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25 あなたになりきる方法 その1

 寄宿舎で暮らす騎士達は、それぞれ持ち場や勤務時間によって食事の時間帯が変わる。


 一階につくられた食堂は朝七時頃になると、早出の騎士たちと入れ替わりで遅番の騎士たちがやってくる。

 八時前には誰もいなくなるため、料理長が一旦食堂を閉めていた。それから昼食の準備が始まるのだが――ここ二週間ほどは九時台まで食堂の扉が開いている。


 理由は単純。誰もいなくなった頃合いに食事をしに来る騎士が二名いるからだった。


「ねぇ‥‥‥毎朝同じメニューはさすがに飽きない?」


 グレーの髪色をした柔和な顔立ちの騎士が不満そうに言う。

 彼の目の前には、豆と野菜の入ったスープとパンがトレーに乗せてあった。飲み物には、白いミルクのような見た目ものがコップに注がれており、それらを見下ろしてげんなりと口元を歪めている。


「体が資本のお仕事なのに。たたまにはお肉とかでないわけ?」


 料理長が仕入れの為に厨房から居なくなったのを良いことに、ぶつくさと文句を垂れつつ、さらさらとしたスープをスプーンで探るように混ぜる。肉はないのか、そう言いたげに。


「朝なのに、紅茶の一杯くらい飲みたいんですけど」


 コップに入った液体――ミルクの脂肪分を取り除いたもの――に視線をやり、これまた嫌そうに目を細める。


「‥‥‥これ、美味しくないのよね」


 言いながらコップを、隣で黙々と食べ進めている黒髪の相棒の方に、つつーとさり気なく滑らせる。気づかずにそのまま飲んでくれ、そんな企てが透けて見える。

 だがしかし、グレーの髪色の騎士の思惑をよそに、相棒は目ざとかった。


「バレないとでも思ってるんですか?」


 黒髪の騎士の目がキラリと光る。


「チッ‥‥‥バレたか」


「当たり前でしょ! 文句を言わないでください! 栄養価的にはばっちりです! 遠征に行ったらこれよりも少ない食事で我慢することになるのに、残さず、有難く、そして心から感謝しながら食べてください」


 黒髪の相棒の方がくわっと振り向き、叱り飛ばす。

 これにグレーの髪色の騎士は、まるで少女のような態度で頬をプクッと膨らませた。


「なによもー! ディアムだって同じこと思ってるでしょ! ちょっとくらい愚痴ってもいいじゃないもー!」


 ジト目でそう言い返すと、


「もーじゃないですよ、もー!!」


 負けじとディアムも頬を膨らませる。


「とにかく食べて下さい! まったく‥‥‥ちょっとはスノウらしく謙虚な振舞はできないんですか!? ――聞いてます? ス・ノ・ウ!?」


 そうわざとらしく名前を呼ばれた騎士は、


「――私、スノウじゃないし」


 ボソッと呟く。


 そんな反抗的なスノウに対し、ディアムは間髪入れずに、


「今はスノウでしょ!?」


 ピシャリと言う。

 すると、やいのやいのと言い合いを続けているところに、料理長が裏口から厨房に戻ってきた。食堂の端でお行儀も何もなく騒ぎ立てる二人を目にし、


「‥‥‥またやってる。毎日毎日飽きないねぇ」


 仕入れたばかりの野菜を調理台に置きつつ、溜息混じりにその光景を眺めたのだった。


 ――この二人が公爵令嬢の側近騎士となって以来、こんなやり取りはもはや日常茶飯事となっている。


 オーディン城近衛騎士部隊ディアムと、その同僚にして最近性格が少しオープンになったと噂のスノウ。どちらもオーディン家騎士団の中では腕に実力があり、とくにスノウに関しては百年に一人の逸材と言われる将来有望な騎士である。

 ‥‥‥が、とある事件を境に、スノウはとある人物と体と心が入れ替わってしまっていた。


 つまり、この食堂でディアムと口喧嘩を繰り広げているスノウの中身は実は別人。その正体は、オーディン家令嬢‥‥‥オルタニカ王国に四つしかない公爵家の後継者リチア・ディ・オーディンである。


