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3 対談

 オーディン家の騎士団には専用の寄宿舎がある。


 領地だけは他の公爵領より広いことから、三代前の先代の提案で住み込みでも働けるようにと敷地内の一画に寄宿舎を建てたのだ。


 大人数でも暮らせるようにと宿屋に近い造りとなっていて、当時では珍しかった水洗式のトイレや集団浴場まで完備されている。


 部屋は個室と大部屋のどちらもあり、大部屋には従騎士と呼ばれる騎士見習たちが、騎士たちには個室(といっても五畳一間ほど狭さ)を割り当てられていた。


 そんな寄宿舎のとある一室にて、とてつもなく奇妙な対談が始まろうとしていた。


 朝方の現在、その部屋にはリチア(中身スノウ)、スノウ(中身リチア)、そして不運にもたまたま居合わせてしまった同僚の騎士ディアムがいて。三名はほぼ同時に深い溜息を吐いた。


 息が詰まるほど重い空気が流れる中三人は、「もう何から話すべきか分からない」「こんなの有り得ない」「いやどうすんのコレ!?」――各自そんな表情で途方に暮れていた。


 黙り込むことたっぷり数分。最初に口を開いたのは、ディアムだった。


「あのさ‥‥‥本当に、ほんっとーに、お前がスノウなの?」


 部屋の隅で項垂れていた自称リチアに訊ねる。彼女は寝間着と思われるガウン姿のまま、剥き出しの生足を隠しもせずに片膝を立てて座り込んでいた。


「‥‥‥まだ冗談だと思っているのか?」


 類まれなる美貌が不服そうに歪む。口調は完全に男のそれなのに、声音は鈴を転がしたかのように美しい。


 まだまだ若いが、ディアムとて立派に男盛りである。女性との交際経験だって何度かある。街で一番と持てはやされた美女と付き合ったこともある。だがしかし、リチアの見た目と比べたら――ディアムは慌てて表情を引き締めた。


 (いやいやいや、これはスノウだ、スノウなんだ‥‥‥‥‥‥多分)


 半信半疑な自己暗示でなんとか冷静になろうとする。


 とはいえ、花も宝石も霞む勢いの美少女が、こんな無防備な姿でいたのではどうにも‥‥‥自称・ド健全な青少年にとっては目のやり場に困るというもので。


 これは残酷な現実だが、例の街一番の美女とリチアでは、月とスッポンくらいの違いがあった。


 にやけそうになる口元を奥歯を噛み締めて何とか堪えつつ、ディアムは口を開いた。


「いやだって‥‥‥どこからどう見てもお嬢様にしか見えないしさ」


 ちらちらと視線をさまよわせながら、言い訳じみた科白を吐く。


 ディアム自身、これまでリチアと接点など無かったのだ。魂が入れ替わったなどと言われても素直に信じる事などできなかった。


 探るような目つきのディアムに、自称スノウが必死に食い下がった。


「疑うのも分かるけど事実なんだ! 理由は分からないけど、魂だけがどういう訳か入れ替わった! 信じてくれ! 証明する方法も無いけど、これは確かなことなんだ!」


 前のめりで断言する。


 (何というか、裁判官に必死で無罪を訴える被告人を見ているような‥‥‥‥)


