?」
「――ええっ!? うち!?」
「当たり前です! なぜそこで驚くのですか!?」
ピシャリ叱りつけると、シャイリーンは倒れている刺客たちを示した。
「この者達はそちらで拘束するのでしょう? だったらわたくしも行きますから!」
「えぇっ!? そんな突然、」
「いけませんか?」
「いけなくはないけど‥‥‥あなたの派閥みんなして、ひっくり返るほど驚くんじゃ‥‥‥」
「今は有事なのよ!? 些細ないざこざを気にしている場合!? 派閥がどうとか、そんなみみっちい理由で断るのは許さないから‼」
そこでリチアは思わず、ポカンとしてシャイリーンを見上げた。
「‥‥‥シャイリーンあなた‥‥‥なんか、変わったわね?」
「‥‥‥それはお互い様でしょう?」
――そしてこの一時間後。シャイリーンはサリヴァンと二人、本当にオーディン家にやって来たのだった。
♢♢♢
舞踏会での騒動の後、騒ぎが静まるのを待たずして、リチア達はライオット邸から去ることにした。
理由は二つ。
王国近衛隊に刺客たちを引き渡したくなかった事と、その刺客たちの手引きをしたという罪の全責任をライオット伯爵に着せない為だ。
マナ鉱石を国内で取引するかたわら、ミネルヴァ家の助力で魔導産業にも着手していたライオット家で、オーディン家の令嬢が襲われたとなれば、無実のシャイリーンたちにも罪が飛び火しかねないからである。
そうならなくとも、噂なんて、どう転ぶか分からない。
なにぶん、滅多に社交界に姿を現さなかったリチアが、久しぶりに参加した舞踏会で起こってしまった出来事だ。タイミングがあまりに良すぎる――いや、悪すぎる。
たまたまリチアが参加した舞踏会にミネルヴァ公爵とその娘が揃って顔を出していた。そこへきてシャンデリアが双方の上に落下したなどと‥‥‥これだけでも不穏な憶測がたってしまう。
リチアの考えとしては、
――だったらなおさら、私が襲われたことは黙っていた方がいい。
事故に続き刺客‥‥‥オーディン家とミネルヴァ家双方の争いの火種になりかねない。
ここへきてミネルヴァ家側との派閥と対立なんて絶対に避けたかった。
シャイリーンたちがいくら黙殺しようとしても、過激派とは一定数存在してしまうもの。‥‥‥孤独なオーディン家にとって、これほど厄介な敵などないわけで、特に、何も知らないハインツに迷惑をかけたくなかった。
それにリチアとしては、今や同じ境遇の同士とも言えるシャイリーンたちと分断されるようなことは嫌だった。情報共有ができなくなるのは現状、かなり困るから。
――刺客を全員捕縛し、騒動に乗じてさっさとここから立ち去ってしまおう。
そうして、いざオーディン家に帰城しようとした時だった。
密かに屋敷の裏手に馬車を呼び寄せようとしたリチアに、シャイリーンが「待った」をかけた。
「この人数を一度には乗せられないのではなくて?」
「えぇまあ‥‥‥でも、移動手段はこれ一台しかないし‥‥‥あっ、ならあなたの馬車にも半分乗せてくれない?」
すると、シャイリーンが深々と溜息を吐いた。
「‥‥‥わたくしが魔導士の家系であることすら忘れたの? ――これしきの人数、お父様の空間転移なら一発です」
シャイリーンも凄腕の魔導士だが、父親のサリヴァンはさらにその上を行く一流の魔導士だった。
刺客を合わせて十数名の空間転移を、シャイリーンは軽々とこなしてみせた。
「これは‥‥‥どうしたことでしょう‥‥‥」
オーディン家近衛隊に刺客たちの身柄を渡してから、オーディン城に門をくぐると、健気にも首を長くして待っていてくれたのであろう、居ても立っても居られないといった風情で駆け付けてきたティティが、動揺と困惑の声で出迎えてくれた。
「‥‥‥なぜ、閣下が‥‥‥」
