45.防衛と襲撃
「こんなところかな」
ざっと屋敷内を見て回った。
部屋数も多いし気になるものもあったが、ひとまずの目的は達成したと言えるだろう。
執務室で暴いてはいけない秘密が暴かれそうになったりしたものの、それ以外は順調に見て回ったアンブレラとフレイオージュは、応接間に戻ることにした。
広いだけに、一回りするだけでも結構時間が経っている。
少し早いかもしれないが、もうじき昼時だ。これからの行動のため、アルマの指示を聞きに戻ってもいいだろう。
「――ねえねえ、この前の課題でリステマ隊長を泣かせたってほんと?」
「……?」
急な話題にフレイオージュは首を傾げ、一旦質問を噛み砕き、それから横に振った。――記憶にある内では、泣かせてはいない、はずだ。
リステマと言えば、魔術師寄りの軽装騎士が集まった十番隊の隊長である。
二十五歳という若さで隊長を勤める優秀な出世頭であり、騎士隊の中では唯一の四色持ち「魔竜ランク」だ。
「お酒が入るとよく『魔帝令嬢に一泡吹かせてやるー』って言ってたんだけどね。この前の課題以降、何も言わなくなっちゃった」
「……」
下手に返答しようものなら、リステマを馬鹿にしたり軽視したり見下したりするような意味合いになってしまいそうだ。
なんとも返しづらいので、フレイオージュは沈黙を守った。
「よくやった」
「……?」
「一度くらいは挫折を味わっておかないと。リステマは隊長だから、得意分野だろうがなんだろうが上手くいかないこともあるって知ってないと、下はやりづらいから」
それは、わからなくもない。
驕り高ぶっていると足元を掬われる、なんてよくある話だ。
「あなたは挫折は?」
「……」
ある。フレイオージュは頷いた。――小さな頃は父に負けっぱなしだったし、母には今でも勝てる気がしないし、妹ルミナリには口下手な姉のフォローをよくさせてしまっているし、友達もいない。妖精はおっさんに見えるし、今も目の前を後ろ向きに飛びながら真顔でこちらを見ているし。いったい何をそんなに見ることがあるのか。
士官学校生としては優秀で、騎士見習いとしてはなかなかのものかもしれない。
が、それ以外は結構ボロボロである。
「ちなみに私、リステマと同期なんだ。士官学校でも一緒だったよ」
ということは、アンブレラも二十五歳ということだ。
…………
「もしかして二十五歳に見えない? 若い?」
嬉しそうにニコニコし出したアンブレラから目を背けた。
――妥当。二十五歳くらいにしか見えない。
でもそれは言わない方がいいということは、コミュニケーション能力が著しく低いフレイオージュにもわかった。
応接間に戻ると、アルマとククリが戻ってきていた。
外回りを任されたイスラとウリンは、まだ帰ってきていないようだ。
「丁度よかった。これ見て」
顔を見せるなりアルマに手招きされ、彼女らがいたテーブルに向かうと――
「あ、屋敷の見取り図ね」
「そう。私たちの探し物はこれだったの」
そうだった。アルマとククリは探し物をすると言っていた。
テーブルに広げられた用紙には、寸分の狂いもない整合性の取れた線が引かれ、美しい模様のような図が描かれている。
「どうだった? 守るべきものとか場所とか、なんとなくわかった?」
アンブレラは拾ってきた情報を告げ、見取り図の場所を指し示す。
それと、家主代理のイクシアの行動予定も告げる。
「なるほど、試験官は毎日同じサイクルで動くわけか。――あとで詳しく聞いてこないとね」
又聞きで判断せず、本人に直接確認するつもりらしい
やはりアルマは、見た目に寄らずしっかりリーダーがやれるようだ。
この分なら安心して任せてよさそうだ。
「――ただいま。屋敷の周りだけだけどざっと見てきたよ」
「――全部見るには丸一日は掛かると思う」
イスラとウリンも戻ってきて、持ち寄った情報を元に防衛戦の準備が始まった。
やるべきことは多かった。
まず使用人たちへの面通しと、協力の要請。
知らない顔が混じっていたら間違ってもいいから報告をしてほしい、と言ったのは、知らない間に襲撃側が間者として潜り込んでいた場合への対処だ。
防衛チームは急ごしらえで、まだ屋敷のこともそこで働く使用人たちのことも知らない。知らないものは教えてもらうしかない。
次に、試験官イクシアに着く護衛の選出。
昼の屋敷内は問題ないとして、問題は「身体を動かす夕方」と「夜」だ。昼日向に襲撃など目立ってしょうがないので、来るとしたら闇夜にまぎれて……というのは当然として。
「――でも目的が何かに寄るわけよ。家主の命が目当てなら、家主が屋敷から出てきたところを狙う。その場合は昼も夜も関係ないわけ。むしろ屋敷に忍び込むより成功率は高いと思う」
財産と秘密という他に狙われる要素もあるが、確かに一番狙いやすくなるのは、「身体を動かす夕方」、毎日決まった時間に外に出るこの時だ。
だから、その時間は護衛が付くこととなった。
あとは、罠だ。
「――いいエサがいるしね。使わない手はないわ」
アルマがニヤニヤする視線の先には、フレイオージュが……
否。
フレイオージュの後ろにいる、ビスクドールを侍らせる妖精のおっさんがいた。
そんなこんなで、ノーチラス公爵の別邸にやってきて五日が過ぎた。
アルマの予想では、「必ず来る日だと限られる最終日は避けたいでしょうけど、充分な事前調査なく突っ込んでくるほど馬鹿じゃないと想定すれば、五日目か六日目だと思う」と言っていた。
つまり、この日からである。
陽は沈み、曇天の空が重くのしかかる。
星明かりを遮るそれのせいで、今日はすこぶる暗かった。
「……」
屋敷の外に出て夜の見張りをしていたフレイオージュは、なんとなく感じていた。
――今夜辺り来そうだな、と。
ただの勘である。
だが、頬に触れる風がいつもと違うというか、何者かに見られているような言葉にできない緊張が拭えないというか。
防衛側の受験者たちが優秀なように、襲撃側の受験者たちも優秀であるのは間違いない。
そうじゃなければ誰から他薦を受けることもなかった。
果たして、いつ、どのような形で襲撃に来るのか――
今日、恐らく来ると予想を立てたフレイオージュは、緊張感を漲らせて屋敷の周りを見回り――
「……っ!」
はっきりと聞こえた足音に振り返る。
――それと同時に、足音じゃない方向から投げられた何かが、一瞬無防備となったフレイオージュの頭上にかぶさる。
「…っ!?」
何かはわからなかったが、すぐにわかった。
網だ。
網が降ってきてフレイオージュにかぶさった、と思えば、その網は一瞬で締まりフレイオージュの身体を拘束する。
そして、強い力で引き倒された。
「……!」
しかしそれはほんの一瞬の出来事だ。
すぐさま全方位へ風の刃を放ち網を切断する。
と――
遠くでガシャンと、ガラスの割れる音がした。
襲撃側に侵入されたのだ。




