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三題噺

氷雨降らせる魔物と

作者: 碧凪空


「あと、もう......少しっ」


 震える足を叱咤して、ぬかるむ道を一歩一歩進んでいく。この半月ほど降り続く冷たい雨は街を抜けるといっそうその強さを増し、ほぼ獣道のような森の道はほとんど泥の道と化していた。

 冒険者御用達の店で防水性が高いと謳っていた装備で身を固めてきたのに、もう下着まで汗と雨でぐちゃぐちゃだ。体の表面はひどく冷えているはずなのに、芯がグラグラと燃えたぎるように熱い。......これは、このクエストが終わったら風邪引くのは確定かな。宿に戻っても可愛い彼女が待っていてくれるでもなし、ただ女将のおばちゃんに迷惑かけるだけなんだけど。

 けど。この雨が止まない限り、春の陽気はやってこない。

 この雨の原因は、北の森の魔物らしい。他の地域から流れ着いたのか、突然生まれたのか、それはわからないけど。そこのところ、もうちょっと調査した騎士団に頑張っていただきたかった。あいつら横柄なくせに情報が中途半端なんだよ。

 なんて文句言ってても、この状況が好転するわけじゃないけどなー。


 今回俺が受注したのは、「北の森の魔物をなんとかしろ」というふわっとした領主様直々のクエストだ。

 北の森といえば平時でも初心者は絶対入るな危険と言われるそこそこ危ない場所なので、この長雨が続く中入るとかわりと自殺行為に近い。おまけに達成条件が明確じゃない貴族からのクエストはいちゃもんつけて報酬値切られるとかあんまいい印象はないので、それはそれは人気がなかった。第一、騎士団の調査があった上で冒険者に投げられてる時点で、ワケアリなクエストといって良い。


 今回そんなクエストを引き受けたのは別に俺が正義感に溢れてるとか、凄腕だからとかそういう格好いい理由でもなんでもなくて。むしろ俺の腕前は平凡もいいところなんだけど。


 やっぱさぁ。お日様の光を浴びるって大事なんだなぁって思うわけですよ。お世話になってる宿の人たちも、街の人たちも、日に日になんか鬱々としてくるというか、元気がなくなっていってて。

 その空気がやだなー、って。特に才能があるわけでもない、平々凡々な冒険者の俺を一人前と呼ばれるまでに育ててくれたのは、間違いなくこの街の人たちだから。

 ちょっと恩返しできたら、なんて格好良くいえばかけらみたいな正義感に見えるけど、実際は自己満足に近いもんだ。身寄りのない流れ者の俺なら、戻れなかったところでそこまで悲しまれないだろうし、っていう打算もあって。


 あぁ、やばい.....ちょっと、俺もだいぶ情緒不安定みたいだ。


「ふっ......く、うぅ......」


 こんなことで、涙腺が緩むなんて。一瞬の温もりが頬を伝っていく。

 

 どさ、と膝から頽れた。

 戦慄く口からは熱い吐息が漏れるのに、膝からつま先から、どんどん感覚がなくなっていく。


 まずい、と思うのに、体が言うことを聞かなくて。


 顔から倒れ込みそうになったのを体に染み付いた受け身だけで回避したものの、濡れ鼠から泥ネズミへと変わるのは避けられず。


「うっ......うぅ......く......」


 ただ、嗚咽が雨とともに地面に染み込んでいく。





「ないているのか?」


 どれくらい経ったのだろうか。朦朧としてきた意識を揺さぶるような、高く耳に残る声がした。


「ないている、のか?」


 ゆるゆると俺が目線を上げるのと、彼女が俺を覗き込んだのは、ほぼ同時で。凍えた空のような澄んだ蒼の眼と視線が合わさる。


「どうして、ないている?」


 目の前の彼女を一言で例えるなら、雪、だろうか。白銀の髪、抜けるように青白い肌、蒼の瞳。容も声も無表情なのに、強く心を揺さぶられる。


「君、は......」


「わたし?」


 こてん、と首をかしげる仕草は、その容姿とは対照的に幼い。


「けほっ......君が、雨を降らせているという、魔物?」


 目の前の彼女は、とても魔物という言葉にそぐわない存在に見えたけれど、それ以外聞き方が浮かばなかった。


「まもの......。そう、よばれたこともある」


 僅かに表情が翳った、気がした。


「あめをふらせていたのは、わたし。わたしがかなしいと、そらがなくから」


「そう、なんだ」


 彼女が悲しいと、空が泣く? それが、雨の原因?

