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プロローグ


 それは、人間離れした美形の口から出た、とんでもなく人でなしな罵り文句だった。


「君の気持ちがどれだけのものかは知ってたさ。でもね、リチア? 君に対しての私の気持ちは今でも何一つ変わらないよ‥‥‥キモチわるぃんだよっっ!!」


 天使と見紛うほどの綺麗な顔が、いきなり苦虫を嚙み潰したかのごとく醜く歪む。一瞬だった。一瞬にして、彫刻のように美しい美貌が、なにか汚いものでも見るような顔に変貌した。


 彼は由緒正しき王族の一人、元・王太子ルーベンスである。


 ‥‥‥そして、たった今罵声を吐きつけられた少女は彼の元婚約者だった。


 一度は将来を約束したはずの、公爵令嬢リチアの結婚相手だった。


 一つテーブルを差し挟むようにしてルーベンスと対峙しているこの場所は、王城にある客室用の一間で、現在開催されている舞踏会の休憩室にと解放されている部屋の中だった。


 いわば紳士淑女の憩いの場。しかし、室内に漂う空気はとてつもなく冷ややかで、それでいて息苦しいほどの緊張感に満ちていた。


「血に飢えた悪魔みたいな赤い眼で見つめられるたびに、心の底からお前に震えたよ‥‥‥聖女がなんだ? マナも魔法も使えないただの木偶の坊のくせに皇后? 大して妃教育も受けていないお前が私の妻? ――っ冗談じゃない!!」


