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37 チープ・プライド

 ――時を遡ること三時間前。


「ティティ、お父様に届いた招待状の中に、今夜のライオット家のものがないか探してきてくれない?」


 それは無事にスノウを送り出した直後のことである。ティティの横で馬車を見送っていたリチアがいきなり切り出した。


「何に使うおつもりで?」


 無表情に訊ね返したティティに、リチアはニヤリとほくそ笑んだ。


「それはもちろん‥‥‥舞踏会に行くのよ? 私も」


 それ以外使い道があって? と言いたげな顔をされる。ティティはチラリと主人を見た。正確には、その服装を見た。


「‥‥‥ドレスコードもありませんのに?」


 暗に、やめておきなさい、と止めたつもりだった。しかし、リチアは人差し指をチッチッと振りながら、


「それにはちょっと当てがあるの」


 自慢げにフッと笑った。




 城下町のとある質屋にて。


「いらっしゃ――おや! 君は一昨日の‥‥‥どうしたんです?」


 リチアは店に入るなり、店主がいるカウンターの前に詰め寄ると、深刻そうな顔で頬杖をついた。


「‥‥‥急で申し訳ないんだけど、ここに書いてあるものを用意してほしいんだけど」


 一枚の紙をスッと卓上で滑らせる。店主はわずかに眉を上げつつ、紙を手に取った。

 紙には丸みのある字体で、ジュストコール、ジレ、キュロットなど、それぞれ横にはサイズまで細かく記入してある。


「ほぉ‥‥‥それで期限は?」


 内容を確認した店主が問う。そこでリチアの目が鋭く光った。


「――十五分以内」


 できる? リチアが言外に訊ねる。

 すると店主がフッと笑った。


「‥‥‥ただの質屋と舐めてもらっちゃ困るな。お安い御用だ」


 交渉成立。リチアと店主は互いの拳を合わせた。

 こうしてドレスコード一式を無事入手し、リチアは城に戻ると大急ぎで身支度を始めた。


「こうしてみると案外、様になりますね」


 ティティが妙に感心しながら言う。姿見の前に立った青年は、見た目だけで云うならどこからどう見ても貴公子そのもの。もとが少年といっても差し支えの無い年齢であったせいか、中性的な顔立ちと礼装が驚くほど馴染んでいる。

 近頃リチアが外面に気を遣っていたこともあって、以前より大分けづやが良いのも理由の一つだろう。

 リチアは鏡で眺めながら、満足そうな顔をしていった。


「元が良いんだから当然よ、これくらい私ならいくらでも着こなせるわ」


 言いつつ胸を張る。


(いや、あなたの体じゃないでしょうに‥‥‥)


 ティティは心の中で軽くツッコんでしまった。

 髪形はどうしようかな、なんてどこか楽しそうにする主人に、ティティは気難しい顔でいった。


「しかし‥‥‥これで本当に出席できるのでしょうか? という以前に、今から馬車を走らせてももう間に合いませんよ? そこはどうするつもりですか?」


「お父様の代理として出席するつもりよ。そうね、適当にお母様のうんと遠い親戚の息子ということにしましょう。あと、足に関しても問題ないわ。どんなサラブレッドよりも速い優秀な相棒がいるから」


「この前までまったく馬に乗れなかった人が、まったく。軍馬は貴重なのに。それを堂々と職権乱用ですか」


「騎士の特権じゃない。緊急時なら許可なんて取る必要は無いもの」


「‥‥‥今がそうだと?」


「むしろ今でしょ? 緊急時」


(‥‥‥そんな当たり前みたいな顔で言わないで下さい)


 ティティは呆れた顔で主人を眺めた。




 ――かくして現在に至る。


(近衛兵にかなり足止めをくらったけど‥‥‥無事に入れて良かったわ)


 “自称”穏健派なライオット家は、部外者の敷地内での武装は一切禁じている。帯剣はもちろんのこと、軍馬も武装と見なすそうで、何故舞踏会に軍馬で来たのかから尋問が始まり――結局門の前で身体検査まで受けてきた。

 スノウと二人並んで入場、とはいかなかったものの‥‥‥まぁしかし、お陰で面白いものが見物できた。

 場所が場所でなければ、よくやった!と快哉を叫びたいところだ。この三人の男が慄いた顔は、それくらい気分がいい。


「リ、リチア嬢、い、一体なんなんですか? この男は」


 やたらと胸ばかり見ていた男が言葉につっかえながらスノウに訊ねる。

 スノウは困り、


「え、あー‥‥‥この人は」


 何て説明したらいいのか。答えあぐねて言い淀んでしまう。

 予定になかった事態である。周囲は再びこちらに注目しているため、やたらなことは言えない。

 変に勘ぐられても困る‥‥‥そうスノウが考えていると、リチアがさりげなく前に出た。


「僭越ながら、僕はエルクリス・ノルヴェルグ。オーディン家の遠縁で、今日はハインツ閣下の代理として参りました」


(――ということにしたから)


