40 疑惑、そして困惑
リチアとシャイリーンは、ホール内の奥にある小さな入口から会場を抜け出した。
廊下は会場と同じく全て明かりが消えている。まさに一寸先は闇という状態。けれどもシャイリーンはさして問題などないといった落ち着いた声音で、「こっちよ」とリチアを促してきた。
「道なら分かるわ。昔はよく遊びに来ていたから」
「そうなの?」
「ええ」
シャイリーンは、小さい頃からライオット邸に来ていたというだけあって、邸宅の構図を知り尽くしているらしく、増築を繰り返しただだっ広い屋敷にも関わらず、歩みに一切の迷いがない。
「今は亡きライオット伯爵夫人がお母様の元ご学友で――幼い頃、わたくしの事を実の娘のようにかわいがってくださったの。お二人は子宝に恵まれなかったから」
行く道を魔法で照らしながら、先を急ぐシャイリーンの後をリチアが速足に追いかける。
しばらくして、二人が一階へと繋がる細い階段を降りている時、ようやく明かりが復旧した。魔導仕掛けの電灯が、息を吹き返したかの如くパッと輝き出し、通路を照らす。
あれだけの騒ぎが起こったのに、二人の周囲には人の気配がない。何枚も壁を挟んだ遠くの方から、くぐもった喧騒がわずかに耳に届くだけ。
どうやらシャイリーンは、素直に邸宅の表から外に出る気はないようだった。
「ねぇ、どうしてこんな所から逃げるわけ?」
階段を降りた先、リチアはシャイリーンに訊ねた。
「逃げてなんかいません。追いかけているんです」
誰を、とは、今さら訊かなかった。
「スノウがどこにいるか分かるの!?」
思わず声を上げたリチアに、シャイリーンは難しい顔をして振り返った。
「‥‥‥無事かどうかは保証できないけれど‥‥‥あなた本体が必要なのだから、何が何でも取り返すまでです」
「取り返すって――やっぱり誰かの仕業だったのね」
彼女の言葉に、リチアは唇を噛んで押し黙った。
まさかこんな事態になるだなんて――人目の多いところなら、問題は起きないだろうと甘く見ていた。
「私のせいだ‥‥‥」
こんなことなら、回りくどい手なんか使わず、もっと素直に行動すればよかった。シャイリーンに手紙の一枚でも書くなり、いくらでも手段はあったはずなのに。
(スノウに何かあったらどうしよう。彼の家族に何て言えばいいの?)
そればかりが頭に過った。
「‥‥‥まさか、あなたも入れ替わっていたなんてね」
そんな呟きが聞こえて、ふとリチアが顔を上げる。シャイリーンは少し困ったような微笑を浮かべ、リチアを見つめていた。
「どうりでわたくしの話をすんなりと信じたはずだわ‥‥‥子爵というわりに態度が大きいと思ったら」
呆れた、といわんばかりの表情で溜息などを吐く。‥‥‥嫌味は嫌味として、けれども何となく温かみのある言い方だった。
「む‥‥‥それはこっちのセリフなんだけど? “社交界の氷の花”なんて呼ばれて、普段無口で不愛想なあなたが、今日はやけに嫌味っぽいと思ったら」
「それはお父様に言ってくださる? ‥‥‥王家と共に社交界を率いるわたくしが、あんな見て分かるような言いがかりなんて、わたくしはそんなこといたしません」
今でこそ、少年とおじさんの見た目だが、二人には互いの本来の姿が見えているような気がした。
‥‥‥昔から、顔を合わせれば口論ばかりの二人であった。
シャイリーンの大人びた性格と、リチアの自分の気持ちに素直な性格は、「あなたのそういうところが嫌」と、互いが互いを突っぱねてきた。
何かと癇に障る相手という認識が強く、しかも同じ公爵家の次期当主というところで比べられ、あらゆる面で差を広げられたせいか、リチアの方は特に劣等感や競争心が強かった。
だが今や、その何かと癇に障るシャイリーンが期せずして同じ苦難にぶち当たっており、リチアに対し助けを求めている。
こんな状況でもなければ、また「あなたのそういうところが嫌」で、この会話も終わっていただろう。けれど今なら――まだお互いを理解はできなくとも、歩み寄るくらいのことはできそうな気がした。
‥‥‥もちろん、全てを水に流せるわけではないのだが。
「それよりスノウ‥‥‥私は無事なのかしら」
「‥‥‥そればかりは、分からないわ。相手の気持ち次第でしょうね」
「全部、ブレア地区での事も‥‥‥まさかライオット伯爵の仕業?」
疑心暗鬼に問いかけるリチアに、シャイリーンは頭を振った。
「それは違うわ。とはいえ、今回は多少関与しているでしょうけれど、詳しい内容までは知らされていなかったはず。もともとあまり肝が大きい人ではなかったから、こんな騒動が起きるって知っていたら、少なくともわたくしは招待されていなかったでしょう。我が家の手助けなしでは、魔導産業なんて成り立たないもの」
「‥‥‥ということはやっぱり、繋がってるのね? 私の暗殺事件と」
「リチアが攫われたいじょう、当然でしょう?」
「攫われたって‥‥‥なんで私なんかを」
リチアは僅かのあいだ考え込み、再度シャイリーンと視線を合わせた。
「シャイリーン、あなた‥‥‥どこまで知っているの? ねぇ、一体誰の仕業?」
これに、シャイリーンは即答せず、しばらく沈黙した。
鋭い視線で射貫かれる。どことなく、リチアの様子を探っているようだった。
「‥‥‥それは恐らく、あなたが良く知っている人よ」
「一体誰なの?」
「わたくしは、ずっと彼を疑ってすごしてきたわ。言動や行動に何か裏があるような気がして‥‥‥最初はただの直感に過ぎなかったけれど。でも、それがある日確信に変わって、そして彼の足取りを今日までずっと追ってきた。ずっとね。だから一時期は、彼に近づいたりもした」
シャイリーンの言葉を聞きながら、リチアは体の芯が冷えていくような感覚に見舞われた。
「‥‥‥うそでしょう‥‥‥まさか」
唇が震える。リチアは信じられない気持ちでシャイリーンを見つめた。
だが、シャイリーンは真っ直ぐにリチアを見つめ返したままで。嘘偽りのない真摯な瞳をリチアに向けていた。
「‥‥‥あなたの元婚約者、ルーベンスよ」
メリークリスマス!
少し短いですが、キリがいいので投稿。あと余談ですが、今週中に上げるという自分で決めた事を守りたかった。
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次回は、この物語のターニングポイントになるため、下手くそながらにもっと慎重に書こうと思ってます。ちょっと文字数も多くなるかも。
その観点から、更新日は一週間後の土曜日にします。火曜日はお休み。
よろしくお願いいたします。




