39 揃いも揃って私たちときたら
それは、ギギ‥‥‥という鋼を強く擦り合わせたような音だった。
真っ先に異変を聞き取ったのがリチアで、頭上で風も無いのに揺れる巨大なシャンデリアを見上げたのをきっかけに、スノウとシャイリーンも遅れて顔を上げた。
「なにあれ‥‥‥」
リチアの不安は、やがて音を立てて大きくなっていった。
初めは小さかったシャンデリアの揺れ幅が、明らかに広がっていく。シャンデリアは他にもあるのに、なぜかリチア達の頭上にあるものだけが、まるで振り子のように揺れていた。
「まずい‥‥‥‼」
スノウが口をついて言った瞬間、バキンッ‼と何かが壊れる激しい音がした。
「――お嬢様‼」
スノウが慌ててリチアの手を引いて駆け出した、その直後、
「お父様‼」
来賓の輪から、一人の男がリチアとスノウの前を横切っていった。
「お父様逃げて‼」
男が必死にシャイリーンに向かって叫び、
「シャイリーン!?」
男を見て驚いたシャイリーンが目を見開く。
その光景に、思わず足を止めたリチアとスノウは、ほぼ同時に「は?」と声を出した。
‥‥‥なにこのデジャヴ感は。
しかもリチアには、飛び出してきた男に見覚えがあった。
「まって‥‥‥サリヴァン・ド・ミネルヴァ公爵閣下‥‥‥よね?」
「――なんだって?」
ギョッとしたスノウが反射的にサリヴァンを振り返り、二度見する。
だが、悠長に現状を整理している暇はなかった。
再び天井からバキンッ‼という音がしたかと思うと刹那、シャンデリアが落下したのだ。
――キャァァァァッ‼
それまで和やかだったホール内が、一瞬にして騒然となった。つんざくような悲鳴と、けたたましい衝撃がホール全体に響く。
リチアとスノウは寸前でシャンデリアを躱した。
だが次の瞬間、全ての照明がパッと消えてしまった。
唐突にブラックアウトしたことで、ホール内は完全にパニック状態に陥ってしまう。
闇雲に出口へと走る来賓たちによって、激流のような流れが起こった。リチアとスノウはできるだけ身を寄せてホール内の端の方に移動しようとしたが、
「――邪魔だっ‼退けっ!」
リチアを背後から守るようにしていたスノウの背中に、強い衝撃がかかった。
「くっ‥‥‥!」
スノウから苦悶の声が聞こえた瞬間、リチアはそのまま押されるようなかたちで床の上に倒れてしまった。
このままでは踏みつぶされかねない!
咄嗟に身を起こしたリチアだったが、しかし、
「――‥‥‥スノウ⁉」
彼の気配はそばにはなくて。
「ウソ、でしょう‥‥‥!?」
暗闇の中、マナを駆使しながら必死に目を凝らして周囲を見回したが、白いドレスの少女はどこにも見当たらなかった。
「スノウ!? どこにいるの!?」
大声で呼びかけるも、喧騒にかき消されるばかりで、彼からの返事はない。
「スノウ‼スノウ!?」
だがその時、
「――静かに‼」
肩口を誰かに強く掴まれた。
「スノウ!?」
「しっかりしなさい! 私よ!」
男の声だが、スノウではなかった。
落胆する隙も無く、男からグッと顔を寄せられる。リチアはそこで、いま自分の肩を掴んでいる相手が誰なのかをようやく理解した。
「サリヴァン閣下!?」
鼻と鼻がぶつかりそうな至近距離に、サリヴァンの顔があった。
あのシャンデリアの落下から、彼も無事逃げ延びたようだ。
しかし思いがけない人物とのご対面に、安堵するより先に、リチアの背筋にゾワッとしたものがはしる。
「ちょ、放してっ」
咄嗟に距離を取ろうとサリヴァンの手を払おうとするリチアに、しかしサリヴァンは全く動じず、それどころか肩口を掴む手に力を籠めると、切迫したふうな面持ちで問いただした。
「リチアはどうしたの!? 一緒じゃなかったの!?」
妙に女々しい口調で喋るサリヴァン。リチアは不可解なものでも見るような顔で首を強く横に振った。
