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第1章 空蝉の空論 : 第7話 親愛なる君へ


 そんな顔をしないで。

 私は他人の感情を汲み取るのが苦手なんだ。

 どうか涙を流さないで、悲しんでいるのか喜んでいるのかわからないから。

 だからどうか笑って。

 あなたが笑う為ならば、道化師にだってなってみせるから。

 

 


 

 夏休みも残り半分となってしまった8月10日、私は荷造りをしていた。


 今日から私は柘榴・式ノ籠君・斐妥宗君・葉風君の5人で市内にある式ノ籠君の別宅でお泊り会をすることになっていた。

 式ノ籠君の別宅は客人をもてなす際に利用されている建物だそうで、お泊り会をするのにぴったりだと本人が豪語ごうごしていた。


 式ノ籠君の別宅には温泉やプール等があり私は正直参加を渋っていた。


 私の容姿は異常であり普段はそんな姿を隠す為にはウィッグとカラーコンタクトを着用している。しかしプールや温泉に入ればウィッグやカラーコンタクトが取れてしまう可能性が高いので普段は避けている。だが今回は仲間内という事もあり、強制参加となってしまった。



 それに私には水着姿で人前に出たくない理由があった。

 私の身体には醜い火傷の傷がある。

 自傷行為の傷もあるがそれ以上に、幼少期の母や召使からの虐待で醜い火傷の跡が今も尚、この身体に残っている。



 私は考える。

 傷の事をこのまま隠し通すか、それとも告白するか。

 告白することは容易な事ではない、自分の過去を思い出すこととなり辛い思いをする事になるからだ。

 それに、少しでもこの見た目を拒絶された場合、きっと私はもう立ち直れなくなる。



 「…それでも私は信じてみたい。」


 小さな声で、それでいて力強く呟くと、荷物の中に水着を入れた。

 最後の荷物を入れたところで、インターホンが鳴る。

 インターホンのモニターを確認すると、そこには式ノ籠君と斐妥宗君、柘榴が映っていた。

 私は用意した荷物を持つと、彼らの待つマンションのフロントへと向かい、式ノ籠君の用意したリムジンに乗り目的地へと向かった。

 

