29.会議室と十番隊隊長
魔帝フレイオージュの誕生は、上流階級に激震をもたらすものだった。
が、激震に揺さぶられたのは上流階級だけではない。
国に仕えるエリート――魔法自慢たちも、大いに驚かされた。
十年前、フレイオージュが魔力の覚醒を果たし。
十年後、フレイオージュが士官学校に入学し、表舞台に現れた。
そして今現在。
エーテルグレッサ王国魔法騎士団では一人しかいない、四色の魔力を持つ「魔竜ランク」、十番隊隊長リステマ・シーズ。
この国でたった二人しかいない「魔竜」である。
その片方は王宮筆頭魔術師で、もう結構なお歳のおじいさんであり、今更あえて言う必要がないほどの有名人である。
なお、去年孫を抱きあげた時のぎっくり腰が原因で、もう登城さえできない身であることは、城勤めには有名な話である。お大事に。
そして、世代は大きく違うが、この国で二人目となる魔竜リステマ。
ちょうどフレイオージュが魔帝ランクとして覚醒したその年に、期待の新人魔法騎士として就任したという、非常に間の悪い男。
――誰からも羨まれて誇らしいばかりだった「魔竜ランク」が、突然生まれた「魔帝ランク」のせいでひどくかすんで色褪せて、大抵の人に「魔竜? 珍しいけど魔帝が生まれたし……」と心無いことを囁かれたり同情するような視線を向けられたり無神経に比べられたりと、士官学校時代から評判の優秀さで王族にも聞こえるほどの噂となり鳴物入りでの魔法騎士就任だったのに、偶然のようにぽこっと誕生した魔帝のせいで存在から何から全部薄められてしまった男。
魔竜という濃いめの味付けだったのに、いきなり出てきた魔帝という存在にばしゃっと水をそそがれて薄められたのである。
だが、それだけならまだよかった。
若かりし十代だったリステマは、確かに十年前の新人だった頃は、いきなり横から割り込まれたかのように評判を掻っ攫っていった魔帝ランクに思うところがあった。
が、さすがに十年前の出来事だ。
そもそも魔帝誕生は誰が悪いというわけでもないのだ、いつまでも根に持っていられない。
しかし。
しかしだ。
一年前の十番隊隊長就任……着実に積んだ実績により、かなりの早さで出世が決まり、「さすが魔竜ランク」と周囲の同期や先輩に賞賛の声を掛けられていた真っ最中。
十年の沈黙をやぶって魔帝ランクが士官学校に入学し、そこでも霞んでしまった。
かつては薄められて、今度は霞んでしまった。
よりによってリステマが部隊隊長就任のそのタイミングで、魔帝が魔法騎士志望として士官学校に入学。
――当然のように評判を持って行かれた。それはもう見事に。あざやかに。軽やかかつ華やかに。アグレッシブさの中にもクラシカルに。十年の沈黙があったがゆえに、十年の時を経て表舞台に現れた魔帝は、それはそれは話題の的になった。十年貯めた期待を大放出して話題の的になった。
隣にある的である魔竜リステマ十番隊隊長就任なんて、誰も見向きもしないくらいに。
「――以上の理由から、僕はフレイオージュ・オートミールに金評価を。彼女と共にそつなく課題をこなしたエッタ・ガルドとアンリ・ロン両名に銀評価を出しました」
第二期課題における疑問点の報告と、第三期課題に向けての会議が行われている軍事会議室には、今日も二十名もの隊長格と総団長と副団長が集まっていた。
腹に響くような緊張感と無駄な発言は許さないという、重苦しい空気が満ちていた。
そんな中、提出された報告書だけでは足りないという声が上がり、第二課題でも金評価を取ったフレイオージュ・オートミールの追加説明が求められた。
彼女の第二期課題の隊長を勤めた六番隊隊長セレアルド・フォージックは、普段の軽薄さが嘘のように真面目な表情で、求められるままつらつらと口頭での追加説明をした。
参加者の手元には、セレアルドの報告書と、護衛した王宮魔術師の代表であるライフォー・ラッキンシュの報告書がある。
今の追加説明と照らし合わせても、矛盾点はない。
――つまり、フレイオージュは本当に、二回連続で金評価を取ったことになる。
甘い採点はしない、というのが士官学校二年生の課題における暗黙のルールなのだが……それを踏まえてもセレアルドの意見は変わらなかった。
そして、この評価が本当かと疑った隊長格も、報告が事実なら金評価で間違いないと判断する。
「セレアルド」
総団長グライドン・ライアードの厳しい目が向けられる。
