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35 出陣直前

 窓辺に座り、ぼんやりと外を眺めていたリチアは呟いた。


「人生ってどうしてこうも都合よくいかないのかしら」


 ――だからこそ世界はいつまで経っても真の平和にはならないのだ。‥‥‥少女は思う。どんよりという表現が相応しい、影のある面差しで。


 夕日に染まる城下の街並みが、刻々と過ぎてゆく時の流れを嫌でも認識させてくる。それをただ眺めているだけで胸の奥が無性に切なくなる。

 舞踏会当日である今日。結局、エスコートしてくれるパートナーは見つからなかった。


(あぁ‥‥‥終わった‥‥‥)


 自ら挑んだ戦いは、始まる前に終了した。タイミング悪く、どこか遠くで鳴りだした鐘の音が、まさに終わりを告げる合図そのもののようにリチアには思えた。


「滅びてしまえばいいのに、社交界なんて」


「気持ちは分かりますけど、聖女の口からだけは聞きたくなかったです」


 そんな物騒な言葉――とティティである。

 するとリチアは「だって!」と心外そうな表情で振り返った。


「パートナーの身分がどうのこうのとか本っ当にどーでもいい理由一つで笑われるような所なのよ!? そもそもエスコートしてくれる人がいない私が行ったらどうなるか! 『あぁ、こいつ人脈ないんだな、いと憐れ』とか思われるに決まってる!」


「またそんな大衆用語を‥‥‥なんですか、いと憐れって」


 ティティが辟易と嘆息する。

 彼女は部屋の中央で着々とスノウのドレスアップを進めている。リチアは、姿見と己を何度も視線で往復しては「動きづらい‥‥‥」と困惑しているスノウを何とも言えない顔で眺めた。


 リチアの提案で、この日の為に仕立てたドレスは白だった。本来女性がデビュタント時にお披露目の意味合いで白いドレスを着るのが基本だが、そこをあえて白にするとリチアは決して譲らなかった。

 主催者の意向を汲み、丈が床まであるAラインのドレス。しかし、それは後ろから見た時の話であり、前は膝が見えるくらいの短さにギャザーを利かせてバブルドレス風となっている。これはダンスが苦手なスノウと話し合った結果、最終的にリチアがこっそりデザインしたものをティティ経由でデザイナーに依頼した。


 予算の都合上、装飾を最低限にするかわりに、近年価格が下がり始めたレースを最大限活かすように命じたのだが、今回依頼したデザイナーはかなり話の分かる人物であるらしい。ドレスの仕上がり自体は、リチアの好みのツボをしっかり押さえた出来だった。

 当初依頼した時より多少アレンジが加えられているにしろ、地味過ぎず、かといって突飛過ぎず、また清楚さを無視したような変に華麗奔放ではないところにセンスを感じる。


 ‥‥‥これを名もない職人が仕立てたとは信じがたい。


 無茶を承知で急に依頼したのにも関わらず、さらにオーディン家の少ない資金を理解したうえで、ここまでのものを作るとは。殊更に素晴らしい。


(できることなら我が家のお抱えに‥‥‥って、今はそれどころじゃなくて!)


 余計な思考を振り払うように、リチアは頭を振った。


「こんなことならお父様の予定をスノウに確認させておくべきだったわ」


 リチアがぼやく。


「まさか今日に限って他所で晩餐会に参加することになっていただなんて‥‥‥」


「‥‥‥仕方がないじゃないですか。旦那様も旦那様でお忙しいんですから」


「そんなことは分かってるけど‥‥‥ティティも言ってくれれば良かったのに。気づいていたなら」


 不貞腐れたようにいう。実は一昨日の夜、パートナーがいないということを慌ててティティに打ち明けたところ、彼女はやや驚いた顔をして「え? お相手が必要だったのですか?」と大真面目に聞き返されてしまったのだ。


 一度くらいパートナーについて尋ねてくれても良いのに‥‥‥!


 理不尽極まりないが、どうしてもそう思ってしまう。そうしてくれれば、こんなミスはしなかったのに。

 するとティティが僅かに眉を顰めた。


「急に参加を決めたんですから、最初から一人で参加するつもりでお返事を出したのだと思ったんです。そこまで気にされるのでしたら今からでも使用人たちに聞いてきましょうか? それなりに身分のある方も何人かいらっしゃったかと」


「あ、そういえばそ――‥‥‥いいえ、やっぱり遠慮しとくわ」


 リチアはゆるゆると首を振った。

 使用人と聞いて、真っ先に頭に浮かんだのが、いつだったか偉そうに口答えした執事の顔だったからだ。慇懃無礼どころか、こちらに聞こえるように悪態を吐いた、あの若い執事の男。他の使用人たちも含めて、例え多少出自が良くったって、そんな男と良好な関係を築こうとへりくだる輩にはエスコートなんてしてほしくない。

 リチアは困ったなと頭を抱えた。


「こういう時に騎士の誰かを誘えればいいんだけど‥‥‥うちに爵位のある騎士なんてシルベット以外いないし‥‥‥いや、いっそシルベットでもいいんじゃ‥‥‥」


 ぶつぶつと呟き始めるリチアに、ティティは冷静な顔で口を開いた。


「なにも、未婚の女性が必ずパートナーを連れていかなければならないというルールはありません。主催者にも単独での参加は伝えましたし、要するに一度でもどなたかと踊る姿を見せつければそれで体裁は保たれます。一度でも」


