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9 異色のパートナー その4

 平民以下、租税台帳にも載らない下民スラが身分を得る方法は限られている。その上、果てしなく険しい道のりを歩まなばならない。

 その中でも騎士爵位は最も早く爵位を手に入れられる可能性がある分、危険が多い職業だった。

 一度でも昇格の機会を失いという事は、生活が懸かっている彼らのような存在にとっては死活問題となる。

 スノウがどんな覚悟で騎士の道を選んだのか、それは分からないが‥‥‥それでも彼はリチアにとって命の恩人だった。


「あなたは命がけで私を助けてくれたんだもの。そんなあなたの未来を私が潰すわけにはいかないわ‥‥‥それに、事件のせいでオーディン騎士団の評判は悪いみたいだし‥‥‥あなたにはなんとしても頑張って貰わないと困るのよ。今の騎士団はお父様の代になってから集められた新参者ばかりだし‥‥‥」


 本音を言うなら、シルベットには打ち明けておけばよかった――リチアだってそう思っている。

 だがそれは、打ち明けて現状が良くなるならの話だ。


 今のまま何も解決策も無く事実を広めてしまえば、オーディン家がどうなるか分からない。当然後継者のリチアの今後にも直結する。そうでなくともオーディン家は元々立場が危ういのだ。


 “事実をどこまで公表するか”――スノウの言葉をよくよく考えてみたリチアなりの答えだった。

 だが、それを言ったスノウ本人はちょっと驚いた顔をしていて、彼は意外なものを見た‥‥‥とでもいうふうに数回瞬きをした。


「‥‥‥なに? その顔は」


「いいえ。その、少し驚いてしまって」


 どこか呆けたように呟いたスノウであったが、すぐに破顔した。


「――でも、正直とても助かりました。ありがとうございます、お嬢様」


 心底ホッとしたように胸を撫で下ろし、スノウが笑みを浮かべる。自分自身の顔なのに、やけにかわいく見えたのは気のせいだろうか。


「なっ、なんでお礼なんか言うのよ!」


 リチアは自分の頬が熱くなるのを感じた。


「聞いてた!? 私が困るって言ったのよ? 別にあなたの為だけじゃないのに! というか、まだあなたの事を信用しきった訳じゃないからね?」


「分かってます。――ともかく、迂闊な口外は危険です。本音を言うと、団長に打ち明けるのは少し待った方が良いと思っていたくらいですし」


「え‥‥‥どうして?」


 怪訝そうな顔でリチアが聞き返すと、スノウは双眸をわずかに細くした。


「お嬢様は驚かれるかもしれませんが、オーディン家には何人か間諜が紛れ込んでいます」


(それって‥‥‥シルベットも言ってた‥‥‥!)


 リチアはハッとしてスノウを見た。


「目的は分かりませんが、オーディン家の失脚を狙う輩がいる。直接お嬢様が襲撃されたのがその証拠。後継者から潰していけば手っ取り早く破滅させられますから‥‥‥とくに唯一無二の聖女の末裔であるオーディン家であれば、お嬢様がいなくなったが最後、一気に没落です」


「ぼ、没落‥‥‥――ふ、ふんっ! だったらいい気味ね! 企みが失敗して今頃焦ってるんじゃないかしら?」


 冷や汗をさり気なく拭いながらリチアが虚勢を張ると、


「‥‥‥そうですね。まさか、縮小した上に絶賛弱体化中の騎士団の人間に阻止されるとは思っていなかったでしょうね」


 スノウは大真面目な顔で自虐を吐いた。


 ――そういう同意が欲しいわけではなかったのに。思わずこけそうになったリチアであったが、それでも負けじと己の奮起を促すように言い募った。


「そ、そうよ! きっとオーディン家を甘く見ていた罰が当たったんだわ! これで我が家も侮ったもんじゃないって分かったはずよ! 王家と繋がりの深い私達の為に陛下だって黙ってはいないでしょうし、きっと直ぐに観念して――」