ティティの視線は、リチアの後ろにいるシャイリーンとサリヴァン公爵に瞬時に固定された。
「久しいわね、ラゼット嬢」
そう言ったのは、シャイリーンの姿をしたサリヴァンで。青白い顔で動かなくなってしまったティティに、リチアは申し訳ない気持ちで、
「‥‥‥ただいま、ティティ」
リチアの不器用な苦笑いに、ティティはただただ狼狽するばかりだった。
城に入ると、今度は使用人たちが泡を食った。
「お帰りなさ――ッ!!?」
出迎えてくれた老執事が、今にも目玉が飛び出しそうな勢いで、
「ミネルヴァ公爵閣下!?」
この一声が効果抜群だった。
普段ならば、夜中にお出迎えなんか一切しない若手の使用人達が、すっ飛んでエントランスにやってきたからだ。
思わず目を丸くした老執事やティティをさり気なく押しのけ、満面の笑みでシャイリーンとサリヴァンの世話を焼こうとする下心満載の使用人たちに、
「もてなしは結構です」
サリヴァンの姿をしたシャイリーンが、きっぱりと断る。
「こんな時間に事前連絡もなく、突然押しかけた身で礼を尽くされる気は無い。‥‥‥ラゼット嬢と、そこの執事(出迎えてくれた老執事)。二人もいれば私たちは十分です」
あからさまに残念そうな顔をする使用人たち、今度はスノウがリチアの姿で言いつける。
「二人以外、早く下がりなさい」
そのまま素直に引き返せばよかったのに――彼らは去り際に、シャイリーンから指名されたティティと老執事をジッと、嫉妬深い目つきで睨み付けていく。
それを見て、後方にいたリチアはハッとした。
ふと横を見ると、困り顔の老執事とティティは、特に顔色を変えたりはしなかったけれど、小さく嘆息している姿が目に入って。
「‥‥‥あなたのうちの使用人、もっと選んだ方が良いのではなくて?」
シャイリーンが低い声でリチアに耳打ちする。
全くもってそう思う。けれど、
「‥‥‥そんなこと、できるものならとっくにやってるわよ」
リチアはうんざりと溜息を吐いた。
‥‥‥そんな事をしたら、例によってティティと老執事以外残らない。ほぼオーディン領の貴族で構成されている使用人たちは全員いなくなり、城の管理ができなくなってしまう。
だが、それだけならまだ良い。それだけならば。むしろ一番面倒なのは、腹いせや逆恨みに貴族たちが騒ぎを起こしかねない事にある。
オーディン家で下級貴族を上級使用人として預かっているのは、そういった反感を買わない為でもあるし、要は抑止力の為だ。
――悪い言葉で例えるならつまり、『人質』。
逆に貴族側からしたら、『常に見張っているぞ』という具合で。ハインツは承知の上で彼らを雇っている。
シャイリーンも何となく状況を察したようで、それ以上の追求はしてこなかった。
「‥‥‥それで、ハインツ様はどちらに?」
訊ねられ、リチアは首を傾げた。するとティティが、
「旦那様は今夜お戻りになりません。外泊されるそうですから、早くても明日の昼過ぎになるかと」
「‥‥‥そう。なら、仕方がないわね」
「‥‥‥わね?」
サリヴァンの口調に、ティティがすかさず眉を顰める。
「お詫びにはまた後日窺うわ。とりあえず、書留だけでもお渡ししたいわね。便箋はあるかしら?」
「‥‥‥ご用意いたします」
奇妙な顔をしたまま、ティティがエントランスから出ていく。その後ろ姿を見送り、リチアは老執事の方に命じた。
「お嬢様とお客様にカモミールティーをお出しして。それから、何でもいい。簡単な軽食と御茶菓子をお願い」
老執事は頭を下げた。
「かしこまりました」
新たな短編の制作をしたいので、ちょっと更新がまちまちになります。それでも週一投稿はしたい。
曜日関係なく、書けたら投稿します。よろしくお願いいたします。




