51.父の友人と第五期課題
「――聞いたぞフレイ! 士官学校の生意気な一年坊どもを片っ端から理不尽な暴力でぶっ飛ばしていったんだって!? 面白いことするじゃないか!」
「……」
――やめろっ!――
心の中で叫びながら、がくりと肩から力が抜ける。
あの特別講師として呼ばれた日から二週間が過ぎ、ようやく立ち直ってきたところなのに。
ああ、今思い出すだけでも、まだまだ落ち込む。落ち込める。
妖精のおっさんが、おっさんの一切抵抗のない頭の上でつるつる滑りながらも果敢に踊り狂っている姿が目に入らないくらい落ち込んでしまう。
「やめんかバーナード。娘は気にしているんだ」
「あ? わざとじゃないのか?」
「……」
そんなわけあるか、と怒りを込めた目で首を横に振る。
昼食時を狙ってやってきたこの不躾かつ粗雑で無礼な中年は、バーナード・レッシュ。父シックルの同期の元魔法機騎士で、親友である。
小さい頃からオートミールの屋敷にやってきては、シックルとくだらない話をしたり酒を飲み交わしたりと、普通の交友関係を築いている。
バーナードは庶民出で、一代限りの騎士爵持ち。
その実ほとんど庶民と変わらない身分なのだが、そんなの関係なく、シックルとの縁は続いている。きっと生涯友であり続けるのだろう。
まあ、通常なら頭皮を優しく守ってくれる長い友は失って久しいようだが。今や妖精のおっさんのよくすべるダンスホールとなっているが。
「そうか、わざとじゃないのか。……だったら逆にどうしてそうなったんだって話になるが」
――それこそフレイオージュ自身が聞きたいくらいだ。あんなはずじゃなかったのに。本当に普通に圧勝してしまった。全員ぼっこぼこにしてしまった。加減もしたのにそんな結果になってしまった。
ルミナリを始め何人かは食い下がったのだが、それさえ乱戦となった時点で味方の邪魔になり、あっという間に叩き伏せられた。
あれはまさに烏合の衆とも言うべき、チーム戦や集団戦を欠片も意識していないみっともない戦いだった。
気が付いたら立っているのがフレイオージュだけという、そんなつもりのない結論へと至った、お粗末な戦いだった。
あれなら、二、三人ずつに分けて戦った方がまだ善戦したことだろう。同士討ちも仲間割れも魔法の誤射もなかったはずだから。
己が不器用である自覚はあった。
でも想像以上に不器用だったことに、自分で驚いた。そして落ち込んだ。
魔法なら器用に使いこなせる自負があるのに、どうも剣術や体術となると、加減が難しくなる。
きっと、小さい頃からずっと全力で元騎士の父を相手にしてきたからだろう。加減なんてあまりしたことがないので、加減のしかたがよくわからないのだ。
英才教育の弊害と言えるのかもしれない。
「――あら、いらっしゃいバーナード」
フレイオージュが落ち込んでいると、私室で薬を作っていたのだろうスパイシーな薬草の香りを漂わせた母アヴィサラがやってきた。
「やあ、アヴィ奥様。ご機嫌伺いに来たよ」
「後でお城に薬を届けてくれる?」
「ははは。相変わらず人使いが荒いな」
妹ルミナリは学校で不在なので、今日はバーナードがルミナリの席に座って昼食を取った。
おっさんはすべるように前を向きながら後ろに歩くという不思議な動きで、延々とバーナードの雑草一本生えない不毛地帯を踊り狂っていた。
「――お嬢様、士官学校から手紙が届いてますよ」
昼食を済ませ部屋に戻る途中、擦れ違った使用人から告げられる。
士官学校からの手紙。
先日の特別講師の件だろうか――そう思うだけで落ち込む。
落ち込みながら自室に引っ込むと、使用人が言っていた通り、テーブルの上に手紙が置かれている。
先日の一年生全員ぼっこぼこ事件の抗議文だろうか。そう思うとますます落ち込む。己の不器用が嫌になる。
だが、どうしたって避けられるものではないので、覚悟を決めるしかない。