「――きっと次は、もっと選りすぐりの暗殺者が来る」


「‥‥‥‥‥‥え」


 はくっと息を止めて凍り付いたリチアに、スノウは冷静に述べた。


「紛れ込んだ間諜はかなり手練れのマナ使い。数は多くないはずですが、使用人同士の揉め事の絶えない城の中じゃ‥‥‥はっきり言って見分けがつきません。一人一人粗を探せばいくらでも怪しい点は出てきますし、あの団長が頭を悩ませるくらいには」


「‥‥‥そうなの?」


 あのシルベットが? とリチアは眉を顰めた。


「今までお嬢様が無傷でいられたのはそれが理由でもあるのですが――だからこそ、ある意味ではこれはチャンスなのかもしれない」


「どういう意味‥‥‥?」


「この状況を逆手に取る、ということです。向こうは僕達が入れ替わったことを知らない。あえて泳がせて使用人たちの内情を探り、今度はこちらから先手を打ちましょう。入れ替わった事実を伏せることで相手の油断を誘う――上手くいけば、誰が暗殺を指示したのかも分かりますし、穏便に元の身体に戻ることもできるかもしれない」


「なるほどね‥‥‥上手くいくかはかなり賭けだけど。どの道この事が公になったらオーディン家がどうなっちゃうかなんて分からないし」


「その通り。ここで団長に事実を明かせば、今のお嬢様を必要以上に守るはずです。いざという時に僕の身体を庇ったりして怪しまれるくらいなら、黙っておいた方が良い。それに、狙われる的は一つに絞った方が効率的ですし、お嬢様自身も動きやすい」


「的を一つに‥‥‥つまり陽動作戦ね。――あなた、私の身体はちゃんと守ってくれる?」


「それはもちろん」


 スノウは迷わず即答を返した。


「お嬢様は我々にとって大切な御方‥‥‥必ず無事にお嬢様にこの身体をお返しいたします」


 取り繕ったような素振りは一切無かった。


 真剣な眼差しをジッと眺め、リチアはそれが彼の本心であることを悟ると、ふぅと溜息を吐いた。


 上っ面ばかりの社交界で生きてきて、裏切られた挙句婚約破棄、その上暗殺されかけるという不幸な境遇。それでもスノウは本気で私のことを大切だと言ってくれている。少なくとも、彼は信用に足る人物だとリチアには思えた。


「‥‥‥わかったわ。私も努力してみる‥‥‥あ、あとね、その‥‥‥あなたにちょっと言いたいことがあって」


「なんでしょう?」


 スノウは不思議そうな顔で首を傾げた。


「‥‥‥さっきはその、悪かったわ」


「さっき?」


「あ、アレよ! 私の身体を奪ったなんて言っちゃって‥‥‥ついカッとなっただけで別に本心じゃないから、だから――」


 すると、スノウは「あぁ」と察した風に苦笑した。


「その事なら気にしてませんよ。むしろお嬢様が混乱するのは当然なのに、少し言い返してしまいそうになったのを申し訳なく思っているくらいです‥‥‥本当にすみませんでした」


 そう言ってスノウが頭を下げたので、リチアは思わず目を瞬いた。


「え‥‥‥だから別にあなたが謝らなくても。――まぁとにかく、改めてよろしくね? スノウ」


 スノウの目を覗き込み、リチアは手を差し出した。


「――! こちらこそ。必ず元に戻りましょう、お嬢様」


 リチアの行動に一瞬驚いたスノウであったが、直ぐに彼は破顔し、手を握り返したのだった。


 こうして、二人の入れ替わり生活兼、共同戦線が始まった。


「‥‥‥ところでスノウ」


「なんでしょう?」


「その~‥‥‥お父様のことで一つお願いがあって」


「はい」


「この事、しばらくは黙っててもらえないかしら‥‥‥」




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