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08.特殊任務隊と魔法騎士見習い





「――」


 ちょっと妖精のおっさんが止まっているが、人差し指と中指をびっしぃと立てたフレイオージュが、倒れている男に言葉を発しようとした瞬間。


「ははははっ! やられたなぁ、ガウロ!」


 教会の前に立ち、フレイオージュを中に招いた気の良さそうな男が、笑いながら横に並んだ。


 父と同じくらい、見上げるほど大きい。

 そんな男が、笑いながらフレイオージュを見下ろす。


「――エーテルグレッサ魔法騎士団原則第二条。もし不当に己の誇りを汚す者がいたら剣を抜く理由と知れ、だろ?」


「……」


 フレイオージュは頷く。


 指を二本立てたのは、まさしくその原則第二条を諳んじるためだった。見せつけたのは「原則第二条を忘れたか。おまえは今私の誇りを汚した。だから殴った。もう一度やったら剣を抜く覚悟をしろ。だいたい持ち物を並べろとはなんだ。下着まで並べさせるという女性に恥を掻かせるような行為を強いたのも許せない。おまえのような魔法騎士がいてたまるか。魔法騎士見習いを幻滅させるな。あと苛立ちはまだ解消してないからもう一発殴らせろバカ野郎ふざけるな。おまえもおっさんみたいなハゲにしてやろうか」という意味を込めていた。


「本来は、誇りってのは忠誠を誓った国や王への侮辱とかが当たるんだけどな。今の君の場合は、両親かな?」


「……」


 フレイオージュはまた頷く。ついでに妹も、と心の中で付け足して。


「――だからやめろと言ったのだ」


「――まったく。君こそ学生気分がいつまでも抜けてないんじゃない?」


 いつの間にか、真面目そうな青年と女性が、軽薄な男が蹴り散らかしたフレイオージュの荷物を集めていた。


 そんな二人の冷たい蔑視を受けて、倒れた男は「嘘だろ」と呟いた。


「これ通過儀礼でしょ!? 優秀な訓練生のプライドをへし折る挨拶でしょ!? なんで俺しかやんねぇの!? これじゃ俺だけ悪者だし普通に殴られ損じゃん!」


「……?」


 ――通過儀礼?――


 フレイオージュが首を傾げると、「はい」と、女性が拾い集めた荷物をまとめた背嚢を渡してくる。


「止めなかった私が言うのもなんだけど、ガウロのこと、許してあげてね。さっきの、本当に通過儀礼なのよ。特に優秀な士官学校の生徒にはやることになってるの」


「……」


 少し考え――フレイオージュは納得して頷いた。


 ここから始まる実戦は今までの訓練とは違う、と明確に伝えるためのものだろう。

 通過儀礼、いわゆる洗礼だ。


 訓練では優秀でも、実戦は訓練とは違う。

 これまで訓練で積み重ねてきたものが、実戦で通用するとは思うな。学生気分はここで捨てて、一からやり直すつもりで当たれ、と。


 そんな意味合いを込めて、まず訓練生の鼻っ柱をへし折ろう、という意味を持つ通過儀礼なのだろう。


 実戦は、下手をすれば本当に死に繋がるから。

 訓練の延長線上にあるものと勘違いしている者に教えるためのものだった、と。


「……」


 納得した。

 そういう意味であれば、やった理由も理解できた。


 フレイオージュが、まだ倒れている軽薄な男に手を差し出すと、彼は素直に「悪かった」と謝りながらその手を取った。


「俺も昔やられたことがあってね。でもやられたことに後悔はなかったんだ。あの時の俺は訓練生として優秀で、優秀だから調子に乗ってたんだ……後から通過儀礼だって説明された時、振り返ったらいい薬になったってマジで思ってね。まあ、要するに、経験談としてやった方がいいって思ってるクチなんだよ」


 行為だけ見れば、とてもじゃないがそうは思えない。

 だが、彼なりの親切心があった。


 フレイオージュとしては信じてもいいと思う。

 対人関係を壊しかねない行為だけに、無駄にそんなことをするとは思えない。


 ――だが、非常に腹が立ったので、謝ることはしないが。


 仲直りには応じるが謝る気はない。

 そもそも、父に聞いていた誇り高い魔法騎士は、あんなことは絶対にしない。もし通過儀礼でも洗礼でもなくただのいやがらせだったら、たぶんやっていた。もう腫れてない部分がないくらいボコボコにしてやったことだろう。


「――想定外の通過儀礼になったけど、ここからはちゃんと課題になるからな。よろしくな、魔帝のお嬢さん」


 気の良さそうな男性の言葉に、フレイオージュが敬礼を返すと。


 この場の全員が同じ敬礼をした。

 本物の魔法騎士の敬礼は重い責任と義務を帯びる――その姿は父の敬礼と同じくらい力強く、美しい。


 でもおっさんは真似しなくていい。





「さて、まずは自己紹介しとくか。私は魔法騎士団第十七番隊隊長ディレクト・フェローだ。今回のチームの隊長ってことになる。よろしく」


「……」


 フレイオージュは敬礼を返す。「堅苦しいな」と苦笑された。


 ディレクト・フェロー。

 若く見えるが、肉体の出来具合から三十歳に近いかもしれない。短く刈った明るい茶髪と、同じ色の瞳。大柄で気が良さそうな印象はあるが、その肉体は鍛えに鍛えた戦うためのものである。


