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2 悪夢のようなリスタート

「なんで私が男にっ!?」


 まだ夢でも見ているような気分で絶望を叫ぶ。それでもリチアは最低限、自分の身体が男になってしまった現状を嫌々ながらに理解した。


「一体どうしてこんなことにっ!?」


 床に崩れ落ちたリチアは頭を力任せに掻きむしった。


「というか、何で誰も来ないのよっ‼」


 いつもならとっくに起こしに来ているはずの侍女がいない。


 理不尽な出来事のせいか、絶望を通り越してだんだんと怒りが湧いてきた。手入れのなっていない触り心地最低の髪にまで、なんだか無性に腹が立つ。


「誰か説明しなさいよ‼ この状況をっ!」


「‥‥‥スノウ? お前、何やってんの?」


 その声はすぐ後ろからだった。ハッとして振り返ると、見知らぬ男がリチアをポカンと見下ろしていた。


 色素の薄い茶髪に黒目、若いという以外に特徴がこれといってない、どこからどう見ても平民の男。


 “スノウ”と気安く呼ばれたが、生憎リチアの方は男に見覚えが無い。という以前に、


(――スノウって一体誰のことよ!)


 男が着ている黒い制服の胸元にある、聖杯を模った徽章には馴染みがあった。馴染みどころか、これはオーディン家の家紋。黒い制服と腰に携えた剣を見るに、男はどうやらオーディン家騎士団の所属らしい。


 つまり、リチアにとって男は家臣の一人。だが顔は全くと言っていいほど知らなかった。


 それはさておきこの人、いつからいたのだろう。ノックの音も声もなかったのに。


 なんて非常識なのかしら! と睨み上げるリチアに、何も知らない男は困り顔で「大丈夫か?」などと言ってきた。


「完治はしたはずだけどなぁ‥‥‥もしかして、まだどこか具合でも悪いのか?」


 リチアは、そんな心配そうな表情に向かって、


「なんで許しも無く勝手に入ってきているのよ!? この無礼者!」


「は?」


 男はポカンとした。いきなりなんだ? ‥‥‥そんな顔だった。


 何故唐突に叱責されなければならないのか。本気で理解できないらしい様子の相手に、リチアはますます苛立ちを募らせ、我(現状)を忘れて男を睨めつけた。


「それに、この私を前にしておきながら礼の一つもないなんて有り得ないんだから! あなたの胸にあるその徽章――オーディン騎士団のものよね!? 主人の顔を忘れたの!? 聖女の直系にしか受け継がれないこの赤い髪が目に入――」


 そこで思わず言葉に詰まる。


(あれ!? 髪!! 髪はどこ!!?)


 髪を梳こうとしたリチアの手が、スカスカと無駄に空間を搔いた。


(そ、そういえば、さっきだっていつもと感触が違ってたような‥‥‥)


 リチアは震える手で後頭部を触り、そして確かめるように撫でまわした。本来なら、腰の下まであるはずなのだ。聖女の血統の証である、リチア自慢の深紅の髪の毛が。


(そうだ、私は今、なぜか男になっちゃってて‥‥‥!)


 リチアは慌てて床に視線を落とした。さっき頭を掻きむしった時に抜けたであろう、髪の毛を探して血眼になる。


 たとえ性別が変わってしまっても、せめて一族の証である赤い髪だけでも残ってくれていれば――そう思った、しかし、


(‥‥‥‥‥‥嘘でしょう?)


 予想通り、床に髪は落ちていた。リチアのものと思われる髪が何本か。そのうちの一本を摘まみ上げ、リチアは愕然とした。


 白っぽい、ちょっとくすんだ色合いの毛。よくよく目を凝らすと、グレーに近い。もはや赤色の要素は欠片もなかった。


(ナニコレ‥‥‥ナニコレ‥‥‥)


 す~っと青ざめ、リチアは再び己の頭を掻きむしった。


「髪‥‥‥無いじゃない!」


 すると男がリチアの頭を指差し、冷静に云った。


「‥‥‥髪はあるぞ?」


「無いわよっ‼」


 リチアはそう吐き捨てると床に伏せった。そしてとうとう泣き始めてしまう。


「私ったら、どうしたらいいのっ!? こんなの嫌ぁ!!」


 大の男が咽び泣く。そんな情けないリチアの姿を前に、男は「ええっ!?」と声を上げて動揺した。


「一体どうしたんだよお前っ! 変っていうか、完全におかしいぞ! 矢に打たれたせいかっ!?」


 狼狽えまくった男がリチアの肩に手を伸ばした――その時。


「――待てディアム‼ その人は僕じゃない‼」


 慌ただしい足音と共に、誰かが駆けこんできた。


 古臭い木の匂いしかしなかった部屋に、何か花のような良い香りがふわりと広がる。それはリチアがよく知った香りであり、また声には強烈な心当たりがあった。


(――この声はっ!)


 男とリチアは、ほぼ同時に声のした方を向いた。そしてその声の主を見るなり、二人して別の意味で絶句した。


 そこにいたのは、深紅の髪が特徴の物凄い美少女で。


(な‥‥‥なにが起こってるの!?)


 リチアは己の目を、そして正気を、本気で疑った。


 部屋に飛び込んできたのは紛れもない――自分自身(リチア)だったのだから。



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