 張り裂けそうな胸の内を暴露するかのように、ルーベンスが吐き捨てる。


 いまいましい! カッと見開かれた彼の眼は、興奮のせいか血走っていた。


 そんな元婚約者を眺めて、リチアは心の中で冷然と呟く。


 ――あぁ、吐き気がする。


 自分の罪を棚に上げ、尚且つとっくの昔に決着が着いた事を今になってゴチャゴチャと‥‥‥‥ことごとく人の気持ちを踏みにじる人だ。


 リチアは元婚約者を睨み据えた。


 これが未来の、このオルタニカの国王となるはずだった御人か。そう思うと‥‥‥頭痛がする。


「‥‥‥皇后という地位はな、夢見がちな馬鹿女がそう簡単になれるようなもんじゃない。政治はお嬢様の遊びじゃないことくらい誰でも分かるだろう?」


 するとルーベンスは今度、やれやれ、といわんばかりの露骨な表情を浮かべた。激怒していたかと思いきや‥‥‥この“顔だけ天使”、情緒不安定なのだろうか。


「――君もそう思うだろう?」


 と、そこでなぜかリチアの背後に同意を求めた。


 すぐ後ろには、リチア直属の護衛騎士たる一人の青年が立っていて。青年は身を固くしたまま酷くショックを受けたような表情でルーベンスを見つめていた。


 唇がわずかに震えている。言葉を失ったその顔は、今にも倒れてしまいそうなくらい真っ青だった。


 その様子を見て、リチアの中でプツンと何かが切れた。


「‥‥‥フン、答えないか。これだから無駄に忠誠心が高いだけの騎士は。愚かしいほど盲目で蒙昧だな」


 はぁ、と息を吐く音と、これみよがしな舌打ちが聞こえてくる。


 酒のせいで自制心のタガが外れているのか、まだまだ罵り足りないとルーベンスの暴言は留まることを知らず、さらに続く。


 どこからか聞こえてくる楽団の穏やかな旋律と、耳障りな罵声が混じり合って不協和音を生んだ。


 さりとてリチアの耳には、もう何の音も届いてはいなかったが。


「‥‥‥そんな君が、なんでまだ平然と生きていられるんだ? 分かったろ? 自分がどれだけ」


「その薄汚い口を閉じろ、ルーベンス」


 これを言ったのはリチアで。刹那、ルーベンスの顔が強張った。


「‥‥‥ぁ?」


 今の今まで罵詈雑言を飛ばしていた口がへの字に曲がる。


 聞き間違いか?と目を瞬いたルーベンスに、リチアはゆっくりと顔を上げた。


「その薄汚い口を閉じろ、と言ったんだ」


 今度は一言一句はっきりと言ってやる。すると、これを聞いたルーベンスが小馬鹿にしたように吹き出した。


「どうしたんだ急に? え? いつから私にそんな口を利けるようになったんだ?」


 嘲笑しつつ、参ったなぁと自身の膝を数回手のひらで打った。


「理解していないようだが、お前が私の秘密を握っているんじゃない。私がお前の秘密を握っているんだよ――分かるかい? この意味が」


「あぁ分かった。お前がその中身まで腐りきっていることが、よく分かった」


「何を馬鹿な――‥‥‥っ!?」


「黙れ」


 この瞬間、ルーベンスに戦慄がはしった。


 リチアの美貌から、恐ろしいくらい苛烈で、それでいて冷徹な殺気が滲んだ。


 射殺さんばかりに眇められた瞳は、もはや御令嬢のそれでは到底ない。言うなれば暗殺者の目でルーベンスを睨み付けていた。


「お、おまえ、この私にそんな」


 直後、ルーベンスの言葉が不自然に途切れた。


「――なっ!?」


 それは目にもとまらぬ速さで起こった。ルーベンスの喉仏寸前、皮一枚の距離に、リチアが手刀を付きつけたのだ。


「“黙れ”‥‥‥聞こえなかったのか?」


 凍り付いたルーベンスにリチアが冷ややかに告げる。三度目は無い――彼女の瞳は、本気だった。


 それは、王族として生まれた彼が人生で初めて味わった衝撃であり、屈辱でもあった。


「‥‥‥くっ、クソがぁぁぁぁ――っ!!」


 突如ルーベンスが発狂した。


 なにかのスイッチが入ったかの如く、暴れ出したのだ。意味をなさない雄叫びを上げ、怒り狂った彼はリチアを憎しみの籠った目で睨む。


 そして拳を振りかぶると、彼は感情の猛りのままに、リチアの顔面目掛けてその拳を突き出した。


 ――ゴッ!


 鈍い音が響く。その途端、ルーベンスは驚愕した。


「あ??」


 ルーベンスの拳はリチアの眼前で、リチアの左手によって止められていたからだ。


 筋張った握りこぶしは、一回り小さな繊手に包み込まれるようにして捉えられていた。


「右手一本なんて、安いくらいだろ?」


 リチアは言うと、左手にぐぐっと力を籠めた。


「あ、――ギャアァァァアァッッ!!」


 容赦なくルーベンスの拳を締め上げる。あまりの激痛に悲鳴をあげながら拳を引こうとするルーベンスだったが、どういう訳か微動だにせず。‥‥‥それは、華奢な見た目を裏切るとんでもない馬鹿力だった。


 すると‥‥‥ゴキャ、という湿った音がして。どうやら骨が砕けたらしい。ルーベンスが絶叫した。

 そして数秒後、いきなりその場に倒れ伏してしまう。まるで糸の切れた人形のように、ぱたりと。


 口から泡を吹き、穴という穴から何かよく分からない液体を垂らしながら、彼は白目を剥いて、気絶した。


「一つ、借りは返したぞ」


 冷淡に述べ、リチアは息を吐いた。


 肩にかかった深紅の長い髪を、片手でさらりと背中に払う。事も無げな表情でくるりと振り返ると、


「せっかくなので逆の手もやっておきますか?」


 事の成り行きを固唾を呑んで見守っていた青年騎士がびくりと反応する。彼はリチアの問いかけには答えず、恐る恐るといった歩みでルーベンスに近づいた。


「‥‥‥死んでない、よね?」


 悶絶したルーベンスを慎重に覗き込む。


 痛ましげに眉根を顰める青年に、まさか、とリチアは応えた。


「ちょっと骨を粉砕しただけです」


「‥‥‥ちょっと?」


 全然ちょっとに聞こえないんですけど。彼は口元に手をやり、いっそう顔を顰めた。


「王族相手にここまでやる? ‥‥‥そりゃあ、もう違うけど」


「全治一か月程度でしょう? 大したことはありませんよ」


 ルーベンスを横目に、リチアはフンと鼻を鳴らした。


「いや、ものすごく大したことあるような‥‥‥全治一か月って――スノウ、あなたねぇ」


「――たかが(・・・)、一か月ですよ」


 青年の言葉を塗り替えるように、リチアが言う。


「あなたが苦しんだ日々に比べたら短すぎます‥‥‥そうでしょう? リチアお嬢様(・・・・・・)


 易々と確信を突いてくる少女に青年は‥‥‥‥‥‥青年の姿をした本物のリチアは、物憂げに元婚約者を眺めてこう思う。


 ――さようなら、私の初恋。


 ‥‥‥そう、この青年騎士に宿った人格こそが、公爵令嬢リチアの人格で。逆に今のリチアには青年騎士スノウの人格が宿っている。


 一体、どうしてこんな事になってしまったのか。


 それは、二か月ほど前にまで遡る。


初めまして。この度は読んでくださりありがとうございました。


現地キャラと体と心が入れ替わる悪役令嬢っぽいものが書いてみたかった。


圧倒的に少ないブクマや評価ですが、現在も諦めきれずに試行錯誤中です。よろしければブクマや評価、感想、いいねをくださると大変励みになります。

人間最後は根性だ、根性‥‥‥と思って最後まであきらめずに書きます。おそらく30万字くらいの長編になる予定。


連載始めてから二か月以上になりましたが、改めてこの場を借りてご挨拶を。

これからよろしくお願いします。

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