 この街の中心部から少し離れたところにぽつんと立つ式ノ籠君の別宅は、式ノ籠邸よりも大きく外装も凝っていた。

 皆、大きく豪華な建物に喜びを隠せずにはしゃいでいた。

 そんな光景に平和だな、と思わず笑ってしまう私がいた。


 「今日は暑かったからまずはプールに行かない?」


 柘榴がそう提案すると反対する者もおらず、到着早々にみんなでプールへと向かう事になった。


 「あ、あの…、みんな。」


 勇気を振り絞ってプールへと向かう皆を呼び止める。

 「さだめ?何かあった?」

 不思議そうに私を見つめる皆、私は言葉をひとつひとつ振り絞って伝える。

 「プールに入る前にみんなに言いたいことがあるの、水着に着替え終わったら少し待っていてほしいの。」

 少し震えている私に気が付いたのか、皆はそれぞれに待っているよ、と優しく言葉を残して更衣室へと入っていった。



 「…もう、私は後には戻れない。」


 誰にも聞こえないような小さな声で囁くと、私も更衣室へと入った。


 服を脱ぎ、今日の為に用意しておいた水着に着替える。

 ウィッグとカラーコンタクトを外し、包帯をとるとパーカーを羽織る。

 皆が着替え終わり、更衣室から出ていったのを確認して私もプールへと向かった。




 「みんな、お待たせ。」

 その言葉に反応して、皆がこちらを向く。


 今、皆の瞳に映っているのは白髪で赤い瞳をした傷跡だらけの私だ。


 「さだめ、その身体の傷は…。」

 まず初めに口を開いたのは式ノ籠君と斐妥宗君だった。


 「さだめ…、その髪と瞳の色は…、本物なの?」

 柘榴も信じられないと言わんばかりに口を開いた。


 「全部さん本物なの。

  髪や瞳の色は母からの遺伝で、身体の傷は自傷行為と虐待でできたものなの。

  こんな私を見て気味悪がる人も多いの、だから今まで隠していたの。

  ごめんなさい。」


 辛い思いをこらえながら、深々と頭を下げる。


 一瞬、その場は酷く静まり返った。

 その空気に耐えきれなくなって逃げ出そうかと考えた時だった。


 「さだめ、大丈夫だよ。

  私のこの赤毛も地毛なの。

  色こそ変わっているかもしれないけど、私は気にしないよ。

  それに、白兎みたいで可愛いよ。」

 紅さんは大丈夫と呟いて私の頬を撫でた。


 「最近は整形で身体の傷跡も消せるみたいなんだ、今度一緒に治療できるところを探そうぜ。」

 頭を優しく撫でる式ノ籠君、斐妥宗君や葉風君も優しく微笑んでおり、私の姿を誰も醜いと感じていない様だった。


 本当の友達に本当の姿を見せる事、ずっと待ち焦がれていたこの光景に私は思わず涙を零していた。



 「ほらほら、泣いていたらせっかくの美人さんが台無しよ。

 大丈夫、どんな姿でもさだめはさだめだよ。

 今日は思う存分楽しもうね。」

 差し伸べられる手に、私は涙をぬぐって手を取る。



 私が今まで生きてきたのはきっとこの瞬間、そしてこれから得られる幸せの為だったのだと強く感じた。

 これまで傷等が気になって入る事ができなかった私は、今日、人生で初めてのプールに入った。

 きっとこれから、もっとたくさんの幸せが待っていて抱えきれないほどの幸福感で満たされていくのだろう。

 どんなに辛い事があっても大丈夫、彼女たちがいるならきっと。

 この先の未来はこれまでと比べ物にならないくらい明るいはずだ。




 プールでひとしきり遊んだ後、私たちは施設内にあるボーリングやバスケ、卓球やダーツなど様々な遊びをしてあっという間に一日を過ごした。

 これまでの生活に比べると比べ物にならないほど目まぐるしい一日に、戸惑い、疲れてしまう事もあったがとても充実した一日だった。

 私たちは疲れ切って各々休憩しており、私もベンチに座ってジュースを飲んで一息ついていた。


 「さだめ。」

 ふと、式ノ籠君に声を掛けられる。


 「どうしたの、式ノ籠君。

 さっきまで葉風君とダーツしていたけど、疲れちゃった?」

 「うん、まあそんなところかな。」

 式ノ籠君は私の横に座りじっと私を見つめてくる。

 その視線がなんだかむず痒くて、私はそっぽを向いてジュースを仰いだ。

「さだめ、君に見せたいものがあるんだ。

 ついてきてほしい。」


 式ノ籠君はそういうと、私の返事を待たずに私の手を掴み外へと連れ出す。

 夏ではあるが外に出てみると少し肌寒かった。

 そんな私の様子に気が付いたのか、式ノ籠君は着ていた薄手のパーカーを私に羽織らせて、用意していた車に乗るようにうながした。


 「式ノ籠君、この車はどこに向かっているの?」

 そう問いかける私に、式ノ籠君はついてからのお楽しみと微笑んだ。

 車は施設や街から離れていく、建物ひとつ見えない自然の中に続く道を只管車は進んでいく。

 そう時間がかからないうちに車は停車し、式ノ籠君によって私は外へと連れ出される。



 「綺麗。」



 車の外には綺麗な星空が広がっていた。

 満天の星空と呼んでも良いくらい、どこを見渡しても星が輝いていた。


 「この間、星空が見たいって言っていただろ?

