04.魔帝ランクと順位付け訓練
魔帝ランクの魔力を持つ者が生まれた噂は、一瞬にして上流階級社会に広まった。
そして、そこから下々にまで情報が流布された。
それからの十年。
オートミール家に誕生したという魔帝ランクの少女は、表舞台に出てくることはなかった。
ありとあらゆる社交の場、許嫁や結婚の話、外と接する場を断ち、オートミールの屋敷だけで育てられた。
もしかしたらいないんじゃないか。
誰かの勘違いが偶然のように広まっただけで、魔帝なんて存在しないんじゃないか。
そんな噂もあったが、フレイオージュの家庭教師を務めた者や、次女ルミナリの証言からして、実在することは確かだと言われていた。
――そんな魔帝令嬢フレイオージュが表舞台に出てきたのは、一年前の士官学校への入学からである。
「――次! フレイオージュ・オートミール!」
今日は、一年前から数えて二度目となる、測定訓練の日である。
これは学生の実力を測り、教室分けの基準にするものだ。
フレイオージュが属するのは一級組で、学年の半数より上位に位置する者たちで構成されている。半数以下が二級組である。
一年生の頃は課題や座学、訓練で分けられていたが、実地訓練が多くなる二年生では、一級組と二級組の混合チームになることも多いようだ。
要するに、よく知らない者とも力を合わせて課題をこなせ、という裏テーマがあるのだ。
去年と同じように呼ばれて出てくると――士官学校の同級生である生徒二十数名も、ほかの測定をしている教師も、フレイオージュに注目する。
数百年に一人と言われる魔帝ランクの少女が、初めて他人の目がある場所で実力を示したのが、去年の士官学校訓練場であるここ。
あの時、誰もが噂の魔帝令嬢の実力を見たいと思っていた。
「魔帝なんて大したことない」と高を括っていた者も、「魔帝の名に恥じない実力を持つだろう」と期待と畏怖の念を持っていた者もいた。
どんな期待や不安があったにせよ――たった一発の魔法ですべてを黙らせたのだ。
そして今年もまた、この日がやってきた。
「と、得意な魔法で、あの的を討ちなさい! ……あの、ちょっと控えめにね? できるだけ広範囲に及ぶのは、ちょっと、ね?」
これまた去年と同じ中年女性教師に、指示を出される。
唯一違うのは、「全力で」が「控えめに」と訂正されたことだ。
「……」
――去年は「五色・龍八閃」だったけど……控えめ……?――
フレイオージュは、少し離れたところにそびえ立っている「石造りの巨人」を見ながら考える。
去年は、「全力でやれ」と言われたので、五色の魔力を高密度で圧縮し、互いが衝突せずしかし支え合うよう魔繊維を織り込んだ「龍八閃」を放った。
紫のドラゴンに見える「意志ある魔法」が、八つの斬閃を対象に直接打ち込む、フレイオージュが使える最強魔法だ。
直撃した「石造りの巨人」は八つに大きく切り裂かれて、地面に転がることになった。
誰もが一度は伝承に聞く、今では使い手がいない古の魔法である。
あの一撃で、「噂の魔帝」に半信半疑だった生徒も教師も、度肝を抜かされたのである。
――控えめ……これくらい……?――
「……」
悩んだ末、フレイオージュは左手を突き出し「石造りの巨人」に向けた。
肩口から赤、青、黄、白、黒の五色の帯が左腕に巻き付きつつ、手のひらの前に収束してゆき――
ピッ ボウッ!
