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50.冬のある日と士官学校の要請

49話と50話は二話同時投稿です。







 第四期課題が終わり、すっかり秋が暮れ、冷たい風が頬を撫でるようになった。


 ベッドの誘惑が日に日に強くなる中、後ろ髪を引かれる思いで起き出し、朝の支度をして外へ出る。


 彼方の空はまだ暗い。

 白い息を吐きながら、フレイオージュは今日も日課の訓練を始めた。


 例年通りであれば、年が明けて冬が過ぎようという頃に、第五期課題があるはずだ。

 このペース配分では、今年の課題は五つだろうか。


 恐らく大丈夫だろう、とは思うが、まだ決まっていない。

 まだ士官学校を卒業できたわけでもないし、エーテルグレッサ王国魔法騎士団の一員として迎えられたわけでもない。


 だからこそフレイオージュは、最後まで油断しないよう課題に向かおうと思っていた。

 実戦でも、獲物を仕留めたと思い気が抜けた瞬間が危険なのだ。


 大事な時に手を抜いたり気が抜けたりするようでは、たとえ騎士になったところで、先はないだろう。所属隊によってはそれが死に繋がる可能性も大いにあるのだから。

 

「……」


 たとえ、本当に目と鼻の先で、本当に顔の真ん前で妖精のおっさんが上下逆さまになって浮いていたとしても、そしてそんな状況で真顔で見ていたとしても、フレイオージュは一切ぶれることなく素振りを続ける。


 正直邪魔である。

 非常に、とても邪魔である。何なら重し付きの木剣とフレイオージュ自身の間にいるのだ。すごく気になる。気にならないわけがない。


 ――しかし、そんな邪魔で鬱陶しくて真顔が腹立たしいおっさんとの契約である一年間も、終わりが見えてきているのである。


 そう思うと、寂しい気持ちも…………


 …………


 …………


 まあ、なくは、ない。ないのである。たぶん。フレイオージュ自身にもちょっとよくわからなくなっているが。


 しかしたぶんきっと、いなくなれば、多少寂しいとはきっと、たぶん、思うことだろう。たぶん。


「――お姉さまおはよう! 寒いね! でもこれ見て! このインナー、今下町ですごい流行っててさ! 薄いくせにとにかくあったかいの! ねえお姉さま見て! 見てこれ! これこれ! 見て! 見てよ! すごい無視……でも見て! ほら見て! 私は諦めない見て!! 見て!!」


「――おう、早いな。ルミナリ、姉の邪魔はやめなさい」


「――お父様も見て! このインナーすごいあったかいの!」


「――わかったから腹を出すな。はしたない」


 妹ルミナリがやってきて、父シックルもやってきて、オートミール家は今日も訓練に汗を流す。





 早朝からしっかり身体を動かし、汗を流して朝食の席に着く。

 

 パンとベーコンエッグ、サラダ、スープ。

 オートミール家のいつもの朝食である。


 父シックルはパンと卵が一つ多く、サラダも大盛である。

 母アヴィサラは、最後まで手付かずで残したベーコンだけをそのまま食べるのが好きだ。時々卵とベーコンの分離に失敗して黄身を崩したら不機嫌になる。

 妹ルミナリは、崩した卵の黄身をパンにつけて食べるのがお気に入りだ。


 そしてフレイオージュは、特にこだわりの食べ方はない。それより食卓の上を飛び回るおっさんを気にしながら食べるようになった。

 フレイオージュ以外には光源にしか見えない見た目だけに邪魔臭いが、妖精に文句を言う者はオートミール家にはいない。


「フレイオージュ」


 そんな中、頭の上におっさんを乗せたおっさん、父シックルが言った。


「最近時間はあるか? それとも課題の準備や訓練に忙しいか?」


「……」


 フレイオージュは「時間はあります」と言う代わりに頷く。


「どっちだ? ……まあいい。士官学校から要請が来ていてな、一年生の訓練の特別教官として参加してくれないかと打診があった。

 かつての主席の実力を見せつけてやってほしいそうだが……」


 シックルは苦笑する。うつぶせに寝そべって足をパタパタさせているおっさんを頭に乗せたまま。


「しかしおまえが行くのもな」


 魔帝ランクにして、十年も箱入りの英才教育を受けてきたフレイオージュの実力は、そこらの現役騎士より高い。

 正直もう訓練生として同じ枠に入れていいのかどうか、という根本的な問題がある。


「お姉さま来るの? 来てよ。みんなの憧れだし、みんな喜ぶよ」


 ルミナリは嬉しそうに言うが、フレイオージュはシックルが渋る理由もわかる。


 実力がありすぎたせいで訓練生として浮いていた自覚はあるし、そのせいで友達もできなかった。聞えよがしに「あんなのが同期だと一位なんて取れるわけねぇだろ」と嫌味のようなことを言われたこともある。「あんなの勝てるわけねぇだろ! つかあいつ魔法だけじゃねえのかよ!」と訓練でボコボコにした相手に半泣きでぼやかれたこともある。「筆記試験でも勝てねぇのかよ……」と泣かれたこともある。「なんで女にも人気あるんだよ……!」とよくわからないことで因縁をつけられたこともある。


