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1 事の始まり

 この国、オルタニカ王国には公爵家が四つある。


 ベルモーズ公爵家、フレイ公爵家、ミネルヴァ公爵家、そして――オーディン公爵家。


 建国の祖である勇者一派の血族からなる家門であり、この国で最も偉大な四人の英雄の末裔が当主を務める大貴族である。


 リチアはそんな英雄たちの血を引く、オーディン家でたった一人の後継者として生まれた。


 簡単にいえば貴族の頂点だ。超有名人でお金持ち――のはずなのだが。


 実際の話、そうでもない、というのが今のオーディン家の実態である。


 オーディン家は実際問題‥‥‥財政難だった。


 他の公爵家と比べて資産が少ない。領内で好き勝手に私腹を肥やす貴族たちのおかげで(まつりごと)は立ち行かず、治安は年々悪くなるばかり。貧困民が多いのもオーディン領の特徴だった。


 そして社交界では常に除け者。


 それは、今は亡きリチアの母親――先代の当主が、婿養子にと平民の男性を選んだことに原因があった。


 ”我々貴族を差し置いて平民を公爵家に嫁がせるだと? ――言語道断!!”


 プライドが高い貴族たちには、それが何よりも許せなかった。


 大恋愛の末とうとう実現した婚姻に喝采を上げたのは、身分の低い平民だけ。オーディン家は多くの貴族達から反感を買ってしまった。


 現在はリチアの父親が当主代行を担っているのだが、もちろん上手くいく訳もない。


 先代の遺産や王家の出資ありきで表面上なんとか取り繕ってはいるものの、水面下ではとにかく苦しい状況を強いられていた。


そして一年前、リチアが十四歳のときである。唯一の希望とも思われていた王太子との婚約が破断となり、オーディン家はますます厳しい状況下に立たされることになってしまった。


 ‥‥‥リチアは、そんな自分の家をなんとかしたかった。


 今にして思えば、子供心ゆえの甘い考えだったと思う。領地再興の足掛かりになればと一つの計画を思いついたのだが‥‥‥それがきっかけで父親であるハインツとの口論に発展してしまった。


 それこそが、事の発端だった。


「いい加減にしなさいリチア。たかだか十五歳のお前がいきなり起業なんかできる訳がないだろう? それも王都の一等地を買うだって? そんな資金は我が家には無いし、そもそも経営がどういうものなのかも知らないお前に何ができる? ――私は反対だ。失敗するのは目に見えている」


 溜息混じりにそう言ったのは、リチアの父であるハインツで。


「そんなの! やってみなくちゃ分からないじゃない!」 


 書斎机を差し挟み、ハインツの対面で激怒したのがリチアだった。


 リチアは怒り任せに、バン! と卓上に両手を突くと、分からず屋な父親に対して鋭く声を上げた。


「むしろどうしてそうネガティブに決めつけるのかが私には分からないわ! ‥‥‥王都の端っこだけど、同い年のミネルヴァ嬢は上手くやってるじゃない!」


 理解できないわ! そう叫ぶリチアを、ハインツは呆れたはてた表情で眺めた。


「‥‥‥‥‥‥それが口から出てくる時点で悪い。単なる見栄で経営をしようという魂胆そのものが悪い、どうしてわからない?」


「――お父様!」


「却下だ。私としてもミネルヴァは相容れないが‥‥‥少なくとも、私から見たミネルヴァ嬢は聡明かつ思慮深い――それでいて人望にも厚い。ところがお前は悲しい事にそうじゃないだろう。現実的に無理だと言っているのが分からないのか?」


 冷静かつ容赦のない一刀両断であった。


 それも実の父親が他人の娘の肩を持つという屈辱に、リチアは強く唇を噛んだ。


「‥‥‥そんなの上辺だけよ! お父様はシャイリーンのことなんか一ミリも知らないくせに! ――シャイリーンが聡明? 私から婚約者を奪ったのに!?」


 忘れたわけじゃないでしょう!? 


