06.最初の実地訓練と異例の組分け
「――これでよし、と。お似合いですよ、お嬢様」
侍女が消え、鏡にはフレイオージュだけが佇む。
「……」
使う魔法によって色を、あるいは光彩の形を変える魔を帯びた淡い紫の瞳。
女性らしくあれと育てられたので、手入れを欠かしたことのない長い金髪は、今日も蜂蜜色に輝いている。
顔立ちも美しいとはよく言われるが、フレイオージュ自身にはよくわからない。
ただ、軽鎧をまとう今の自分は、少し勇ましくは見えた。
長年鍛え抜いた身体は、この士官学校二年目に向けて、両親が新調した魔法繊維を織り込んだインナーに包まれ、その上に魔金属製のブレストプレートをまとっている。
フレイオージュは剣も強いが、メインはやはり魔法である。
なのであまり重装備ではなく、機動力を殺さないよう軽装でまとめてある。
剣も、それなりの業物で、片手で扱える軽い物だ。
小さな丸盾も軽く、非常に扱いやすい。
実戦経験はある。
生き物を殺すことにも慣れている。
だが、それらは全て、近くに父親という存在がいた、という面も大きい。
今日から挑む実地訓練に、当然父はいない。
「……」
――実質、これが初めての実戦……――
どうしても緊張はする。
だが、今から緊張してどうする、とも思う。
平常心を忘れるな――両手で顔頬を叩き、気合いを入れる。
「……」
――行こう――
颯爽と歩き出すフレイオージュは、剣と荷物を持って部屋を出た。
それを、ビンの枝の上でごろりと横になって干しブドウを食べていた、まるで休日を過ごしていたかのような妖精のおっさんが慌てて追いかける。
三日の準備期間は、あっという間に過ぎて。
早くも実地訓練当日がやってきたのだ。
まだ朝は早く、街を歩く者は少ない。
朝は妹ルミナリと馬車に乗るが、今日ばかりは出掛ける時間が違いすぎるので別である。
士官学校の前には、すでに何人か到着していた。
フレイオージュと同じように、この日のために調達した武装で固めている。
――そう、この日こそ魔法騎士見習いとしての初陣となる。息子、あるいは娘の晴れ姿として、貴族の家であれば気合いを入れるのである。
先に来ている者の中には、明らかに高そうな鎧をまとう、きらびやかな格好の者もいる。まあ家格を見せつける意味もあるのだろう。
フレイオージュの場合は、質実剛健を旨とする父と実用重視を旨とする母の見立てで、装飾はほぼなく性能で選んだ格好である。
だが――
(さ、さすがフレイ様……)
(なんだよ。なんでだよ。なんだってあんな安っぽい質素な格好に、二千万ロンドもしたこの鎧がかすんで見えるんだよ……)
(ひゃぁぁああああ! まさに建国の英雄、姫騎士エクティス様の再来としか思えない凛々しさ! 目がっ、目が潰れるぅっ、直視できないぃぃぃ! でも目に焼き付けたいぃぃぃ!!)
さりげなくも熱い視線が、確かに集まっていた。
この場にあれば誰よりも人の目を引くほどきらびやかに見えてしまうのは、さすがは女帝という感じである。
佇むだけでも誰よりも絵になり、また、彼女の周りを虹の魔粒子を振りまきながら飛び回る妖精が、紫色の瞳に神秘性な色を写している。
――ただし、やはり虹色は尻から出ているのだが。それと前から横から後ろから真顔でジロジロ見られているのだが。すごい見られているのだが。
だがそれは、フレイオージュにしか伝わっていないことである。
ほどなく士官学校二年生全員が揃い、教師たちもやってきた。
特に、学園長がいるのが印象深い。
滅多に生徒の前に出てこない、かつては魔法騎士で、今は士官学校の学園長を勤める大柄な老人。
見た目はすっかりおじいちゃんという感じだが――その眼光は鋭く、かつての威勢を思わせる。
「――課題はそれぞれで違うものになるが、日程は移動時間も含めて五日となっている。
現役の魔法騎士が同行するが、それでも完璧に守ってくれるとは思うな。彼らはいざという時にしか手を貸さない。
くれぐれも怪我を避け命を大切にし、そして自分が頼り守らねばならない学友たちと力を合わせて課題に臨むのだ。すべてが採点の基準になっているので、心して掛かるように」
「「はっ!」」
全員が敬礼を返すと学園長は下がり、今度は教師ゼペットが前に出た。
「――それでは組分けを発表する。第一チーム、隊長ハインド・ウィンド!」
「――はっ!」
一級組の生徒、先日の順位付け測定訓練で三位となったハインドの発表から始まり、生徒たちの名前が呼ばれていく。
次々に名前が呼ばれ、指定された場所へ向かう生徒たち。
「……」
――なるほど――
なかなか呼ばれないまま待っているフレイオージュには、組分けの基準が見えてきた。
あと妖精のおっさんがすぐ前にいる男子の頭の上で非常に激しく踊っているのも見えている。「やめなさい、下りなさい」と言いたくはあるが、教師の大事な組分け発表の最中に言えることではない。男子にバレやしないかとはらはら見守るしかない。
今回の実地訓練の組分けは、一級組の上位生徒を隊長にし、二級組の下位生徒と組ませる傾向にあるようだ。
一級二級、上位下位と順位こそ付けているが、ここは狭き門のエーテルグレッサ王国の士官学校である。
世間的に見れば、全員優秀な魔法騎士見習いである。
誰と組むことになろうと、そこまでひどいチームにはならないだろう。
二十余名もいた生徒たちがどんどん去って行き……気が付けばフレイオージュだけが残されていた。
「……?」
――誰も残っていないけど……――
何かの間違いじゃないか、という視線で教師ゼペットを見ると、彼と目が合った。おっさんとも目が合った。目の前に来るな。
「そうだ、フレイオージュ・オートミール。君は今回一人で実地訓練に挑むことになる」
こんなの異例である。
三日の準備期間で、フレイオージュはこれまでどんな課題が出されていたかも調べてきた。
一人でやる課題なんて、一切なかったはずだ。
――だが、文句はない。
「…っ」
フレイオージュは士官学校でまず習う敬礼を返し、指定された場所へ向かうのだった。
――わざわざ目の前を、見せつけるように綺麗な尻を振り器用にながら飛ぶおっさんを追い駆けるようにして。
邪魔で邪魔で仕方なかったが、この程度のことを気にしたら負けである。