表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/42

23 救世主 その9

 ブレア地区でおきた魔獣騒動は、瞬く間に王都まで届いた。そこからさらに拡散し、国中に伝え広がるまでには半日もかからなかった。

 住民、騎士団、ギルド‥‥‥負傷者の数はあわせて五十人以上。そのうち死者二人。どこからともなく現れた魔獣は人々を大いに震撼させた。


「こんなこと、陰謀でもない限り考えられないわ」


「司祭様は凶兆の現れだと言っていた」


「いや、これも他国の侵略かもしれない」


「魔獣は貴重な鋼を生むと聞く‥‥‥誰かが金儲けの為に国内に持ち込んだんだ」


 様々な噂が飛び交う中、暗い話題とは反対に人々の間で大きく話題になったことがあった。

 それは、凶悪な魔獣が相当数出没したわりには死者の数が少なかったこと。そして負傷者がとある公女の力によって全快したこと。人々の注目は、その公女に集中した。


 その公女とはもちろん――聖女の家門・オーディン公爵家令嬢リチア。


 “公爵家の令嬢が危篤な住民たちを救った”


 このニュースは貴族に対して偏見を持っていた平民層に大きな衝撃を与えることになった。

 翌日の記事には――“暗殺されかけたばかりの身を省みず、不穏な気配を予知してブレア地区に参じる。魔獣の巣窟となった校舎に単身で乗り込み剣を振るい、さらに身分や地位よりも人命救助のために聖女の力を行使した、その姿はまさに慈悲深き救世主のもの”‥‥‥と大々的に書かれ、称賛の声がそこかしこから上がったのである。


 やはり聖女の看板に偽りはなかった!と――。


「‥‥‥私が馬に乗れなかったがために、たまたま二人ともブレア地区に行っただけなんだけどね‥‥‥」


 自身の活躍が一面に掲載されている新聞を眺め、リチアは苦い顔で独白した。

 ブレア地区に行ったことも、魔獣相手に戦ったことも、人命救助も――賞賛されているこれ全てリチアと入れ替わったスノウの功績である。


(別に妬んでるとかそういうわけじゃないけど‥‥‥)


 どうにもしっくりこないというか、何だか肩身が狭くなったような気がするリチアである。


「どれもこれも全部スノウがいてくれたから何とかなっただけで、本当の私は何もしてないわ‥‥‥」


 リチアは大きく溜息を吐いた。


(私って、立場が変わっても無力過ぎない‥‥‥?)


 入れ替わる前から思ってはいたけれど、改めて再確認するともっと空しい。むしろ別の角度から自分を省みたせいか、より客観的におのれの欠点を見たような気がする。


 ――現在、件の魔獣騒動から二日後の朝である。

 警護交代を機にブレア地区からやっとオーディン城に帰城したリチアは、スノウの私室に着くなりベッドに倒れ込んでしまった。


 二日間‥‥‥騎士スノウとして走り回ったせいで、ほぼ一睡もできなかった。

 怪我人の確認と介抱、壊れた箇所の片付けや修繕、王室から派遣された調査団の事情聴取に、交代でやって来たシルベット率いる騎士達への様々な引継ぎ‥‥‥それはもう目まぐるしく、息をつくひまもないくらいの忙しさだった。


 さらに、ブレア地区からオーディン領までの帰路に、再び慣れない乗馬をしなければならなかったことが、ギリギリであったリチアの残存体力にトドメを刺した。

 帰ってきてからというもの‥‥‥もう、爆睡だった。部屋に辿り着いてからの記憶がないくらいに。お嬢様、食事ですよ!とディアムに起こされるまでは。


「‥‥‥スノウは私の代わりにまだブレア地区かなぁ‥‥‥」


 リチアが寄宿舎で眠っている間も、真面目な彼の事だ‥‥‥きっと動き回っているに違いない。

 騒動の後は基本的にお互い別行動だった。そのせいでスノウの所在をリチアは知らないまま帰城してしまったのだ。


「こっちの身体でも不眠不休は辛いっていうのに‥‥‥」


 四時間ほど眠ったが、まだまだ寝足りないせいかどうしても声が掠れてしまう。

 魔獣事件に関わった騎士たちは今日だけ特別に非番となっていた。

 リチアはだらだらとベッドの上に寝転び、読み終えた新聞を畳むと、窓際に椅子を置いて座っていたディアムに「ん」と差し出した。いまさらだが、新聞は昼食の時にディアムが食堂から持ってきたものだった。


「災い転じて福となす、というやつでは? ‥‥‥そんなに落ち込むことなんてないんじゃないですかね」


 ディアムが言いつつ、受け取った新聞を広げる。


「結果的にお嬢様の名声が上がって騎士団もオーディン家も事なきを得た‥‥‥運悪く入れ替わったとはいえ、お嬢様のお陰でブレア地区の住民とギルド全員が助かった。もっと誇ったらいいのに‥‥‥と思いますけど、俺は」


 お嬢様の力がなかったらもっと被害は出ていましたし、とディアム。

 確かにディアムの言う通り、スノウと中身が入れ替わっていなければ、あの時リチアはブレア地区にはいないはずだった。


「俺は正直‥‥‥聖女の力があんなに凄いだなんて思ってなかったし、まさかお嬢様から怪我人を助けるようスノウに命じたなんて、そこにもびっくりで――あ、いやその、嫌味とかそういう事ではなくて!」