「個人的な意見で構わん。フレイオージュ・オートミールをどう見る?」
「まあ、美人ですね」
その一言に何人かの失笑が漏れる。
だが、セレアルドとしては、冗談でもなんでもない。
心を奪われたこと以外は。
久しぶりの苦い失恋と二日酔いで強く印象に残ってはいるが、それでも虚偽の報告は……魔法騎士の矜持は忘れていない。……まあ、最低限のものではあるが。
「見目の麗しさは王侯貴族の護衛に関わります。僕も彼らの好む顔で六番隊隊長に選ばれたと思っています。見た目がいまいちだと変な難癖をつけられたりしますから」
言外に「おまえらより顔がいい」という意味だが、……まあ、何人か舌打ちしたのは、悲しくも切ない理由があるからだろう。誰もそれを責められないし、責めてはならない。
「でも、見た目だけじゃない。彼女の実力は本物だ。六番隊には勿体ない逸材だと思います」
「――では六番隊はいらんのか?」
顔に大きな傷を持つ、そろそろ引退を考えている高齢の二番隊隊長ベルクオッソがすかさず問うと、
「ええ。彼女の才能を持て余すだけなので、六番隊にはいりません」
女好きでナンパで出世欲もある。
そんなセレアルドの本性を皆知っている――それだけに予想外すぎる発言だった。
セレアルドのことだから、魔帝フレイオージュを利用して出世を目論むものだと思ったが、まさか「いらない」と断じるとは。
「総団長、もしフレイオージュが六番隊所属を希望しても却下してください」
「――わかった」
第二期課題中に何があったか知らないが、セレアルドの判断は尊重される運びとなった。
「「……」」
そこで、会議に空いた隙間に沈黙が埋まった。
セレアルドが予想外極まりない、もしかしたら裏があるんじゃないかと疑いたくなることを言ったせいで、誰もが何かを考え込んでいた。
フレイオージュのこと。
今日の夕食。
昨日のワイン。
自分をフッた恋人への未練。
セレアルドの心変わり。
実家に帰った妻。
子供がグレた。
娘に恋人ができた死にたい。
部下を抱える隊長格だけに、大小さまざまな悩みは尽きない。
そんな中――
「よろしいでしょうか?」
十番隊隊長リステマ・シーズが挙手した。
十番隊は、武芸に秀でた騎士ではなく魔法を得意とする魔術師寄りの軽装部隊である。
特にこの二十五歳という若い年齢で隊長を勤めるリステマは、魔法騎士団では唯一の四色の「魔竜ランク」である。
「どうも皆さん、フレイオージュ・オートミールに関して少々の疑念が生まれているようです」
採点は厳しめに。
そんなルールがある中、第一期第二期と最高評価を取った訓練生フレイオージュに対し、「魔帝ランク」という前情報だけしか知らない隊長格は確かに疑いの目を向けている。
ここにいる隊長格のように経験豊富な魔法騎士からすれば、いくら魔帝ランクでも、訓練生は訓練生でしかないのだ。
優秀な結果を出せば注目もするが、まだ「ただの優秀な美人の訓練生」としか見ていない者も多い。
「どうでしょう? 彼女の第三期課題は、現役魔法騎士が受ける、正規の能力測定をしてみませんか?」
正規の能力測定。
それはつまり、士官学校の始めにやる測定の、より高度なものである。
ただし現役用だけに荒っぽく、また実戦的な測定だが。
「これで高評価が出るようなら、第一期課題も第二期課題も金評価であることを疑う理由はなくなり、また今後の課題で何をさせるかも決めやすくなるかと」
そう――要はフレイオージュ・オートミールの実際の実力がよくわからないから、この場で名が上げられるのだ。
きちんと能力を把握できさえすれば、それに応じた課題も割り振りやすくなるはず。
「――それがいいかもしれんな」
出た。
総団長グライドンのやたら重い鶴の一声である。
「リステマ、フレイオージュ・オートミールの第三期課題は任せる」
「――はっ!」
こうして、フレイオージュの第三期課題が決定した。
「……」
薄められたり、霞んでしまったりもしたが、リステマに恨みはない。
「魔帝がなんぼのもんじゃ」とは思っているが、恨みはない。
何年も何年も研鑽を重ねた魔竜の私に勝てんのかよ、とも思っているが、恨みはない。
ぽっと出の魔帝? だからどうした、的なことも思っているが、恨みはない。
ただ、ただ。
――今度はおまえが魔竜の私に薄められて霞んでしまえ、と。少しだけ恨んでいるだけである。




