56.第五期課題の行方と終了
「――どうだ? ここでの生活は慣れたか?」
呼ばれてやってきた天幕には、一番隊隊長レオンヴェルトと副隊長ワインレッドがいた。
魔の森の討伐任務が始まって、四日目の朝。
ここまでの道中は街や村のベッドを借りていたが、ここに来てからはテント生活である。身体を水や湯で拭く余裕はあるが、装備まではなかなか手が回らず、皆結構薄汚れてきている。
綺麗なのは、すぐに自分の傍から離れレオンヴェルトの頭の上に行った、妖精のおっさんくらいだ。もう本当に、嫌になるほど綺麗な尻をしている。フレイオージュもすっかり砂埃にまみれ、拭っても取れない返り血に汚れ、すっかりボロボロなのに。
「……」
まあ、おっさんの嫌味なほどプリッとした綺麗な尻はいいとして。
フレイオージュが敬礼を返すと、レオンヴェルトは微笑み頷く。
普段は冷たい無表情か険しい表情ばかりらしいが、戦場ではこんなにも穏やかな笑みを浮かべられる辺り、彼も相当この生活が好きなのだろう。
ちなみに副隊長ワインレッドは、常に兜をかぶっており、顔を晒すことがないそうだ。王都でも仮面をかぶっているという徹底ぶりだ。低く野太い声や、大柄な姿形から男ということはわかるが、それ以上のことはわからない。
「色々と諸注意をしておこうと思ったのだが、もはや必要ないだろうな……だが総団長から命じられていてな。一応聞いておいてくれ」
「……?」
初日からみっちり過ごした三日間、フレイオージュはずっと忙しく使われていた。
そして四日目の朝である今この段階でも、やるべきことは多い。
ベルクオッソ曰く「得手不得手はかなりあるが、全員ここでの生活の役割くらいはすべてできるくらいには学んでいる。おまえも同じように全てを覚えろ」と言われ、かなりこき使われている。
ここでの討伐任務は、大きく分けて三つの役割をローテーションでこなしている。
まず、最前線に立って戦う「剣部隊」。
剣部隊の要請に合わせて出撃し、それまではひたすら休む「一時休憩部隊」。
怪我人の回収や世話、食事、その他消耗品の管理をする「後方部隊」。
あくまでも大きく分けて、だ。その中は更に細分化されるのである。
そんな役割のすべてを、騎士たちにこき使われながら覚えている最中だった。
特に後方部隊はやることがたくさんある。こうして呼び出される暇なんてないくらいに。
ここは戦場だ。
やるべきことが少し遅れるだけで誰かが死にかねないような場所なのだ。足を止めている暇はないし、休憩時間に余計なことをする体力も惜しい。
極限まで無駄を殺いで、その上で成り立つ、命懸けの任務なのである。
――フレイオージュもここでの生活に戸惑いがないとは言わないが、一刻も早く慣れないと誰かの足を引っ張りかねないと、必死だった。
「まず、初日にやったあの大技は、基本的に禁止だ」
大技というと、「龍八閃」のことか。フレイオージュが使える最強魔法だ。
「ここでの生活は、温存と節約と節制で成り立つ。長く戦うことを意識し、省ける無駄は省くのだ。余力は必ず残せ。いつ出番があるとも限らん。
それに、五十の力で倒せる魔物を、わざわざ百の力で処理する必要はないだろう。多くの者が十ずつ出し合って事足りる。これであれば、消耗も少なく、また回復に必要な時間も短く済む。
有事に備え、魔力の無駄遣いはするな。
生活魔法も最低限で済ませろ。
……なんて、今更言われてもと思うだろう?」
「……」
苦笑するレオンヴェルトに、フレイオージュは戸惑いがちに頷く――せめて初日に聞かせてくれと思いながら。
もう四日目である。
そういうやり方でやっていることは、誰に教わることもなく、見ていてわかった。ここで必要なのは一気に片付ける大技ではなく、少ない労力で戦い続ける技術と効率の良い魔力のやりくりだ。
戦闘は続く。
初日こそ抑え気味だったが、本格的に任務が始まった二日目からは、日に三十回は戦闘が行われた。ここまでに狩った魔物は二百以上。それでもまだまだ湧いてくる。今も外で二番隊がベルクオッソの号令で戦っていたりする。
ここにやってきた騎士は、四十名だ。
魔の森から出てくる魔物は、それより多い。
――雑談の最中に言った騎士曰く「最初の内は釣るが、それからは血の匂いに釣られて魔物がやってくるようになるんだ。それからが本番だぜ」だそうだ。
「どうも言う間がなくてな。――フレイオージュ・オートミール。少々早いが事情が変わった、だから今伝える。
君の第五期課題は金評価だ」
「……」
さすがに驚いた。このタイミングでつらっと言われるとは思わなかった。
「そして、ここからは一番隊及び二番隊に入隊した新人として扱うものとする。君の働きはもう訓練生のそれではない。充分騎士の一員として役に立っている」
レオンヴェルトは、不敵に笑った。
「――要するに、今以上に仕事を割り振るという意味だ。もう訓練生扱いはいらないだろう?」
「……!」
提案の体ではあるが、もはやこれは隊長からの命令である。
それがわかったフレイオージュは、気合いの入った敬礼をした。
「――今後の奮闘を期待する」
するとレオンヴェルトと天幕の脇に立ち尽くしていたワインレッドも、敬礼を返した。
まるで騎士同士でのやりとりのように。
それから更に四日が過ぎた。
剣部隊で最前線に立ち、先輩騎士たちと肩を並べて討伐に挑む。怪我をした騎士を引きずって後方に下がったり、陣形が崩れた場所のフォローに回ったりと、息を吐く暇がないほど暴れまわり。
交代の合図が出て一時休憩部隊に回ると、着の身着のまま倒れるようにテントで横になり、運ばれてきた食事を取って仮眠。何もせず休むのが仕事なのだ。少しでも体力や魔力を回復させるために。
そして、後方支援は一番やることが多い。
体力を温存しながら怪我をした騎士たちの治療や看病をし、各人員への食事を作り、場合によっては少し遠出して狩りや食材を採取したりもする。妖精のおっさんが地味に活躍し、食材は割と簡単に集められた。
使い潰された装備を応急処置したり、狩った魔物の解体をしたりも、この場で行うのだ。やることは本当に多い。こちらもこちらで充分戦場である。
そんな生活が終わったのは、応援にやってきた三番隊が到着してからである。
魔物の肉は食えないが、骨や毛皮などは貴重な資源となる。できる限り回収して持って帰る――これが凱旋の時に見た、荷車に満載のアレである。
残りの処理を三番隊に任せ、一番隊と二番隊は撤収する。
この頃になると、出てくる魔物の数も目に見えて減っており、確かに間引きは意味があるのだろうとフレイオージュは思った。
野営地から一番近い村に引き上げ、全員、死んだように眠りについた。
討伐任務の帰りは、いつもこうなんだそうだ。
こうして、フレイオージュの第五期課題が終了したのだった。