 リチアはぐっと拳を握りしめた。しかし、ハインツは微動だにせずリチアの深紅の瞳を見つめ返した。


「こんなことを言いたくはない‥‥‥が、上辺すら繕えていないお前とでは訳が違う‥‥‥そう思わないか?」


「――っ!」


 言葉を詰まらせたリチアを、ハインツは気難しい目で眺めた。


「お前の言うように、実はミネルヴァ嬢がそういう性格だったとしよう。しかし、彼女の社交界での評判は‥‥‥完璧な淑女だ。一年前にあんなとんでもないスキャンダルがあったのに、だ。加えて下馬評も良い。それに比べてリチア、お前はどうだ?」


「そ、それは‥‥‥」


「社交界序列四位‥‥‥四大公爵家であるがゆえにお前の体裁は保たれているが、それが無ければどうしていた? 経営などろくに勉強したことも無い、風評被害もいまだ健在‥‥‥そんな子に、私は一体何を説得されなければいけないのだろうね」


 ぴんと空気が張り詰め、両者の間に沈黙が降りた。


(なんで‥‥‥私だって‥‥‥っ)


 握りしめた拳がふるふると震える。リチアは悔しくて堪らなかった。


「‥‥‥‥‥‥もういい!!」


 リチアはくるりと踵を返した。


「待ちなさい!」


 ハインツがすかさず立ち上がる。


「どこに行くつもりだ!」


「お父様に相談したのが間違いだったんだわ!」


「――リチア!」


 バタン!


 リチアは乱暴に執務室の扉を閉めた。


 それ以上聞きたくない。素直に耳を貸しても、どうせ聞かされるのはいかにリチアが後継者としていかに勉強不足なのかという、耳を塞ぎたくなるような小言なのは分かっていたからだ。


 何を言っても父は首を縦には振らないだろう。


 今までも後継者として、ひいては己の領地のために様々な名誉挽回計画をどんなに考えても、ハインツは少しも賛同してくれなかったのだから。


「‥‥‥大っ嫌い‥‥‥!」 


 奥歯をグッと噛み締める。やりきれない気持ちで顔を上げると、ぎょっとした顔の騎士と目が合った。


 まだ若い騎士だった。年でいえばおそらくリチアとそう変わらないくらいの年頃の青年。


 オーディン家の騎士達――要は近衛兵だが、みな若い者が多い。先代が亡くなった際、多くの騎士たちがオーディン家を見限り離散してしまったため、行く当てのない人や貧しい人を集めて新たに騎士団を再編成したためだった。


 青年は中途半端に手を上げかけたまま固まっている。たった今ドアノブを掴もうとしていたのだろう、絶妙な近さでリチアを真正面から見つめていた。


 ハインツに呼ばれたのだろうか‥‥‥それは定かではないけれど。


 もはや気にする余裕も無いので、リチアは無視をすることにした。


(なによ、なによ、なによ‥‥‥!)


 廊下に足裏を叩きつけるような勢いで歩いていく。そうしてリチアは自分の部屋に戻ると、言いつけ通りに待っていた側使えの侍女に向かって早口に命じた。


「ティティ! 今から別邸に行くわよ。直ぐに荷物をまとめてちょうだい!」


 それに侍女ティティは目を丸くした。


「今からですか? いったい何故――」


「‥‥‥いいから! 早くして! 一分一秒でも早くお父様から離れたいのよ!!」


「‥‥‥はい‥‥‥かしこまりました」


 それから約三十分後。リチアは侍女と一緒に馬車に乗り込み、数人の護衛を連れてオーディン家居城から飛び出した。


 道中のことは‥‥‥あまり記憶に無い。


 悔しさと苛立ちでいっぱいいっぱいだったのだ。


 だからこそ、目が覚めた時はもう訳が分からなかった。


 突然知らない部屋に居て、しかもその上――男になっていたのだから。



♢♢♢


 真っ先に目に入ったのは、薄汚い木造の天井だった。


 (なに‥‥‥?)


