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31 ”エルクリス” その2

 セイルが荷物を家屋の中に運びこむ間に、連れてきた馬の手綱を慣れない手つきで木に繋ぐ。


 オーディン城とは違い、ここには馬立てや馬繋場のように馬を繋いでおくところはない。どうしようかとリチアが迷っていると、セイルが庭先の木を指して「とりあえずあそこは?」と提案した。

 細い木だった。よくよく近くで見ると、物干し竿らしき棒が幹の間にかかっている。


「しばらくここで大人しく待っててね、ノア」


 つい最近まで触れもしなかった馬の背を、毛並みに沿って軽く撫でつけながら優しく声を掛ける。すると、まるで言葉が通じたかのようなタイミングでブルルという嬉しそうな(いなな)きが返ってきた。

 ディアムに夜な夜な連れ出されては訓練させられた甲斐があり、この二週間で随分と乗馬にも慣れてきた。


 軍馬は本来、気性が荒い。しかしこのノアの生まれ持った性質か、人に気安く温厚だったことが功を奏し、筋金入りの馬嫌いであったリチアもノアにだけは心を開いた。それこそ、屋根も無く風もしのげないような場所においておくのを少し不憫に思うほどに。


「寒い季節じゃないのが幸いね」


 心の奥でほんの少し後悔する。(うまや)とはいかなくとも、どこの家にも馬繋場(ばけいじょう)くらいあると思っていた自分に、いまさらながら呆れた。それならばとさり気なく家畜小屋が無いか探してみたが、見つけたのは鶏用の小さな家畜小屋。ノアの大きな体躯はどうしたって入りきらないだろう。


(スノウが食事にいちいちビックリする理由がやっと分かったわ)


 小屋といっても腰ほどの高さ。おまけに鶏も見るからに育ち過ぎたものが片手で数えられるくらいだけ。食用というより、採卵のために飼われているようね、とさすがのリチアでも分かった。最終的には食べるのかもしれないけれど。


「スノウみたいな人たちは普段どんなものを食べているのかしら‥‥‥」


 軽いカルチャーショックである。

 ――なんなら、食事だけの話ではないのだけれど。

 家に入る前からこれか‥‥‥思わずため息が出る。たったこれしきのこととはいえ、暮らし違いを直に感じる瞬間であった。


 初めて上がる庶民の家。――リチアは急に不安になった。





 薄い壁越しに子供たちの笑い声が聞こえてくる。驚きの歓声に混じって、セイルと思わしき声とまた別の低い声とが、はしゃぐ子供達を宥めているのが分かる。

 どうやら贈り物は気に入ってくれたらしいと、リチアは心の中でホッと胸を撫で下ろした。


(‥‥‥本当はこっそり荷物を置いて帰るつもりだったんだけど)


 貴族の間で有名な童話で、冬になると現れるプレゼントをたくさん持った白髭のお爺さんのように、さり気なく玄関に置いていくつもりだったのだ。

 だがそこで弟に遭遇し、「たまには父さんに会ってけば?」と言われてしまった手前、そのまま帰るわけにはいかなくなってしまった。


「そりゃそうなるわよね、自分の家なんだから‥‥‥」


 実を言うと、こうなる事を全く考えなかったわけではない。むしろ、一目でいいから会えたりしないかなと心の片隅で願っていたりしたくらいだった。


(スノウの体だからそう思うのかな)


 セイルの顔を見た時、妙に安堵した自分がいた。懐かしいものでも見つけた時のような、暖かい気持ちが胸の中に湧いたのを確かに感じたのだ。

 とはいえリチア自身も本音では、扉の奥から聞こえてくる明るい声に惹かれている。彼らに会いたい。せっかくだから‥‥‥というお世辞の類はそこには無かった。ただ素直に、贈り物を見て喜ぶ彼らの顔を見たいと本心から思っていた。


「ただいま‥‥‥」


 リチアは恐る恐る玄関を開け、顔半分で家の中を覗きこんだ。隙間からこぼれた明かりと温かな熱気が頬にかかる。

 できるだけそっと開けたつもりだったのに、古い木と金具特有のキィという音はそこに居た全員の耳に予期せぬ来訪者の存在を知らせた。


「お兄ちゃん!」


 真っ先に気付いた末っ子エルが、テーブルから跳ねるように駆けてくる。気付けばリチアはエルの手に引かれて、居間の中央へと導かれていた。

 エルを始めとする弟妹たちに両腕をとられて慌てていると、


「お帰り! 愛する我が息子よ! 元気だったか?」


 広い食卓用のテーブルに座らされたリチアに、反対側から嬉々とした声がかかった。

 ぎょっとして前を見れば、ニコニコと人好きの良い笑みを浮かべた男がいて、その優しそうな目元にリチアはすぐ察しがついた。


(スノウのお父様!)