 あそこまで言われれば、士官学校の同期たちにはあまり好かれていないんだろうな、ということくらいはわかる。


「この話はおまえに任せる。二、三日考えてから決めなさい」


 フレイオージュは頷いた。


「え、お姉さま来ないの? 来てよ――あ、迷ってるのね」


 姉の表情を読んだ妹は、「来てよ」と念を押して席を立った。


「じゃ、行ってきまーす」


 今日は少し余裕を持って家を出ていった。





 部屋に戻ってきたフレイオージュはテーブルに着いて、おっさんに干しブドウを上げながら考えていた。


 思えば、自分が一年生だった頃、士官学校の特別講師として二年生や現役騎士がやってくることがあった。


 あれに選ばれるのは、優秀な生徒や騎士ばかりである。

 はっきり言って、声を掛けられるだけでも、大変名誉である。


 フレイオージュ・オートミールを見込んで打診があったのであれば、光栄なこととして受け入れるのが正しいのだろう。


 が。


 果たして自分が言って、何かできるだろうか。

 そもそも根本的な問題として、こんな口下手で講師などできるのだろうか。それに関しては死ぬほど自信がない。

 一日一回も発言しないことも珍しくない自分が、誰に何を教えられるというのか。


 自分のことだけで手一杯だし、最後になるであろう課題も迫っている。

 それまでにできることはきっとある。

 準備をし過ぎて困ることもないだろう。特に調べものなどは、きっと今しかできないことである。


 しかし、特別講師の授業は大変勉強になった。講師や教師としてちゃんと学んできた者ではないだけに、教えることは雑で荒いが、だからこそ経験則に添った必要なことも多かった。


「お、お嬢様、そろそろ……」


「……?」


 ベッドメイクや部屋の掃除をしていた使用人が、フレイオージュを止めた。


 なんだ何事だと我に返る、と……皿の上の干しブドウがなくなっていて、はち切れんばかりに腹が膨れたおっさんが苦しそうに横たわっていた。真顔で見ながら。


 ――どうやら考え事をしている間に与えすぎたようだ。


 おっさんも律儀に食べなければいいのに……とは思うが、そういうところがおっさんの可愛らしいところ……なのかどうかは、やはりちょっとわからない。





 結局フレイオージュは、特別講師の話を受けることにした。


 口下手な自分に何ができるのか?

 どうせろくな話も説明もできないだろう自分に、何ができるのか?


 そんなの決まっている。


 考えに考え抜いた結果、フレイオージュは結論に達した。





 話を呑んで、士官学校へやってきた。


 訓練着に着替えた一年生たちと、フレイオージュは対峙する。


「――えっ!? 訓練生全員対お姉さま一人で模擬戦!?」


 そして佇む姉の表情を読んだルミナリが、予想外の情報を読み取りそう叫んだ。


 今年の士官学校一年生は、二十人ほど。

 ここで一年を過ごし、厳しい訓練や試験でふるいに掛けられ、途中退場する者も多くいて、二年生に進学できる者は入学生の約半数と言われている。


 冬のこの時期まで残ったのなら、この二十名は訓練生として優秀な方である。少なくとも入学当初の素人のままではないのは間違いない。

 そんな彼らにフレイオージュが教えられることがあるとすれば、実力行使以外ない。


 見せることしかできないのだ。


 見て、学んでほしい。

 己の力の全てを。


 きっとそれは、口下手で不器用で急に無言になってしまう己の言葉よりも、雄弁に語ってくれるだろうから。

 十年以上も磨いた力は、きっと言葉より説得力があるだろうから。


 ニ十対一。


 ここまで不利な状況は初めてだが――


「なめやがって」


「何が魔帝だ」


「ちょっと魔力色が多いくらいで調子に乗りやがって」


「私のお姉さまに無礼なことを言うな!」


「ご、ごめ……」


「でも同感だわ! お姉さま覚悟!」


 ――でも、負ける気はない。


 全力で、叩き潰す。




















「……す、すいませんでした……」


「おれ、騎士、めざすの、やめよかな……」


「おねぇさまぁ……容赦とか接待とか加減って言葉を覚えようよぉ……」


 結果、叩き潰し過ぎた。





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