 常なら荒唐無稽だと思う話だけれど、不思議と疑う気持ちは湧かなかった。


「でも、あなたをみつけて、かなしくなくなったから。あめはやんだ」


「止んだ?」


 そういえば、嫌でも耳馴染んだ雨音が聞こえない。


「あなたは、どうして、ないていた?」

 

「俺、は......」


 どうしてだろう。自分がどうしてここに来たとか、そんなことを回想していたら、急に......。


「ほんとう?」


 本当だ。そう答えようとした声が喉で詰まる。


 本当に?......本当に? 急だった?

 本当は、......ずっと、どこか、からっぽで。


「僕・は......」


 気づいたら、自分のことを語っていた。見も知らぬ、人であるかさえわからぬ彼女に。


 語り尽くして、ようやく頭が回ってきた。


「君は? どうして、悲しかったの?」


「あなたとおなじ。ひとりは、さみしいな」

 

 うっすらと、彼女が微笑んだ気がした。同時に、どこか儚さが増したような気がした。


「あぁ、はれた」


 彼女が見上げるままに空を仰ぎ見れば、あれほど分厚く覆っていた雨雲が切れ、所々日が差しこんでいる。

  

「——だ」


「え?」


 彼女が小さく呟いた。立ち上がったように見えたのは錯覚で、いつの間にか彼女との距離が開いている。


「待って!」


 どうしてか引き止めたくて、けれど伸ばした手は虚空を掴むばかりで。

 少しずつ輪郭が朧になっていく彼女と、目が、合った。


「さらばだ、ひとのこ」


 その言葉が聞こえたのとほぼ同時に、視界が光で真っ白に染め上げられる。咄嗟に目を瞑ったが、それでも耐え切れないほどの眩しさ。

 漸々に落ち着いてきて目を開けたが、まだどこか光がちらつく気がする。


 そして、彼女の姿はどこにもなかった。


「............なん、」


 そこから先は言葉の代わりにため息が出た。

 夢みたいな。夢のような時間だった。

 けれど、確かに止んだ雨が、彼女の瞳より幾分青の濃い空が、あの時間が夢ではないと主張しているようで。


「............帰ろ」


 どろどろの泥まみれの体をよっこらせっと掛け声をかけつつ立ち上がらせる。じっとりと泥水を含んだ装備が重くて、帰り道のことを考えると気が滅入るけれど。


「みんな、喜んでるかな」


 街の人たちを思うと自然と口角が上がっている自分に気づいて、苦笑する。


 なんだかんだ、大事な人たちがいて。それは家族とか、友人とか、そういう名前がつけられるような濃い関係ではなくとも。自分の中の正義のかけらが疼くくらいには、大切なのだと。


 その中から、向き合っていく中で、いつかきっと。名前のつけられる相手が、見つかれば良い。

 見つかるように、向き合っていかないと。


 歩き出してふと振り返れば、点々と足跡が続いている。

 その中に、自分と違う大きさの足跡を見つけた。また一つ、夢でなかった証拠を。


「じゃあね。君と話せて、良かった」


 前を向いて再び歩み出して、ふと彼女の容を思い出して、顔を覆う。


「暫く彼女とかできる気がしねぇ......!」


 己の行く道の前途多難さに全力で呻いた。




お久しぶりです。久しぶりに筆をとったのでリハビリがてらの三題噺でした。

「晴れ」「クエスト」「正義のかけら」というお題だったのですが、いかがでしたでしょうか。

ラブコメ指定で考え始めたはずだったんですが、ラブもコメディもどこに旅立っていったんでしょうね(遠い目)

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