 最初に思ったのはそんな言葉で、リチアはハッとして辺りを見回した。


 横を向くと、古臭いランプが一つサイドテーブルに置かれている。それ以外に灯りと呼べるものは無く、くすみのある小さな窓から差し込む細い日光だけが頼りの薄暗い部屋だった。


 目だった家具は少ない。小さなテーブルと椅子、木箱と本棚‥‥‥たったこれだけ。そしてどれもこれも古そうであり、生粋のお嬢様育ちのリチアの目には、その使い込まれた感じの風合いがどうにも小汚く見えてしまう。


 誰かがここで暮らしているのは‥‥‥まあ見れば分かるけど、狭すぎるのでは?


 見る限り使用人以下、下層階級の人間の部屋だった。


(なんなの‥‥‥?)


 決して不清潔なわけではなかった。とはいえ、ひしひしと感じる年季のせいか、やっぱり綺麗とは言い難い。


 早い話が粗末な印象を受ける、そんなところだ。


 --いや、呑気に実況している場合では無くて!


(おかしい!)


 リチアはガバッと勢い任せに起き上がると、


(私の部屋じゃない!)


 見覚えのない室内を改めて確認した。


 シャンデリアが無い、調度品が無い、ドレッサーが無い、香の香りも無い――上げればキリがないくらい無いもの尽くしだった。そもそもリチアの私室は大きな城の中にあって、こんな木の板を張り付けただけの安っぽい造りではなかったはず。


 (なんでこんなところにっ!?)


 こんなの部屋じゃない。小屋よ、小屋。そう決めつけ、とりあえず侍女から事情を聞かなければ‥‥‥リチアはさも当たり前のようにそう思ってしまった。


 何故こんな貧乏くさいところに寝ていたのか。なにか正当な理由があるはずだ。でなければこんなの、有り得ない。


 何故なら自分はお嬢様だから。オルタニカ貴族の頂点、オーディン公爵家令嬢リチア・ディ・オーディンなのだから。


「ちょっと誰か――」


 早く来て、と言いかけたところで、


「え?」


 思わず言葉を止める。


 耳に響いたのは、あまりにも聞きなれない声だった。


「なに‥‥‥男?」


 リチアは思わず辺りを見渡してしまった。だが、部屋にはリチア以外に人はおらず、一体どういうこと? とリチアは首を捻った。


 身体がおかしいのか、それとも自分の頭がおかしいのか。


 恐る恐る、あー、あー、と発声して、ようやくこの声が自分の喉から出ている事に気が付いた。


「え、ええっ!? ええええっ!??」


 これが私の声なの!?


 信じられない気持ちで喉もとを両手で押さえた。しかしその時、ふと下に目線がいって、リチアはさらに驚くものを目にした。


「――は?」


 胸部が異常に平らすぎる。


 ‥‥‥‥‥‥あるはずのものが無い。


 やけに見通しの良いストンとした己の上体に、思いがけず目を見張った。


 細くもなく、太くもない腹が目に映る。女にしては明らかに逞しい身体。薄っすら割れた腹筋の上は包帯が幾重にも巻かれていて‥‥‥驚くことに、そこにあるはずの膨らみがどういう訳か、何度目をこすっても見当たらなかった。


 その代わりにとでも言おうか。目下一点、かすかに膨れた箇所が目に留まり‥‥‥つまり、その、股間の部分になるのだが、気付いた途端、ゾッとした。


 なにこれ‥‥‥


 白い下着に包まれたモッコリ――ではなく膨らみ。


 生物学的に絶対付いているはずの無い存在の面影がそこにはあって。


「‥‥‥‥‥‥嘘よね‥‥‥?」


 その膨らみの付いている部位がまた意味深すぎる。位置的に考えれば、決して想像に難くないモノだが。いやいやどうして、何故。


 まさか夢?と思って、おもいきり頬を抓ってみるが、残念なことに滅茶苦茶痛くて。それでも諦めきれないリチアはごくんと唾を呑みこむと、ぶるぶると震える手で下着のゴムを摘まんだ。