 慌てて訂正するディアムに、枕に顔を埋めていたリチアはちらりと視線を向けた。


「別に怒らないわよ。聖女とはいえ高位の貴族が平民を何十人も助けるなんて普通はしないもの」


 だからこそ聖女の力を発揮する場所がなくて、今まで軽んじられてきたのだけれども。


 本当なら聖女の加護は民に対し平等に与えるのが正しい。けれど、便利な魔道具の台頭によりそれが必要とされなくなってしまった。そうやって徐々に公爵家のイメージばかりが強くなってしまい、気づけば貴族社会に埋もれ、民に施しを与えない“名ばかりの聖女”というレッテルが貼られてしまうようになった。

 そこにさらに拍車をかけたのが、放蕩者ばかりであるオーディン領の貴族たちだ。


「それに今は魔法でいくらでも便利な魔道具が作れるんだから、そりゃあ聖女が重要じゃなくなっても不思議でもなんでもないわよ」


 少し不貞腐れながらリチアが呟く。

 そんな放蕩者の特権である魔法のお陰で、これまた聖女の肩身は狭かった。

 ディアムに悪気がないことくらい分かってはいたのに、つい口調がつっけんどんになってしまう。


「す、すみませんお嬢様‥‥‥軽率でした」


 当然のように謝ってくるディアムに、リチアは無言で顔を背けた。


「‥‥‥だから別に怒ってないのに」


 リチアは不機嫌に呟いた。


 “名ばかりの聖女”‥‥‥オーディン領に住む人ならそれがリチアを指す言葉であることぐらい直ぐに分かる。そしてリチア本人でさえもそれを自覚している。


(‥‥‥嫌だな)


 リチアは傷ついたような表情で唇を噛んだ。

 なにもディアムの言葉に傷ついたのではなかった。周囲の評価も今さらだと受け止めている。

 リチアが嫌だったのは、“名ばかりの聖女”と言われてしまうぐらい、何もできない公爵令嬢としての自分自身だった。


「‥‥‥騎士のうち二人は、間に合わなかったし‥‥‥」


 死者二名は二人ともオーディン家のまだ若い騎士だった。

 駆け付けた時には既に事切れていて、さすがの聖女の力でも死者まではどうにもできなかったのだ。

 遺体はその日のうちに馬車に詰まれ、家族の元へ帰るのをリチアは他の騎士たちと共に見送った。

 その時の光景が、頭にこびりついて離れない。


「‥‥‥私と同じくらいの年だった」


 土気色をした顔が脳裏を過る。名前も顔も知らなのに、胸が酷く傷んだ。きっと彼らにもスノウの家族のような存在がいるはずだ。それを思うと、言葉が出なかった。


「‥‥‥お嬢様は死者を見たのは初めてですか?」


 ディアムが静かに訊ねてきて、リチアはしばし間を置いてから、首を横に振った。


「‥‥‥初めてよ」


 ――嘘じゃない。リチアは内心そう呟いた。


 そうでしたか、と視線を落としたディアムに、リチアは「あなたはどうなの?」と聞き返した。


「騎士はそういうことに慣れてるの? その、仲間の死とか」


 大事な仲間が命を落としたのに、わりと平気そうな顔をしている。少なくともリチアにはそう見えていた。


「慣れはしませんよ、さすがに」


 ディアムはやんわりと言って、自嘲気味に微笑む。


「でも自分が選んだ道ですからね‥‥‥その時の覚悟はしてますよ。自分も仲間も、もちろん毎日」


「毎日?」


 首を傾げたリチアだったが、そこでふと気づく。


(暗殺‥‥‥)


 スノウはリチアのために身体を張って身代わりになったのだった。

 はっとしたリチアを眺め、ディアムが頷く。


「はい、毎日です。騎士とは――そういう仕事ですから」


「‥‥‥」


「仲間の死を悼むのは当たり前です。でも、明日誰かを悲しませないための選択をそれぞれしないと、人も自分も守れない。だから常に覚悟はしておくこと――あぁ、これは団長の受け売りなんですけど」


 するとディアムは改まってリチアに言った。


「だからこそですけど、お嬢様――本当に用心してください。今回はともかく、単独行動絶対にしないように!」


「うっ‥‥‥わ、分かったわ」


 リチアは肩を竦めながら頷いた。


「これを期に私も少し剣術を教わっといた方がいいのかも‥‥‥また今回みたいなことがいつ起こるかも分からないし」


 言って、リチアはベッドから起き上がり、ポケットから一枚の小さな紙片を取り出した。


「お嬢様それは?」


「魔獣が出現したっていう橋で見つけたの。今回の騒動の原因なんだけど――」


 え、とディアムが目を丸くする。


「王室騎士団に渡さなかったんですか?」


「渡したわよ? でも何となくあんまり信用できなかったからこれだけは残しておいたの。見たことの無い文字が使われてたから、あとでスノウに渡して調べてもらおうかなって」


「スノウに?」


「うん。私なら(・・・)王立図書館に自由に入ることができるでしょ? 閲覧禁止の棚も公爵家の権限で見せてもらえるかもしれないし。とりあえずどこの国のものか調べておかないと」


「なるほど」


 ディアムは納得すると、ふとそこで窓に振り返った。


「お! 噂をすれば‥‥‥」


「どうしたの?」


お嬢様(・・・)が戻ってきたみたいですよ」



またまた遅れてしまった‥‥‥!

次回は予定通りの土曜日に更新です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