フレイオージュは覚悟を決めて引き出しを開け、かつて世界を混沌の海に沈めようとした魔王が愛用した魔鎧テッサウルダン台座付き型ペーパーナイフを取り出す。
もはや形状はナイフでもない、ごてごてっとした邪悪な鎧感が強いただの模型でしかないが、妹ルミナリから貴族学校の文化祭で買ったペーパーナイフだと言われて受け取ったので、ペーパーナイフであることは間違いない。
この世にあの七支刀型ペーパーナイフより扱いづらいペーパーナイフがあるかと思っていたが、こういう形でアレを上回るコレがあるとは思わなかった。というかやはりこれはペーパーナイフではないのではないかという一抹の不信感もなくはないが、確かにペーパーナイフと言われて渡されたのだから、ペーパーナイフであることは確かなはずだ。
ごてごてっとした邪悪な鎧感が伝わるのか、フレイオージュが手にしたペーパーナイフとは思えないペーパーナイフを見た妖精のおっさんが怯えている。
「……」
――ただのペーパーナイフだから……――
とでも言って安心させようかと思ったが、言っている間に手紙を開けて仕舞った方が早いと判断し、士官学校から届いた手紙を手にする。
「……」
どう使ったらいいのかわからなかったので、普通のナイフで開けて中身を検める。
「……」
手紙を読み進めるにつれ、少々落ち込み気味だったフレイオージュの表情に、厳しい緊張感を帯びていく。
――最後となる第五期課題……――
ついに来た。
手紙には、士官学校最後の課題について書かれていた。
それも、フレイオージュには驚くべき任務が課せられるようだ。
「……」
こうしてはいられない。
フレイオージュは颯爽と部屋を出て、父の私室へと向かった。昼間っから嫁にも娘にも内緒で酒を開けようとしていたおっさんたちは、突如颯爽と現れた娘に震え上がった。父の第一声は「いくら欲しい? いくら貰ったら忘れるんだ」で父の友人の第一声は「俺はやめようと言ったんだがシックルがどうしてもって!」だった。
なんだこの野郎と仲間割れを起こしそうになるおっさんたちに、フレイオージュは持ってきた手紙を差し出す。読めと。酒など飲んでいる場合ではないと。
「――な、なんだと……!?」
「――おいおい、訓練生を一番隊の任務に連れてくつもりか……!」
かつて魔法騎士だったシックルとバーナードの目の色が変わった。
そう、フレイオージュに課せられた第五期課題は、一番隊と二番隊の魔物討伐に同行するという未だかつてなかった課題である。
一番隊と二番隊は、騎士隊の花形だ。もっとも過酷でもっとも危険で、もっとも騎士たちが憧れる部隊である。
必要とされるのは身分でも権力でも財力でもなく、ただただ純粋なる実力のみ。そこには王族も貴族も一切関係ない。実力さえあれば庶民だって入れる、そんな恐ろしいまでに実力主義の騎士隊だ。
そんなエーテルグレッサ王国魔法騎士隊トップレベルの実力者たちの中に、シックルやバーナードといった騎士たちでさえ憧れた一番隊・二番隊に。
まだ訓練生でしかない、十代の小娘を戦力として連れて行くという事実。
――光栄であり、重すぎる期待であり、そして……
「フレイオージュ。わかっているな?」
シックルの確認に、フレイオージュは頷く。
「よろしい。――存分に見せつけてこい、魔帝の力を」
――そして、この十年で磨き上げた全てを駆使し、初めて思いっきり戦える舞台が用意されたこと。
喜びに震える。
ようやくその時がきたのだ。なんの遠慮も憂いもなく魔法を放ち、剣を振るい、戦場を駆けることができる。
いつものように抑える必要は、ないのだ。
「これは飲んどる場合じゃないな」
「ああ」
本人よりやる気に満ちたシックルとバーナードに厳しいしごきを受けながら、フレイオージュは課題の日を待つのだった。