 かなり強いだろうな、とフレイオージュは思った。魔法なしでは勝てないかもしれない。


「勤勉な君のことだ、十七番隊のことは知っているな?」


「……」


 頷くと、ディレクトも「そうだ」と頷く。


「一年前に新設された十七番隊は、隠密調査がメインの密偵部隊だ。基本的に私たちの活躍は表に出ることはないし、そもそも所属隊員も明かされていないものが多い。

 逆に言うと、私たちは顔出ししてもいい隊員ってことになる。まあそれでも、あんまり目立つわけにはいかないがね」


 そう、十七番隊はそういう部隊だとフレイオージュも聞いている。


 騎士は功をひけらかさない。

 騎士の存在と行動の全ては、国と民のためにある。


 ――とはいえ、やはり魔物を討伐するのがメインの部隊は、国でも人気が高いのだが。


 特に魔物討伐専門の一番隊と二番隊は群を抜いた人気を誇っている。

 エーテルグレッサ王国魔法騎士団の花形と言えるだろう。


「まあ、今回は私たちと課題をこなすことになるが、あくまでも今回だけだ。また私たちと課題をこなす機会があるかはわからない。

 我々十七番隊のような部隊もある、程度に憶えておいてくれればいい」


 ディレクトはそう言葉を閉めると、ほかの隊員に目を向けた。


「俺はヴァンス。魔法より武芸の方が得意だ」


 真面目そうな男が名乗った。家名を言わないのが気になったが、名乗れない理由があるかもしれないので、あえて突っ込まない。


 歳は二十半ば。黒に近い茶系統の髪は少し長めで、暗緑色の瞳がどこか涼しげである。彼もディレクト同様、かなり体格がいい。


 やはり彼も強い、魔法なしでは勝てないかも、とフレイオージュは思った。


「私はマイア・ターコイズよ」


「……?」


 ターコイズ、という名に心当たりがあった。


「ふふ、そう。あなたの黒色の魔法の師匠の親戚よ」


 なるほど心当たりがあるはずだ、とフレイオージュは頷いた。


 マイア・ターコイズ。

 二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。赤の混じった美しい金髪に、怪しく輝く青い瞳は、魔を帯びているからである。三色の「魔龍ランク」ならおかしくない。あとざっくり胸元が開いた服から深い谷間が覗いている。あれはでかい!


 三色の魔法使いは非常に厄介だ。やはりこの中で一番最初にやるとすれば彼女からだな、とフレイオージュは思った。


 そして――


「俺はガウロ。この中じゃ一番若い新入りの十八歳で……まあ、訓練生に毛が生えた程度の奴だよ。さっきはほんとに悪かったな。お詫びに飯でもおごるよ」


 因縁のガウロは、第一印象の軽薄さが鳴りを潜め、年相応の普通の青年に見えた。


 緑がかった金髪に、灰色の瞳。本人が言う通り一番若く、身体も細く出来上がっていないように見える。

 だが、ちゃんと戦える肉体として鍛えているのは確かだ。


 ディレクトやヴァンスの出来上がっている身体は、武器は何で何をするか、どれくらいできるかが却ってわかりやすいが、ガウロのように仕上がっていない者は何をするかわからない分、曲者なのである。


 母も言っていた。

 何をするかわからない奴は、何かをする前に早めに潰せ、と。それが叶わないなら一旦距離を置け、と。


 最優先は魔法使いの排除だが、二番目に狙うのは間違いなく、何をするかわからないガウロである。


「――」


 さて今度は私か、とフレイオージュが口を開きかけた時。


「君の自己紹介はさすがにいいかな。魔法騎士団でも有名だから知ってるよ。魔帝のお嬢さん」


 ディレクトにそう言われたので、開きかけた口を閉じた。必要ないなら言うことはない。


「――じゃあ課題に移ろうか。移動する。道々話すから付いてきてくれ」


 そんな隊長の指示が出て、十七番隊が動き出す。ディレクトが早足で教会を出ていくのに、ヴァンス、マイア、ガウロが付いていく。


 フレイオージュも追従しようと背嚢を背負って…………


「…? ……!?」


 妖精のおっさんがいない。

 さっきまで鬱陶しいほどうろちょろしていたはずなのに、影も形も見えない。


 正面におられる女神ナイトベルの像の上にも、片隅に置かれている掃除用具入れのバケツの中にも、背嚢の中にも、いない。どこにもいない。


 ――まさか外に?――


 妖精は迷子になるのか?


 わからない。

 わからないが、とにかく、放ってはおけない。


「――どうしたの?」


 久しぶりに焦りで手に汗がにじんできた時、追ってこないフレイオージュを心配したのか、先に行っていたはずのマイアが戻ってきた。


「――…っ」


 そして問題は解決した。


 ――実は妖精が行方不明に……と言おうとした瞬間に、発見してしまったから。





 おっさんは、マイアの深い胸の谷間に挟まり、真顔でフレイオージュを見ていた。


「……」


 ――あ、なんでもないです――


 深刻に、そして真剣に探していた自分がバカみたいだった。


 もう言葉を発する気力も失せたフレイオージュは、ただ首を振って、行きましょうと手振りで促すことしかできなかった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公はエルザっぽい美少女 妖精はハゲ散らかしたセイヤで脳内支配されてます 妖精の尻尾
[一言] まさかフレイの妖精……「おっさんに見えているだけ」というわけではなく、正真正銘のおっさんだったのですか!?
[一言] なに、、、初めておっさんが羨ましいと思った瞬間である。 ぐぬぬ
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