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38 貴族たるもの、時には

 今や貴族なら当たり前のように使われている魔法。その開祖ともいうべきミネルヴァ公爵家の直系にして次期当主であるシャイリーン。


 聖を司るオーディン家と魔を司るミネルヴァ家。正反対の力を有するためか、この二つの家門は相性そのものが悪かった。


 リチアとシャイリーンは奇しくも同い年であり、家格も同等であることから、幼い頃より何かと関わりを持つ事が多かったものの、それが余計に二人の間に埋められない溝を作っていた。


 例えるなら、水と油。


 色で言うならリチアが赤。シャイリーンは白。

 リチアにとってシャイリーンとは、まさしく天敵と呼べるような存在だった。


「白いドレスで来たという事は、それなりの意味があるんでしょう?」


 ねぇ?リチア。と、シャイリーンは艶然と微笑みながらスノウにいった。

 かく言うシャイリーンの方は、ミネルヴァ家特有のシルバーブルーの髪色に合わせた深い藍色のドレスで、シンプルなデザインながらもほどよく光沢があり、さながら夜空を連想させるような気品のあるドレスだった。


 澄んだ湖のような青い瞳がスノウを見つめる。フッと小さく笑ったかと思うと、シャイリーンはわずかに目を細めた。


「自分の領域テリトリーをほったらかしていつまで引き籠っているのかと思えば‥‥‥」


 言いつつ、チラリと出口の方に視線を一瞬動かした。


「復帰戦にしては随分乱暴な躾をしたものね。社交界序列四位のあなたが拳で雛を言い聞かせるなんて」


 さっきの男三人組の事である。雛――あえてそう言ったのは、親に守られているだけの無力な小鳥を指して例えたのだろう。あまりいい意味ではない。つまり、シャイリーンにとっても先ほどの彼らの行いは目に余るものがあった、ということだ。

 そのうえで、リチア達のやり方が気に食わないと言いたいらしい。


 これに対し、スノウよりも早く、リチアが答えた。


「――失礼ながら、ライオット家は正確に云えばオーディン領の外。もっと言えばミネルヴァ領と接地しているから、どちらかといえば現時点での保護者(管理者)はあなた方の方では? そちらの不始末をお嬢様自ら正した、という見方もできますね」


 こっちが責められる謂れはない。というか感謝してくれてもいいのでは? リチアの切り返しに、シャイリーンの表情が厳しくなる。


 当然だった。シャイリーンは入れ替わっている事情を知らない。名前も知らない謎の男から横やりを差され、その上ストレートに非難されているのだから。


「‥‥‥なるほど? でも、問題の彼らと私は無関係‥‥‥違う?」


 ――ライオット家の人選はともかくとして、まるで私の差し金とでも言いたいみたいね?何を根拠に? 


 するとリチアがいう。


「伯爵家の人間が公然の場で堂々と公爵家を踏みにじった。オーディン家に対して強い後ろ盾がなければそんな愚かな真似はできっこないでしょう。四大公爵家の権威は平等なのだから」


 シャイリーンは「まぁ!」と少し驚いた顔をつくった。


「長い付き合いなのに、残念だわ。彼らと私は無関係なのに」


 しかしそこで、シャイリーンの笑みが陰る。


「それはそうと‥‥‥名前すら言わないあなたに一つ教えて差し上げましょう。権威と権力は別物よ? 決して同じように作用はしないの。この私の言葉をよく覚えておきなさい‥‥‥」


 冷徹な視線が、リチアを射貫いた。


「ミネルヴァ家の、次期当主の言葉として」


 ――オーディン家と私は対等ではない。そうはっきりと述べられ、リチアとスノウの両方の表情が曇る。


(ここまでね‥‥‥)


 リチアは察する。

 今のオーディン家はミネルヴァ家と対等とは決して言い難い。けれど、それを踏まえたうえでリチアの横やりを咎めなかったのは、あの男達の態度を鑑みたシャイリーンなりの配慮だったのだろう。けれど、


(“これ以上は大目に見れない”‥‥‥あえて家の名前を出したということはつまり‥‥‥最終通告だわ)


 無礼を承知で意見したとはいえ、これ以上は本物の自分の立場を危うくしかねない。実際、あの男たちがシャイリーンの帰属ではなかった場合、濡れ衣を着せようとした事にもなってしまう。


