22 救世主 その8
少女の輪郭がぼうっと白く浮かび上がる。それと同時に、光の粒子が足元から舞い上がった。
(――来た)
見下ろしていた少女の周囲で星屑が耀う。リチアの確信を裏付けるように、光はさらに強さを増した。
「‥‥‥やればできるじゃない」
片脚を失くした男の全身が光に包まれていくのを、リチアは微笑みながら見守った。
「――‥‥‥奇跡だ」
と、奇跡を起こした本人から動揺の声が聞こえてきた。
その横顔を窺えば、少女は信じられない、といった眼差しで男の脚を凝視していた。
――驚くのも無理はない。
完全に千切れていた男の脚が、まるでパズルのピースを一つ一つ嵌めていくかのように再生を始めていたからだ。
光の粒子から肉や骨が次々に生まれ、千切れた部分に結合していく。これを奇跡と呼ばずして何が奇跡か――物の数分で男の脚は完全に元通りとなってしまったのだ。
男は目が覚めたような顔で起き上がり、慌てて自身の脚に触れた。
「な‥‥‥っ!? おい‥‥‥うそだろ‥‥‥‥!」
生まれたばかりの肌を撫でまわし、その感触が本物であることを何度も確認する。傷という傷が全てなくなった身体に触れ、
「お、おれの足が‥‥‥‼」
歓喜に震えた男が泣きそうな顔で少女とリチアを交互に見た。
「足が、治った‥‥‥‥‼」
リチアは、
「これくらい――」
どうってことないわと言いかけた口を慌てて噤んだ。
(今は私が騎士で、スノウが私なんだから‥‥‥)
リチアは誤魔化すようにコホンと咳ばらいをしつつ、驚愕の表情を浮かべて固まっている聖女の代わりに男にいった。
「オーディン領の医師団が来るまでには時間がかかる‥‥‥だから手を貸して。まずは住民たちにもう魔獣の心配が無い事を伝えて、ここにいる医者全員を呼んで怪我人の治療をお願いしてきてほしい」
「――分かった」
男が素直に了承する。
それと、とリチアは言葉を付け加えた。
「落ち着いたらでいいから、色々詳しく聞かせてもらいたいことがある‥‥‥後日ゴートの本部を訊ねたいんだけど――」
「こちらから伺おう」
男はやんわりと言葉を被せた。
「俺から話は通しておく。父も‥‥‥長も本当は領主との会談をずっと、いや、今でさえ望んでいるからな」
「え‥‥‥?」
リチアが眉を顰める。スノウも同じような顔をしていて、二人して一瞬顔を見合わせてしまった。どうやらスノウも事情は知っていたらしい。
ギルド・ゴートはオーディン家と馴染み深い。同じ南部に属しているから、という理由だけではなく、ゴートのギルドマスターが元々オーディン領の商家出身というところで繋がりがある。
そんなゴートが出資者を探していて、しかしよりによってオーディン家と対立する勢力であるミネルヴァ家の傘下に入った。
普通に考えるなら――オーディン家を見限った、と誰もが思う。
それなのに今でもハインツとの会談を望んでいるとは、一体どういうことなのか。
怪訝な顔をしたスノウを横目に、困惑したリチアが男を見つめる。
男は視線を下げると小さく溜息を吐いた。
「仲間は誰もが反対していたが――長だけはオーディン家と協定を結ぶ気でいたんだ。今も領主のことを案じて俺に隠れて手紙を送っているぐらいにな。本当の事をいうと、俺も領主がこんな事をしたとは思いたくない‥‥‥なにせ」
男はそこで一旦言葉を区切ると、聖女の姿をしたスノウに視線を当てた。
「領主様‥‥‥あなたの父親ハインツは、俺達ゴートの仲間だったからな」
「なか‥‥‥え?」
リチアはポカンと口を開けた。
‥‥‥仲間?
するとそこでスノウが「そういえば――」と何かを考え込んで、同じくリチアもハッとして父親との他愛もない会話を思い起こした。
――ハインツは元々平民だった。その頃の話は今でもたまにハインツ自身から聞いていた。
彼はリチアの母親と出会う前は商人を目指しており、数年経験を積んでから独立したらしい。‥‥‥けれども盛大に失敗し、無一文になって屋敷勤めをしていた時に、たまたまそこで開かれた夜会に参加していた女性――もといリチアの母親に声を掛けられたことがきっかけで一目惚れし、オーディン家の門を叩いたという。
(まさか‥‥‥その商人としての経験を積んだ場所って‥‥‥ゴート!?)
二人して同じことを考えていたようで、リチアとスノウは眼を瞬くと、再び顔を見合わせたのだった。
そろそろ一章修了。この後は二人の私生活でのアレコレや舞踏会などのお話が始まります。
短編を製作中につき、次回更新が少し遅れてしまうかもしれません。でも頑張ります。よろしくお願いします。