 見事なボウアンドスクレープの下、口裏を合わせなさいと、スノウが分かるように目配せをする。


「ノルヴェルグ‥‥‥? 知らないな」


 青ざめていた男の顔に、やや血の気が戻った。


「失礼だが、爵位は?」


「自分にはまだありません。騎士候を目指しているので」


「はっ‥‥‥騎士候だって?」


 訊ねた男が鼻先で一笑し、あとの二人がせせら笑う。今の今までドン引きしていたくせに、なんて変わり身の早さだろうか。リチアは内心あきれ果てた。


(まぁそうなるでしょうけど)


 一般人からでも成りあがれる騎士爵位は貴族から侮られやすく、しかも「目指している」という事は、まだ何の爵号も称号ももっていないという事だ。

 自分より下級の身分だと分かったせいか、三人の態度はあからさまだった。


(こんな雑魚をパートナーに?)


 言葉にはしないまでも、蔑んだ瞳が完全にそう物語っている。

 黙ったまま固まっていたスノウの目が途端に鋭くなり、再び三人に緊張が走ったが、彼らは今度こそ、その小馬鹿にしたような薄ら笑いを消す事はなかった。


「そうかなるほど、騎士候ね。どうりで聞かない名前のはずだ、気の毒に‥‥‥ここに来るぐらいだから少なくとも親のどちらかに爵位はあるのだろうが、まさか閣下がこんな下級貴族に頼らなければいけないくらい落ちぶれて‥‥‥いや、苦労されているとは」


 わざとらしく言い直し、スノウの方をチラ見する。

 脅かされた仕返しか、この際当てつけに言葉を選ぶ気もないらしい。それどころか、言い直した事で余計にセリフが強調されたような気さえする。


(短気で負けず嫌い‥‥‥プライドだけ高い奴の典型ね)


 リチアは思わずフッと笑ってしまった。


「――! お前、何を笑っているんだ! 失礼だろう!」


 顔を真っ赤にした男が怒鳴り散らしてくる。馬鹿にされたと思ったようだ。


「フフ‥‥‥ごめんなさい?」


「なっ‥‥‥!?」


 けして馬鹿にしたわけではないのだが。リチアは適当に謝罪しておく。

 普段なら心乱される筈の嫌味を、冷静に分析する自分におかしくなったのだ。直接的に侮辱されているところは以前と変わらないのに、主観が違うからか、一歩引いた視点で物事が考えられていることが不思議だった。


「以前の私は、何であんなに悔しがってたのかしら‥‥‥」


 つい素で独白する。


「こんな口だけの人たちの言葉に傷つく必要はなかったのに。もっと早く気付いていればよかった」


 リチアが語った――その刹那、笑ったことを指摘してきた男の顔から笑みが抜け落ちた。不意に右手を高く掲げたかと思うと、このっ! 僅かな覇気とともに振り下ろす。矛先は当然、リチアに向かっていて、当のリチアはしっかりと目線でそれを捉えていた。


「お嬢――!!」


 咄嗟に叫びかけたスノウの口を、リチアは人差し指で制した。それと同時に、左手で振り下ろされた男の手首を掴む。周囲から小さくどよめきが起こった。

 途中まで悠然と笑っていただけで全く動く気配も見せなかったのに、この一瞬で何が起こったのか。目にもとまらぬ速さで、リチアは男の腕を阻止していた。


 これにはスノウも驚いたのか、口を開けたまま唖然としている。実践的な修練などまだ一ミリも学んでいないあのリチアが、完璧に相手の動きを見切ったことがスノウにとっても予想外だったのだ。

 周囲が固唾を呑んで成り行きを窺う。唐突に始まった修羅場に、空気が一気に張り詰めた。

 だが、リチアは相変わらずマイペースに笑ったままで、


「ものすご~く大胆なダンスのお誘いですね?」


 驚愕の表情で凝固する男に、リチアがおどけたように言う。しかし言葉とは裏腹に、手首を捉えている左手には一切の容赦がなかった。


「ぐわぁっ‥‥‥‼」


 手首を締め上げられ、男の顔が思いっきり歪む。もはや痛いの一言も口に出せないらしい。苦痛に耐えきれないのか、必死に逃げ出そうともがくものの、傍から見るとその姿はあまりにも滑稽で。うんと足を踏ん張るたびに揺れる腰がなんともみっともない。


 残る二人の男が思いがけず目を点にする。助けに入らなくては、と一瞬は思ったのかもしれない。半歩足を出したままそれ以上は動かず、憐れな男を凝視している。


 どうやらこの不可思議な動きに思考がゼロになったようだ。口の端がぴくぴくと痙攣したように動いていて、明らかに笑いを堪えているが見て分かる。現に、周囲からも似たような失笑が起こっている。それくらいこの男の動きはコミカルだった。


(さて、どうしようかな?)