 確かめなくちゃ‥‥‥


 そんな使命感にも似た気持ちが胸に湧き起こる。だがこれが、間違いだったのだ。


 嘘だ、嘘だ、と祈りながら下着のゴムを引っ張った‥‥‥その直後、


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――!!!!」


 リチアの脳裏に稲妻がはしった。



 ♢♢♢


 同時刻。オーディン家居城にて。


「どうしてこうなった!!?」


 白を基調とした広々とした寝室で、スノウは開口一番にそう叫んだ。


 異変に気付いたのは数分前の事。濃厚な薔薇の香りに誘われ、目を開けたのがきっかけだった。


 色鮮やかな天幕。美しいレリーフの嵌め込んだかのような白い天井――飛び込んできた見慣れない景色に、思考は瞬く間にゼロになった。


 ‥‥‥‥‥‥夢でも見ているのか?


 一目見れば分かる。ここはもと居た自分の部屋ではない。


 恐る恐る身体を起こし、ますます困惑する。こんな豪華で気品に満ちた部屋など今まで見た事が無い。明らかに上流階級の人間の部屋だった。


 生まれ変わりでもしない限り、自分には一生縁がないはずの豪勢な一室。


 今スノウがいるのは、天蓋付きの大きな寝台の上だった。それを認めて、では何故こんな不相応な場所に、と周囲を見回した瞬間、ふと異様に膨らんだ胸元が目に入った。


 (――っ!?)


 シルクのガウンを下から押し上げる、二つの山が視界に映る。カッと頭に血が上ったのはほんの一瞬のことで、その後コンマ一秒で青ざめた。


 理解した刹那、慌てて寝床から飛び起きた。蜘蛛の巣を払うように天蓋を片手で退けて、目に付いたドレッサーの前に滑り込むようにして立つ。もう無我夢中で鏡の縁を鷲掴みにして覗き込み、その中で目の当たりにした驚愕の事実に、思わず絶叫した。


「どうしてこうなったっ!!?」


 鏡に映っていたのは、全くの別人――とんでもない美少女だった。


 ウエーブがかった深紅の髪に、ルビー色の瞳。シミ一つない白磁の肌は日焼けのひの字もなく、ほっそりとした体躯は贅肉の欠片も見当たらない。ついでに言えば筋肉も無い。なのに首から下の胸だけはしっかりと脂肪で膨らんでいるから不思議だ。‥‥‥というか絶望だ。


(これは夢か!?)


 咄嗟に己の頬に触れ、頭に触れ、身体に触れ。どこもかしこも柔らかいその感触に頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。


 夢じゃない――!!


「一体どうなってるんだっ!!?」


 小鳥のさえずりを思わせる可憐な声でもって叫ぶ。言葉の半分は裏返ったはずなのに、それでも耳の奥を震わせた声音は可愛らしいソプラノだった。


 自分は男だった。少なくとも、目覚める前までは。それがどうしていきなり別人になってしまったのか――。


 自分の面影を探し、再度鏡を食い入るように見つめていた、その時だった。


「――失礼しますよ、リチアお嬢様」


 鏡の端っこに映し出されていた扉が静かに開かれ、女性が一人足早に入ってくるのが見えた。


 身の回りの世話をする給仕の者のようで。着ている服が黒地のワンピースに白いエプロンと、いかにもそれらしい。


 ‥‥‥にしても、使用人のわりに歩く姿がやけに堂々としている。給仕といってもおそらく身分のある侍女、どこか良家の家の出なのかもしれない。


 侍女はスノウの背後で足を止めると、優雅な所作で一礼した。


「ようやくお目覚めかと思いきや‥‥‥何事ですか、部屋の外まで声が聞こえてましたよ? リチアお嬢様」


 これだけ立派な部屋がある家なのだから、侍女がいても不思議ではないけれども。だがしかし、問題はそこではなく。


 ――今、なんて?


