42.七番隊と変り種の試験
王都側から北門を抜けてやってきたのは、五人の女性である。
ここに集まっている女性たち同様、彼女たちも私服姿である。一見して正規の騎士には見えず、剣こそ吊っているが、武装らしい武装はそれくらいだ。
「――整列」
静かだが通る声で、淡い金髪をきっちり七三で分けた女性が号令を掛ける――と、すぐに全員が彼女の前に並んだ。
フレイオージュが知っている顔である。
彼女は、七番隊王女騎士隊の隊長イクシア・ノーチラスだ。
公爵家の娘として産まれながら騎士を目指し、今試験官として目の前に立っている。髪型こそボーイッシュな短髪だが、それでも美貌は見劣りしない。
それにしても、さすがである。
さすがは士官学校出身以外は他薦のみでここに来た者たちだ。
何をして来た人たちかはわからない者も多いが、少なくともその道でプロフェッショナルと言えるほどの実力を有しているのは間違いなさそうだ。
号令に対する機敏な動作は、与えられた情報を受けて即座に動くことが習慣付いている、という証拠。
士官学校出じゃない者たちにとっては、これだけでも意外とできない者が多いのだ。戦場ではできるのだろうが、戦場以外ではできないのでは騎士は務まらない。根本にある意識の問題である。
フレイオージュも、自然と背筋が伸びる。
年齢層もまちまちだが、他薦で来た者たちは皆フレイオージュより年上で、人生経験も豊富であることは想像に難くない。
油断していると簡単に足元を掬われかねない――そう自分に言い聞かせる。
――やめなさい! 大きいけどやめなさい! こっちに来なさい!――
しかし言い聞かせた矢先、妖精のおっさんがイクシアの胸元へと吸い込まれるかのようにフラフラ寄っていく姿が目に入り焦った。
なぜか真顔でこちらを見ながら。
そんな時くらいはさすがに前を見ろとも思ったが、今はそんなことはどうでもいい。
おっさんの意図的かつ変質的でありながら狂信的でもあり差別的で無慈悲的でなおかつ軽蔑的な人選の中に、厄介なことにイクシアも入ってしまったようだ。
だが、今は「整列中」だ。この状況ではどうこうすることもできない。まさか目の前まで出ていって捕まえるわけにもいかない。
フレイオージュには見ていることしかできない。
おっさんの動向にハラハラしながら、手にある馬の手綱に力を込める。「大丈夫だよ」と言わんばかりに愛馬が鼻を鳴らした。生暖かい。
「…? これより七番隊の採用試験を行います。詳細は現地で聞いてください。現段階での質問は受け付けません」
イクシアはふらふら寄ってきたおっさんを一瞥すると、それ以上構うことなく試験について説明する。
「二人ずつ組みなさい。私たちがそれぞれ先導します。では後ほど」
七番隊は、イクシアを入れて五人。
採用試験を受けに来た者たちは、十名……いや、フレイオージュを入れて十一名である。どこかが変則的に三人になるのだろう。
「――そこのあなたとあなた」
七番隊がバラバラになって対応する中、イクシアがフレイオージュと隣にいた赤毛の冒険者を呼んだ。
なぜかおっさんを胸に抱いて。
どうやらおっさんは彼女に気に入られたようだ――恐らくイクシアにも輝く妖精に見えているのだろう。
「私が案内します。付いてきなさい」
「……ねえ、どこ行くの? なんか怖くない?」
前を歩くイクシアに聞こえないよう、赤毛の冒険者がフレイオージュに囁く。
「……」
フレイオージュは首を横に振る。心当たりは本当にない。
怖くはないが、不安になる気持ちはわかる。
何せイクシアは、街の外へ出たばかりの北門から、王都の中へと舞い戻ったからだ。
この様子だと、他の九人も王都内に戻ったかもしれない。
いや、あるいは、別の試験内容だったりもするかもしれない。
王女騎士隊の採用試験は、毎回違うし、またその内容も秘匿されている。
そもそも一般参加もあるだけに、士官学校の課題とも違う扱いなのである。
いつも行っている試験傾向の下調べができなかったので、これから何をするのか、本当にわからない。
おっさんが時々逃げるようにイクシアの背中から出て視界に入るが、瞬時にイクシアの手がおっさんを掴んで胸元に戻されるというおかしな行動も繰り返されるが、それもよくわからない。
いや、そっちはわかる。
どうやら本当にイクシアはおっさんを気に入ったらしい。もはやお人形感覚である。
まあ果たしておっさんに見えていたらそこまで気に入るかな、とフレイオージュ思うばかりだが。
世の中、真実などより大事なこととは、存在するものである。
こういうおっさんの扱いは初めて見るな、と感心しながら、三人はしばし早朝の王都を歩き、そして――
まだ早朝だけに人気が少ない王都の下町から、貴族街へと差し掛かる。
ますます人影が減り、赤毛の冒険者が更に警戒心を高める。彼女はあまり貴族に良いイメージがないようだ。
「――付きました。試験の場所はこちらになります」
おっさんを胸に抱いて、イクシアが振り返った。
「こちら、って……」
赤毛の冒険者が目を丸くしている。
さもあらん、大豪邸の前である。
フレイオージュの家も一応貴族でそれなりに大きいが、ここはもう別次元だ。王族の別邸と言われても通用するくらいに。
一体ここで何をするというのか。
「後ほどきちんと説明しますが、先に軽く触れておきましょう」
冒険者の警戒心が目に見えて高くなったのを見て、イクシアは言った。
「あなた方はこの屋敷でメイドとして潜入し、近くやってくる襲撃に備えるのです」
「襲撃?」
「はい。――率直に言えば攻防戦です。受験者が六対六に分かれて、護衛班と襲撃班で争っていただきます。ああ、今回は一人だけ七番隊の者が人数合わせで参加しますので」
――攻防戦……――
なるほど、とフレイオージュは助けてほしそうに見ているおっさんを無視して頷く。
要するに、邸内で行う要人あるいは財産の護衛だ。