 二人が側近騎士になったのは例によって二週間前。スノウことリチアの直談判がきっかけであった。


『お嬢様、わたしをお嬢様の側近騎士としてお側に置く――というのはいかがでしょう?』


『いいでしょう。では、後ろにいる騎士と二人、側近として明日から私の警護をお願いします』


 リチアと入れ替わってしまった不運な騎士・スノウはこれを秒で受諾した。

 離れ離れでいるよりは、側にいた方が都合がいい。

 自分達が元に戻るまで‥‥‥もとの生活に戻るまでの間、何とか協力してこの難局を乗り越えなければならないのだから。


 襲い来る暗殺者を避け、没落を全力で回避し、オーディン家失墜を目論む犯人を炙りだす。身体と心が入れ替わっている事実を隠してでも。――互いの未来のために。


 ディアムはそんな二人の事情を知っている、数少ない理解者兼リチアの面倒見役の一人である。

 最初の事件でただ一人、暗殺者からリチアを守ったスノウと、ブレア地区での魔獣事件において最後まで無傷で住民とリチア(スノウ)を守り抜いたディアム。側近としてお嬢様を守るなら、この二人以外適任者はいないと‥‥‥リチアの父であるハインツも、騎士団団長のシルベットも、いずれもすぐに承諾してくれた。


 ♢♢♢


 オーディン城内の一室にて。普段は使われない空き部屋が、日がなこれといった予定の無いお嬢様と側近騎士の集合場所だった。


「めずらしいこともあるのね? 今日は早かったじゃない」


 部屋に入ってきた深紅の髪の美少女――スノウに、リチアは準備運動を中断して駆け寄った。


「今頃はまだ部屋で叱られてると思ったのに‥‥‥出来は上々(・・・・・)だったのかしら?」


 リチアがニヤニヤしながら訊ねる。

 確信犯の笑みで詰め寄られたスノウは、やや表情を引きつらせながらリチアに一礼した。


「おはようございます、お嬢様。――今日は“食後の反省会”が無かったので」


 頬をぽりぽりと指先でかきながら気まずそうに視線を逸らす。


 スノウがリチアとして暮らしていくのには、様々な教養を学んでいかなければならない。とくに淑女教育に関してはまったくの0からのスタートである。歩き方から話し方、食事のマナーから裁縫、音楽、芸術、その他諸々。これらの教養を学ぶのに、毎日スノウには一分一秒単位でスケジュールが組まれている。

 何か一つ学ぶごとに必ず反省会よろしく説教タイムが最後に待っているのだが‥‥‥この反省会が想像以上に精神をゴリゴリ削られるようで、


『1のミスに対して10くらい指摘ですよ? ではミスが20あったら? 200ですよ、200。その時のティティさんの顔想像できます? ‥‥‥大型の魔獣と遭遇した時の方が何倍もマシぐらいのレベルですよホントに‥‥‥』


 レッスン開始三日目の夜、寝台の上で身体をボロ布のように丸めたスノウが青白い顔でそういった。


 しかし、今日はどうやら変化があったようだ。いつもなら食後の説教タイムのおかげで彼が部屋に来るのは集合時間ギリギリになる。余裕を持ってここに来ているリチアに比べて、もう二刻ほど後になるというのに。


(食事マナーはこれでクリアね!)


 やるじゃない! と、リチアはスノウの肩をバシバシと叩いた。


「あのティティからやっと一つ“可”が取れたってことね? それもたった二週間で! もっと胸を張って誇りなさいよ! よくやった!」


 満面の笑みでもって褒めちぎる。――が、スノウは何故か傷ついた顔をした。


「いえ‥‥‥ぜんぜん“不可”ですけど」


「ん?」


 空中でぴたりと手を止めるリチアに、スノウが暗い顔でいう。


「‥‥‥ダンスの練習に時間を使いたいので、寝る前に大反省会をする、と‥‥‥」


「あぁ‥‥‥」


 リチアは遠い目になった。


 ‥‥‥まだまだ先は長かったようである。


この場を借りてお礼を。

いつもイイネをして下さっている方へ、本当にありがとうございます。

また次話も頑張ります。本当にありがとう。

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