五色の弾丸「鋼鳥弾」が、目にも止まらぬ速さであざやかな色の尾を引き、「石造りの巨人」の胴体を抵抗もなく貫くと――炎上した。
「……ひえっ……」
近くにいる女性教師が声にならない悲鳴を上げると、真っ黒に焦げ散らかした「石造りの巨人」がズンっと音を立てて倒れた。
「……」
――控えたのに……――
今ある手札の中では、中くらいの魔法だった。
なのに、それを注文した教師も、同級生たちも、化け物を見るような目でフレイオージュを見ていた。
まあ、子供の頃からいつも通りの視線なので、今更気にすることもないが。
魔法は当然として、剣術や座学においても、フレイオージュは非凡な才を見せた。
「――参った!」
学年で、フレイオージュの次に強いという生徒と戦い、普通に下した。
剣術の訓練では、時々現役魔法騎士がやってきて教えてくれたりもしたが、それでもフレイオージュは負けたことがない。
「――なあ、次はお兄さんとやろうか?」
審判役をやっていた現役魔法騎士が、職務を放り出して木剣を握る。
「……」
拒む理由はないし、すぐ終わりそうなので、応じることにした。
上半身に注意を引きつつ足払いを掛けると見せかけて何かを投げつけたかに思わせつつ首を振って髪に仕込んだ暗器を放ったかと思えばベルトを抜いて即席の武器にしてみた挙句また腰に戻したりして大きな隙を作って誘ったりもするが生憎の空模様なのでデートは切り上げようと今日こそキメてやろうと思っている彼の期待を裏切るがごとく帰宅し風呂に入り着替えをして「あーあ、早く結婚したいなぁ」などと呟きながらベッドに入る女性のような心理で相手を揺さぶりつつ放った一撃が逆に決定打になることもなく結局ただの鋭い蹴りで相手の木剣を撃ち落とした。
「降参だ! しっかしなんつーフェイントの使い方を……ときめくじゃねえか……」
なんだかよくわからないことを言っているが気にせず、降参した相手に向けていた木剣を下ろして一礼して去る。
学年で二番目に強かろうが、現役魔法騎士であろうが、幼少から戦っている父より弱い者に負ける道理はない。
細々した測定をし、終える頃には……いや、最初から誰の目にも、今年の主席も決まったようなものだった。
去年と同じく、士官学校の女帝の座はフレイオージュのものである。
だが――
「はあ……やっと終わったねぇ」
「疲れた。すっごい疲れた。甘い物食べたい」
「帰りどこかで食べていこうよ。実習とか実地訓練とか始まったら、しばらく行けないし」
「さんせーい」
一級組と二級組の女子が一緒になって更衣室で着替える中、フレイオージュに声を掛ける者はいない。
まるで見えない壁でもあるかのように、誰も彼女の傍に近寄ろうとしない。
(……はあ、はあ……な、なんて美しい腹筋……!)
(ああ、フレイ様の汗を拭うタオルになりたい……!)
(……寄り道とか誘ったら怒りそうだもんなぁ……)
まあ、若干ふしだらな目で見られてはいるが、それ以上は何もない。
誰よりも早く汗を拭き、着替えを済ませたフレイオージュは、更衣室を出た。今日はこれで終わり、もう帰宅してもいいことになっている。
「……」
――帰りに、どこかで、甘い物……――
漏れ聞こえてきた話を若干羨ましいな、と思いつつ、荷物を取りに教室に戻るのだった。
「……」
自分の席の上で、妖精のおっさんが寝ていた。
いや、起きていた。
顔を覗き込むと、向こうも真顔でこちらを見てきた。
「……」
――帰ろうか――
そう考えると、思考を読んだようにおっさんは宙を舞い、フレイオージュの目の前で奇妙な踊りを踊り出した。激しく。情熱的に。狂ったように。
「……」
――でも真顔……――
楽しそうに踊り狂っているのに、でも顔は真顔である。しかもじーっとフレイオージュを見ている。こっち見るな。
なんだか気が抜ける。
もう何が何やらわからないので、さっさと帰ることにした。
フレイオージュは気づいていなかった。
おっさんの狂ったような踊りを見て気が抜けた瞬間――彼女の無表情が少しだけ崩れたことを。
完璧だけに冷たい印象が強すぎる表情の口元がほころび、眉尻が少し下がり、まるでバカな子供を見る母親のように優しくなったことを。
「……お、おぉ……」
そして、それを同じ教室の者に見られていたことを。