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43.防衛線と諸注意





「ここはノーチラス公爵家の別邸になります。現在公爵は領地にいるので、使用人しか存在していません。試験用に借りただけの場所になります」


「こ、公爵家……」


 慄く赤毛の冒険者は知らないようだが、そのノーチラス公爵家は、目の前で妖精のおっさんを胸に抱いている女性イクシア・ノーチラスの実家のことである。


 ――本人からの説明はないようなので、フレイオージュが言うこともない。


 声を掛けた門番が門を開くと、イクシアが先導を――


「ああ、そうそう。馬は実家に帰しておきます」


 振り返りそう言う。

 彼女の視線の先にはフレイオージュが引いてきた馬がいた。


 門番の一人が「オートミール家に連れて行け」と命じられると、フレイオージュの手から手綱を預かり、引いていく。


「前もって伝えておけばよかったですね。しかし試験内容は極秘でしたので」


 そう、手紙に「馬は不要」などの注意書きがなかった。だから連れてきたのだ。基本的に課題は王都の外で行われるから。

 フレイオージュ以外にも馬を連れていた現役騎士がいたので、確かに極秘扱いだったのだろう。


「さあ、中へどうぞ。すぐに試験を始めますので」





「――あなたはイスラ」


「はい」


「――あなたはアンブレラ」


「はい」


「――あなたはウリン」


「はい」


「――あなたはミレア」


「あ、あの、私本名がミリアなんですけど。近すぎませんか?」


「え? ああ……では、ククル」


「はい」


 フレイオージュらから遅れることしばし、別ルートからやってきた四人が合流した。

 少しだけ触れられた内容に寄れば、この六人が攻防戦のチームとなる。


 受験者たちはまず、応接間へと通された。

 品が良く、見るからに高そうな調度品ばかりが揃えられている。

 何か一つでも壊したら破産してしまうかもしれない――そんな想いで戦々恐々としつつ、渡されたメイド服にその場で着替える。


 そして、ようやく逃げ出し飛び回るおっさんを狩人の目で時々追うイクシアからまず告げられたことは、ここで名乗る偽名である。


 将来、七番隊に所属する可能性がある。

 そのための試験である。


 だからこそ、個人情報の流出を絶対に避けるための措置である。――来年にも行われるであろう王女騎士隊(プリンセスガード)の採用試験のために、試験内容を漏らさないためのものでもある。


 要は、どこでどんな試験が行われたか、極力秘密にしたいのだ。

 受験者たちが別々にここまで来たのもそうだし、イクシアが名乗らないのも同じ理由だ。


 もし受験者だったとバレたら、誰かに試験内容を訊かれる可能性は低くないだろう。ゆえに、名前さえ出さないよう徹底しているのだ。


「――あなたはフリージュ」


 …………


 フレイオージュは若干迷ったが、承ったとばかりに敬礼を返した。


 フリージュ。

 少し迷う程度には本名に近い偽名な気がするが、元々それなりに名が売れていて、しかも今は個性的な妖精連れである。

 こうなると偽名なんていらないんじゃないかという気もするが……いや、仲間外れは嫌だから偽名でいい。


 こうして六名全員に偽名が渡されると、イクシアは課題の説明を始める。


「今年の七番隊採用試験は、屋敷に於ける戦闘……こちらは防衛側となります。そして、ここにいない受験者たちは襲撃側となり、いずれこの屋敷を襲ってきます」


 誰も何も言わない。


 やはり、受験者たちはさすがの一言である。

 呑み込みが早いし、質問は全てを聞いた後でするつもりだ。

「質問する」という情報を与えることなく、まずは情報を欲するのみ。状況がわからない内は下手に動かない、という用心深さもあるのだろう。


 ――やめなさい! 壊したら私のお小遣いでは弁償できない!――


 おっさんが、暖炉の上に並べて飾られている小さな、しかしどう見ても絶対に高そうなビスクドールの肩を抱いたり、両脇に侍らせてみたり、膝の上に寝転がったりと軽いハーレム気分を味わう姿が気に掛かる。


 ちょうどイクシアの真後ろである。

 嫌でも視界に入ってしまうし、気が散るしハラハラする。

 もちろんそんな状態でも真顔でこちらを見ているのも腹が立つ。


「あなたたちが守るのは、屋敷の主と血族、財産、そしてこの屋敷の秘密です。七番隊は女性のみで構成される騎士隊で、こういった侍女やメイドに化けて潜入、潜伏するシチュエーションは少なくありません。言わば実戦に近い模擬戦ですね。


 期間は一週間。

 その間のどこかで、相手受験者たちの襲撃があります。殺さない程度ならどう対処しても構いませんので、一人残らず捕らえられたら勝利となります。


 しかし、主やその家族が襲われたり、財産が奪われたり、秘密を暴かれたりした場合。

 これらは取り返しのつかない致命傷と判断され、護衛の任は失敗となります。


 今回は、試験官を兼ねて私が責任者……この屋敷の主と想定し、護衛対象として設定されています。

 わかりやすく言うと、私と財産と秘密を守り切るのがあなたたちの任務、ということです」





 試験に関する細々した質問が終わり、イクシアが出ていった。

 この家の者は試験について知らされており、できる限り協力するよう命が下っているそうだ。


 言わば指揮権があるのだ。

 なので、家の人の流れも、自由に変えることができる。


 門番もいるし、兵士もいる。

 この屋敷は広く、敷地も広大だ。たった六人ではカバーしきれるものではない。

 その辺を、使用人に上手いこと指示を出して、警戒網を作れと。指揮権を渡されている以上、それはずるでもなんでもないはずだ。


 というか、むしろそれを前提とした試験だと思われる。


「誰かリーダーを決めたいね」


 まず、偽名アンブレラが言った。栗色の髪が美しい長身の女性だ。彼女はどこかの隊の現役騎士だった、とフレイオージュは記憶している。


「あ、あたし無理。冒険者だからそういうのやったことないよ」


 フレイオージュと一緒に来た、赤毛の冒険者ことイスラが言う。


「フリージュは? 士官学校の主席だよね?」


 ミレア改めククルに言われるが、フレイオージュは首を横に振る。


 己が得意なのは個人技であり、誰彼の面倒を見ながら立ち回るような器用な真似はできない、と自覚している。

 先のことはわからないが、少なくとも、まだできない。


「そっか。じゃあウリンは?」


「私も冒険者出身だから。リーダーなんてとてもとても」


 となると――


「やってもいいけど?」


 六人の中で一番背が低く一番若そうなアルマが、胸を張って言い切った。




 ――若干不安はあるものの、防衛班のリーダーはアルマということで決定した。





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