 約束していた田舎へのお泊りができなかったから、せめて星空を見せてあげたいと思ってここに連れてきたんだ。」


 「うん、とても綺麗な星空。

  式ノ籠君、ありがとう。」


 「…ねえさだめ、僕の事を珀って呼んでよ。」


 唐突な要求に、驚き式ノ籠君の顔を見る。

 彼は小さな声でお願い、と呟いた。


 「…珀、くん。」

 「ありがとう、さだめ。」


 なんだか照れくさくなり、私は再び空を見上げた。

 何処を見ても輝く星たちがいる夜空。

 流れ星を見つけたような気がして目を凝らしてみる。

 こんなに星がたくさんあったら、流れ星を見つけるのも一苦労だ。

 でもきっとこんなに星があったら、いつ願っても願いが叶いそうな気がしてふとお願いをしてみる。

 これからもっと、幸せになれますようにと。

 そう目を閉じて祈っている時だった、珀君に肩を叩かれる。



 「好きな人ができたんだ。」



 ふと知らされたその言葉に胸がチクリと痛む。

 「この前、ある人から告白されて悩んでいて、それでさだめの意見を聞かせてほしいんだ。

 さだめにもし好きな人がいたとして、その状態で好きでもない人に告白されたらどうする?」

 「…私は好きでもない人とは付き合えないかな。」


 「そうか、参考になった。」


 自分で言っておきながら自分の言葉に後悔する。

 好きでもない人と付き合わないという事は、珀くんが私を好きにならない限りこの恋は実らないという事だ。

 酷く切なくなり、俯く。

 そんな私の手に温かいものが触れた。



 「さだめ、僕は君のことが好きなんだ、これからは君の隣に友人としてではなく恋人としていさせてほしい。」



 言葉を失った。


 「…ねえ、ずっと珀君に片想いしていた柘榴さんの気持はどうなっちゃうの?」

 思わず言葉が零れる、柘榴さんの事が私にとってはとても心配だった。

 柘榴と知り合った当初から珀くんへの甘酸っぱい片思いトークを聞かされていたのだから。



 「じゃあ僕の気持はどうなるの?」

 震えた声でそう尋ねる珀君の顔が暗くて見えない。


 「…私の隣に恋人としていてくれますか?」


 私の問いに珀君は抱きしめる形で答えた。

 今くらい、自分の幸せを考えたっていいだろうと思った。

 私は彼を強く抱きしめた、彼を離さないように、この幸せを失わない様に。

 私を抱きしめる彼の身体は微かに震えていた。





 私たちは何事もなかったかのように珀君の別宅に戻り、夜も遅いという事で就寝することとなった。

 柘榴はもう一度温泉に行くと張り切っていたが体力が限界を迎えていた私は、先に休むことにした。

 寝巻に着替え、寝る支度を整えたところでふと、机の上に紅さんの手帳があることに気が付いた。

 「…。」

 悪いと思いながらも、手帳に伸びる手を止めることができなかった。

 手帳をめくると、以前私が拾ったのと同じような私のスケジュール表がびっしりと全てのページに貼られていた。所々に斐妥宗君や珀君、葉風君などの名前がまるでシフトの様に書き込まれていた。

 驚くことに、スケジュール表は今日だけでなく明日から始業式までの分が貼られていた。


 「…なんだか見てはいけないような気がする。」

 スケジュール表を見た私は何とも言えぬ恐怖に襲われて手帳を元あった場所に戻すと、布団に潜り込み眠ることにした。

 柘榴がどうしてあんな手帳を持っているのか、考えたくもなかった。






 そんな顔をしないで。

 私は他人の感情を汲み取るのが苦手なんだ。

 どうか涙を流さないで、悲しんでいるのか喜んでいるのかわからないから。

 だからどうか笑って。

 あなたが笑う為ならば、道化師にだってなってみせるから。


 私が欲張ってしまっただけなの、もっと幸せになりたいって。

でもね、あの時私があなたの事をもう少し考えておけば、あなたがこうして悲しむこともなかったはずなの。

 ごめんなさい、だからどうか悲しまないで。

 幸せになって。


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