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10 新生活、始めました

『この事、お父様には黙っててもらえないかしら‥‥‥だって、レディの身体に男性の魂が入っちゃったのよ? い、色々問題があるでしょっ! 着替えとかお風呂とか、ト、トイレとか!! あんなに心配されるとは思わなかったし、何より私が嫌なのよ』


 巡回中の騎士たちと遭遇しそうになってしまい、慌てたリチアとスノウはそこで会議を一時中断することになった。


「‥‥‥正直そこですよね‥‥‥現実問題」


 リチアの私室に戻ってきたスノウは、ドレッサーの前に座り込んで悶々と悩んでいた。


 鏡の中に映る美少女の意気消沈した顔。これが自分か‥‥‥思わず落胆してはぁと盛大に溜息を落としながら頭を抱える。


 いつまでもメイド服姿ではいけない――とは思うのに、一向に重い腰が上がらない。気づけば、微動だにできないまま数分おきに溜息を吐いているような現状で。先ほどまでリチアと冷静に話していた事が嘘のように思考がぐちゃぐちゃだった。


 よくもまぁ平気なフリをできたもんだ‥‥‥。


 だが、おかげで今後の方針は固まった。入れ替わったという事実を隠して襲撃犯を確保する。これ以上オーディン家の地位を落とさないために、現状維持を心掛けながら問題解決の糸口を探す――というものだが、口で言うほど簡単な問題では当然なくて。


 オーディン家の事だけならともかく、スノウは社交界をてんで知らない。これまで雲の上の話だと思っていた貴族社会を、リチアの代わりに生き抜いていかねばならないという訳で‥‥‥今から考えても胃が痛い。


 リチアの身体になったからといって、いきなりお嬢様素行などできる訳がない。


(極力意識しないようにしたとしても、結局見えるし‥‥‥)


 首から下の話である。


 というか、見ないと着替えられないので不可抗力だ。女性の身体をこんな形で見るなんて、強いて言うなら妹とお風呂に入った事ぐらいしか経験がないというのに。いきなりハードルが高すぎる。


 何とかしてお嬢様に会わなければ。そんな使命感でメイド服に着替えた時、うっかり目に入ってしまった胸元に思考が停止しかけた事を思い出しては自己嫌悪に駆られてしまう。仕方がないこととはいえ、物凄く罪深い事をしている気分だった。


 こういう時、信頼できる仲間に相談の一つも出来れば心強いのだが‥‥‥。


(ディアムに言ったら笑われそうだな‥‥‥)


 スノウは憂鬱な気分で同僚の顔を頭の中に思い浮かべた。

 ――その同僚が、謎の上から目線でこんなことを口走る。


『何言ってんだよスノウ。俺達もう十六だぜ? ちょっと下着姿見たくらいで動揺してちゃ、いつか本気で惚れた女に優しくできないだろ? そーゆー経験を積んでおくのも男の義務だぜ?』


「――未成年が何言ってんだっっ!!」


 ドン!とドレッサーを右こぶしで叩きつけたスノウは、直後痛みに悶絶した。


(痛っ‥‥‥しまった! お嬢様の身体なのに――)


「――お嬢様の身体でご無体しないで頂けますか?」


「すみません! ‥‥‥って、えっ!?」


 慌てて振り返れば、そこには冷めた顔をした侍女が一人立っていて。


「あれ‥‥‥確か今朝の」


 涙目になりながらスノウが呟くと、彼女は少しうんざりした様子でハァと溜息を吐いた。


「まさか本当に着るとは思いませんでしたよ、それ(・・)


 メイド服を目で示しつつ、侍女はじろじろと睨むようにスノウを眺めた。


「半信半疑で用意してみたんですけど――あなた、お嬢様が家出をした時に護衛に付いていた人ですよね? スノウ‥‥‥騎士団名簿に名前が載っていました。そうですよね?」


「‥‥‥はい、そう、です」


 詰め寄ってきた侍女の圧力に負け、スノウはどもりながらも素直に白状した。じんじんと痛む右手を押さえつつ、もしかして――と彼女を見上げる。


「君がティティ? お嬢様の側使えの?」


 訊ねると、侍女は頷く代わりにゆっくりとした瞬きを返してきた。


「‥‥‥手は大丈夫ですか?」


 すっと床に膝を突いたティティがスノウの右手をとった。僅かに赤みを持ったそこを彼女が軽く摩ると、途端に痛みが引いていく。


「君もマナが使えるのか?」


 何ともなくなった右手に驚きつつスノウが問うと、ティティは「ええ」と短く応じて立ち上がった。


「一応子爵家の出自ですから。ミネルヴァ領の北部、ラゼット家の傍系ですが」


 あっさりと答えられ、スノウは思わず面食らってしまった。


「ミネルヴァ領って‥‥‥」


「ここオーディン家と反対の勢力です。さすがにご存じだったようですね」


 口を開きかけたスノウに、ティティは構わず言葉を続けた。


「言いたいことは分かります。けれど、あなたが心配するようなことはありません。私はミネルヴァにとってもラゼットにとってもあまり都合のいい存在ではないのですから」


 無表情に淡々と言い切ったティティはくるりと踵を返した。真っ直ぐ向かったクローゼットからドレスを迷わず一着抜き取ると、再びスノウの元へと戻ってきた。


「とっくの昔に追い出された身です。もう縁はありません」


 言いつつ、そっとドレスをテーブルの上に置いた。


「‥‥‥ティティさん、失礼ですがそれは」


「お話はまた後程。寝起きからやんちゃをしたお嬢様のせいで今度は旦那様がお倒れになったのですから」


「旦那様が? 一体なんで?」


「頭に血が上りすぎたんですよ。状況はまぁ――会えば分かります。先ほど目が覚めたと執事から伺いましたので、無茶される前にこちらから行ってさしあげないと」


「はぁ‥‥‥分かりました、けど‥‥‥」


 スノウはチラリと、ドレッサーの上に置かれた桃色のドレスを見やった。


 他にもリボンやアクセサリーなどが卓上に並べられていき、着々と準備を進めるティティに思わずスノウは訊ねてしまった。


「これ、僕が着るための物ですよね?」


「他に誰がいるんです?」


 当然のように訊き返された。


「‥‥‥ですよね」


(――女装でもするような気分だな‥‥‥仕方ない)


 スノウは溜息を吐くと、渋々腰を上げた。




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