「分からないのよ!どこにもいなくて‥‥‥!」
「なんですって!?」
サリヴァンが悲鳴を上げる。リチア(スノウ)の所在が分からなくなったことが相当ショックなのか、そんな‥‥‥と呟いたまま言葉を失ってしまう。
「まずいわ‥‥‥」
サリヴァンが愕然とした顔で独白する。なにか嫌な心当たりでもあるのか、リチアを見るサリヴァンの瞳には、ただならぬ不安の色が浮かんでいた。
「なにがまずいの‥‥‥?」
その不安は、リチアにも伝染した。
だが、サリヴァンは何が起こっているのかを明確にするよりも、避難する方を選んだ。
「――今は説明している暇がない。とにかく来て‼」
強い口調で述べ、今度はリチアの左手を掴む。そのままサリヴァンは人の流れを横切るようにして、ホールの中央側面に向かって走り出した。
「ちょっと‥‥‥‼」
いきなり何なの!? 泡を食ったリチアが、問答無用で自分をどこかへ連れていこうとするサリヴァンの手を、思いきり振り払う。
現役の騎士の腕力は、いとも簡単にそれをなしてくれた。
「なっ‥‥‥あなた!死にたいの!?」
すかさず振り向いたサリヴァンが怒りを露わにする。だが、状況が何一つとして分からないリチアからすれば、怒りたいのはむしろ自分の方だと捲し立てた。
「なにか知っているなら説明してくれる!? いきなり『来て』って、素直についていけるわけがないでしょ⁉ スノ――リチアのなにがまずいの!? いま何が起こっているのか、こっちはむしろあなたたちの仕業なんじゃないかって疑ってるところなんだけど⁉」
するとサリヴァンは険しい顔で押し黙り、目の前の少年をジッと眺めた。それからどこか投げやりな態度で溜息を吐き出し、リチアに詰め寄る。
「な、なに‥‥‥」
「信じられないのは百も承知。けれど、せめてこれだけは理解してくださらない?」
おもむろにサリヴァンが右手を胸の前に掲げた。その直後、サリヴァンの人差し指が青白く光りだす。
その青白く輝く人差し指を、リチアのこめかみに触れるか触れないかの位置にかざし、ゆっくりと双眸を伏せた。
するとリチアの頭の中に、直接サリヴァンの声が流れ込んできた。
『聞きなさい。今、あなたの目の前にいるミネルヴァ公爵は本物ではありません』
「‥‥‥はい?」
『私はサリヴァンではなく、その娘である、シャイリーン・ド・ミネルヴァなのです』
――ええええぇっ!?
驚愕するリチアに、サリヴァンはさらに言った。
『正確に云えば、お父様と私の魂が入れ替わってしまった、ということです。‥‥‥私はあなたの主人に助けを乞うために今日ここに来た‥‥‥これで理解していただけましたか? つまり、少なくとも今は、私はリチアの敵ではありません』
「な‥‥‥嘘でしょ‥‥‥? こんなことって‥‥‥」
混乱するリチアに、手を下ろしたシャイリーンが怪訝な顔をする。
「‥‥‥どうしたのですか?」
「いや‥‥‥それが」
「‥‥‥それが?」
リチアの額から、どっと冷汗が滲んだ。
「‥‥‥悪いけど、こっちも同じなの」
「え?」
「シャイリーン‥‥‥あなたの目の前にいる男が、そのリチア本人なのよ」
刹那、シャイリーンがあんぐりと口を開けて凝固した。それはもう、石像のようにピシリと音でもしそうな勢いで。
「‥‥‥誰か夢だと言って‥‥‥」
絶望を漏らしたシャイリーンに、リチアは思わず頭を抱えてしまったのだった。
短編を上げるのにしばらくお休みをしてしまいすみませんでした。
待っている人なんていないかも‥‥‥と思いつつ、この場で謝罪をさせてください。
なかなか予定通りに更新できなくて本当にごめんなさい。
仕事の関係で次回も少し遅れてしまうかもですが、今週中に投稿できるように頑張ります。
読んでくださりありがとうございました。