「ティティ、あなた私がどれだけ社交界で浮いてるか‥‥‥分かってる?」


 確実に壁の花決定じゃない。声を低くするリチアに、ティティはしばし黙った後、


「いざとなったら、間違えてお酒を飲んだ振りでもすれば良いかと。お嬢様の見た目ならば、わざとよろけたりすれば咄嗟に助けてくれる殿方もいるでしょう。そのままどさくさに紛れてホール中央に連れ出してしまえば、囲い込み成功。完全犯罪の出来上がりです」


「私にそんなはしたないマネをしろってこと!?」


 窓枠から跳ねるように立ち上がったリチアに、ティティはドレスアップしたスノウを示してしれっと言った。


「実行犯はお嬢様‥‥‥ではなくて()です。お嬢様は多少の恥ずかしさとうしろめたさを我慢すれば良いだけの簡単なお仕事ではないですか」


「‥‥‥つまりそれを僕にやれと?」


 ギギギ~と首を回したスノウがティティを見つめる。要するに色仕掛けではないか、と。


(‥‥‥男が、男に?)


 ゾッとする。

 いくら身体が女でも、心の中の男の性がそれだけはと拒絶する。

 心の底からやりたくない、といった感情が表情が滲み出るのを隠せなかった。しかし、ティティは有無を言わせない。


「雇用主の命令ならば、致し方ないですよね?」


「私は命令しないわよ!? そんなこと!」


 威勢よく割り込むリチアであったが、すぐにへなへな~と、再び窓枠に座り込んだ。


「はぁ‥‥‥もうこの際、百歩譲って一人は良いとしても、それが私じゃないのが一番不安だわ」


 スノウを上から下までじろじろと眺める。

 見た目は、どこに出しても恥ずかしくない完璧なお嬢様だ。しかし、中身は男。それも社交界とはかけ離れた場所で生活してきた、ザ・庶民である。不安にならないわけがない。

 スノウとて同じ気持ちなのであろう。微妙な顔をした彼と視線が絡む。


「‥‥‥あの時は戻れたのに、どうして今は戻れないのかしらね」


 風呂場で頭をぶつけた時には、一瞬ではあったが元に戻れたのだ。だが昨日、恥ずかしさを承知でもう一度試してみようと、二人きりの時に再度頭をぶつけてみたのだが、結果は何も起こらなかった。ただただ額にコブを作っただけで、舞踏会前日になにをやっているんですかあなた達は! とティティに物凄い剣幕で叱られて終わった。


「まったく‥‥‥何をどうやったら人の魂が入れ替わるのよ。一体どこのどいつなのよ。本当に信じられないわ」


 きっと双眸を鋭くしたリチアを、ティティは宥めるように言い聞かせた。


「それを探るために参加するのでしょう? この際パートナーはさほど重要ではありません‥‥‥と、そろそろ時間ですね。こちらも丁度終わりましたよ」


 いかがですか?とティティが誇らしげな顔でリチアに訊ねる。

 リチアが視線を上げると、美しく着飾った自分の姿がそこにはあって。ドレスアップした自分の姿を見るのは、もう随分久しぶりなような気がする。そのせいか、やたらと眩しく感じてしまい、「これは私なのに」‥‥‥分かっていた筈なのに、しばし見入ってしまった。


「‥‥‥どうですか?」


 スノウがドギマギと緊張気味に訊ねてくるので、リチアは思わず苦笑してしまった。


「どうってあなた‥‥‥むしろそれは私が聞きたいわ」


 彼は「それもそうですね」と可笑しそうに笑う。少しだけでも緊張がほぐれたようで良かった。リチアはそう思いながら訊ね返してみた。


「男性のあなたから見てどう思う? これならさっき言った色仕掛けも通用するかしら?」


 冗談めかして言う。すると、スノウは少し考えるような素振りをした後、


「素敵ですよ、本当に」


 微笑みながらそういった。それから少し黒い笑みをつくると、


「かえって不安になるくらいです。どうやってお嬢様を守ろうか‥‥‥僕には経験のない戦場ですので」


「戦場って‥‥‥ふふ、確かに。あながち間違いじゃないかもね」


 つられるようにリチアも笑う。

 彼の背後でティティが再び声を掛けるまで、二人は静かに笑っていた。


「じゃあ――頼んだわよ、スノウ」


「はい、必ず。シャイリーン様と接触してみせます」


 頼もしく言い切ったスノウがスチャッと敬礼を返してくるので、


「下手でもそこはカーテシーをしてほしかったわ‥‥‥」


 苦々しく告げると、彼はハッとした。


「あっ‥‥‥つい」


 やや勇まし過ぎる背中を見送り、


(やっぱり、不安しかない‥‥‥)


 リチアはつくづく凹んでしまった。




 ――だが、この不安が、リチアの心を奮い立たせた。


「スノウ‥‥‥私も行くわ」



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