 切羽詰まったその表情から見て、とても嘘を吐いているようには見ないのがまた問題だった。


 ディアムは唸った。


「どうしたもんか‥‥‥あっ、それなら――」


 そこでディアムはなにか閃いたように手を打った。


「俺達しか知らないような事を一つ言ってみるってのはどうだ? なんでもいいから」


 我ながら名案だ、と言わんばかりの顔をするディアムに、自称スノウは目を細めた。


「君だけは信じてくれると思ったのに」


 失望したようにスノウ。


「いいからいいから! ほら、親友の俺達しか知らないことなんていっぱいあるだろ?」


 けしかけるディアム。


 スノウはあからさまにハァと溜息を吐き、親友の顔をねめつけた。


「‥‥‥確か、ちょうど二か月前だったかな。君が夜な夜なここを抜け出して酒場に行ったのは」


 途端、ディアムの挙動が露骨におかしくなった。


「おいおい‥‥‥その話ならやめてくれ? それは騎士団全員が知ってることだし、証明材料にはならな――」


「実はその日、彼女にこっぴどく振られたんだろ?」


「へ!?」


「僕は君に騙されて無理やり連れていかれたんだ。で、行ったら行ったでその酒場――未成年には完全にアウトな店で、『ふざけるな帰る!』って言ったら君、『後生だ!愛する女に振られた俺を可哀想だと思わないのか』って散々泣いて喚いて――」


「いや、あのな? それは、」


「結局、近くの公園で朝まで愚痴を聞かされたっけ? その後こっそり戻ろうとしたら団長が門の前で待ち構えていて‥‥‥色々追求を受けたけど、」


「あーもういい! もうやめろっ!」


「‥‥‥僕は黙っててあげたんだよね? 君がどこに行こうとしていたのかをさ‥‥‥うん、騙された僕も悪かった。だから処分だって甘んじて受けた――けどその後のアレはさすがに」


「――疑って悪かった! ほんっとにすまん! お前はスノウだ、間違いない!」


 全部聞き終えるまでもなく、ディアムが降参した。


 まだ何か言い足りなそうに眉根を上げたスノウに、ディアムが慌てて「頼むからそれ以上言うな!」とストップをかける。


 俺達友達だろ?な?と、必死に愛想笑いをしつつ、「いやぁ~」などと誤魔化した。


「こんな夢みたいなことが本当にあるとはなぁ」


 さりげなく額に浮いた冷や汗を手で拭いとる。スノウの刺さるような視線から逃げるように天井を仰いだディアムは、そのままベッドの上に目を向けた。


「‥‥‥これはまたこれで」


 ベッドの上には、同僚の姿をしたリチアがちょこんと座っている。


 他に場所が無かったから仕方なくそこに座らせたのだが‥‥‥これが非常にまずかった。


(なんというか‥‥‥‥‥‥うん)


 今度は全く別の意味で目のやり場に困る。


 ガウン姿の美少女がいる室内で、上半身が包帯で巻かれているとはいえ男がベッドの上で半裸姿。それも正座。見ようによってはかなり意味深な誤解を招きそうである。


 絶望に打ちひしがれた表情も相まって、いかにもここで間違いがありました、みたいな感じの光景ではなかろうか。


(これはスノウじゃない、スノウじゃないんだ)


 ディアムは改めて自分自身に言い聞かせつつ、夜這い失敗の現行犯姿勢で固まっているリチアに声を掛けた。


「‥‥‥それで、あの~、“お嬢様”‥‥‥ですよね?」


「な に よ」


 酷い仏頂面で睨まれる。声がやけに刺々しい。口調もそうだがこうしてみると確かに、スノウと雰囲気が明らかに異なる。


 本来の彼ならこんなにすげない態度はしないだろう。


(本当に“スノウ”じゃないんだな‥‥‥)


 ――そこでようやく腑に落ちたような気がする。


 憮然と睨み付けてくるスノウの姿に、ほのかなショックを覚えつつ、気を取り直したディアムは恐る恐る訊ねてみた。


「いえ、少し確認しておきたいことがありまして――かなり重要なことなんですけどね?」


 するとリチアは、ちらりとディアムを見やった。


「‥‥‥だから、なに?」


「あ~、その‥‥‥入れ替わる前のこと、つまり目覚める前のことですが――別邸に向かう道中のこと、どのくらい覚えてます?」


 そう問うたディアムに、


「‥‥‥入れ替わる前のこと‥‥‥?」


 リチアは怪訝な顔で少しの間考え込んだ。



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