 リチアは楽し気に考える。侮辱に暴力、どちらも当然許すつもりはない。公爵家を馬鹿にしたのだから、これくらいの屈辱は受けて然るべき。むしろ寛大すぎる。

 そこでリチアは、そういえば‥‥‥と、苦悶に歪む男を覗き込んだ。


「“弱者が何をしても社交界に影響はない”‥‥‥だったっけ?」


 拘束を少しだけ緩める。男がハッとして顔を上げ、目が合った次の瞬間、リチアは掴んでいた手首を腕ごと捻り、男をスノウの前に跪かせた。

 そうして男を見下ろし、言い放った。


「公爵家を侮った罪を感じて自ら膝をつくなんて、いい心がけですね? もちろんリチア嬢は許して下さるはずだ‥‥‥だって、弱者が何を言おうが、関係ないんでしょう?」


 男は手首をおさえながらリチアを睨み、それからスノウの方を見上げる。


「くそっ‥‥‥!」


 屈辱に塗れた形相が何かを訴えようと周囲を見回した。だがしかし、遠巻きに憐憫の眼差しを向けられるだけで、誰も男を助けようとはしない。それどころか、男と目が合ってしまった来賓は慌てて顔を逸らしてしまう。


「何故だっ‥‥‥! おれは、伯爵家の――!!」


 その耳に、リチアは静かに囁いた。


「この場においての弱者は紛れもなく‥‥‥お前たちだ」


 この一言が決定打だった。


 男の顔にカッと血が上る。怒りに身体を震わせ、あらん限りの恨みを籠めてリチアを睨み付けた。だが、言い返す術もやり返す術も見当たらないのか、立ち上がるとそのまま無言で出口の方へと去っていってしまう。

 残された二人の男がその後ろ姿を追いかけていく。去り際にキッと睨み付けられたが、リチアが失笑で受け流すと、悔しそうな顔だけ残して今度こそ本当に出ていった。


「ほーんと、馬鹿馬鹿しい。口ほどにもないじゃない」


 リチアは言いつつ、嘆息した。


「ひょっとしたら魔法でやり返してくるかもって思ったけど、人に見せられるほどの技術もなかったようね」


 これが上流階級の家の生まれだと思うとますます呆れる。

 そこでリチアはやっと呆然としているスノウを見やり、その顔の前で手を振った。


「ちょっと大丈夫? 起きてる?」


「‥‥‥寝てません」


 目を瞬きながら、スノウがいう。


「どうして‥‥‥ここに?」


 相当ビックリさせてしまったようだ。夢から醒めたような表情でリチアを凝視する。まさか来るとは思っていなかったのだろう。


(そんなに驚かなくても‥‥‥というか、どうしよう‥‥‥何から説明しようかな)


 思案するリチアに、スノウは何故か悲し気に眉を顰めた。


「その名前をどうして、どうしてあなたが知っているんだ?」


 予想外の問いかけに、リチアはキョトンとした。


「名前‥‥‥? あぁ、エルクリス・ノルヴェルグのこと?」


 そういえばそう名乗ったっけ。リチアは思い出した。

 ノルヴェルグ家はかなり昔に隣国に行ってしまったオーディン家の遠縁で、今も実在する子爵家である。関わりこそほとんどないが、大分血が薄いとはいえ親族であるというところに嘘はない。

 誰も調べたりしない家門はどこかと考えた結果、家系図で最も遠い、いわば圏外が的確だと判断した。


 エルクリスに関してはだが、これはここに来る直前で決めた。直感といってもいい。適当に貴族っぽい名前を考えていたら、たまたまセイルの言葉を思い出しただけだった。

 なかなか響きも良いし、あまり聞いたことがない名前というところにも都合がいいと思っただけ。


「別に深い意味はないけど‥‥‥前にセイルから聞いた名前が頭に残ってたから」


 そこでふと、リチアは気付く。


「‥‥‥エルクリスって‥‥‥スノウのこと、なの‥‥‥?」


「‥‥‥」


 スノウが黙り込む。その瞳は、どこか戸惑ったように揺れていた。知られたくなかった、そう言いたげに。

 と、そんな時だった。


「お久しぶりね、リチア」


 またしても声がかけられる。しかも今度は女性で、随分と馴れ馴れしい。だがこの声に、リチアは聞き覚えがあった。


「‥‥‥シャイリーン」


 振り返るとリチアの予想通り――願ってもなかった標的がそこに立っていた。



読んでくださりありがとうございます。

良ければ評価やブクマをしていってくださると大変励みになります。


短編を執筆中につき、今週土曜日の更新はちょっと間に合わないかもしれません。できるだけ予定通りに更新できるよう書いていきますが、もし本当に遅れてしまったらごめんなさい。

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