 たった今侍女の口から飛び出した言葉に、スノウは自分の耳を疑った。


「り、リチア!!?」


 スノウは思わず素っ頓狂な悲鳴を上げた。


「‥‥‥何ですか、その顔は」


 勢いよく振り向いたスノウの顔を見て、ぎょっとした様子で呟いた。


「まるで世界の終わりを見てしまった人のような‥‥‥悪い夢でも見ましたか? それで、お体の方はどうです?」


 スノウは半分以上聞いていなかった。


 一体何が、どうしてこうなった!? とひたすら困惑して頭を抱えるスノウに、侍女は怪訝そうな顔をした。


「お嬢様?  お嬢様? ‥‥‥どうしましょう。まだ事件のショックでも残っているのかしら」


 --事件?


 その瞬間、スノウの脳内にフラッシュバックした記憶があった。


(‥‥‥まさか)


 そして一つの疑惑が心の中で持ち上がる。スノウは自分の顔を指差し、侍女に恐る恐る訊ねてみた。


「‥‥‥今、僕の事を、リチアって呼びましたよね‥‥‥?」


「はい?」


 ‥‥‥‥なんで「僕」?


 侍女は奇妙なものでも見るようにスノウを眺めた。


「だから今、リチアと、呼びましたよね?」


 再度一言一句はっきりと訊ねると、侍女は顔を顰めた。


「言いましたが‥‥‥」


 何が仰りたいのでしょう? と続けて云われ、スノウの中の疑惑がますます確信へと傾いていく。


「リチアって‥‥‥リチア・ディ・オーディン?」


「何故お聞きになるのです? まさか記憶喪失とか‥‥‥そういう冗談は嫌ですよ?」


「‥‥‥まさか、夢じゃ、ないんだな‥‥‥」


 スノウは絶句した。


 “リチア・ディ・オーディン”――この名を知らない、などとは嘘でも言えるはずがない。


 何故ならスノウは“オーディン”家に仕える騎士で、“リチア”とは他でもない、スノウが命をささげても守らねばならない主君の一人娘の名前だった。


 ちなみに、オーディンという姓はこの国で一つのみ。名だたる貴族たちの頂点に位置する公爵家のファミリーネームだ。


 このオルタニカ王国で唯一聖女の系譜だけに許された高貴な姓名であり、ミドルネームの“ディ”にいたっては正当な後継者であることを示している。


 つまり、この国において同姓同名は存在しない。


(そんなまさか‥‥‥っ!)


 物わかりが良い己の性格を褒めるべきか恨むべきか。何がどうやってこんな事になったのか分からないが、


(僕がリチアお嬢様になった!?)


 ということらしい。

 スノウはハッと顔を上げた。


「僕‥‥‥じゃなくてっ! ――スノウ! 騎士のスノウはどこですかっ!?」


 真っ青になりながら侍女に詰め寄る。しかし、


「騎士‥‥‥スノウ? 誰です?」


 さっぱり事情が分からないといった顔をする。そんな侍女の様子に、スノウはさらに焦りまくった。


「まずいぞ――大変だ!」


「ちょっ、お嬢様っ!?」


 今度は侍女の方が焦る番だった。主人たる少女が突然駆け出したからである。


 扉を蹴破る勢いで飛び出したリチアを追って、侍女も慌てて廊下へと飛び出した。


 運動嫌いだったはずの少女が、深紅の髪を靡かせながら見事な走りで廊下を疾走していく。それも裸足で。しかも予想外に速い。


「お嬢様! どちらへ行くつもりですか!? そんな恰好で――それにまだ病み上がりですよ!? ――お嬢様っ!!」


 懸命に呼び止める声も虚しく、リチアはあっという間に廊下の角に消えてしまった。


「‥‥‥いったい、何なの」


 呆然と呟いた侍女だったが、そこでふと――たまたま居合わせたのだろう、ぎょっとした様子で廊下の先を見つめて突っ立っている使用人が数名目に付いた。


 リチアの奇行を呼び止めもしない、役立たずの使用人たちを、彼女はすかさず叱り飛ばした。


「――あなたたち! なにを黙ったまま見ているのですかっ‼ 今すぐ旦那様に知らせなさい‼」




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