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40.朝の元気と次の課題の疑問





「――お姉さまおはよう!」


 バーンと勢いよくドアを開け、妹ルミナリが部屋に飛び込んできた――と同時に、フレイオージュは眠りの世界から覚醒する。


 まだ外は薄暗く、ルミナリは朝の訓練に備えた訓練着を着ている。

 夏に薄暗いということは、かなりの早朝である。


「…………」


 昨夜フレイオージュは、「急ぎの仕事だから」と母アヴィサラに調剤の手伝いを頼まれ、ベッドに入るのが非常に遅かった。

 感覚的には寝てすぐ起こされたというくらい、寝た気がしない。


 非常に眠い。

 左目が上手く開かないくらい眠くて、半分寝ている右目でぼんやりルミナリを見詰める。妹は朝から元気なことだ。


 父シックルには、朝の訓練は参加しなくていいと言われていたのだが。

 どうも妹にはその話が伝わっていなかったようだ。先日の悲しいケンカもすっかり忘れ去られ、いつもの仲の良い姉妹に戻っている。


「学校から手紙が届いてますよ! なんかコインっぽい感触もあるから、第三期課題の評価も書いてあるかも! まだ結果が出てないって話してましたよね!?」


 起こしに来た上に、士官学校から届けられた手紙まで持ってきたらしい。シャッとレースのカーテンを開け放つ逞しい背中は眠気の一つも感じられない。朝からとても元気なことだ。


「ほら! お姉さま! 起きて!」


 疎ましいほど元気な妹にぐーっと腕を引っ張られて上半身を起こされる。


 本当に朝からまったく元気なことだ。

 元気の押し売りなんじゃないかと思えるほどだ。お金を払うからこのまま出て行ってほしいくらいだ。


「……」


 フレイオージュは寝起きが悪い方ではない。が、今朝ばかりは完全な睡眠不足のせいでなかなか頭が働かない。眠すぎて頭がぐらぐらする。


「ほらほら! 妖精ももう起きて待っ……えっなにこれウソっ!?」


「…………」


 ――はいはいいつものやつね……――


 何かに、というか妖精のおっさんのいつにない状態に驚いたのだろうルミナリを、「いつものアレだな」とばかりにフレイオージュは半分寝ながら聞き流す。


 人は学習する生き物なのだ。

 もうそう簡単には、妖精が心配で飛び起きることはない。おっさんも朝から悪戯するくらいには元気ってことだ。


「お姉さまほら見てこれ! これ!」


 ただし、実力行使には敵わない。


 腕を引っ張られるままずるずるとベッドから引きずり出され、床にも引きずられ、おっさんの住処のあるテーブルまで連れて来られた――騎士候補生ならこれくらいの腕っぷしは当然あるものだ。


「見てほら見て! 見て! 早く見て! ほら!」


「…………」


 起きる意欲がない上半身を支えられながら見ろ見ろと騒がれ、「面倒臭いなぁ」と思いながらフレイオージュは目を開き……


「…………」


 ――うん……――


 一瞬驚愕したけど、うん、いつものだなと納得した。


「こ、これってさ……木と融合してるよね……」


 そう、おっさんはビンの中に接地された宿り木と、身体の半分を一体化させていた。


 横たわる左半身が木の中に沈んでいる。

 半分沈んだ真顔でこっちを見ながら。


「えっ、えっ!? えっ! ええっ!?」


 と――見ている間に、ずぶずぶと真顔の妖精が木の中に沈み込んで行き……影も形もなくなってしまった。


「か、か、完全融合……!? 妖精って木と一体化できるの!? お姉さまっ、これはさすがに妖精さん学会にレポートを出さなきゃいけないアレじゃない!? こ、こうしちゃいられない!」


  ゴトン 


「…っ」


 ルミナリは抱えていたフレイオージュをごとりと床に落とすと、慌てて部屋を飛び出していった。「お母様ー! 今度こそ本当に大変ですー!」と言いながら。


「……」


 ――……痛い……――


 強かに肩の骨と頭をぶつけたフレイオージュは、のろのろと立ち上がる。


「……」


 昨夜は母アヴィサラと遅くまで薬を作っていた。

 そしてアヴィサラはフレイオージュを見送るようにして部屋に戻し、まだ調薬を続けていた。


 恐らくは、夜を徹して作業をしていたか、ついさっき寝たか。

 それくらいのものだろう。


 ――寝起きの機嫌が悪いアヴィサラの対応を思うと、朝っぱらから元気すぎる妹には同情しかなかった。


 ――あと完全融合したかに見えたおっさんはいつの間にか木から顔だけ出した生首状態で、いつもの真顔でこちらを見ていた。





 さすがに目が覚めた。

 未だに肩が痛い。


 かすかに妹の悲鳴と母の怒声が聞こえた気がするが特に気にすることもなく、フレイオージュはルミナリが置いて行った手紙を手に取る。


 士官学校からだ。

 確かに、紙ではなく硬貨らしい感触がある。


 第三期課題の評価はまだ出ていなかった。

 課題終了から二週間ほどが過ぎている――課題内容が能力測定だっただけに、過去の記録から照らし合わせてから評価を下すという話だったので、後日封書にて告げると聞いていた。これがそれなのだろう。


 肩は痛いが目は覚めたので、早速開けてみることにする。

 これだけ遅延したということは、第三期課題の評価の報告とともに、第四期課題についても書かれているだろう。


 引き出しから、妹ルミナリがこっそり友達と隣街まで遊びに行った時に土産物屋で買ったという七支刀型ペーパーナイフを取り出し、手紙を開封する。


「……」


 ――開けにくい……――


 この不愉快な使用感。

 一本の芯となる刃に、無駄としか思えない枝分かれして生える六本の刃。

 どの刃で切ればいいのかわからないし、この形状で剣だという意味のわからなさ。

 というかそもそもこの形状。剣の良さ、利点をすべて台無しにしているかのようなこの形状はなんなのか。

 そもそもこれは本当にペーパーナイフなのか。


 どれをとっても意味不明で不可解なペーパーナイフにいつも通りの使い勝手の悪さを感じながら、ガタガタになった切り口から中身を取り出す。――なぜこれを使ったのかさえ自分でもよくわからないが、しかしなぜだだろう、たまに使ってみたくなるのだ。そして使い勝手の悪さを再確認したくなるのだ。


 便箋は二枚。

 それと、エーテルグレッサ王国の国花である紅蓮草が掘り込まれた、金色の硬貨。これは二回見たことがあるものだ。


「…………」


 一通目は、第三期課題について書かれていた。

 課題は最高の金評価だそうで、早めに硬貨を学校に提出するよう書かれている。


「…………」


 二通目は、やはり第四期課題について書かれていた。


 日時と、所定の場所に集まるよう書かれている。

 肝心の内容は書かれていないが――


「……?」


 引っかかりを感じて、フレイオージュは首を傾げた。


 ――おや? この日は確か……――


 確か七番隊……通称王女騎士隊(プリンセスガード)の採用試験日ではなかっただろうか。





 果たして関係あるのか、それともただの偶然なのか。


 そんなことを考えながら――七支刀型ペーパーナイフを華麗に振るう演武を見せつけるおっさんからナイフを取り上げ引き出しに戻し、フレイオージュはベッドに戻り、二度寝の姿勢に入った。


 目は覚めた。

 だがまだ眠かったのだ。





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