 無視されたとしても、謝罪の一言はしておかなければ。

 だがそこでリチアより先に、スノウが頭を下げた。


「申し訳ございません、レディー・シャイリーン」


 胸に手を当て、やや腰を落とし、心の底から詫びている風を装う。その途端、シャイリーンが「予想外のものを見た」というような顔で固まった。

 スノウがそのまま続ける。


「すべては私のためを思ってのこと。無礼な言動をお許しください」


 リチアでさえポカンとしていまい、それから慌てて頭を下げた。


(‥‥‥お嬢様らしく振舞えとは言ったけど、まさかこんなタイミングでそうするなんて‥‥‥)


 悪い意味では、決してなかった。良い意味で、である。

 意表を突かれたのは、リチアだけではなかった。


 ――リチアとスノウの口裏合わせなど、露も知らない周囲やシャイリーンにとって、目下の者を庇うスノウ(令嬢)の姿は大変しおらしく、なおかつ神々しく見えていた。


 貴族は、自分の配下が粗相をすれば、罰を与える。普通であれば庇うような事はしないが、この場合、オーディン家側の少年は、一方的にパートナーが侮辱を受けた上に、“あの男たちがオーディン領の帰属である”という()()()()()()()シャイリーンから着せられた‥‥‥ということに対して腹を立てていた。


 つまり周りからどういう風に見えるのかと言うと‥‥‥公爵家より身分の低い伯爵家の少年が、敬愛する令嬢の為に決死の覚悟のもと諫言を呈したがしかし、その心意気は捻じ伏せられてしまった。‥‥‥だが、騎士志望である少年の言動は名誉侍従ものであると判断した令嬢は、そんな少年を見捨てることはせず、彼の為に、自ら進んで頭を垂れ、許しを乞うた。――なんて慈悲深い!! これが本当にあの落ちぶれオーディン家の令嬢なのか!?


 ‥‥‥と、こういう風に受け取ったのである。


(伯爵家っていう設定にしといて良かった‥‥‥!!)


 来賓たちの囁き声を耳にしつつ、リチアはチラリとスノウを見やった。すると、視線に気付いたスノウから、さり気なく笑みが返ってきた。


(‥‥‥確信犯め)


 ――今までの私らしくはない行動だけど、ファインプレーだ。


(ありがとう)


 口だけ動かしてそう伝えると、彼はゆっくりと瞼を伏せ、小さく首を振った。


「‥‥‥頭を上げて、二人とも」


 頭上から気まずそうな声がした。顔を上げると、シャイリーンは大いに戸惑った表情で、ハァと溜息を吐いた。

 これ以上責めるとミネルヴァ家の威信に関わる。シャイリーンは眉を八の字に下げ、諦めたような視線を眼前の少年へと向けた。


「‥‥‥私はシャイリーン・ド・ミネルヴァよ。悪いけど、貴方の自己紹介は要らないわ。その代わり、私の顔と名前と、私が社交界序列二位であることを頭に刻み付けておきなさい。‥‥‥今回だけ、リチアに免じて、あなたの無礼は問わないわ」


 今回は大目に見てあげる。シャイリーンの言葉に、リチアは心底ほっとした。


「ありがとうございます」


 リチアの代わりにお礼を述べるスノウ。シャイリーンは少々ムッとしながら、スノウに視線を移した。


「‥‥‥貴女がわざわざ白いドレスを着てきた意味が分かったわ。しばらく見ないうちに、随分と心境の変化があったらしい‥‥‥」


 まるで独白するような言い方だった。


(‥‥‥らしい(・・・)?)


 リチアは内心で首を傾げた。口調がシャイリーンらしくない。何というか、変だ。

 すると、周囲を見回したシャイリーンが、神妙な面持ちでスノウにこう切り出した。


「場所を変えましょう。ここだと込み入った話はできそうにない」


 それは、妙に堅苦しい声音であった。


「込み入った話‥‥‥?」


 オウム返しに問うたスノウに、するとどうしたのか、シャイリーンはやけに切羽詰まった表情をした。


「貴女がこのタイミングで社交界に出てきた理由は大体分かるわ。私に会いに来たのでしょう? ‥‥‥それは実を言うと、私もなんだ。むしろ、会いたかった。会えるように、ずっと‥‥‥ずっと願っていた!」


 ――‥‥‥は?


 リチアとスノウは、互いに顔を見合わせてしまった。


 ‥‥‥一体、どういう事?


 事情を訊こうとした、その刹那。三人の頭上から、不穏な音が響いてきた。




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