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18 救世主 その4

 元婚約者であるルーベンスと初めて会った日、彼はリチアの瞳を見て「紅い宝玉みたいだ」と云った。


 初めてだった。血みたいで不気味だと思っていた自分の眼を、誰かに褒められたのは。


 ルーベンスのあの一言が無ければ、今でも好きにはなれなかったかもしれない。


「――お怪我は?」


 振り返ったスノウに、ゾッとした。


 真っ白な頬についた返り血と同じ色の瞳がリチアを射貫く。


 あくまで優しい表情だった。なのに、背筋を伸ばしたその姿と瞳は、優しさなどとは程遠い、冷徹さと苛烈さが混じり合っていた。


(‥‥‥嫌われちゃうはずね)


『本当は、お前のその瞳が心の底から怖かった!!』


 そう吐き捨てたルーベンスに――何よ今さら、あの時はそう思った。


(‥‥‥でも今なら分かる。ルーベンスが私に会いたくなかった理由が)


「――お嬢様」


 こっそりとスノウに耳打ちされ、物思いに耽っていたリチアはハッとした。


 目が覚めたような顔で瞬きを繰り返し、慌てて首を振る。


「‥‥‥大丈夫、何ともないから」


「それならよかった」


 スノウは息を吐き、それから足元に視線を移した。


 呆気にとられた女性が、連れてきた子供を抱いたままスノウを呆然と見上げている。信じられないものを見た――女性の顔はそんな驚きと困惑に満ちていた。


「もう大丈夫。だけど、またこっちに来るかもしれない――あなた方は少しでも遠くに逃げて下さい」


 スノウが言った。


「あの、ありがとうございます‥‥‥貴女は、その、失礼ですが‥‥‥貴族の方では?」


 竦むように視線を揺らした女性がおずおずと問う。


 スノウは握っていた剣をちらりと見て、わずかに顔を引き攣らせた。


「ええと‥‥‥これは、その」


 答えに困って言い淀む。そんなスノウの代わりに、リチアは口を開いた。


「この御方はオーディン家の後継者、公女リチア様です」


 自分に“様”をつけるなんて、なんだか妙な気分ね。リチアは内心苦く思う。


「公女リチア‥‥‥もしかして聖女の家門の!?」


 しかし効果は覿面で。女性はもちろん、怯えていた子供たちまでパッと表情を変えた。


「せいじょさま!?」


「えいゆうの絵本にでてくる?」


 キラキラと好奇心に溢れた瞳がスノウに注がれる。ありがとうございます、ありがとうございます、と何度も頭を下げる女性に対し、聖女スノウは戸惑った様子で首を横に振る。


「感謝されるような事なんて、自分は騎――」


 ――ぺしっ。


「と、とにかく! 早く逃げて下さい、早く!」


 リチアから軽く頭を叩かれて、スノウは慌てて言い直した。


「‥‥‥はい! 助けていただいてありがとうございました! 公女様!」


 再度深々と頭を下げ、感謝の言葉と共に女性は立ち上がった。


「せいじょさま、ありがとう!」


「ありがとう!」


 女性に倣って子供たちまでペコリと頭を下げた。


「さ、行きましょう――公女様もお気をつけて」


 そう言い、最後にもう一度だけ礼をした女性は今度こそ子供達を連れて去っていく。


 すると女性たちが離れたところを見計らい、リチアは「ねぇ、スノウ」と意を決して訊ねた。


「‥‥‥あなたならこの事態を収められる?」


 スノウはわずかに目を細めた。


「難しいかと。この身体で魔獣相手にまっとうに戦うことなんてできません」


 即答する。そう、と俯いたリチアに、しかし彼は続けてこうも言った。


「ですが、お嬢様がそう望むのなら‥‥‥最大限努力してみましょう」


「私の身体じゃ戦えないんじゃないの?」


「お嬢様が協力してくださるなら、話は別です」


 ええ?と声を上げ、リチアは肩を竦めた。


「わ、私にも戦えってこと? それはちょっと‥‥‥」


「いいえ、そうではなく――多分これ、本物の魔獣じゃないと思いますよ。倒してみて分かりましたが、あまりにも脆い。そのうえ動きも鈍い」


 倒したばかりの魔獣を見下ろし、スノウが言う。


 リチアは首を傾げた。


「‥‥‥どういうこと?」


「この魔獣、遠征先で見た事があるんです。今のお嬢様(ぼく)の力で倒れるような、そんな生易しい魔獣では本来ありません。もっと獰猛で狡猾で‥‥‥とにかくしぶとい。頭を貫かれた程度じゃ直ぐには絶命しませんし、そもそも一匹ではなく数頭の群れで狩りをします」


「待ってスノウ、じゃあこれって」


 眼を丸くしたリチアに、スノウは頷いた。


「偽物です。誰かの魔法でしょう、恐らくは」


「‥‥‥私は何をすればいいの?」


「この魔獣たちを出現させた仕掛けがどこかにあるはず。お嬢様はそれを探して、破壊してください。場所は多分‥‥‥」


「――橋ね」


 リチアがそう言うと、スノウは「はい」と微笑した。


「僕はできるだけ魔獣の数を減らして人命救助に務めます」


「分かったわ――て、ちょっと待って? 今の私に邪気なんて見えないのに、あなた無しでどうやって仕掛けを見つけるのよ?」


「それなんですが」


 するとスノウは、持っていた剣からおもむろに剣穂を外し、それをリチアに差し出した。


「あ、これ‥‥‥」


 昨晩スノウの家族たちから貰った剣穂だった。


 そういえばまだ彼に伝えてなかったな、とリチアが思っていると、スノウは少し驚いたような声で言った。


「一体いつこれを? これ、ただのガラス玉じゃなくて魔よけの宝具ですよ。騎士団でも遠征には必ず持っていくんです。この剣穂のお陰で今の襲撃にも気づけました」


「そうなの?」


「急にこれが光るのが見えて、そしたらこの魔獣が後ろに‥‥‥この魔獣を生み出した仕掛けならきっとまた反応するはずです。よくこんな貴重なものを持っていましたね」


「そう‥‥‥じゃあ、もっと苦労したのでしょうね」


「お嬢様?」


 ――あの子達、これが何だか知っていて贈ってくれたのかしら‥‥‥。


 貴重なものならきっと高価なものでもあるはず。けれど、おかげで功を奏した。


「‥‥‥じゃあ、剣はあなたに預けるわ。どうせ私には使えないし。いざとなったら、あなたの身体能力を信じてどうにか逃げるから」


 今のあなたよりかは足には自信があるし、とリチア。


 スノウは一瞬迷ったような顔をしたが、納得したのかあまり間を置かずに了承した。


「分かりました。でもどうか、お気をつけて」


「それはお互い様でしょう?」


「ダメだと思ったらその時は」


「無理はしないわよ。こっちだって、あなたに何かあったら御家族に申し訳ないもの――じゃあ、行ってくるわ」


 そっちは任せたわよ、リチアは軽く手を上げ、剣穂を手に走り出した。




長らく改稿や差し替えをしていました。ようやく落ち着いたので、更新を再開します。


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