 ‥‥‥よね?


 内心コテンと首を傾げる。――いや、スノウの面影は感じるのだが、なんというか‥‥‥。


 にっこりと下向きに半月を描く双眸と、これまたにっこりと上向きの半月を描く口元。にっこりというか――ニヨニヨとかデレデレとかいう表現が正しいような気がする。その崩れまくった相好を眺め、リチアはぽかんとしたまま固まった。


(イメージと違う‥‥‥)


 スノウの思慮深い人柄から、何となく父親は理知的な人なのだろうなと勝手に思い込んでいたのだが。


「お前が倒れたと聞いたとき、本当ならすぐに駆け付けてやりたかったんだが‥‥‥ショックでなんと三日も寝込んでしまってな! すまなかった! だがいまは何ともないようで安心したよ。――あぁ、あと風の噂で聞いたが、公女様の側近騎士になったんだって? 凄いじゃないか! 王城への派遣前にこんな大役を任されるなんて、さすがは我が息子だ!」


 両腕を広げ謳うように語る。相槌を挟む隙もなかった。


「あ、ありが「しかもまたこんなにお土産まで! 公女様からの褒美だそうだが、随分と信頼されているんだな、うんうん! 母さん似の優しい性格と俺の男前な容姿を一番に受け継いだお前の事だ、そろそろ女の子が放っておかないだろうとは思っていたが、まさか公女様に気に入られるとはなぁ! でかした!」


(は!? 気に入‥‥‥でかしたってナニ!?)


 あらぬ誤解に開いた口が塞がらないリチア。唖然とするその横では、弟妹たちがキョトンとした顔で「どういうこと?」と口々に訊ねてくる。

 驚愕の事態に固まるリチアを差し置いて、なおニコニコと破顔する父親が、無垢な子供たちの質問に答えた。


「フフフ‥‥‥つまりはな? お兄ちゃんは公女様に好かれているんだよ、男として」


 えーーーーっ!!?


 弟妹達と一緒に、リチアまで真っ赤になって叫んだ。


(なんでそんなとんでもないことを!? ちょっと贈り物をしただけなのに!?)


「ち、違うから、そんなんじゃ――」


「お兄ちゃん公女様が好きなの!?」


「つまり恋人!?」


「結婚するの!?」


「――いやしないしっ‼」


 どんどん飛躍していくありもしない関係をやけくそになって否定するが、そんな必死なリチアを眺め一体何を思っているのか、父親のニヤニヤ笑いはさらに深くなった。


「最近は貴婦人と未婚の騎士たちの恋愛が流行っているそうだが――相手は四大公爵家のお嬢様だということを忘れるんじゃないぞ? 未成年なんだから清い関係を心掛けるんだ。あぁそうだ、領主様には気を付けろ? バレたら死ぬかもしれない」


 身も蓋もない、それでいて有難迷惑な忠告である。


(側近になっただけでどうしてそんなふうに思えるわけ!?)


 頭に血が上りすぎたのかもしれない。くらくらと視界が揺れはじめ、口の中が異様にざらつく。もはやどこからツッコめばいいのか、何から否定すればいいのか‥‥‥混乱するリチアの耳に、極めて冷静な鶴の一声が届いた。


 ハァ、とセイルである。彼は麻袋に入った食料品を台所に移しながら、ジトっとした目線で父親を見やった。


「感謝の贈り物一つでそんな恥ずかしい勘違いするなっつの。あと、自分で男前とか言うな」


 恥ずかしいからと再度念を押す。馬鹿馬鹿しいとでも言いたげな表情で、彼は水の入った鍋を火にかけた。


「何だいセイル、久しぶりに兄さんが帰ってきたのにそんなしかめっ面して」


「父さんがいい加減な事いうからだろ」


「いい加減なんて失礼な! 突然こんなに贈り物をされたんだ、全く見当違いな話でもないだろう?」


「‥‥‥二度もその公女の命を救ったんだから、これくらいのお礼されても不思議でも何でもないと俺は思うけど?」


「夢がないなぁ‥‥‥相変わらずセイルは」


「現実主義なんだよ、父さんと違って」


 ツンとすました顔で言い切ると、セイルは湯気の立ったカップをリチアの前にトン、と置いた。少しの間静まり返った室内に、その音は良く響いた。

 決して邪険にされているわけではないのに、じっと見下ろしてくるセイルの視線はどことなく壁を感じる。


「ありがとう‥‥‥」


 ぎこちなく礼を述べたリチアに、


「ん」


 それだけ言うと、セイルはすぐに背中を向け台所に戻ってしまった。




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