25.緊急回避と少女のように
地響きがする。
断続的な炸裂音と、森が騒ぐ音、そして怒号のようなものが聞こえる。
戦闘の音だ。
今この森の、それも近い場所で、戦闘が起こっている。
「――いいかフレイオージュ!」
前を走るセレアルドが、振り返らずに指示を飛ばす。
「僕らで地中蛇の注意を引く! その間に足止めしている騎士を後退させ、僕らの馬の準備をさせる! 仕留めるか撤退するかは相手を見て決めるが、深追いだけはするな!」
言っている間に、前方から騎士……いや、訓練生であるエッタ・ガルドと、最後の一人である王宮錬金術師がこちらに走ってくる姿が見えた。
「エッタ!」
「た、隊長!」
不安げだったエッタは隊長に駆け寄り。
「フレイ様ぁっ!」
最後の一人である王宮錬金術師の女性は、フレイオージュに駆け寄り――そのまま身を投げるように胸の中に飛び込んだ。
「あの! 騎士二人が足止めを……!」
「わかっている! 君はこのまま王宮錬金術師を護衛して野営地に戻り、全員と合流して撤収しろ!」
「フレイ様! 私怖かった! 怖かったの! 結婚して!」
「……」
経験不足ゆえに不安げだったエッタは、セレアルドらと合流できたことで少し落ち着いたようだ。少々錯乱気味の王宮錬金術師を引っ張るようにして野営地へと向かっていった。
「これで最悪は防げた。急ごう」
「……」
セレアルドの言葉にフレイオージュと妖精は頷き、二人はまた走り出す。
護衛対象である王宮錬金術師は、これで全員保護されたことになる。
あとは、魔法騎士の被害がなければ――とは思うが。
だが、実戦は残酷である。
覚悟だけはしておかねばならない。
地中蛇。
地中に潜り、待ち伏せして獲物を待つ狩りをする蛇である。
今回は、どうも魔材を探している最中に、運悪く地中蛇の縄張りに入ってしまったようだ。
蛇の動きは遅い。
それゆえに自ら探したり追ったりするのではなく、罠のようにひたすら待ち構えるのだ。
――なぜ遅いかと言えば、巨大だからである。
人間を丸呑みできるほどの巨体を持つ蛇で、毒は持たない。
が、大きな身体を維持している身体と鱗は非常に硬く、並の剣士では鱗を数枚飛ばす程度が限界である。
ここらで出没する魔物ではないので、最近になってどこかから流れてきたのかもしれない。何にしろかなりの強敵である。
「よくがんばった!」
その戦場に飛び込むなり、セレアルドは叫んだ。
身を挺しての時間稼ぎで、護衛対象と訓練生を逃がした魔法騎士は二人。
六番隊の騎士としては、破格の働きと言える。
「――た、隊長ぉ!」
「――もう限界です! 助けてぇ!」
魔法騎士たちは無事だった。
大人二人でも食い足りなそうな巨大蛇に睨まれていたカエルのようではあったが、無事だった。
とにかく逃げる、避ける、互いに注意を引きつつ魔法でチクチク牽制する、という時間稼ぎの戦いを続けてきた魔法騎士たちは、セレアルドを見て泣きごとを漏らした。
だが、いい。
彼らは充分働いた。
普段の様子、訓練への気の抜け方からして、職務を投げなかっただけでも褒めてやりたいくらいだ。
彼らにもセレアルドと同じくらいは、誉れ高いエーテルグレッサ王国の魔法騎士であるという最低限の自覚はあったようだ。
「魔法を食らわせる! 蛇の気が逸れたら野営地へ走れ!」
言うなり、セレアルドは風の刃「風斬羽」を放った。
バシィィィン!
見えない刃は硬い鱗に阻まれた。ダメージはまったく入っていない。
――だが、地中蛇の気は逸れた。
縦長の瞳孔を持つ緑色の瞳が、何かを仕掛けてきたセレアルドを見た。
「あとお願いします!」
「すみません撤収します!」
いつの間にか妖精のおっさんが二人の傍にいて、彼らを先導するように飛んで連れて行った。
「フレイオージュ! 僕の魔法では無理そうだ! 君なら行けるか!?」
「……!」
答える代わりに、フレイオージュは魔力を解放した。全身に五色の帯が絡みつき、風もないのに踊り翻る。
五色の魔力。
偽りなき魔帝ランクを証明するその姿に、セレアルドは息を飲んだ。
「っ――よし! このまま僕が注意を引き付ける、隙を見て殺れ!」
フレイオージュは剣を抜いた。
かなり古いが業物のロングソードに、五色の魔力が絡みつく。
異様な魔力を感じたのか、巧みに気を引いていたセレアルドさえ無視して、地中蛇がフレイオージュを見た。
だが、もう遅い。
「――っ!」
さっきセレアルドが使った「風斬羽」の上位版「邪風斬」が、フレイオージュが横なぎに振るった剣伝いに飛び――
目が合った瞬間、地中蛇の首が飛んだ。
「な、なんて威力だ。……っ!? なに!?」
巨大な首が舞い飛び、鮮血が吹くのを驚いて見ていたセレアルドだが――蛇は頭のないまま、最後の抵抗をした。
首のない地中蛇の身体が暴れ、まるで意思を持っているかのように尾を跳ね飛ばし、それがセレアルドに迫り――
「くっ……!」
横合いから猛スピードで迫る。
この大きさだ、重さから考えて当たればただでは済まない。
避ける間はない。
セレアルドは腕を上げて、致命傷になりかねない頭と顔だけは庇う。
そして――強い衝撃がセレアルドを襲った。
「……?」
確かに衝撃はあった。
そして今、地に足をついていない、長いこと宙を舞う感覚を味わっている。
味わっている。
そう、ずっと味わっている。
……長くない?
そもそも、想像以上に軽い衝撃だった。
想定した衝撃には遠く及ばない。
全身に走るはずだった痛みなんて一切ない。
おかしいと感じたセレアルドが、恐る恐る目を開ける、と……
「……ぇっ!?」
目の前に、紫の瞳があった。
そして、眼下には森があった。
「……えっ!? え、えっ!? ……えっ?」
一瞬何がなんだかわからなかった。
いや、一瞬どころじゃない。ずっとわからない。
いや、わかる。
本当はわかる。
わからないわけがない。実際セレアルドだって何度もやったことがある。そう、何度も何度もやったことがある。それはもう安売りするようにやってきた。もうやりまくりだ。三日前もやった。
ただ、されたことはついぞ一回もなかっただけで。
「――」
「……う、うん」
風を切る音で良く聞こえなかったが、眼前の紫の瞳が見下ろして言った「大丈夫ですか?」に、それこそセレアルドは魅入られて目を逸らせず、少女のようにときめきながら応えたのだった。
――地中蛇の尾が当たる寸前、フレイオージュはセレアルドをお姫様抱っこして、回避するために宙を舞った。
身体強化での跳躍である。
そして、重力の魔法で急落下を防ぐ。
五色の帯を翻しながら森の上空を飛び、ゆっくり地に降りようとするフレイオージュは、まるで羽の生えた天使のようだった。




